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もう一人の自分のパワーをアップしてエラーを減らす

2006-10-18 | ヒューマンエラー


  
ヒューマンエラー低減のための心理学からの提案
—ーもう一人の自分のパワーをアップしてエラーを減らすーー

 東京成徳大学人文学部 海保博之 

はじめに
 只今ご紹介をいただきました海保でございます。本日はお招きいただき光栄です。
 今日は短い時間ではございますが、心理学の方から見たヒューマンエラー、あるいはそれが事故に繋がらないようにするにはどうしたら良いかと言うようなことにつきましてお話しさせていただきたいと思います。
●本日の講演のねらい
頭の中にはもう一人の自分(ホムンクルス)がいて、それが自分の頭の働きや行動を監視したり、調節したりしているという感覚は、誰しもがそれなりにお持ちのはずです。

今日の話は、このホムンクルスのパワーをアップして、自分のヒューマンエラーを減らそうというものです。
具体的には、2つの方策があります。
一つは、エラーの心理学についての知識を豊富にすることでホムンクルスのパワーをアップするというものです。これが主たる話になります。
もうひとつは、内省・反省をすることです。(reflection)ことによって、ホムンクルスのパワーをアップさせようというものです。話の随所で、自己チェックリストをやってもらうことになります。
●話の枠組
さて、本日の話の枠組です。
我々は、何をするにも、Plan—Do—See、つまり、計画を立てて実行をし、評価をすると言うサイクル(PDSサイクル)に従っています。その多くは暗黙のうちに実行されますが、ごく一部は、はっきりと意識しています。たとえば、「水を飲もう(計画)ー>水を飲む(実行)ー>水を飲んだ(評価)」となります。ただ、注意してほしいのは、意識しているPDSサイクルの下には、たとえば、「水を飲もう」そのためには、「ボトルを手に取ろう」そのためには「手をボトルに近づけよう」———という具合に、下位目標への分解がおこなわれます。
しかし、慣れれば慣れるほど、こうした下位目標への分解は無意識におこなわれるようになります。いちいち意識してやっていたら、仕事になりませんね。






そのPlan・Do・Seeのサイクルの中でヒューマンエラーを考えてみようと言うのが、本日の話の中心です。
 なお、Plan・Do・Seeのもう一つ上に使命(Mission)と言うものがあります。その使命と言う大きな制約の中でPlan・Do・Seeを繰り返しながら、一つひとつの目標を達成する事になっておりますので、「使命—Plan・Do・Seeサイクル」の四つの段階でヒューマンエラーを考えていきたいと言うのが今日の話の大枠です。
もうひとつ、話の大前提です。
エラーを人間は自分の中に作り込むことによって新しいことに挑戦して行く、エラーをしながら新しい領域をどんどん作り出すことによって進化の歴史の中で生き延びて来た、そんなところがあります。
 安全のお仕事をされている方々にこんな前提を申し上げるのは、ややそぐわないところがあることは十分承知はしておりますが、しかし人間と安全の問題を考える時、人間はロボットではないのだと、機械ではないのだと言うこと、常に新しいことをやることによって、エラーをするけれども自分の生存の可能性を高めている面があると言うことは認識しておく必要があるのではないかと思います。
 すなわち、エラーをさせないと言うことは、人間に機械になれ、ロボットになれと言うことです。あるいは、何もするな何もしなければエラーはしない、ただし、新しいことも出来ないと言うことになるわけで、この辺の前提は是非認識していただきたいと思います。 「角をためて牛を殺す」という諺がありますが、こんな事になっては好ましくありません。

 
第1 目標の取り違いエラー
●目標の取り違えエラーとは
先ず、目標の取り違いエラーです。
皆さんお仕事をする時に当然ある種の使命に従っているはずです。会社で仕事をするなら、会社のミッションステートメントという形で表現されているものですし、自分なりの使命もあります。

 その使命を大きく分けますと、安全に関するものと、仕事に関するものになります。
たとえば、セールスで沢山の商品を買ってもらうとか、あるいは良質な商品を作るとかいうようなことは、仕事上の使命です。そして、その使命は、安全上の使命の枠の中でおこなわれます。そうでなければ、エラー、事故が起こってしまうからです。
いわば、安全というパンドラの箱の中で仕事をしているわけです。

そういう形で実際の使命の構造と言うものは作られているはずであります。
 「はず」でありますが、この「はず」がどこかに行ってしまうと言うようなことが起こります。パンドラの箱が開けられてしまうのです。
たとえば、納期が迫って来た、時間決め配達が危うくなってきた、お客に無理難題をふっかけられた。こんな時に、安全上の使命がないがしろにされてしまいがちです。

