1月22日(火)
写真は1931年(昭和6年)築地本願寺本堂・・・・・パネル展から このご本堂の位置は今新しく建てられた喫茶店などのここに建てられていたのでしょうか?
関東大震災後の火事で焼失したあとの仮本堂のようです。
昭和9年再建の石造りのインド建築に建て替えるまでのご本堂のようです。
仮と言っても大きいですね~~~ご立派ですね~~~
昭和6年10月21日 起工式
本願寺のマークの法被の方がいます。今も何かの行事ではこの法被姿をみかけます。築地本願寺ご用達職人さんと思います。
羽織姿が多いですね~
右上の写真はご住職様が並ばれています。
築地本願寺は空襲をうけ ドームあたりに爆撃の跡があると聞いています。
この右翼塔屋鉄骨 写真には昭和7年1月24日と記載されています。
隣町の聖路加国際病院は爆撃対象外とアメリカは決めていたらしいです。聖路加は上空から見ると十字架に造られていると言われていますが本当でしょうか?今は大きなビルになりました。
鉄骨の向うに聖路加国際病院の建物と十字架がかすかに見えます。
先だってこの地域の居留地時代に聖路加へお見舞いに行った外国人が実はスパイで聖路加の塔から写真を詳細に撮って 爆撃の位置情報に役立った話が放送されていました。
上記写真・・・・・住職がこの右の塔は「太鼓楼」と言われていたと申してます。今は使われていません。
左の塔に梵鐘があります。毎日使っています。
こちらは昭和7年 境内の石材加工みたいです。大理石 御影石 大谷石を切っているのでしょうか?
左奥の鉄筋建物が築地小学校でしょうか?
銀座の方向を向いていると思われます。
右の交差点は地下鉄上がった所と思います。
境内の中に建物があるのは何でしょうか?
右は幼稚園?それとも職人宿舎?
築地本願寺の左の新しい建物にこのパネル展があります。
是非近づいてよく見てください。
へ~~~ほ~~~~と思うことあります。