お昼過ぎにモンゴルの件でお世話になった美術会社の社長さんと社員さんが見える予定。
それまでの間は、かぐやと打ち合わせをして正式に東北楽天ゴ-ルデンイ-グルスに
書類を送った・・・これでひとまずは待つだけとなった。
そんな中、2人が見えてモンゴルの話となったのだけれど・・・・その後どうですか?との質問に・・・こんな話をした。
正直、あの6日間は日本での扱いとは雲泥の差だった・・・・作家katsuとして・・・
きちんとしたあり得ない作家扱い・・・それはとても有難い事ではあったが、
日本に帰ってから、そうでは無い扱いになる事はしっかりと判っていたし、特に変化無く
元通りになれるはずだった・・・勘違いしないように・・・とね。
それが証拠に現地で世話になった通訳の人が仲良くなってkatsu先生ぃぃっ・・・って
会話が出来るようになった頃に仕込んだ枠を見て、これってkatsu先生が作ったの?
そう、本来良くある日本での扱いにそうそうこれがいつもの扱いぃぃ・・・
って笑えた。仲良くなればなるほど、まさかの俺の作品と俺のギャップ・・・・
それはそれでやじろべえのように、どちらかに片寄る訳でも無くバランスが俺の中では
取れていたのである。慣れ親しんだ扱いだから・・・
所が思ったよりも日本の扱いは酷かった・・・ん・・・想像以上にね・・・
でもね、やる事さえ・・・きちんとしていれば何とも無かった・・・はずなんだけれど、
何をしても常に作家katsuとかっちゃんとのギャプが付きまとう・・・・
海外での仕事はkatsuさん有難う・・・とすんなり受け入れられるものも、
日本では何をしても売名行為のように取られがち・・・今回の楽天もそう・・・
親父のエピソ-ドだけ書いたが、書かなかっただけでうんざりする事だらけだったし。
こんな気分をどう抜け出すか・・・さて何をするか?・・・・と考え抜いて、
東北楽天の件も考えたのだが、現役有名プレ-ヤ-とか以前でも知名度があるなど、
すべてに置いて知名度、名声、ハク、・・・こう言ったものが美談となり
すべてに置いて受け入れられる・・・・芸術の分野だと誰なら良いのだろうか?
そう考えると俺はかなり不利な仕事なのかも知れない・・・・。
海外なら簡単に俺の作品は受け入れられるんだけれど・・・。残念だが・・・
日本ではすんなり通らない・・・いつでも・・・どんな時も・・・・
そして毎回悪人のような扱い・・・どれが正しい扱いなのか?いつか落とし前は
付けるつもりだがね・・・。そんな訳ですべて時間が掛かる・・手続きがね・・・
芸能人がゲリラのように始めて受け入れられても、俺は正式に手続きを踏まないと
極悪になるし、踏んだら踏んだで時間が掛かる・・・通らないかも知れないし、
埋もれたまんまになる可能性もある。それはそれで一期一会。見つからなければ
それはそれ・・・今回もいつものように手続きから入った・・・だから連絡待ち・・・
やりたい事がすんなり出来る・・・これは腕もそうだが認められるのには知名度。
日本では常に付きまとう。そこそこ芸術の知名度は上がっては来たが、
認知度がねぇ・・・扱い低いんだよねぇ・・・残念だけれど・・・
賞歴なんかいくら重ねても・・・あだ名みたいなもんだし・・・・まぁ無いよりマシって
程度なのね・・・それによって特に扱いが良かった・・・って事はあんまり無いしね。
それが証拠に親のようにあの態度・・・すべて老婆心を振りかざす人達の態度は
いつもそう。ここのコメントにもさくらに対していたでしょ?あれよあれ。
やってやっている・・・ってね。確かにやっては頂いていたんだよね・・・過去にはね。
所がそう言う人達は自分がやってやっている・・・って立場だと有利な展開で
仲良く出来ても、まさか自分に必要であったんだ・・・有難う・・・なんて事は
言葉に出来ないし、ごめんなさい・・・なんて言うセリフは死んでも言えない生き物で
あろうね。来るべき日にさようならも言わずにさようならの日が来る人達・・・・
残念だけれど。こう言う葛藤は進歩ある生き方をしていると必ず起こるもの・・・・
何もしなければ今を生きる為の体裁で生きて行くから衰退のみが待っている・・・
母としてなら子供が大人になれば孤独にもなるだろうし、働く者なら仕事と共に
散って行く・・・まるで桜の花のように・・・。
けれどこの国に生きるものは長生きになった・・・その後どうする?・・・・
俺は変わらず今のままで生きる・・・この繰り返し・・・少しずつ前にね・・・
そう少しずつ前に・・・そこでいつ決まるか?判らないものよりもやるだけやったら、
通常営業・・・だからふくろうに入る事にした・・・・
お袋の紹介で作る、ふくろうの作品に手を付けよう・・・となる。
そこで図書館となるが、被災で浦安は全滅らしい・・・そこで江戸川となるが、
小さいとか駐車場が無いとか、条件が揃わない・・・じゃ市川か・・・
そんなこんなで待ち合わせ時間になってしまう・・・・ではパソコンで・・・となる。
帰ってから・・・。どんなのにしようかな・・・?
そもそも何故ふくろうに入らなかったのか?すぐに・・・こうして結論出るのに・・・
それは、こんな気持ちで入れば作るふくろうは必ず恨みつらみのように・・・・と
作品にあたってしまう・・・それが気分。ただね、そもそもふくろうは猛禽類。
事実は自分が生きる為に生餌を捕食する・・・。どう猛な鳥なのね。事実はね。
寝てて可愛い・・・なんてのは人間が上っ面で付けたイメ-ジに過ぎない。
しかももっと言えば、明るい時に気配を消し、夜になるのを待ち一撃必殺。
風貌とは全く違うのである。がしかし、それをも知って好きならリアルに作っても
ふくろうだが、もし可愛い漫画チックなふくろうをお好みならデフォルメが必要になる。
ではこれを踏まえて戻る。本当の優しさって何だ?このふくろうを依頼した人は
旦那さんを亡くして一人生きている・・・強く生きてくれ・・・と考えるのなら
ふくろうは力強く捕食している方が勇ましく見えるし、生きて・・・とメッセ-ジになる
勿論、可愛く作って幸せの象徴のイメ-ジってもので作るのもあるだろう・・・
じゃどちらが正しい?こんなもの聞いて見なきゃ判るはず無いだろう・・・しかしね、
じゃあすべて俺の作品を知った上の依頼かな・・・?違うね・・・そんなに知らない。
ならそれすらどちらが良い?と必ず判るとは限らない・・・・お任せってのは、
気分になるのね・・・俺の・・・。そこに悪意が無く事実を作っても・・・・
ただいずれにせよ、ふくろうを作るのだからふくろうを知る事は悪くない・・・・
だから調べ事から。