●使命の取り違えエラーを防ぐために
対策その1「安全第一、決まり遵守を絶えず掲げる」
これは、あまりに当たり前のことですので、これ以上のコメントは不要かと思いますが、一つだけ老婆心から。
それは、安全の使命は、あまりに当然のことであるために、ついつい忘れられがち、したがって、折に触れて、「安全第一、決まり遵守」であることを思い出してもらう必要があります。

対策その2「使命は適度の具体的表現にする」
使命はえてして抽象的に表現されます。安全標語なら「安全第一」「事故撲滅」となりがちです。しかし、これでは、現場では、具体的に何をしてよいか見当がつきません。
「交通事故ゼロ」ではなく、「交通法規遵守」さらには「法定速度遵守」くらいに具体的に表現されれば、行動として実行ができますし、評価(see)も可能となります。

対策その3「仕事上の使命と安全上の使命とを葛藤させない」
どれほど時間に追われていても、絶対に安全が優先する、というようにしておくことです。
 あるパイロットは、「落っこちるより遅れるほうがまし」と常に自分に言い聞かせているそうです。
● あなたは、使命の取り違えエラーをしやすいか

さて、使命の取り違えエラーを皆様はどれほどおかしやすいのでしょうか。表の自己チェックリストをやってみてください。
ここで、注意してほしいのは、このリストに挙げられているものは、いずれも、人として好ましいものだと言うことです。ところが、安全の領域では、そうはいきません。これが、エラー事故の可能性を高めてしまうのです。使命の取り違えエラーの扱いの難しいところです。

第2 思い込みエラー
●思い込みエラーとは
計画の段階で使命を与えられますと、それを自分なりの目標の世界に落としていくことになります。ここで、自分勝手に使命を変えてしまうのが、使命の取り違えエラーです。
思い込みエラーは、使命はきちんと取り込んだものの、目の前の状況の認識を誤ってしまったために、誤った計画を作ってしまい、それを忠実に実行してしまうエラーです。
ここで注意してほしいのは、PDSサイクルのSが機能しないことです。計画通り実行されているかどうかをチェックするのがSです。思い込みは、自分なりに計画通りに実行している(と思い込んでいる)のですから、Sの段階でもオーケーとなってしまうのです。この点がうっかりミスとの大きな違いです。だから、思い込みエラーはひとたびその世界に入ったら地獄までとなってしまうのです。

●どんな時に起こるのか
思い込みエラーが起こるのは、次のスライドに示すような時です。

●どうして思い込みエラーは起こるのか
思い込みは、常にエラーになるわけではありません。思い込みが状況とずれた時にのみエラーになります。
思い込みが起こるのは、状況認識が難しい時、別の言い方をするなら、何が何やらわけがわからないような時です。
こんな時、我々は、状況の中にある限られた手がかりから状況を認識するために、関連する知識を引き出して自分なりのモデルを作り出します。このメンタルモデルが妥当でないと、思い込みエラーになります。


●思い込みエラーを防ぐには
前述しましたように、ひとたび思いこんでしまったら地獄までですから、対策といっても、思い込みの世界に入り込まない、思い込みのまま実行しにくくする、つまり水際対策と出口対策しかありません。

対策その1「大所高所からの見方、判断を心がける」
思い込みは状況認識の「狭さ」「浅さ」から起こります。そこで、普段から、「広く」「深く」考える習慣をつけておくとよいかと思います。
仕事をするときに、なんのためにその仕事をするのか(意義)、どうしてそんな手順でやるのか(意味)。原因は何か(因果)、自分の仕事が全体とどのように関係しているのか、などなどを考えるようにすると良いと思います。
さらに、仕事について、安全についての知識を豊富にする努力も必要です。「知は力なり」です。豊富な知識は、何が何やらわけがわからない状態になってしまうことを防ぎます。

対策その2「自分の思いを人に話す」
思い込みは、自分の頭の中で起こる自閉的な思考です。それは思い込みスパイラルを起こし、すべてがその思い込みを正しいものとさせてしまいます。
それを救ってくれるのは、周囲の人の一言です。それを引き出せるコミュニケーション環境を普段から作り出しておくと良いと思います。
 
対策その3「異質な人の考えを聞く」
 チームで仕事をしていると、チーム全体がある方向に思い込みをしてしまうようなことが起こります。そんな時には、チームに馴染んでいない異質な人の一言が思い込みから救ってくれるようなことがあります。

