昨日の日曜日。
「人生最後」のソファを買い換えました。
数年ぶりにIKEAに行きました。
遠い・・・・。
すっかり歩き疲れ、途中から、タクシーで帰ってきました。
写真は、ネットでお借りしたもので、ベージュです。
実際の我が家のベッドソファは、黒の皮です。(IKEAのサイトのを取り込みましたら画像が大きすぎて、こちらに入れられませんでした)
上の写真の方法で、ベッドになる、かなり大きなソファでした。
革張りのソファで、ベッドにして、そこにお布団を敷いたりして、女の子の孫、2人が、お泊まりした時、何度か、ここで寝ました。
これを、サロンで使っていました。でも、ほとんど背もたれ、下にYogiboで座っていたので、背当てにしていたあたりから、皮の縫い目がほつれ始めました。
将来的に、往診で介護をしていただくときに(こういう発想、周りの人たちのポジティブ発想の影響です)、ベッドルームではなく、このサロンのソファがいちばん効率的と思い、人生最後のソファを買い換えました。
この「人生最後」という言葉、先日、秩父で会った昔からの友だち、みゆきちゃんの言葉です。
「人生最後の自分の車を買った」と。オレンジ色の素敵な、大きな車に乗せてくれました。
高校の先生をしていた旦那さんが、数年前に亡くなって、それでなお、そういう思いが強かったのかもしれません。
今度は、布製です。皮の冷たさを避けて。
そして、前のソファより、若干小ぶりです。
業者さんに、以前の大きな、上のソファを片付けていただき、下の新しいのをセットしていただくと、かなりのお値段がかかります。
けれど、もう、無理は禁物。
ぎっくり腰ご用心のお年頃です。
秩父の仲良しの従姉妹が、旦那さんが、お加減が悪そうで、彼女は、早め早めに手を打ち、自分の「椎間板ヘルニア」の内視鏡手術を、品川の病院まで行って診察していただいたら、「内視鏡では無理」と帰されたそうです。
それで別のクリニックで、旦那さんが寝込んでしまう前にとさっさと手術。
すっかりお元気になって数ヶ月。
旦那さんは、彼女が手術をしたころは、毎日、車を自分で運転してお見舞いに来ていたらしいのです。
けれど、とうとう体が悲鳴を上げて、病院にしばらく入院していました。
でも昔から、従姉妹がずっと、病弱な彼の面倒を見て生きてきました。
旦那さんの友人もみなさん、亡くなったのに、従姉妹の旦那さんは、そこそこお元気で、ガーデニングなどを楽しんでいました。
従姉妹が、面倒見が良くて、体に気をつけてお料理などを作っていたからです。
それで、
「自分の家がいい」と、介護タクシーで寝たまま、帰ってきたらしいです。
それから面倒を見るのは、従姉妹の仕事。ヘルパーさんの助けを借りて、彼女が動いているようです。
「こういう日が来ると思って、早く手術しておいてよかった。私まで動けなくなったら、共倒れだしね」と。
先を見て、生きているから、従姉妹は、何があってもあたふたしません。
見事な生き方です。
旦那さんは、若いころ、慈恵医大で大病の手術をして三ヶ月入院していたことがありました。
「もう仕事はしてはいけません」と、医師に言われ、お金持ちの従姉妹の嫁ぎ先は、銀行の利息だけで、充分、生活できるような家で、1〜2歳だったお子さんは、お手伝いさんにお任せし・・・。
彼女が、つきっきりで、三ヶ月、東京の慈恵医大に一緒にいました。
お見舞いに行きましたが、彼女は悲観的なことは何も言わず、「仕事をするなと言われたから、家に帰ったら、クラシックが好きだから、大きなレコードをきく部屋に、ひと部屋を改造しておこうかと思っている、とか、元気になったら、庭をイングリッシュガーデンに、一緒に作っていこうか。いろいろ考え、この先の楽しみを夢見て、頑張ろうねと話してるの」と、従姉妹が東京で話していました。
「でも、ジュンコちゃん、ちゃんと友だちとランチに出掛けたり、息抜きもしているから大丈夫」と。
今は旦那さんは、つきっきり看護してくれている彼女に、負担をかけたくないと思っているようで「いっておいで」と。
数十年前も、すごい人だなと思いましたが、今回もです。
いくつかお姉さんの彼女は、子どもの頃から、私を可愛がってくれました。
「ジュンコちゃん。お見舞いなんかしたら、5倍にして返すから、絶対にしないでね」と。
「わかった、わかった。じゃ、辛くなったら、愚痴をこぼしてきて。駆けつけられるときは、駆けつけるから」と、そんな話を、電話でしたばかりです。
それで、サロンのソファが気になったということです。
従姉妹を見習って、あたふたしない生き方をしたいと、彼女と話していて思いました。
そんなわけで、これまで使っていた、一番上の写真のソファを、捨ててもらって、新しいソファを、近々、業者さんが設置してくれるそうです。
さて、今日は月曜日。夫は会社、私はカーブスです。