歩いて感じたサステナブルな「国立公園の管理方法」の現在と未来<ニュージーランド/ルートバーン・トラック前編>【キジ准教授のナチュラリスト入門】
BRAVO MOUNTAIN1/19(水) 19:24配信
「最高のウォーキングトラックを使い、ニュージーランドでもっとも畏敬の念を抱かせる風景の中を歩こう」
ニュージーランドの国立公園を管理する環境保全省(Department of Conservation:DOC)のHPにこんな魅力的なフレーズで紹介されているトレイルがある。その名もグレートウォークス(Great Walks)。手付かずの原野を楽しめるトレイルでありながら、その自然を次世代まで残す仕組みが整っている世界有数のトレイルだ。なかなか海外に行くことができない今、数年前に歩いたグレートウォークスの美しい自然とその歴史、そして自然を守るために彼らが取り組む素晴らしい仕組みについて、前後編に渡ってお伝えしたい。
■大自然を満喫しつつ、しっかり保全もするための国の政策
ニュージーランドには13の国立公園があり、無数のトレイルがある。なかでもグレートウォークスは壮大な景色や希少動植物の生息地であることに加え、山小屋もしっかり整備された選ばれしトレイルだ。2022年現在、北島に3つ、南島に7つ選定されている。筆者は南島のマウント・アスパイアリング国立公園とフィヨルドランド国立公園を結ぶ「ルートバーン・トラック」なるトレイルを2泊3日で歩いた。
このトレイルがある場所は、上記2つの国立公園を含む4つの国立公園が集まった広大なエリアで、先住民族マオリの言葉で「テ・ワヒポウナム」という総称がつけられている。「ポウナム(グリーンストーンという鉱物)がある場所」という意味だ。4つの国立公園は共通して氷河の影響を受けた地形であり、その全体が世界遺産に指定されている。
最初に、ルートバーン・トラックの旅でもっとも感動したことを言っておきたい。それはずばり、こんな絶景を独り占めしていいのだろうかと思うほど、人に会わずに歩けたことだ。
日本でいえば、ハイシーズンの北アルプスや八ヶ岳のような人気トレイルでありながら、なぜこんなに人が少ないのか。それは、人による環境負荷を減らすため、国の政策によって入山制限をしているからだ。その方法として、グレートウォークス利用者はDOCのHPから、ハットと呼ばれる山小屋かキャンプ場を予約しなくてはならない。そのお陰で約32kmのコースを1日で走り抜けるトレイルランナー以外、ハットとキャンプ場利用者だけがトレイルを楽しむことができる。
また、ハットの管理人はDOC職員が務めているため、我々ビジターに向けて自然や歴史の解説もしてくれた。ニュージーランドでは、大自然を楽しみつつ、自然をしっかり保全するサステナブルな仕組みが機能していると感じた。
■対して、日本の国立公園の管理とは?
こうなると、対して日本の公園管理はどうなのか気になってくる。2021年9月にライターの吉田智彦氏が著した『山小屋クライシス(山と渓谷社刊)』によると、日本の国立公園の管理はけっこう複雑で大変なんだなと感じた。
まず、日本の国立公園は国有林が半分以上を占めることから、環境省だけでなく、林野庁も管理している。さらに、北アルプスでも南アルプスでも、我々が「山小屋」と呼ぶ、有料で食事や寝具を提供する営業小屋のほとんどは民営。つまり、ルートバーン・トラックのように国立公園内には国の施設だけがあり、レンジャーが常駐しているわけではないのだ。
では、日本ではどうやって山岳地帯のトレイルを管理しているのだろう。じつは法的に曖昧なまま、民間事業者である山小屋が周辺の登山道整備や清掃、救難対策などの公共サービスの大半を担っているというのだ。
民間事業者は景気に左右される存在だ。人気のある山小屋は儲かってるので公共サービスをしっかり代行でき、それほどでもない山小屋は財政的に余裕がないため、管理の質に差が出てしまうことだってあるかもしれない。実際、2019年に北アルプスの雲ノ平山荘では、資材を運ぶ民間ヘリコプター会社の都合で物資輸送が受けられなくなり、営業に大きな支障が出たという。
さらにこの2年間、新型コロナ感染症が追い討ちをかけたことから、山小屋経営が相当に苦しかったことは想像に難くない。これまで、国立公園といえばニュージーランドのように国の予算で厳密に管理していると漠然と思っていたが、日本の実態は違っていた。なぜ日本の国立公園はこんな状態なのだろう。
調べてみると、国立公園管理の形態は大きく2つに分かれる。1つ目は、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど、手付かずの自然が残っており、その土地を国が占有して管理する「造営物公園」スタイル。2つ目は、日本、イギリス、韓国のように、昔から人が自然の奥深くで暮らしているため、私有地ごと国立公園に指定し、そこでの民営行為に制限を設ける「地域性公園」スタイルだ。
前者は筆者のイメージ通り、国が予算をつけ、公園内の施設やスタッフも国が管理する。しかし、後者は公園ごとに土地の持ち主も産業も違うことから、その地域に暮らす人たちとうまく連携しながら管理計画を立ててきた。
意外にも日本の国立公園は世界的に見れば2大管理スタイルの1つだ。当然、人々が山に殺到すれば、儲かるけれどオーバーユースで自然は荒れる。一方で、人が来なくなれば儲けがないので管理の質が低下し、やはり自然は荒れる。景気の影響を受ける民間頼みの比率が大きすぎることは、サステナブルな公園管理という目的を達成するにはいささか不安定な仕組みのようだ。
■単発ではなく、継続できる管理資金調達の提案
では、どうすれば日本の国立公園が保全されつつ、人々が楽しめる場であり続けることができるのだろう。アイデアの1つとして、サブスク型クラウドファンディングはどうだろう。2021年9月、北アルプス南部地域では、登山道維持・管理のための寄付金を募る実証実験が行われた。その結果、1ヶ月で約550万円の寄付が集まったそうだ。
さまざまな意識調査を見ても、青春時代に登山ブームだった中高年以上の人は日本の自然を憂いている。だから寄付はとても良いと思う。しかし、ここで大事なポイントは、単発ではなくサブスクで行うことだ。単発だとお金が集まってから、その金額でなにができるかを考えることになるが、サブスクなら予算の見通しが立てられるので、計画的に管理を進めることができる。筆者も日本の山が保全されるなら、喜んで月1000円くらい払うというものだ。
また、日本とはスタイルが違うニュージーランドからも学べることはあると思う。DOCは2021年2月に「Heritage and Visitor Strategy(遺産とビジター戦略)」を打ち出した。それによると、環境保全のためこれまでは入場制限や寄付等を行ってきたが、今後はビジターが直接的にニュージーランドの自然に貢献できる仕組みを作るようだ。
環境保全大臣のキリ・アランは、この戦略に際し、「voluntourism(ボランティア旅行)」について言及している。つまり、国立公園の自然を消費するようなアクティビティだけでなく、在来の樹木を植えたり、野生動物の調査をしたり、ビーチをクリーンアップしたりするような、貢献型アクティビティツアーが企画されてゆくのではないだろうか。
このように、課題に対して予算をつけたり制限を設けるだけでなく、市民力を使い、なおかつ楽しみながら解決してゆこうとする姿勢は素晴らしいと感じた。
大卒後、ニュージーランドのアートスクール、自然学校、動物写真家の助手、環境コンサル等を経て、現在は立教大学特任准教授。NPO生態教育センター理事。不定期で自然観察会を開催している。奇二 正彦
https://news.yahoo.co.jp/articles/daf6c1acaf0508279d2aebacd29f1a77441efb80