散日拾遺

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犬に薬をかじられて

2024-10-29 10:25:50 | 日記
2024年10月28日(月)

 15時過ぎに診療が途切れ、目の前にぽっかり空間が開けた。
 「笑い」というものについて、何か書くことができるだろうか。
 何が必要といって、笑いほど大事なものはない。人はいずれ死ぬに決まっているが、和やかに笑って死ぬことができるなら、死の怖さも不快も超えやすいものになるだろう。
 笑うというより笑むと言いたい。「笑む」は「咲む」とも書くことまでは、週末に調べがついている。「花のつぼみが咲きほころぶように、頬が明るく開きこぼれる」のが「ほほえみ」である。
 微笑みの讃頌を記せないかと思ってみるが、この主のことを賢(さか)しらに言挙げしようというのが野暮な話で、くどくど書かかれた千万言も、幼子の無心な一笑に軽く吹き飛ばされるだけである。
 それでも何か、書けないかしらん。

 「先生、あの」
 「はい?」
 「モリグチさんからお電話がありまして、」
 「はぁ」
 「犬がお薬をかじってしまったんだそうで、」
 「犬?」
 「はい、愛犬にお薬を食べられてしまって、足りなくなった分を処方していただきたいと」
 「はぁ」
 「でも犬も具合が悪くなって、これから病院に連れていくので、今日は来られないから、明日処方していただきたいのだそうで」
 「はいはい」
 
 いつもの調子で淡々と報告する女性事務長が、見あげて目が合った途端たまらず笑いくずれた。おっちょこちょいの美人さんが、愛犬を抱えて右往左往する姿が目の前に浮かんだ。

 「何をどれだけ食べちゃったのかわかりませんけど、大した薬は出てませんから心配要らないかな。そう言ってあげましょうか?」
 「たぶん、もう受診してらっしゃる頃かと」

 朝からの鬱(ふさ)ぎの虫が、これであらかた融けて流れた。
 どうぞお大事に。
Ω