今朝も曇り空、涼しい。
雨、これ以上広がらないでもらいたいもの。
東京の感染、止まらず、広島市でも毎日1~4人くらいの新規感染者。心配です。
写真、忘れていたのを見てください。

フリマで出会ったワンちゃん。
一応、ライオンのイメージなんですう~と、飼い主。
吠えず噛まず、いい子でした。名前は・・・聞いたかもしれないけど忘れた。
数年前。

夏のフリマ。
地面から水が噴き出すのは公園のサービス?
旧森戸道路が南北に分かれる三差路付近。
北へ行くと教養部の建物、南へ行くと政経学部に文学部があった。
教養部の建物の二階、一番奥が美術教室で、準備室が美術部の部室でもあった。
夫はここで、お手伝いさんが作った(と後で聞いた)お弁当を、昼休みに一人で黙って食べていた。お坊ちゃま君だった夫。いろいろあったけど、またゆっくり思い出してみます。
このお手伝いさんは私が嫁に来て、同居していた最初の三年間、いろいろかわいがってもらった。姑様より年上だったので、もうあちらへ行ってしまったことでしょう。
南門の傍に自動車部が部室のような小屋を建てていて、深夜にわたるまで車をいじっている人たち。その頃は交通量も少ないので、国道二号線を岩国まで行くラリーなんかやっていたように記憶している。
おやおや、ばあちゃんの昔話が止まりませんね。
森戸道路の並木はメタセコイヤ、南北はアメリカフウだったと思う。
あるとき、講義の始まる前、教室から見下ろしていたら、同じ高校だったT内さんが彼氏と歩いていた。
彼女がアメリカフウの実を、彼氏の耳元で振って、また二人で歩いて行く。もう一緒に暮らしているって、他の人から聞いたんだったかな。
なんかフランス映画のワンシーンみたいに。
舞台は広島で、日本人の出演者ですが。
実が落ちていたのなら秋の終わりか、冬かな。
建築と建築の長い影が尾を引く・・・とかいう、立原道造の詩がありましたね。
彼は全共闘の議長で、大学中退して・・・・
友達が、子供の幼稚園で再会したと話していました。二人は結婚して郊外の団地で、市民として暮らしているって、納得の展開でした。
月日は流れに流れ、みんなそれぞれの場所で頑張って生きてきた・・・ということでしょうか。

以前使っていた掲示板にお絵かき機能があり、描いてみました。15年くらい前。
高松駅前の再開発で高層ビルができ、初めのころは帰省の折によく行っていた。展望台?から屋島付近を見た景色かな。
溶岩台地風の独特の山容。海に突き出した、昔は島、今は地続きの島は瀬戸内海の眺めがよくて昔からの観光地です。
向こう側の入り江に平氏が陣を敷き、源氏に背後から急襲され、その後、瀬戸内海を西へ西へと落ち延びていきます。
井伏鱒二「さざなみ軍記」は20歳のころ、面白く読みました。

これ、何か月か前のアクセス数。
びっくりですよね。
今でもたまに300くらいになって焦るけど、これは火災みたいで気持ち悪かった。
親切な通りすがりの人が、あるブログで書いたからではないかと教えてくれたけど、見に行ったらもう削除していた。削除したからアクセス数減ったのでしょうか。
そのあと、こういうことはありませんが。
褒められてたのかなあ。いや、そんなことはない!!
それにしても言葉のパワーってすごなあと。見に来た時、一人10円でも置いて行ってくれればいいのに・・・とさもしい私。
さあ、きょうも縫物、頑張ります。
皆様もいい一日をお過ごしください。