旅の宿
2012-02-16 | 旅
♪浴衣の君は すすきのかんざし 熱燗とっくりの首つまんで
「もう一杯いかが」なんて 妙に色っぽいね
僕は僕であぐらをかいて 君の頬と耳は真っ赤赤
ああ風流だなんて 一つ俳句でもひねって
部屋の明かりをすっかり消して 風呂上りの髪 いい香り
上弦の月だったけ 久しぶりだね 月見るなんて
僕はすっかり酔っ払って 君のひざまくらにうっとり
もう飲みすぎちまって 君を抱く気にもなれないみたい
吉田拓郎の『旅の宿』はいかにも、というぐらい日本の情緒にあふれている。
昭和だなあ。
ニュージーランドの旅の宿は、ドライであっけらかんと明るく、そしてさわやかである。
今シーズンはテカポに泊まることが多い。
会社が用意してくれるロッジは、街の中心から徒歩5分。
国道から離れていて車の音も気にならない静かな環境の中にあり、ボクはこのロッジをえらく気に入っている。
レイクビューではないが、湖を見たければ5分歩けば見れるし、反対側に5分歩けば氷河を載せた南アルプスも見れる。
早朝、散歩して黄金色の朝日に輝く山を見るのもお気に入りである。
ロッジはいくつもの棟から成り、敷地の真ん中は受付とキッチン、リビング等の共有スペースがある。
寝室のある棟の軒にはちょっとしたテラスになっており、ソファーが置かれ日当たりが良い。
このソファーに座りビールを飲みながら僕はギターを弾く。
ボクの居場所である。
敷地の片隅には良く手入れされた菜園があり、味噌汁用の菜っ葉とかネギなどはここからいただく。
人様が大切に育てている野菜を根こそぎ取るわけではない。
その植物が育つのに支障をきたさないぐらい、自分が必要な分だけいただく。
ボクも野菜を育てているので、どれぐらいまでOKか分かる。
また敷地の端にはニワトリ小屋もあり何匹かのニワトリがいる。
菜園にニワトリ小屋、ボクのクライストチャーチの家と一緒だ。
まるで自分の家にいるように僕はくつろぐ。
テラスでギターを弾いてマオリの唄なぞ歌っていると、スタッフの女の子が働いているのが見える。
彼女の後ろ姿からボクの唄を喜んで聴いてくれているのが分かる。
あんのじょう、彼女が通る時に言った。
「いい歌だわ、そのまま弾き続けて」
幸せな瞬間だ。
ある時、ロッジのオーナーと話をした。
彼は昔はこの辺りで飛行機のパイロットとかバスのドライバーをしていたと言う。
マウントクックラインというクライストチャーチからクィーンズタウンにかけてのトランスポートをやっていた会社が昔あった。
スキー場もその会社が経営していて、ボクはそこで働いていた。
オーナーのマイケルもその会社で働いており、古き善き時代を知る者同士、僕たちは昔話に花を咲かせた。
マイケルは働き者でいつも庭の手入れをしている。
オーナーの人徳なのであろう。ロッジは清潔で居心地が良い。
別の言い方をすれば空間が持つエネルギーが高い。
マイケルの愛がにじみでているのだ。
「この菜園は良く手入れされているね」
「ああ、ここの野菜も取っていっていいぞ」
「いや、実はネギとかすでにもらっているんだけど」
「おお、そうか。人参なんかも良く育っているから料理に使ってくれ」
ここでもまた、ありがたやなのである。
ロッジに来る人は国際色豊かでいろいろな人種の人が集まる。
こういう旅人とのふれあいもまた楽しい。
前回泊まった時には若いイタリア人の男とアメリカからの熟年夫婦という組み合わせでボクが唄を歌った。途中から横のテーブルにいたシンガポール人のカップルもそこに加わった。
アメリカ人の夫婦は音楽家族で子供達もミュージシャンだと言う。
マオリの定番ソングを歌うと奥さんがアドリブでコーラスで合わせてきた。
こういうセッションは大好きだ。
唄が終わった後、旦那が聞いた。
「この曲はなんていうタイトルだい?CDを探してみようと思うんだ」
「これはポカレカレアナ、マオリのラブソングだよ」
「ポゥクアネ・・何だって?」