対策その4「一時的な判断停止をする」
思い込みスパイラルほど怖いものはありません。自分は正しいと思って、実はどんどん状況を悪くしてしまうのですから。
そこで、こうした対策も、普段から心がけておくと良いと思います。「下手な考え休みに似たり」です。
●あなたは、思い込みエラーをしやすいか
さて、また、自己チェックリストです。自分を振り返ってみてください。


第3 うっかりミス
●うっかりミスとは
  うっかりミスにつきましては、皆さんも個人的に色々な体験をなされているのではないかと思いますし、私もうっかりミス屋さんで、毎日毎日うっかりミスばかりやっております。
 うっかりミスは、人間であることのあかしであるかのようにさえ思えてしまいます。
うっかりミスの現れは多彩ですが、その根本には、注意のコントロール不全があります。したがって、注意のコントロールを自分できちんとできれば、ある程度うっかりミスを防ぐことができます。
●うっかりミスの特徴のいくつか
 うっかりミスの特徴の一つ。
 それは、一瞬のうちにしかも無意識のうちにやってしまうこと、そして、多くのミスは、ミスするとすぐに気が付くことです。
 誤字を書いた、しかし、それに気がついて、消しゴムで消す、ということなります。
 このように、やってしまってから気が付いてすぐに訂正できるところに一つの特徴があります。したがって、ミスはするものとの前提で確認の水準を高めにすることで、事故への直結を防げます。
 うっかりミスの特徴その2.
 人間の行動速度と仕事の速度とが同期している場合には、うっかりミスはそれほど怖い事はありません。手で物を運ぶとか、金槌で釘を打つような状況ですと、人間の行動の時定数(変化への対応速度)と仕事のそれとがほぼ同期してますから、うっかりミスをしてもすぐにそれを訂正することによって元に戻すことができます。
 ところが、機械を使った仕事をするようになりますと、人間の行為の時定数と機械の持っている時定数とに物凄いギャップが出てしまいまして、一瞬のミスが大事故につながってしまいます。
 車の運転を考えてみてください。一寸脇見をした。信号無視をした。ブレーキを踏んでも間に合わないということになります。
 このような事態では、うっかりミスそのものを起こさないようにしないといけないわけですが、非常に難しいことがおわかりかと思います。
ヒヤリハット事例の共有によって予測力や状況認識力を高めたり、技能を高めることによって、人間の行動速度・時定数を高めるしか方策はありません。
ただ、これをあまり強調いたしますと、例の精神論の復活になってしまいます。「たるんでるからエラーをするんだ」「精神を集中すれば事故は起こさない」と言うような話になってしまいがちです。
 うっかりミス対策の王道は、うっかりミスは誰もがいつでもするという前提で、ミスをしても大丈夫な仕掛けを作っておくことです。これについては、後ほどふれます。
 そのことを確認した上で、それでもこんなことに留意すると注意の自己コントロール力が少しは高まりますということを申し上げてみたいいと思います。
●注意の自己コントロール力を上げる
対策その1「仕事に必要な注意力を注ぐ」
当たり前のことですが、神話のごとき言説「集中せよ、さすれば仕事の能率はあがる」があまりに広く知れ渡っていますので、あえて、こんな対策を挙げておきます。

対策その2「注意の3x2特性を知る」
これについては、次のスライドで確認してください。

対策その3「10の注意のうち、3は管理用に取っておく」
注意は仕事が必要とする量だけ注げばよいのですが、さらに、その3割くらいは、注意の管理用にとっておくくらいの心がまえがあってよいと思います。複眼集中の状態を確保するためです。



対策その4「休憩の自己管理をする」
休憩は注意量の補給には必須です。あまり集中して仕事をしていると、つい休憩するのも忘れてしまいます。結果として、注意不足の状態に陥ってしまい、うっかりミスをしてしまいます。
自分なりの休憩管理を工夫する必要があります。

