表題の映画を観た。
言わずと知れた文豪ヴィクトル・ユゴーが1862年に発表した同名の大河小説を基にしたミュージカル映画だ。
まだ独身時代に、帝劇で上演されたミュージカルを観てから四半世紀。当時、ジャン・バルジャンとジャベールが鹿賀丈史さん、滝田栄さんのダブルキャストで、エポリーヌが島田歌穂さんだったというくらいしか記憶に残っていない。パンフレットも手に入れたのだったが、もうどこにあるのやら、という体たらくだ。
今回、その舞台の興奮と感動を丸ごとスクリーンに封じ込めて完全映画化!ということで、予告編を何度も観ていたため、すっかりその気になっていたが、夫はミュージカル(というかジャズ以外の歌)には全く興味がない(私の合唱にはよく来てくれると感謝している。)人。2時間38分という長時間ながら、途中だれることなく1人で堪能した。なんと、息子の高校のお友達のご両親が同じ列で仲良く鑑賞されていたことが終映後わかる、というおまけつき。
ヒュー・ジャックマン演じる囚人ジャン・バルジャンが巨大な船を陸揚げするオープニングシーンから、そのダイナミックなスケール感に圧倒され、引き込まれる。出獄直後のやつれた囚人時代と後半で、体重を7キロ調整したというが、本当に別人のように印象が違う。「リアル・スティール」でのプロボクサー役が記憶に新しいが、ミュージカルで活躍していたことは知らなかった。
今回、全編台詞が全て歌だったが(ジャベール役のラッセル・クロウの歌声も初めて聞いた。)、こうしたハリウッドのビックネームだけでなく、マリウス役、アンジョルラス役、エポニーヌ役等、ブロードウェイの実力派が揃っていたということで、どれも聴かせるものだった。
「プラダを着た悪魔」でメリル・ストリープと渡り合ったアン・ハサウェイが、自慢のロングヘアを本番中カメラの前で実際にベリーショートにしたのも話題になっていたが、堕ちていく悲痛な運命…一人娘コゼットのために髪を売り、歯を売り、娼婦となる…をまさに体当たりで演技。
「夢破れて」はまるまる1曲をワンテイクで歌っていたので舌を巻いた。舞台俳優である実の母上が、舞台でこのファンテーヌ役を演じた経験があるそうだ。
コゼット役は、ミュージカル「マンマ・ミーア!」でこれまたメリル・ストリープの一人娘役で底抜けに明るく可愛い声を披露していたアマンダ・セルフライド。マリウスとの掛け合いも見事だった。
映画・演劇評論家の萩尾瞳さんがパンフレットに寄せているように「ほとんどのミュージカルでは、特定のナンバーは特定のキャラクターの持ち歌になる。が、この「レ・ミゼラブル」では同じメロディが別の人物の別の場面でのナンバーで異なる歌詞を乗せて使われる。」のだ。確かに「囚人の歌」と「乞食たち」は虐げられている人々という共通項だからか同じメロディが使われていた。それ以外にもさまざまな歌が重層的に登場し、厚みと奥行きが感じられるつくりになっていた。
衣装も、フランス国旗のトリコロールが効果的に使われていた。学生リーダーのアンジョルラスのジャケットの赤(博愛)、工場で働いていた頃のファンテーヌのドレスの青(自由)、コゼットのウエディングドレスや神に召されていくジャン・バルジャンの服の白(平等)、など。
テナルディエ夫妻コンビのコメディー・リリーフの存在感も異色で、ガヴローシュも大活躍で、・・・と書いていくときりがないほどご紹介したいシーンは沢山あるのだが、学生たちが革命に向けて蜂起するシーン、「民衆の歌」が響き渡るラストシーンには胸震えた。
そう、表題にした「明日は来る!」は強く深く胸に響いた。たとえどんな運命が待っていようとも、明日もしっかり生きなくては、と。
さて、昨日は、夕食後早々に入浴して就寝前の風邪薬を飲み、ベッドに直行した。
途中で何度か目が覚めたが、薬のおかげか咳込んで眠れないということはなかった。それにしても決して油断していたわけではないのにすっかり風邪をひいてしまった。せっかくの休薬中、体調良く年末年始を過ごす、というつもりだったのに。よりによって3連休で風邪をひくとはなんともまぬけなことだ。
今までマスクをしないでペンダント式のウイルス・ブロッカーで過ごしていたので、久々にマスクをすると鬱陶しいし、息苦しいことこの上ない。なんと言っても耳のあたりにかつらのもみ下げがガッチリとあり、それがマスクのヒモと重なって、とても違和感があり耳が締め付けられている感じ。だんだん頭が痛くなってくる。
あと2日。なんとか持ち堪えなければ・・・。
