一番生育の進んだ最初に播種したソラマメの多くの株に枝の曲がりや傾きが見られ、この写真以上にぐちゃぐちゃになった株もあります。
収穫量に影響がある訳ではありませんが、枝が横に広がってしまうと収穫作業がやりにくくなって不都合です。
・植え付け時期と繁り具合の関係(左側が早く植え付けたもの)
・最初に播種したソラマメ
・大風で折れた株
・最後に播種したソラマメ(まだ花が咲いていない状態)
・二番目に播種したソラマメのポット植え
収穫量に影響がある訳ではありませんが、枝が横に広がってしまうと収穫作業がやりにくくなって不都合です。
・植え付け時期と繁り具合の関係(左側が早く植え付けたもの)
・最初に播種したソラマメ
・大風で折れた株
・最後に播種したソラマメ(まだ花が咲いていない状態)
・二番目に播種したソラマメのポット植え
ジャガイモの植え付けはもう終わりにするつもりでしたが、昨年収穫したイモが利用出来ないまま芽が出てしまったものを、どうしても捨てることが出来なかったのです。
しかし、以前の実験栽培では出る芽の数が多過ぎ、その一方で地上部の生育が良くなかったので、二度とやるまいと思っていたのですが、今年は場所に少し余裕があったために再チャレンジしてみることにしました。
前回との違いは、施肥量の多さで、例によって牛フン堆肥を元肥えにたっぷり使っています。
・植え付けの状態
・植え付けの終わった畝
しかし、以前の実験栽培では出る芽の数が多過ぎ、その一方で地上部の生育が良くなかったので、二度とやるまいと思っていたのですが、今年は場所に少し余裕があったために再チャレンジしてみることにしました。
前回との違いは、施肥量の多さで、例によって牛フン堆肥を元肥えにたっぷり使っています。
・植え付けの状態
・植え付けの終わった畝
ルリユール おじさん
作・絵: いせひでこ
出版社: 理論社
税込価格: 1,680
(本体価格:1,600)
発行日: 2006年09月
物語は、歴史を感じさせるアパートメントが立ち並ぶ、冬の朝のパリから始まりました。
少女ソフィーは、壊れてしまった自分の大切な植物図鑑を抱え、その本を修理してくれる人を探して、パリの街中を歩き回ります。
街頭に店を広げる本屋は、そんなソフィーに
「*そんなにだいじな本なら、ルリユールのところに行ってごらん」と声を掛けてくれました。
ルリユール(RELIEUR)とは、製本と装丁を一人で手掛ける職人のことです。
ソフィーが街に飛び出した頃、年老いたルリユールは仕事場に向かうところでした。
ソフィーはルリユールを探しながら、又一方で老人は昼食のためのパンを手に入れながら、それぞれ別の表通りを歩いていましたが、二人はやっと彼の仕事場の前で出遭います。
仕事場に入った彼は、窓の外からじっと中をうかがっていたソフィーに気づき、彼女を中に招き入れました。
ルリユールの仕事場は、ソフィーにとって珍しいものばかりでした。
製本に使う紙や布などの材料が溢れかえり、製本のための大きな押し切り台や紙を本の形にして締め付けるための道具が置いてある様子に、ソフィーの興味は尽きません。
ルリユール:*こんなになるまで、よく読んだねえ。ようし、なんとかしてあげよう。
ソフィー :*木がすきなの。木のことならなんでものっているのよ。
ルリユール:*では、まず一度本をばらばらにしよう、とじなおすために。
ルリユール:*「ルリユール」ということばには「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。
ソフィー :*おじさん、アカシアの木すき?
