もう少し「三の山」とお付き合いください。
三峰山(1,235.4m) <85/05,99/02,03/02>
みうねやま。標高1235.4m。宇陀郡東端、奈良・三重県境に位置するゆったりした大きい姿の山。
西にある高見山とともに霧氷の美しいことで有名です。
三国山 (876m) <00/07>
この名前の山は『コンサイス日本山名辞典』に出ているだけで17座ありますが、私たちの登ったのは湖北、マキノスキー場上にある山です。
山頂近くの三国湿原には、黄金色のキンコウカの花がびっしり咲いていました。
山頂からは電波塔の建ち並ぶ乗鞍岳が正面に見えました。この日は赤坂山へ縦走しました。
三瓶山 (1,126m) <73/07>
猛暑の年の7月下旬、山麓にある志学温泉の民宿で一泊。
タクシーで東ノ原、リフトで女三瓶下までと極力、交通を利用する(9:00)。リフト終点から女三瓶山頂までは急登だが15分。ガスがきれ、全山が見渡せた。
気持ちの良い尾根道を主峰へ。難所と言われる「犬戻し」(10:15)は知らぬ間に通過。男三瓶の頂上(10:25~40)はカンカン照りで参った。ここから子三瓶との鞍部へは相当な悪路で、木の根、岩角を掴んで下る。林の中を通って火口湖・室の内池の畔(12:10~13:00)で昼食。尾根に出て孫三瓶に向かうが、風のないブッシュ帯はまるで蒸し風呂だった。頂上は登らず捲いて、夫婦松に下る(14:10)。
殆ど人に出会わなかったのも道理、夏に登るには暑すぎる山でした。
三郎ヶ岳 () <86/12, 93/07, 04/02>
こちらをご覧ください。
三笠山 (342m)
若草山の別称で、近世になってからの呼称です。
本来のミカサ山(御蓋山)とよく混同されますが、近くにある別の山です。
こちらをご覧ください。
三嶺 (1,893m)() <06/08>
日本山岳会関西支部の四国分水嶺踏査第4回目で「ニクブチ峠~剣山~三嶺~名頃」を歩きました。(写真は三嶺頂上直下の岩場です)
前夜、剣山ヒュッテで一泊。いよいよ三嶺へ向かう長丁場である。午前3時半起床、4時朝食。4時半、ヒュッテに別れを告げ、頭上に満天の星を仰ぎ、足元をライトで照らしながら歩き始める。…
…13時10分、三嶺山頂1893.4mに立つ。山頂はガスに覆われて、残念ながら無展望だった。「もっと天気の良い時に来て欲しかった」と尾野さんが私に言われた。四国の山を知悉して自分の山のように愛している彼の、遠来の仲間を気遣ってくれる優しい気持ちを本当に嬉しく思った。
*尾野益大(ますひろ)氏には「四国の山を歩く」他、四国の山に関する多数の著書があります。
三津河落山 (1,630m) <00/11, 04/07>
三津河落山は、一般に如来月から大和岳にかけてのピークの総称とされていますが、古くからそれぞれの峰は別の名前で呼ばれていたようです。
『和州吉野郡群山記」に、
「三途川落、大台一の高山なり。北東の隅にして、その尾、伊勢大杉山に続く、紀の川<吉野川>・宮川<大杉谷>・新宮川<熊野川・北山川>の水源なり。三途川落に登れば渓筋三方へ分れたり。一方東は宮川に出、一方北西は紀の川に出、一方西南は大台に入りて新宮川に出る」とあります。
つまり「三つの川ミチに分かれて落ちる」のが山名の由来ですが、「三途の川」を連想させることを嫌って、いつか今の字になったようです。
三輪山 (496m) <88/01, 08/06>
こちらをご覧ください。
三 岳(丹波) (793.4m) <87/1>
多紀アルプスの小金ヶ岳に隣り合う山です。二つの山の暗部、大タワに車を置いてピストンしました。
最初は灌木帯の落ち葉を踏んで快適な登りでしたが、すぐに滑り落ちそうな急坂になり、木の枝や岩角をつかんでようやく登り切ると、すぐに次のピークが待ち構えています。3回ほどだまされて石室に着くと、30mほど先に山頂一等三角点がありました。大タワから50分でした。
南に北摂の山々、西に虚空蔵山など、東にこれから登る小金ヶ岳と素晴らしい眺めで、眼下に篠山の町が箱庭のようでした。