言わずと知れた文豪ヴィクトル・ユゴーが1862年に発表した同名の大河小説を基にしたミュージカル映画だ。
まだ独身時代に、帝劇で上演されたミュージカルを観てから四半世紀。当時、ジャン・バルジャンとジャベールが鹿賀丈史さん、滝田栄さんのダブルキャストで、エポリーヌが島田歌穂さんだったというくらいしか記憶に残っていない。パンフレットも手に入れたのだったが、もうどこにあるのやら、という体たらくだ。
今回、その舞台の興奮と感動を丸ごとスクリーンに封じ込めて完全映画化!ということで、予告編を何度も観ていたため、すっかりその気になっていたが、夫はミュージカル(というかジャズ以外の歌)には全く興味がない(私の合唱にはよく来てくれると感謝している。)人。2時間38分という長時間ながら、途中だれることなく1人で堪能した。なんと、息子の高校のお友達のご両親が同じ列で仲良く鑑賞されていたことが終映後わかる、というおまけつき。
ヒュー・ジャックマン演じる囚人ジャン・バルジャンが巨大な船を陸揚げするオープニングシーンから、そのダイナミックなスケール感に圧倒され、引き込まれる。出獄直後のやつれた囚人時代と後半で、体重を7キロ調整したというが、本当に別人のように印象が違う。「リアル・スティール」でのプロボクサー役が記憶に新しいが、ミュージカルで活躍していたことは知らなかった。
今回、全編台詞が全て歌だったが(ジャベール役のラッセル・クロウの歌声も初めて聞いた。)、こうしたハリウッドのビックネームだけでなく、マリウス役、アンジョルラス役、エポニーヌ役等、ブロードウェイの実力派が揃っていたということで、どれも聴かせるものだった。
「プラダを着た悪魔」でメリル・ストリープと渡り合ったアン・ハサウェイが、自慢のロングヘアを本番中カメラの前で実際にベリーショートにしたのも話題になっていたが、堕ちていく悲痛な運命…一人娘コゼットのために髪を売り、歯を売り、娼婦となる…をまさに体当たりで演技。
「夢破れて」はまるまる1曲をワンテイクで歌っていたので舌を巻いた。舞台俳優である実の母上が、舞台でこのファンテーヌ役を演じた経験があるそうだ。
コゼット役は、ミュージカル「マンマ・ミーア!」でこれまたメリル・ストリープの一人娘役で底抜けに明るく可愛い声を披露していたアマンダ・セルフライド。マリウスとの掛け合いも見事だった。
映画・演劇評論家の萩尾瞳さんがパンフレットに寄せているように「ほとんどのミュージカルでは、特定のナンバーは特定のキャラクターの持ち歌になる。が、この「レ・ミゼラブル」では同じメロディが別の人物の別の場面でのナンバーで異なる歌詞を乗せて使われる。」のだ。確かに「囚人の歌」と「乞食たち」は虐げられている人々という共通項だからか同じメロディが使われていた。それ以外にもさまざまな歌が重層的に登場し、厚みと奥行きが感じられるつくりになっていた。
衣装も、フランス国旗のトリコロールが効果的に使われていた。学生リーダーのアンジョルラスのジャケットの赤(博愛)、工場で働いていた頃のファンテーヌのドレスの青(自由)、コゼットのウエディングドレスや神に召されていくジャン・バルジャンの服の白(平等)、など。
テナルディエ夫妻コンビのコメディー・リリーフの存在感も異色で、ガヴローシュも大活躍で、・・・と書いていくときりがないほどご紹介したいシーンは沢山あるのだが、学生たちが革命に向けて蜂起するシーン、「民衆の歌」が響き渡るラストシーンには胸震えた。
そう、表題にした「明日は来る!」は強く深く胸に響いた。たとえどんな運命が待っていようとも、明日もしっかり生きなくては、と。
さて、昨日は、夕食後早々に入浴して就寝前の風邪薬を飲み、ベッドに直行した。
途中で何度か目が覚めたが、薬のおかげか咳込んで眠れないということはなかった。それにしても決して油断していたわけではないのにすっかり風邪をひいてしまった。せっかくの休薬中、体調良く年末年始を過ごす、というつもりだったのに。よりによって3連休で風邪をひくとはなんともまぬけなことだ。
今までマスクをしないでペンダント式のウイルス・ブロッカーで過ごしていたので、久々にマスクをすると鬱陶しいし、息苦しいことこの上ない。なんと言っても耳のあたりにかつらのもみ下げがガッチリとあり、それがマスクのヒモと重なって、とても違和感があり耳が締め付けられている感じ。だんだん頭が痛くなってくる。
あと2日。なんとか持ち堪えなければ・・・。