「ポカレカレアナ」
「ポゥクワレカレウワラ」
「違う。ポカレカレアナ」
「ポゥクァレカレワーナ」
「ポカレカレアナ」
「ポークヮレクヮレアナ」
「もういい、紙に書いてあげる」
スペイン語でもそうだがアメリカ人というものはマオリ語も絶望的にヘタクソだ。
その後何曲かマオリの唄を歌うと奥さんが言った。
「あなた、どこかお店で歌っているの?」
「いいや。特にそういうのはやっていない」
「なんで、やらないの!バーとかで歌えばいいお金になるじゃないの。」
「そうかもしれないけど、やらない」
「もったいないわね。私の甥っ子はバーで唄を歌って一晩で何百ドルも稼ぐわよ。あなたもそうすればいいのに」
「やらないったらやらない。いいかね、将来的にそういうことになるかもしれないし、ならないかもしれない。だけど今のボクにはこの瞬間にこの場であんた達のために歌うことのほうが大切なんだよ」
その場にいた全員が頷いた。
ちょっとかっこつけすぎたかな。まあよかろう。
ある日一人でギターを弾いてるとスイス人の青年がやってきた。
「あの、ちょっとギターを弾いてもいいかな?」
ボクが手を止めビールを飲む時に、青年がおずおずと聞いた。
「おお、どうぞどうぞ。なんでもやってくれ」
青年は最初ポロポロ、そしてなじんでくるとリズムに乗ってコードでひき始めた。
「おお、いいな。その曲のキーはなんだい?」
「キー?分からない。耳で聞いて拾ったから。」
「おお、そうか。じゃちょっくら待ってろよ」
ボクは部屋に戻りハーモニカがいくつか入ってる小道具袋を持ってきた。
「そのまま続けて、続けて」
ボクは袋からDハープを取り出し吹いてみた。
ビンゴ。音がぴったり合った。
ボクはそのまま青年のギターに合わせ1フレーズ吹いてみた。
青年がびっくりして手を止めた。
「この元の曲を知っているのかい?」
「いいや、知らない。知らないけど、いいじゃん」
そして僕らはそのままセッションに入った。
コード進行はあまり複雑ではないので、初めて聞く局でも適当に合わせられる。
普段はギターを弾きながらなのでハーモニカに全て集中できないが、ギターを弾いてくれる人がいると手を使って色々な音が出せる。
しかも普段使っていないDハープの音は新鮮だ。
多分同じ曲は二度と出来ないだろうが、それがアドリブの良さでもある。
エンディングもアイコンタクトでばっちり決まった。
そこに人はいないが、空が、風が、木々が観客となってくれた。
JCとはもう何年も一緒にやっていないが、そろそろヤツとセッションをしたくなった。
庭でぼんやりニワトリ小屋を眺めていて気が付いた。
ここのニワトリ小屋は金網できっちりと囲んであり、地面の際には鉄板もいれてある。
クライストチャーチの我が家では、柵で囲ってあるだけだ。
ここにはストートがいるのか。
マイケルにそれを聞くとフェレットというイタチがいると言う。
ニワトリ小屋の入り口にレンガが敷いてあるのだが、それを子供がはがしたらその晩に3羽食い殺されたそうだ。
そのままニワトリ小屋の中も見せてもらった。
産みたての卵が5つあった。
「6羽のうち5羽が卵を産む。どのニワトリが産まないか分からないんだよ」
「クライストチャーチの家では4羽のうち3羽が産むよ。産まない鳥には『食糧危機が来たらオマエから食うぞ』と言い聞かせてある」
「どれ、今日はちょっと外に出してあげようかな」
マイケルはニワトリ小屋のドアを開けて鳥達を外に出した。
鶏はコンポストの囲いに行き中の虫をついばむ。
ここの鶏も幸せそうだ。
人間が品種改良によって生んだ現代の飛べない鳥は、人間が手厚く守ってあげなければすぐに食い殺されてしまう。
歴史に『もし』は無い。
無いことを知っていて言うのだが、もし、人間がこの国に捕食動物を持ち込まなかったら。
ここは今以上の楽園だったに違いない。
そしてそれを知りつつ、今ある環境で楽園を作っているマイケルの愛があふれるこのロッジ。