ルリユール:*この表紙はじゅうぶんにはたらいたね、あたらしくつくろう。
ソフィー :*アカシアのハチミツっておいしいのよ。
老人は作業にかかりました。
まずバラバラになった本の紙をそろえて、大きさを整えます。
紙を糸でかがった次は、本の背側になる面をのりで固め、丸みをつけるためのハンマーで叩きます。
表紙は新しくすることにして、彼はごちゃごちゃになった部屋の片隅から表紙の材料にするカルトン(ボール紙)を取り出しました。
カルトンは、大きな押し切り台で表紙の大きさに整え、穴を開けてから糸を通します。
通した糸は、表紙の裏に回して目立たないように先をつぶし、カルトンの内側に貼り付けてその上から裏紙を貼りました。
表紙がそらないように、裏表紙の内側にも裏紙を貼り、本の背になる部分にモスリン(細かい網目の布)を貼ります。
貼ったモスリンの上に更に背の紙を二回貼り、本の形にしたままプレスをして一日乾かします。
その後に羊皮や布紙で全体を覆いますが、今日はプレスをしたままです。
本をプレス機にかけると今度は表紙にする革と紙を選びます。
ソフィーは、植物図鑑に相応しい森の色の革を選びました。
老人は、その革が紙の薄さになるくらいまで、裏側からていねいにヘラで削っていきます。
ヘラを動かす老人の手は、まるで木のこぶのようでした。
今日の作業はここまでです。
お腹がへった二人は、老人が朝買ったフランスパンを持って公園に行くことにしました。
公園までの道すがら、老人は自分の身の上話を始めます。
彼の父親もルリユールで、仕事場に掛っている肖像画の人物でした。
ルリユールは、400年も続いてきた仕事なのです。
公園にはルリユールの仕事と同じくらいの年月を生き抜いた冬枯れのアカシアの大木が、二人を見おろしていました。
二人は、帰り道の途中で別れます。
ソフィーが名乗ったのは、この時が初めてでしたが、老人は名乗らずに自分のことを「*ルリユールおじさんでいい。」と言いました。
一人になった老人は、仕事場の父のことを思い出しました。
父も彼と同じように木のこぶのような手をしていたのです。
木のこぶのような手であっても、デリケートな手で素晴らしい出来栄えの仕事を残した職人でした。
父は言いました。
*本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱい詰まっている。
*それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。
60以上ある工程をひとりで手がけ、最後に本の背にタイトルを金箔で押すことまで出来るのが、一人前のルリユールなのです。
子どもの頃の彼にとって、彼の父の手は「魔法の手」でした。
彼は、自分の父に近づくことが目標でもありました。
さて、老人とソフィーが出会ったあの日から、いく日経ったでしょうか。
アカシアは春の芽吹きが始まりました。もう本が出来上がっている頃です。
ソフィーが路地をかけ足でやってきます。手には種から芽生えた小さなアカシアの苗の鉢を持っています。
ルリユールの仕事場の窓辺には、ソフィーの植物図鑑が新しくなって置いてありました。
その本には、新しいタイトルで「*ARBRES de SOPHIE」―*ソフィーの木たち。と金文字で付けられ、ソフィーの書いたアカシアの絵が表紙になっていました。
ソフィーは、新しくなった図鑑を手にしてまた新しい知識の扉を開きます。
老人は、ソフィーからプレゼントされたアカシアの鉢を受け取ったまま眠ってしまいました。
年月が経って、ソフィーは植物学の研究者になりましたが、老人が作り直した本は二度とこわれることはありませんでした。
彼女はそれを報告するかのように、あの時の公園のアカシアの木の前で本を開いています。
ここからがレビューです。
子どもにおいては、体のみならず知識欲旺盛なところも育ち盛りと言うべきなのでしょう。
この絵本は、そんな一人の少女と伝統的技術を伝える熟練した職人との交流のお話です。
技術は、それによる恩恵を求める相手との関わりの中でより高度なものとなり、更には次の世代へと受け継がれていきます。
この本は、そうした技術の本質を絵本にしたものであり、その技術への尊敬の念を抱かせるとともに、熟練の技術との出会いを通した子供の成長について描かれたものです。
