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「土を喰う日々ーわが精進十二カ月」 水上勉

2020-07-21 | 読書

著者は9歳の時、京都の寺に預けられ、学校に通いながら寺の仕事を覚えるという幼少時代を過ごしている。

人々が今よりもうんと宗教に重きを置き、宗教人の需要の多かった時代には、きょうだいの多い子供はそれも進路選択の一つ。僧侶の資格を取り、どこかのお寺の住職になる。あるいはお寺の婿養子になると言う話を私も身近な例として聞いたことがある。

修業は仏典を読むばかりではなく、まず毎日の暮らしをこなしていく、その技術を身に着けるのも広い意味での仏の道。

ものそれぞれにある命を調理で最大限に生かし、自分の命の支えとする。贅沢な食材も粗末な食材も等しく心を配り、おいしく調理する。

この本には等持院の話が出てくる。京都の大観光寺院とはちょっと離れた場所にあるけど、お庭も落ち着いていて、何よりも歴代足利将軍がまつられている菩提寺。

食事は極めて質素。客人にはまず昆布を油で揚げたものとお酒を出し、裏の畑でその時期の野菜、あるいは貯蔵していたイモ類などで何品か作る。

この本を通じての調理の特徴は、じっくりと火を通し、ゴマ、味噌、みょうが、みりんなどで仕上げるというやり方。

素材の味を生かし、足りないたんぱく質は味噌などで補う。豆腐各種も手作り。


ありふれた精進料理かもしれないけど、著者の達意の文章力で作り方はわかりやすく、味はおいしそうに描かれているのがさすがの文学者と思った。

これは婦人雑誌に毎月連載したもので、その頃は軽井沢の山荘に暮らしていて、庭で作物を作り、自分で調理もしていたその記録。

面白く読みました。あまり手を掛けなくても、素材と対話し、その良さを引き出す。料理は経験に裏打ちされた教養であり、おいしく食べるのは一つの文化だと思った。

どんな人でも食事をする。いつの時代にも食事をする。

ということで、どれだけ時間が経とうと、決して色あせない内容だと思った。

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倉橋島、火山の花と木

2020-07-20 | 山歩き

山の花や木が好きです。

環境に適応し、生存競争に勝ち抜いて、根付き、成長し、やがて消えていくはずの植物。

それを見るのが好きです。

ありふれたものばかりですが、昨日も、つい写真撮りました。

狭い庭も山の木と草。願わくばこれ以上、藪にならんことを。

タケニグサ。2メートルくらいになるけど、草。荒れ地に生える。汁はかぶれるので触らない方がよさそうです。

ヒヨドリバナ。ヒヨドリの啼く頃に咲くのが名前の由来。フジバカマの仲間。

ノブドウ。秋には紫色各種に実ってきれいですが、不食。

アカメガシワ。こちらも荒れ地に。新芽が赤くてきれいです。

オカトラノオ。小さな粒々の花が規則正しく並ぶ。

花期もそろそろ終わり。こう見えてユリ科

サクラソウ科

 

名前の気の毒なヘクソカズラ。実は独特のにおいが。花はどうでしょうか。

花を取って鼻の頭にくっつけて遊び、昔はヤイトバナとも。

ヤイトって・・・お灸のもぐさを盛り上げた形からのようです。

お灸って?もぐさって?