ここをぼくはテカポの我が家と呼ぶ。
「もう一杯いかが」なんて 妙に色っぽいね
僕は僕であぐらをかいて 君の頬と耳は真っ赤赤
ああ風流だなんて 一つ俳句でもひねって
部屋の明かりをすっかり消して 風呂上りの髪 いい香り
上弦の月だったけ 久しぶりだね 月見るなんて
僕はすっかり酔っ払って 君のひざまくらにうっとり
もう飲みすぎちまって 君を抱く気にもなれないみたい
吉田拓郎の『旅の宿』はいかにも、というぐらい日本の情緒にあふれている。
昭和だなあ。
ニュージーランドの旅の宿は、ドライであっけらかんと明るく、そしてさわやかである。
今シーズンはテカポに泊まることが多い。
会社が用意してくれるロッジは、街の中心から徒歩5分。
国道から離れていて車の音も気にならない静かな環境の中にあり、ボクはこのロッジをえらく気に入っている。
レイクビューではないが、湖を見たければ5分歩けば見れるし、反対側に5分歩けば氷河を載せた南アルプスも見れる。
早朝、散歩して黄金色の朝日に輝く山を見るのもお気に入りである。
ロッジはいくつもの棟から成り、敷地の真ん中は受付とキッチン、リビング等の共有スペースがある。
寝室のある棟の軒にはちょっとしたテラスになっており、ソファーが置かれ日当たりが良い。
このソファーに座りビールを飲みながら僕はギターを弾く。
ボクの居場所である。
敷地の片隅には良く手入れされた菜園があり、味噌汁用の菜っ葉とかネギなどはここからいただく。
人様が大切に育てている野菜を根こそぎ取るわけではない。
その植物が育つのに支障をきたさないぐらい、自分が必要な分だけいただく。
ボクも野菜を育てているので、どれぐらいまでOKか分かる。
また敷地の端にはニワトリ小屋もあり何匹かのニワトリがいる。
菜園にニワトリ小屋、ボクのクライストチャーチの家と一緒だ。
まるで自分の家にいるように僕はくつろぐ。
テラスでギターを弾いてマオリの唄なぞ歌っていると、スタッフの女の子が働いているのが見える。
彼女の後ろ姿からボクの唄を喜んで聴いてくれているのが分かる。
あんのじょう、彼女が通る時に言った。
「いい歌だわ、そのまま弾き続けて」
幸せな瞬間だ。
ある時、ロッジのオーナーと話をした。
彼は昔はこの辺りで飛行機のパイロットとかバスのドライバーをしていたと言う。
マウントクックラインというクライストチャーチからクィーンズタウンにかけてのトランスポートをやっていた会社が昔あった。
スキー場もその会社が経営していて、ボクはそこで働いていた。
オーナーのマイケルもその会社で働いており、古き善き時代を知る者同士、僕たちは昔話に花を咲かせた。
マイケルは働き者でいつも庭の手入れをしている。
オーナーの人徳なのであろう。ロッジは清潔で居心地が良い。
別の言い方をすれば空間が持つエネルギーが高い。
マイケルの愛がにじみでているのだ。
「この菜園は良く手入れされているね」
「ああ、ここの野菜も取っていっていいぞ」
「いや、実はネギとかすでにもらっているんだけど」
「おお、そうか。人参なんかも良く育っているから料理に使ってくれ」
ここでもまた、ありがたやなのである。
ロッジに来る人は国際色豊かでいろいろな人種の人が集まる。
こういう旅人とのふれあいもまた楽しい。
前回泊まった時には若いイタリア人の男とアメリカからの熟年夫婦という組み合わせでボクが唄を歌った。途中から横のテーブルにいたシンガポール人のカップルもそこに加わった。
アメリカ人の夫婦は音楽家族で子供達もミュージシャンだと言う。
マオリの定番ソングを歌うと奥さんがアドリブでコーラスで合わせてきた。
こういうセッションは大好きだ。
唄が終わった後、旦那が聞いた。
「この曲はなんていうタイトルだい?CDを探してみようと思うんだ」
「これはポカレカレアナ、マオリのラブソングだよ」
「ポゥクアネ・・何だって?」
「ポカレカレアナ」
「ポゥクワレカレウワラ」
