下りは急だ。松の林の中をジグザグに下る。
松の林は面白くない。下草は生えていないし、どこかしら人工的な感じがする。
ブナの森は木が一本一本違う。木の個性というものがある。
幹の途中からグニャリと曲がっている木には「あれあれ、君の人生には一体どんなことがあったんだい?」などと話かけてしまう。
りっぱなコブをつける木もあれば、『好きに枝を伸ばしたらこうなっちゃったんだ』というような木まで個性が豊かだ。
足元にはコケの中からブナの赤ちゃんが一生懸命そだっているし、シダの世界もある。ランが群生している場所もある。
多種多様な命の育みがある。だからブナの森は好きなのだ。
それに比べると松の林はみんなまっすぐで木の個性は見られない。まるで優等生ばかりの全校集会みたいだ。
そして松がなくなると今度はエニシダだ。この国で一番嫌われている植物だろう。
ちょうど花が咲く時期で、まっ黄色の花をたっぷりとつけている。不気味だ。
エニシダはマメ科で、この花一つ一つがさやになり、その中に種が10粒ぐらいできる。
夏も盛りになると、花が実になり莫大な数の種を落とす。地面に落ちた種は何十年も発芽可能な状態で芽を出すチャンスを待つ。
しかもこの植物は夏と冬、一年で2回花を咲かせる。
別の場所だが一山全部エニシダにおおわれた山を見たことがある。そうなるとその山は牧場にも使えない。
こんなに育つのではこの国で『侵略者』と呼ばれても仕方ないな。
ただしその『侵略者』をこの国に持ち込んだのは人間だ。
正直この区間はあまり歩きたくない。
次に歩くときにはパノラマが見えるところから、同じ道を引き返そう。
その方がよっぽど気持ちいい。
帰りがけに友達のカナちゃんの家に寄る。彼女も数年来の友達で言いたいことを言える人だ。
この人も面白い人でネタになるので今はとっておく。
「ねえカナちゃん、ビールないの?」
「ないわよ。あ、ジンジャービールならあるわ。これ飲みなよ。うちは誰も飲まないから。」
「ジンジャービールかあ、まあいいや、ちょうだい」
ジンジャービールとはジンジャーエールみたいなものだ。
ぼくはフタを開けつぶやいた。
「今日は『大地に』だな。一応ビールだしね」
『大地に』とは、地球の上で遊ばせてもらった時に飲むビールの最初を大地に捧げる、という儀式である。
「大地に」
ボクは外の階段に腰掛けると、ジンジャービールを少し芝生にこぼし、勢いよく飲んだ。
炭酸がほどよく喉を刺激する。よく冷えて美味い。
甘いのが難点だがジンジャービールも悪くないな。
「じゃあこれからビールやめて、ジンジャービールにすればいいじゃん」
という声がどこからか聞こえてきたが、それはそれ、これはこれってことで、まあまあまあまあ・・・・。
カナちゃんが用事を終えて外に出てきた。
今日はカレーをたくさん作ったのでご招待である。
彼女と歩いてクリスの家へ向う。
彼女が住むファーンヒルからクリスの家までは整備された道がある。
「ねえカナちゃん、ここからダムに行く道もあるんでしょ?」
そういえばダムの所で看板をみたっけ。
「あるわよ、行ったことないの?」
「ないよ」
「じゃあ、そっちから行きましょ」
彼女は先をスタスタと歩き始めた。
森に入ってすぐにボクはゴミを見つけてしまった。
ビニール袋と菓子の袋だ。
「まったく何でこういう所に捨てるかなあ」
ブツブツ言いながらビニール袋を拾ってみるとなんか黒い塊りが入っている。
「うへえ、犬のウンコだ~」
だが拾ってしまったがウンのつき。
それを再び捨てることは許されない。それは捨てた人と同じ罪だ。
まあだいぶ古いようだし、ウンがついたと思うことにしよう。
ゴミ拾いをしながら歩くのにビニール袋は必要だ。
森を進むと道は急に細くなり、かなり急な下りとなる。なかなか本格的なトラックだ。
ボクはトレッキングブーツを履いているので平気だが、甘く見てサンダルなんかで来たら痛い目にあうだろう。
さすがニュージーランド。奥は深いぜ。
急な下りを降りきると、さっき通ったダムに出た。ダムは土砂で埋まり歩いて渡れる。
ダムからは渓谷のわきの道を行く。
じめじめした谷間はシダが生い茂る。ファーンヒル、シダの丘なんだな。
ここから家はすぐだ。
家に帰りシャワーを浴びてマイク特製ビールを開ける。
ヤツのビールは当たり外れがあるが今回は当たりだ。ジンジャービールもたまにはいいが、本物のビールはもっと良い。
しばらくすると仕事を終えたキヨミちゃんも帰ってきた。
内面からにじみ出る美人達に囲まれカレーを食う。
この娘達はとてもよく食べる。見ていて気持ちがよい。
大鍋一杯に作ったカレーがほとんどなくなり、次の朝に完全になくなった。
夜、カナちゃんは暗くなる前に歩いて帰り、ボクは庭で一人ギターを弾く。
観客は木々、鳥たち、そしてときおり吹き抜ける風だ。
今日もまた密度の濃い時間を過ごせた。
自分に、自然に、そしてボクを取り巻く全ての人々に感謝。
