難聴者の生活

難聴者の日々の生活から、人工内耳など難聴者のコミュニケーション、聴覚障害者の制度改革について語る。

北朝鮮のミサイル!?!聴覚障害者は?

2009年04月04日 11時10分48秒 | 放送・通信
090328-230035.jpg朝からテレビは、ミサイル?ロケット報道だ。

先日のテレビでも解説していたが字幕放送はなかった。
防災無線で情報が提供されるが、聴覚障害者や難聴者にはきこえない。
どのように情報が伝えられるのか、政府や放送局はどう対応しようとしているのか見えない。

国家の一大事(とは思えないが)ですら、この有様では、地デジだの何だの言っても、聞こえない人は棄民なのか?


ラビット 記




永年勤続30年の難聴者の思い(3)

2009年04月04日 09時28分58秒 | 就労
090403-131608.jpg090403-131638.jpg3年前に異動になったのを機に、会社の会議に要約筆記を付けてもらうように要望した。これまでも何度か要望していたが担当者と日常的なコミュニケーションをしなければならなくなったので「決死」だった。認められなければ社長と差し違える覚悟だった。

毎週の課のミーティングに要約筆記が付くようになって、仕事の中身も流れも理解できるようになっていった。会議の内容が分かると普段の業務もコミュニケーションが楽になった。
人工内耳を付けて、ほぼ1年。職場には花粉症のマスクをした人が多いが、言っていることが分かるようになった。昨日も電車に乗り合わせた後輩の子育ての話が出来た。
上司の言い方にかちんと来るのも声で機嫌が悪いことが分かるようになって、ああ何かストレスがたまっているな、何かすぐ支援しようと思えるようになった。


このことから二つのことを学んだ。一つは聴覚でも文字でも、手話でも、普段の言語活動により人は思考し、成長する。だからコミュニケーション支援や聴覚補償は重要ということ。
もう一つは、難聴者が社会の中で生きていくためには、より高い自己実現を目指すには、難聴であることに自信を持つ必要がある。そのための考え方や必要なコミュニケーション技術や生活技術を学ぶ必要があること。
(続く)


ラビット 記






永年勤続30年の難聴者の思い(2)

2009年04月04日 01時06分41秒 | 就労
090402-125648.jpg090403-084029.jpg4月1日の表彰の時に、難聴の自分へのコミュニケーションの配慮を受けたことのお礼と農業・自然の恵みに連なる仕事をしている誇りを持てたことを御礼の挨拶で述べた。話す時間が短いのでこれで精一杯だった。

しかし、協会の会報にこのことを書こうとして、いろいろ考えてみると、仕事に関わる記憶が薄いことに気が付いた。
会社の20年史には、皆営業で顧客の開拓に苦労したとか、制度が変わって大変だったとか、誰々と朝まで飲み交わしたというようなことが書いてある。
しかし、同僚や上司との会話が全く記憶にない。会社の仕事の幾つかは覚えていても、体系的な知識がほとんどない。人脈や人柄、噂という情報が全くない。
これでは、透明人間だ。存在しなかったのと同じではないか。

入社する少し前に難聴者団体に入会したので、難聴者運動との関わりも30年になる。こちらの方は、聞こえの補償とコミュニケーション保障をしていて、誰がいつこういうことを言ったということを覚えている、何年にこういうことをしたということを覚えている。この違いは何か。
(続く)


ラビット 記