この絵本では製本に関して描かれていますが、素晴らしい技術との出会いには感動があります。
それは技術を伝承する側としての感動でもあり、一方では技術の恩恵を受ける側としての感動です。
私たちは、その多くが技術の恩恵を受け取る側ですが、一方で仕事や趣味などを通して技術を伝える側にもなります。
私たちの全ての技術との出会いが、ソフィーとルリユールおじさんのようなものであったなら、私たちの人生はどれほど豊かなものになるでしょうか。
作者の「いせ ひでこ」さんについては、水彩の絵の美しさや主人公であるソフィーの素直さと無邪気さに魅了されますが、そればかりでなくルリユールの仕事の描き方で示されるように、熟練した技術と出会う感動を伝えるに相応しい卓越した表現力をお持ちの画家です。
彼女の描くパリの街の雰囲気や工房の中の様子、製本の工程や技術を紹介するシーンは、実際に現地に住んでルリユールの工房に通い詰めていたからこそのものでしょう。
最初のソフィーが彼と出会うまでのシーンで、二人はそれぞれに違う場所にいて、絵本の見開きの左と右に分かれていましたが、見開きの8枚目になってやっと彼の仕事場の前で出遭います。
このへんの描き方も、人との出会いが実に運命的でドラマチックなものであることを示唆していて、絵本のテーマをより深いものにしてくれます。
「いせ ひでこ」さんの先品は他にもありますので、また次の機会にご紹介したいと思います。
最後になりましたが、ルリユールについての説明サイトをひとつだけ紹介します。
後はご自身で調べて下さい。
どうか、このレビューが、あなたにとって感動的な技術との出会いにつながるきっかけとなり、それがあなたの新しい世界への扉を開くことになりますように。
作・絵: いせひでこ
出版社: 理論社
税込価格: 1,680
(本体価格:1,600)
発行日: 2006年09月
物語は、歴史を感じさせるアパートメントが立ち並ぶ、冬の朝のパリから始まりました。
少女ソフィーは、壊れてしまった自分の大切な植物図鑑を抱え、その本を修理してくれる人を探して、パリの街中を歩き回ります。
街頭に店を広げる本屋は、そんなソフィーに
「*そんなにだいじな本なら、ルリユールのところに行ってごらん」と声を掛けてくれました。
ルリユール(RELIEUR)とは、製本と装丁を一人で手掛ける職人のことです。
ソフィーが街に飛び出した頃、年老いたルリユールは仕事場に向かうところでした。
ソフィーはルリユールを探しながら、又一方で老人は昼食のためのパンを手に入れながら、それぞれ別の表通りを歩いていましたが、二人はやっと彼の仕事場の前で出遭います。
仕事場に入った彼は、窓の外からじっと中をうかがっていたソフィーに気づき、彼女を中に招き入れました。
ルリユールの仕事場は、ソフィーにとって珍しいものばかりでした。
製本に使う紙や布などの材料が溢れかえり、製本のための大きな押し切り台や紙を本の形にして締め付けるための道具が置いてある様子に、ソフィーの興味は尽きません。
ルリユール:*こんなになるまで、よく読んだねえ。ようし、なんとかしてあげよう。
ソフィー :*木がすきなの。木のことならなんでものっているのよ。
ルリユール:*では、まず一度本をばらばらにしよう、とじなおすために。
ルリユール:*「ルリユール」ということばには「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。
ソフィー :*おじさん、アカシアの木すき?
ルリユール:*この表紙はじゅうぶんにはたらいたね、あたらしくつくろう。
ソフィー :*アカシアのハチミツっておいしいのよ。
老人は作業にかかりました。
まずバラバラになった本の紙をそろえて、大きさを整えます。
紙を糸でかがった次は、本の背側になる面をのりで固め、丸みをつけるためのハンマーで叩きます。
表紙は新しくすることにして、彼はごちゃごちゃになった部屋の片隅から表紙の材料にするカルトン(ボール紙)を取り出しました。
カルトンは、大きな押し切り台で表紙の大きさに整え、穴を開けてから糸を通します。
通した糸は、表紙の裏に回して目立たないように先をつぶし、カルトンの内側に貼り付けてその上から裏紙を貼りました。
表紙がそらないように、裏表紙の内側にも裏紙を貼り、本の背になる部分にモスリン(細かい網目の布)を貼ります。
