この建物をしらない人は知らないのが当然。これが私目が生涯はじめてラーメンを食べた食堂である。現在廃墟。
まだ戦後と呼ばれる昭和三十年代。鉄砲の弾用に鉄道の線路をもっていかれ鉄道の機能が失われた。それが戦争が終わると鉄道の線路ももどり、駅の近くには温泉もわき旅館もでき駅付近は一気に繁華街となった。ここに食堂ができジイサンに連れていかれ初めてラーメンを食べたのだ。この時の味は衝撃的だった。こんなにうまいものが世の中にあるのかと思った。もちろん食堂にはいるのもはじめてだった。今考えると普通のインスタントより味の落ちるラーメンだったと思う。でもめずらしかったのだ。
この建物はしろうとのおやじさんが一人でつくり、当時大人の話だと建築法などに合格せずにらまれたしろものだとか。でも現在もくずれていないので意外と丈夫なのだ。ここのおやじさんは器用で建物をつくり、食堂をはじめたのだ。ラーメンは30円くらいで、残った汁はすてないで次の人のラーメン汁にしたとか・・・・・
現在は温泉も売りがなく客も減り、災害で鉄道も流され現在は復旧したが無人駅、駅前もさびれて店もなくなった。木造はみんなつぶしたが、これだけは残っている。