「違う。ポカレカレアナ」
「ポゥクァレカレワーナ」
「ポカレカレアナ」
「ポークヮレクヮレアナ」
「もういい、紙に書いてあげる」
スペイン語でもそうだがアメリカ人というものはマオリ語も絶望的にヘタクソだ。
その後何曲かマオリの唄を歌うと奥さんが言った。
「あなた、どこかお店で歌っているの?」
「いいや。特にそういうのはやっていない」
「なんで、やらないの!バーとかで歌えばいいお金になるじゃないの。」
「そうかもしれないけど、やらない」
「もったいないわね。私の甥っ子はバーで唄を歌って一晩で何百ドルも稼ぐわよ。あなたもそうすればいいのに」
「やらないったらやらない。いいかね、将来的にそういうことになるかもしれないし、ならないかもしれない。だけど今のボクにはこの瞬間にこの場であんた達のために歌うことのほうが大切なんだよ」
その場にいた全員が頷いた。
ちょっとかっこつけすぎたかな。まあよかろう。
ある日一人でギターを弾いてるとスイス人の青年がやってきた。
「あの、ちょっとギターを弾いてもいいかな?」
ボクが手を止めビールを飲む時に、青年がおずおずと聞いた。
「おお、どうぞどうぞ。なんでもやってくれ」
青年は最初ポロポロ、そしてなじんでくるとリズムに乗ってコードでひき始めた。
「おお、いいな。その曲のキーはなんだい?」
「キー?分からない。耳で聞いて拾ったから。」
「おお、そうか。じゃちょっくら待ってろよ」
ボクは部屋に戻りハーモニカがいくつか入ってる小道具袋を持ってきた。
「そのまま続けて、続けて」
ボクは袋からDハープを取り出し吹いてみた。
ビンゴ。音がぴったり合った。
ボクはそのまま青年のギターに合わせ1フレーズ吹いてみた。
青年がびっくりして手を止めた。
「この元の曲を知っているのかい?」
「いいや、知らない。知らないけど、いいじゃん」
そして僕らはそのままセッションに入った。
コード進行はあまり複雑ではないので、初めて聞く局でも適当に合わせられる。
普段はギターを弾きながらなのでハーモニカに全て集中できないが、ギターを弾いてくれる人がいると手を使って色々な音が出せる。
しかも普段使っていないDハープの音は新鮮だ。
多分同じ曲は二度と出来ないだろうが、それがアドリブの良さでもある。
エンディングもアイコンタクトでばっちり決まった。
そこに人はいないが、空が、風が、木々が観客となってくれた。
JCとはもう何年も一緒にやっていないが、そろそろヤツとセッションをしたくなった。
庭でぼんやりニワトリ小屋を眺めていて気が付いた。
ここのニワトリ小屋は金網できっちりと囲んであり、地面の際には鉄板もいれてある。
クライストチャーチの我が家では、柵で囲ってあるだけだ。
ここにはストートがいるのか。
マイケルにそれを聞くとフェレットというイタチがいると言う。
ニワトリ小屋の入り口にレンガが敷いてあるのだが、それを子供がはがしたらその晩に3羽食い殺されたそうだ。
そのままニワトリ小屋の中も見せてもらった。
産みたての卵が5つあった。
「6羽のうち5羽が卵を産む。どのニワトリが産まないか分からないんだよ」
「クライストチャーチの家では4羽のうち3羽が産むよ。産まない鳥には『食糧危機が来たらオマエから食うぞ』と言い聞かせてある」
「どれ、今日はちょっと外に出してあげようかな」
マイケルはニワトリ小屋のドアを開けて鳥達を外に出した。
鶏はコンポストの囲いに行き中の虫をついばむ。
ここの鶏も幸せそうだ。
人間が品種改良によって生んだ現代の飛べない鳥は、人間が手厚く守ってあげなければすぐに食い殺されてしまう。
歴史に『もし』は無い。
無いことを知っていて言うのだが、もし、人間がこの国に捕食動物を持ち込まなかったら。
ここは今以上の楽園だったに違いない。
そしてそれを知りつつ、今ある環境で楽園を作っているマイケルの愛があふれるこのロッジ。
ここをぼくはテカポの我が家と呼ぶ。