いま……なぜ『資本論』か、自問してみてやはり「いまだから」になります。ここには二つの意味があります、まずこの広告—新版『資本論』第6分冊の出版広告です。
そこに〝資本の運動を回転の流れのなかで究明する「第二篇」を新しい訳文、訳注で収録〟とあります。私はここに、第一の「いまだから」を置きます、新版『資本論』で『資本論』を学べるいまだからこそ!という思いです。
その点では9月発刊の第7分冊が待たれます、ここに不破さんが「恐慌の運動論」と呼びマルクス自身の資本主義の「必然的没落の理解」を大きく転換させた一文・「第二部第一草稿に書き込まれた新しい恐慌論の全文」が収録されているからです。
第2には来たる15日の志位委員長の日本共産党98周年記念講演の内容に関係してます。
「恐慌の運動論」を通じて「資本主義の必然的没落」への理解は没落させる担い手の姿を描きだし、次の社会は? につながっていきます。新版『資本論』の第三部にはマルクスの「未来社会論」が解明されるはずで、この点でも新版『資本論』ならではの独自の工夫がされているとのことです。
そこで、今日のタイトルは、
いまだから 『資本論』 ー 新版 『資本論』 だからこそ……。