こんな一日もいいもんだ。
完
松の林は面白くない。下草は生えていないし、どこかしら人工的な感じがする。
ブナの森は木が一本一本違う。木の個性というものがある。
幹の途中からグニャリと曲がっている木には「あれあれ、君の人生には一体どんなことがあったんだい?」などと話かけてしまう。
りっぱなコブをつける木もあれば、『好きに枝を伸ばしたらこうなっちゃったんだ』というような木まで個性が豊かだ。
足元にはコケの中からブナの赤ちゃんが一生懸命そだっているし、シダの世界もある。ランが群生している場所もある。
多種多様な命の育みがある。だからブナの森は好きなのだ。
それに比べると松の林はみんなまっすぐで木の個性は見られない。まるで優等生ばかりの全校集会みたいだ。
そして松がなくなると今度はエニシダだ。この国で一番嫌われている植物だろう。
ちょうど花が咲く時期で、まっ黄色の花をたっぷりとつけている。不気味だ。
エニシダはマメ科で、この花一つ一つがさやになり、その中に種が10粒ぐらいできる。
夏も盛りになると、花が実になり莫大な数の種を落とす。地面に落ちた種は何十年も発芽可能な状態で芽を出すチャンスを待つ。
しかもこの植物は夏と冬、一年で2回花を咲かせる。
別の場所だが一山全部エニシダにおおわれた山を見たことがある。そうなるとその山は牧場にも使えない。
こんなに育つのではこの国で『侵略者』と呼ばれても仕方ないな。
ただしその『侵略者』をこの国に持ち込んだのは人間だ。
正直この区間はあまり歩きたくない。
次に歩くときにはパノラマが見えるところから、同じ道を引き返そう。
その方がよっぽど気持ちいい。
帰りがけに友達のカナちゃんの家に寄る。彼女も数年来の友達で言いたいことを言える人だ。
この人も面白い人でネタになるので今はとっておく。
「ねえカナちゃん、ビールないの?」
「ないわよ。あ、ジンジャービールならあるわ。これ飲みなよ。うちは誰も飲まないから。」
「ジンジャービールかあ、まあいいや、ちょうだい」
ジンジャービールとはジンジャーエールみたいなものだ。
ぼくはフタを開けつぶやいた。
「今日は『大地に』だな。一応ビールだしね」
『大地に』とは、地球の上で遊ばせてもらった時に飲むビールの最初を大地に捧げる、という儀式である。
「大地に」
ボクは外の階段に腰掛けると、ジンジャービールを少し芝生にこぼし、勢いよく飲んだ。
炭酸がほどよく喉を刺激する。よく冷えて美味い。
甘いのが難点だがジンジャービールも悪くないな。
「じゃあこれからビールやめて、ジンジャービールにすればいいじゃん」
という声がどこからか聞こえてきたが、それはそれ、これはこれってことで、まあまあまあまあ・・・・。
カナちゃんが用事を終えて外に出てきた。
今日はカレーをたくさん作ったのでご招待である。
彼女と歩いてクリスの家へ向う。
彼女が住むファーンヒルからクリスの家までは整備された道がある。
「ねえカナちゃん、ここからダムに行く道もあるんでしょ?」
そういえばダムの所で看板をみたっけ。
「あるわよ、行ったことないの?」
「ないよ」
「じゃあ、そっちから行きましょ」
彼女は先をスタスタと歩き始めた。
森に入ってすぐにボクはゴミを見つけてしまった。
ビニール袋と菓子の袋だ。
「まったく何でこういう所に捨てるかなあ」
ブツブツ言いながらビニール袋を拾ってみるとなんか黒い塊りが入っている。
「うへえ、犬のウンコだ~」
だが拾ってしまったがウンのつき。
それを再び捨てることは許されない。それは捨てた人と同じ罪だ。
まあだいぶ古いようだし、ウンがついたと思うことにしよう。
ゴミ拾いをしながら歩くのにビニール袋は必要だ。
森を進むと道は急に細くなり、かなり急な下りとなる。なかなか本格的なトラックだ。
ボクはトレッキングブーツを履いているので平気だが、甘く見てサンダルなんかで来たら痛い目にあうだろう。
さすがニュージーランド。奥は深いぜ。
急な下りを降りきると、さっき通ったダムに出た。ダムは土砂で埋まり歩いて渡れる。
ダムからは渓谷のわきの道を行く。
じめじめした谷間はシダが生い茂る。ファーンヒル、シダの丘なんだな。
ここから家はすぐだ。
家に帰りシャワーを浴びてマイク特製ビールを開ける。
ヤツのビールは当たり外れがあるが今回は当たりだ。ジンジャービールもたまにはいいが、本物のビールはもっと良い。
しばらくすると仕事を終えたキヨミちゃんも帰ってきた。
内面からにじみ出る美人達に囲まれカレーを食う。
この娘達はとてもよく食べる。見ていて気持ちがよい。
大鍋一杯に作ったカレーがほとんどなくなり、次の朝に完全になくなった。
夜、カナちゃんは暗くなる前に歩いて帰り、ボクは庭で一人ギターを弾く。
観客は木々、鳥たち、そしてときおり吹き抜ける風だ。
今日もまた密度の濃い時間を過ごせた。
自分に、自然に、そしてボクを取り巻く全ての人々に感謝。
こんな一日もいいもんだ。
完