●うっかりミスを前提に安全環境を設計する
 先ほど申し上げましたように、うっかりミスは、人間である限り誰しもがおかします。そのことをしっかりと認識した上で、その上で一つは注意の自己コントロールをして事故に繋げないという話しをしてみました。
 もう一つは、安全工学です。
 技術としてうっかりミスをおかしても大丈夫な物理的な仕掛けを、環境の中、組織の中に作り込んでおくことになります。これがうっかりミス対策の王道です。
 フール・プルーフ(危ないことをするときは余計な操作を一つ追加)とか、インターロック(決められた順序を自然に守るように)であるとか、あるいは、最近心理学の方で使われているアフォーダンスとかです。
 たとえば、アフォーダンス(affordance)について一言。
 私が水が飲みたいとします。そうすると、このコップと水差しの大きさや形が水を飲む行為を自然に引き出すようになっているのが見えてきます。これがアフォーダンスです。
 アフォーダンスについてもう一つ。
 ドアのノブです。ドアのノブを回して引くか、回して押すかをアフォードするのが難しいのです。丸い形状で回すことはアフォードするですが、押すか引くかをアフォード出来ません。
 たとえば、パニック状態になりますと、回して駄目ならもっと回す。押して駄目ならもっと押すと言う事が起こりますので、こういうところでのアフォーダンスも大事です。
これ以外にも、冗長性、多層防護なども、うっかりミスに対する対処のための安全工学上の仕掛けとして使われています。

●あなたのうっかりミスのしやすさは


第4 確認ミス

●確認ミスとは
Plan・Do・SeeのSeeのところの話です。何かをしたらそのやった結果が、目標との関連で適切かどうかを自分で評価するときに起こるミスです。
 人間は、自己評価能力を持っていますが、その能力が必ずしも完全には機能しないため、確認ミスが起こります。
●確認ミスはどうして発生するのか
確認行為そのものはおこなわれているのですが、実効性を伴わないということが一番問題です。いわゆる、確認の形骸化と呼ばれているものです。
 ベテランやエキスパートが犯しやすいミスの一つがこれです。
 ベテランの方と言うのは、自分の行為が無理、無駄、ムラ無く(3む)出来てしまいます。それができるのは、たくさんの要素行為が心理的に一つにまとまってしまうからです。はじめてその仕事をするときには、一つ一つの要素行為をPDSのサイクルに従ってやっていたのが、だんだん習熟してくると、それが心理的に一つにまとまってしまうのです。これを仕事のマクロ化と私は呼んでいます。
 この仕事のマクロ化が起こりますと、確認行為がなかなか意識的に行われなくなります。そこを狙うかの如く事故が起こってしまうことがあります。
 「一人前になる前が危ない」との経験則がありますが、その背景には、こうしたことがあるように思います。
 マクロ化の話に関連してもう一つ。
 私はマニュアルの研究を20年くらいやってまいりました。昔は、機械のことをよくわかってる技術者の方が書いたマニュアルがそのまま素人向けのマニュアルとして添付されていました。
 無造作に専門用語が使われていたりで困りましたが、もう一つ困る例として、たとえば、「フロッピーディスクをセットしてください」「メニューの1を選択してください」と言うような書き方がなされてしまうのです。
 何でこれが問題かおわかりになりますでしょうか。「フロッピーディスクをセットしてください」と言われても、何も知らない人はフロッピーディスクの裏表も分からないし、セットしてくださいと言ってもフロッピーディスクの何処を持って、どのように挿入するのかもわかりません。素人からすると10ステップくらいある要素操作を、慣れてよく知っている人が書くと、「フロッピーディスクをセットしてください」の一文で済ましてしまうのです。これがマクロ化表現です。もちろん、仕事がマクロ化できているがゆえの表現です。
●確認行為を確実にするには
対策その1「強制的に確認せざるをえないようにする」
仕事を中断させるホールドポイントあえて仕事の流れの中に組み込んでそこで確認をせざるをえないようにします。 

対策その2「確認行為の冗長性をあげる」    
もう一つは、これは皆さんよく実践されてると思いますが、指差し確認です。
指差し確認もベテランになりますと、その確認動作がマクロ化してしまいますから、意識して指差し確認をやってもらえないという問題がありますが、指を差す行為は仕事とは関係がない身体的な行為ですから、自分で気がつく確率は高くなりますので、一定の効果は期待できます。

第5 ミスとの共存を
 使命ー計画ー実行ー確認(M・PDS)の枠組の中で起こる4つのエラー、「目標の取り違えエラー」「思い込みエラー」「うっかりミス」「確認ミス」を事故につなげないための自己コントロールの方策と外部安全環境の設計についてお話させていただきました。
 皆さんは安全に関しては、悪魔の代弁者の役割を果たしているのではないかと思います。
 人に嫌われるし、煙たがられる悪魔にはなりたくないとは思いますが、しかしこと安全に関しては、やはり悪魔は絶対に必要です。
 本日の話しが、皆さまが少しでも有能な?悪魔の代弁者ーー結局は天使の代弁者になりうるわけですがーーになりうる一助けにでもなれば幸いです。



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