貼ったモスリンの上に更に背の紙を二回貼り、本の形にしたままプレスをして一日乾かします。
その後に羊皮や布紙で全体を覆いますが、今日はプレスをしたままです。
本をプレス機にかけると今度は表紙にする革と紙を選びます。
ソフィーは、植物図鑑に相応しい森の色の革を選びました。
老人は、その革が紙の薄さになるくらいまで、裏側からていねいにヘラで削っていきます。
ヘラを動かす老人の手は、まるで木のこぶのようでした。
今日の作業はここまでです。
お腹がへった二人は、老人が朝買ったフランスパンを持って公園に行くことにしました。
公園までの道すがら、老人は自分の身の上話を始めます。
彼の父親もルリユールで、仕事場に掛っている肖像画の人物でした。
ルリユールは、400年も続いてきた仕事なのです。
公園にはルリユールの仕事と同じくらいの年月を生き抜いた冬枯れのアカシアの大木が、二人を見おろしていました。
二人は、帰り道の途中で別れます。
ソフィーが名乗ったのは、この時が初めてでしたが、老人は名乗らずに自分のことを「*ルリユールおじさんでいい。」と言いました。
一人になった老人は、仕事場の父のことを思い出しました。
父も彼と同じように木のこぶのような手をしていたのです。
木のこぶのような手であっても、デリケートな手で素晴らしい出来栄えの仕事を残した職人でした。
父は言いました。
*本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱい詰まっている。
*それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。
60以上ある工程をひとりで手がけ、最後に本の背にタイトルを金箔で押すことまで出来るのが、一人前のルリユールなのです。
子どもの頃の彼にとって、彼の父の手は「魔法の手」でした。
彼は、自分の父に近づくことが目標でもありました。
さて、老人とソフィーが出会ったあの日から、いく日経ったでしょうか。
アカシアは春の芽吹きが始まりました。もう本が出来上がっている頃です。
ソフィーが路地をかけ足でやってきます。手には種から芽生えた小さなアカシアの苗の鉢を持っています。
ルリユールの仕事場の窓辺には、ソフィーの植物図鑑が新しくなって置いてありました。
その本には、新しいタイトルで「*ARBRES de SOPHIE」―*ソフィーの木たち。と金文字で付けられ、ソフィーの書いたアカシアの絵が表紙になっていました。
ソフィーは、新しくなった図鑑を手にしてまた新しい知識の扉を開きます。
老人は、ソフィーからプレゼントされたアカシアの鉢を受け取ったまま眠ってしまいました。
年月が経って、ソフィーは植物学の研究者になりましたが、老人が作り直した本は二度とこわれることはありませんでした。
彼女はそれを報告するかのように、あの時の公園のアカシアの木の前で本を開いています。
ここからがレビューです。
子どもにおいては、体のみならず知識欲旺盛なところも育ち盛りと言うべきなのでしょう。
この絵本は、そんな一人の少女と伝統的技術を伝える熟練した職人との交流のお話です。
技術は、それによる恩恵を求める相手との関わりの中でより高度なものとなり、更には次の世代へと受け継がれていきます。
この本は、そうした技術の本質を絵本にしたものであり、その技術への尊敬の念を抱かせるとともに、熟練の技術との出会いを通した子供の成長について描かれたものです。
この絵本では製本に関して描かれていますが、素晴らしい技術との出会いには感動があります。
それは技術を伝承する側としての感動でもあり、一方では技術の恩恵を受ける側としての感動です。
私たちは、その多くが技術の恩恵を受け取る側ですが、一方で仕事や趣味などを通して技術を伝える側にもなります。
私たちの全ての技術との出会いが、ソフィーとルリユールおじさんのようなものであったなら、私たちの人生はどれほど豊かなものになるでしょうか。
作者の「いせ ひでこ」さんについては、水彩の絵の美しさや主人公であるソフィーの素直さと無邪気さに魅了されますが、そればかりでなくルリユールの仕事の描き方で示されるように、熟練した技術と出会う感動を伝えるに相応しい卓越した表現力をお持ちの画家です。
彼女の描くパリの街の雰囲気や工房の中の様子、製本の工程や技術を紹介するシーンは、実際に現地に住んでルリユールの工房に通い詰めていたからこそのものでしょう。
