酔い日は佳い日

日々の食卓、晩酌事情。by こたりん

始末。

2014-02-18 | 酒風景
京都や大阪の料理界では「始末」が大切とされる。
見た目的なことを言えば、始末は材料を使い切ることであったりするのだが、近頃は「始末の料理」とか言ってヘタや皮を使ったレシピが出回っていたりして、どうも違う。
始末は、材料を無理に使ったり節約したりする単なるケチとは違う。何よりもまずは命を頂く感謝の心が確固として有り、それぞれに見合った使い方で使いきるという「活かす」技法の修練でもあると思う。

自分も心がけているが、実践しようとすればまさに修練。まめにやるのは大変で、大根や人参の皮を炒め物にしたり(近頃では人参の皮は剥かなくなった)、だし昆布を油揚などと炊いたりするのが関の山である。


という高尚な話はちょいと休憩

始末のどうこうは言わずとも、コレはまず捨てないでしょ。


先日こさえた「炒り酒」のしぼりかす。
残った鰹節と梅肉を醤油、ゴマ油、炒りゴマと和えた。これが肴にならぬ訳がない。
此度の晩酌は極上なのだった。

ちなみに、まるでメーカータイアップのような画像。後ろに控えしは北海道産酒造米で造られた男山「北の稲穂」。旨いかどうかは置いといて、近頃北海道では地元の酒造米が注目されているのでこれを試してみた次第。


ところで


料理に卵黄をぽよんと乗せ飾ることがしばしばあるが、白身に困る。
ちょうど鯛のかぶら蒸しを作ろうと思ってたところだからそれちょーだい、という人がたまたま横にいたりすればハイどーぞ、ということにもなろうが世の中そんなにうまくいかない。

そんな時自分は大概、もう一個卵を割り、余った卵白をまぜて卵焼きを作るのだが、白身の多い卵焼きは何やらふわふわして味が薄い感じが否めないのだった。うーむ、どうしてくれよう白身の始末。