三峰山(1,235.4m) <85/05,99/02,03/02>
みうねやま。標高1235.4m。宇陀郡東端、奈良・三重県境に位置するゆったりした大きい姿の山。
西にある高見山とともに霧氷の美しいことで有名です。
三国山 (876m) <00/07>
この名前の山は『コンサイス日本山名辞典』に出ているだけで17座ありますが、私たちの登ったのは湖北、マキノスキー場上にある山です。
山頂近くの三国湿原には、黄金色のキンコウカの花がびっしり咲いていました。
山頂からは電波塔の建ち並ぶ乗鞍岳が正面に見えました。この日は赤坂山へ縦走しました。
三瓶山 (1,126m) <73/07>
猛暑の年の7月下旬、山麓にある志学温泉の民宿で一泊。
タクシーで東ノ原、リフトで女三瓶下までと極力、交通を利用する(9:00)。リフト終点から女三瓶山頂までは急登だが15分。ガスがきれ、全山が見渡せた。
気持ちの良い尾根道を主峰へ。難所と言われる「犬戻し」(10:15)は知らぬ間に通過。男三瓶の頂上(10:25~40)はカンカン照りで参った。ここから子三瓶との鞍部へは相当な悪路で、木の根、岩角を掴んで下る。林の中を通って火口湖・室の内池の畔(12:10~13:00)で昼食。尾根に出て孫三瓶に向かうが、風のないブッシュ帯はまるで蒸し風呂だった。頂上は登らず捲いて、夫婦松に下る(14:10)。
殆ど人に出会わなかったのも道理、夏に登るには暑すぎる山でした。
三郎ヶ岳 () <86/12, 93/07, 04/02>
こちらをご覧ください。
三笠山 (342m)
若草山の別称で、近世になってからの呼称です。
本来のミカサ山(御蓋山)とよく混同されますが、近くにある別の山です。
こちらをご覧ください。
三嶺 (1,893m)() <06/08>
日本山岳会関西支部の四国分水嶺踏査第4回目で「ニクブチ峠~剣山~三嶺~名頃」を歩きました。(写真は三嶺頂上直下の岩場です)
前夜、剣山ヒュッテで一泊。いよいよ三嶺へ向かう長丁場である。午前3時半起床、4時朝食。4時半、ヒュッテに別れを告げ、頭上に満天の星を仰ぎ、足元をライトで照らしながら歩き始める。…
…13時10分、三嶺山頂1893.4mに立つ。山頂はガスに覆われて、残念ながら無展望だった。「もっと天気の良い時に来て欲しかった」と尾野さんが私に言われた。四国の山を知悉して自分の山のように愛している彼の、遠来の仲間を気遣ってくれる優しい気持ちを本当に嬉しく思った。
*尾野益大(ますひろ)氏には「四国の山を歩く」他、四国の山に関する多数の著書があります。
三津河落山 (1,630m) <00/11, 04/07>
三津河落山は、一般に如来月から大和岳にかけてのピークの総称とされていますが、古くからそれぞれの峰は別の名前で呼ばれていたようです。
『和州吉野郡群山記」に、
「三途川落、大台一の高山なり。北東の隅にして、その尾、伊勢大杉山に続く、紀の川<吉野川>・宮川<大杉谷>・新宮川<熊野川・北山川>の水源なり。三途川落に登れば渓筋三方へ分れたり。一方東は宮川に出、一方北西は紀の川に出、一方西南は大台に入りて新宮川に出る」とあります。
つまり「三つの川ミチに分かれて落ちる」のが山名の由来ですが、「三途の川」を連想させることを嫌って、いつか今の字になったようです。
三輪山 (496m) <88/01, 08/06>
こちらをご覧ください。
三 岳(丹波) (793.4m) <87/1>
多紀アルプスの小金ヶ岳に隣り合う山です。二つの山の暗部、大タワに車を置いてピストンしました。
最初は灌木帯の落ち葉を踏んで快適な登りでしたが、すぐに滑り落ちそうな急坂になり、木の枝や岩角をつかんでようやく登り切ると、すぐに次のピークが待ち構えています。3回ほどだまされて石室に着くと、30mほど先に山頂一等三角点がありました。大タワから50分でした。
南に北摂の山々、西に虚空蔵山など、東にこれから登る小金ヶ岳と素晴らしい眺めで、眼下に篠山の町が箱庭のようでした。