最初のソフィーが彼と出会うまでのシーンで、二人はそれぞれに違う場所にいて、絵本の見開きの左と右に分かれていましたが、見開きの8枚目になってやっと彼の仕事場の前で出遭います。
このへんの描き方も、人との出会いが実に運命的でドラマチックなものであることを示唆していて、絵本のテーマをより深いものにしてくれます。
「いせ ひでこ」さんの先品は他にもありますので、また次の機会にご紹介したいと思います。
最後になりましたが、ルリユールについての説明サイトをひとつだけ紹介します。
後はご自身で調べて下さい。
どうか、このレビューが、あなたにとって感動的な技術との出会いにつながるきっかけとなり、それがあなたの新しい世界への扉を開くことになりますように。
明日からデッキ下の整理が始まります。
捨てられない性格なのですが、このままでは収納以外に利用出来ない状態なので、
この際利用しないものは捨てようと考えています。
・集積物の裏側
・塗装工事の終了1
・同上2
・ホワイトデーのプレゼント選び
・購入した枝豆とスイートコーンの種子
捨てられない性格なのですが、このままでは収納以外に利用出来ない状態なので、
この際利用しないものは捨てようと考えています。
・集積物の裏側
・塗装工事の終了1
・同上2
・ホワイトデーのプレゼント選び
・購入した枝豆とスイートコーンの種子
塗装工事中のデッキ下は、工事屋さんが片付けてくれました。
・デッキ下上部の下塗りの状況
・同上2
・同上3
桜の花芽は少しだけ膨らんできました。
・今年はまだまだ収穫出来る紅苔菜
・ポリエチレンシートで保温した最初に播種したスイートコーン
・花盛りの最初に播種したソラマメ
・上の段の畑の様子
・デッキ下上部の下塗りの状況
・同上2
・同上3
桜の花芽は少しだけ膨らんできました。
・今年はまだまだ収穫出来る紅苔菜
・ポリエチレンシートで保温した最初に播種したスイートコーン
・花盛りの最初に播種したソラマメ
・上の段の畑の様子
おやすみなさい おつきさま
作: マーガレット・ワイズ・ブラウン
絵: クレメント・ハード
訳: せた ていじ
出版社: 評論社
税込価格: 1,050
(本体価格:1,000)
発行日: 1979年9月20日
この本の帯には こう書いてありました。
*オバマ氏の講演の骨子
*■「初めに言葉があった」これは聖書の言葉だが、広い意味では「本」の重要性について語っているものである。
*■テレビを消して読み聞かせをしたり、読んだ本について語ったり、親は子どもが読書を好きになるような努力を惜しんではいけない。
*■子どもの最初の検診のついでに、図書館利用カードか、人生最初の一冊として“おやすみなさい おつきさま”(私が大好きな本だから)を携えて帰るべきだと思う。
*■我々には、子ども達が夢を実現できるチャンスを与えるべく、読書への愛を植えつける責任がある。
*-2005年アメリカ図書館協会での基調講演より-
不思議な雰囲気の絵本です。
広い子供部屋で ウサギの子供が ひとりベッドで 眠りにつこうとしています。
部屋の中には 額がみっつ 揺り椅子に座って編み物をする、ウサギのおばあさん 編み物の糸にじゃれる子ネコが二匹 人形の家 本棚 本棚に置いてある人形 薪が燃えている暖炉 室内に干した靴下と手袋が それぞれひと組 天井に届いた風船 スタンドを置いた丸いテーブルには、櫛とブラシ ひと椀のおかゆ 床には一匹のネズミ 窓の外には、夜空と星 そして最後に「そこここで聞こえる音たち」です。
ウサギの子は そのひとつひとつに 寝る前の挨拶「おやすみなさい○○」と言います。
子ウサギが眠りにつくと 部屋の中は最初と様子が変わります。
ウサギのおばあさんは 部屋から出て行きました。
おばあさんが座っていた揺り椅子には ネコが二匹寝そべっています。
部屋の電灯は消えています。 スタンドも消灯しています。
人形の家は 中の明かりが窓に映っています。 暖炉の火は消えていません。
ネズミは 窓辺に移動しました。
月や星の位置は変化しています。
そして絵本は 子ウサギの
*「おやすみなさい そこここできここえるおとたち」
で終わります。
どうして この絵本がオバマ氏の言う 子ども達にとっての「人生最初の一冊」なのでしょうか?
私は 何度も何度も繰り返し読み そして理解したのです。(多分)
これは 小さな子ども達に 身の回りのものへの関心を 持たせる絵本のような気がします。
子どもの眠る前の挨拶を通じて 自分以外の存在を認識し その存在と自分との関わりに気付いていくのでしょう。
前向きに生きることの基本でもある 全ての存在に感謝し、愛することにも繋がることだと 私は思うのです。
最後になりますが、この絵本の翻訳者は、先日レビューを紹介した「おだんごぱん」の訳者でもある「せた ていじ」先生です。
せた先生は、この本が日本で最初に出版されたひと月前に亡くなられています。
絵本の帯の オバマ氏のあの言葉を 先生に読ませてあげたかったと思うのは、私ばかりでしょうか?
30年近くも版を重ねてきたこの絵本の価値を オバマ氏の大統領就任を機会に 私たちはもう一度確認してみようではありませんか。(何か いつもと違うような気が・・・)
作: マーガレット・ワイズ・ブラウン
絵: クレメント・ハード
訳: せた ていじ
出版社: 評論社
税込価格: 1,050
(本体価格:1,000)
発行日: 1979年9月20日
この本の帯には こう書いてありました。
*オバマ氏の講演の骨子
*■「初めに言葉があった」これは聖書の言葉だが、広い意味では「本」の重要性について語っているものである。
*■テレビを消して読み聞かせをしたり、読んだ本について語ったり、親は子どもが読書を好きになるような努力を惜しんではいけない。
*■子どもの最初の検診のついでに、図書館利用カードか、人生最初の一冊として“おやすみなさい おつきさま”(私が大好きな本だから)を携えて帰るべきだと思う。
*■我々には、子ども達が夢を実現できるチャンスを与えるべく、読書への愛を植えつける責任がある。
*-2005年アメリカ図書館協会での基調講演より-
不思議な雰囲気の絵本です。
広い子供部屋で ウサギの子供が ひとりベッドで 眠りにつこうとしています。
部屋の中には 額がみっつ 揺り椅子に座って編み物をする、ウサギのおばあさん 編み物の糸にじゃれる子ネコが二匹 人形の家 本棚 本棚に置いてある人形 薪が燃えている暖炉 室内に干した靴下と手袋が それぞれひと組 天井に届いた風船 スタンドを置いた丸いテーブルには、櫛とブラシ ひと椀のおかゆ 床には一匹のネズミ 窓の外には、夜空と星 そして最後に「そこここで聞こえる音たち」です。
ウサギの子は そのひとつひとつに 寝る前の挨拶「おやすみなさい○○」と言います。
子ウサギが眠りにつくと 部屋の中は最初と様子が変わります。
ウサギのおばあさんは 部屋から出て行きました。
おばあさんが座っていた揺り椅子には ネコが二匹寝そべっています。
部屋の電灯は消えています。 スタンドも消灯しています。
人形の家は 中の明かりが窓に映っています。 暖炉の火は消えていません。
ネズミは 窓辺に移動しました。
月や星の位置は変化しています。
そして絵本は 子ウサギの
*「おやすみなさい そこここできここえるおとたち」
で終わります。
どうして この絵本がオバマ氏の言う 子ども達にとっての「人生最初の一冊」なのでしょうか?
私は 何度も何度も繰り返し読み そして理解したのです。(多分)
これは 小さな子ども達に 身の回りのものへの関心を 持たせる絵本のような気がします。
子どもの眠る前の挨拶を通じて 自分以外の存在を認識し その存在と自分との関わりに気付いていくのでしょう。
前向きに生きることの基本でもある 全ての存在に感謝し、愛することにも繋がることだと 私は思うのです。
最後になりますが、この絵本の翻訳者は、先日レビューを紹介した「おだんごぱん」の訳者でもある「せた ていじ」先生です。
せた先生は、この本が日本で最初に出版されたひと月前に亡くなられています。
絵本の帯の オバマ氏のあの言葉を 先生に読ませてあげたかったと思うのは、私ばかりでしょうか?
30年近くも版を重ねてきたこの絵本の価値を オバマ氏の大統領就任を機会に 私たちはもう一度確認してみようではありませんか。(何か いつもと違うような気が・・・)