植物の名前には思いがけない古い言葉が隠れていますよね。

東千田町の広大の旧理学部一号館裏にはケンポナシの古木が。

その名前の由来を聞いた時、驚倒したものです。今ではまず耳にしない言葉が隠れている。

イヌザンショウ。

刺激がそうきつくないので、食べやすいです。葉を少しいただいてきました。

またまたオカトラノオ。

オオバヤシャブシ。

早くに大きくなるので、山火事の痕などの緑化に利用される。

香川県の直島には銅の精錬所があり、排煙で島の木が枯れ、大規模に植えていました。私が子供の頃です。

叔父がその精錬所に努めていて、毎夏遊びに行ってました。

ある夏の夜、オオミズアオという水色の大型の蛾が大量発生していて、夜空いっぱいにひらひらと舞っていたのはとても幻想的でした。

自然のバランスの崩れた島では予期しないことが起きる。今ならそうわかりますが、ただあっけに取られてみていました。

全体が薄い水色で、触覚だけ、一筋赤があったかな。

蛾はそう怖くないです。

それで私にとっては蛾とセットの木。苦手な方、ごめんなさい。

イタビカズラ。蔓性の木。イタビとはイチジクのこと。

大きな実がついて、時には立ち上がるオオイタビは山口県萩では垣根にしているところもありました。暖地性の植物です。

広島だとプリンスホテル横の崖などに見られます。

ガマズミ

遠くにリョウブの木。

穂状に咲く花。昔はこの葉をご飯の増量に利用していたとか。

一時お腹は膨れても腹持ちはどうなんでしょうか。

クサギ。葉に独特のにおいがあります。

ヒヨドリバナ

定番、サルトリイバラ。

とげがきついので山歩きの時は気を付けます。

秋の赤い実はリースにしたいけど、とげが・・・

またクサギ。秋にピンクの花を付けます。

花を真っ赤と真っ白に品種改良したゲンペイクサギというのもあります。

おやまあ、ツワブキが。海が近い証拠。

クリ。

クヌギの大木。

ヤマシャクヤク。もう少し高い山にありそうだけど。

ヤマシャクヤクなら、かじれば元気になるはず。シャクヤクは漢方薬にします。


切り開いた道の両端は、日当たりを好む植物がいろいろありました。季節が半月違えばまた違う花に出会えるので、同じ山でも飽きると言うことはないです。

火山は25年ぶりくらい。橋も道もよくなり、立派な温泉施設なども。しみじみと時間がたったものです。

 

 

 

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倉橋島の火山に登る

2020-07-19 | 山歩き

梅雨の晴れ間、夏のトレーニング兼ねて、山を歩きます。

8時過ぎ自宅→広島呉道路→第二音戸大橋わたって倉橋島へ。

第二音戸大橋。

例によって登山口が分かりにくく結局、10時ころ登山開始。

この林道は頂上直下まで伸びていた。

登りたかったのは登山道だったのに、登り口、見逃したみたいで、、、残念。

土砂災害の痕を直しています。

林道(車道)をひたすら歩くこと40分くらい、途中の眺め。

倉橋町の中心部。呉駅前から路線バスあり。

最後は15分ほど山道。もうすぐ頂上。

左手の大岩です。

頂上の大岩に上がり、下を見下ろします。10時48分。一時間弱で上がってきました。

グラウンドと林道の一部。

あちらから上がってきました。

帰ります。登山道を帰りたかったのですが、林道を引き返すと言うのでついて歩きます。

山での単独行動は厳に慎みたいもの。

道路に流れ出した土砂に水路ができている。

二年前の災害跡でしょうか。

山肌がえぐれています。吸い込まれそう。

道に山がずり落ち、その下からえぐれている。

あの細いところを通り抜けました。

砂防ダムの下で、タンクにためた水が落ちています。

手を濡らすと冷たいので、ついでに頸動脈を冷やす。血液が冷やされて体の内側から涼しい・・・ような気がする。


桂浜の海水浴場でお弁当食べる予定でしたが、Pが満杯。

さらに道なりに行くと海岸で遊んでいる人が。

有料のドッグランとプライベートビーチ。

ワンちゃんが楽しそうに海岸を走っています。

山から下りてきた年寄り夫婦はちょっと関係ないようで。

ヤシがリゾートっぽい。

まさか今日が今年の夏の山場じゃないよね。

まだまだ夏は始まる前。もっともっと遊びたい。

もうこうなったら寿命との競争。

海はきれい。でも近寄れない。残念。

帰ります。早瀬大橋の下をくぐって、本土に戻ります。

第一音戸大橋は1960年代に完成。

島の土地が狭いので、ループ状の道路で橋げたを高くしています。

橋げたが高い訳は、呉から四国方面への航路。大型船が通るからです。

狭い音戸の瀬戸を、船は順番待ちで通過します。狭いうえに入口と出口で90度くらい方角が違うので、操船もたいそう難しいのです。

船に乗っていてもカーブを感じるほど、体が振られます。

ここは平清盛が開削したという伝説があり、公園には吉川英次の「新平家物語」文学碑もあります。

ここは高校の修学旅行の帰路、立ち寄ったところ。

こちらへ来ると必ず、共学校の修学旅行を、男子校出身の夫に自慢する私。

クラスの修学旅行のしおり、殆ど私が作った。企画考えたのはK西君、男子の修学旅行委員、私は委員ではないけれど、流れで(どんな流れ?)、しおりつくることに。ガリ版切って、カットの絵なども全部自分で描いた。

綴じるのは日曜日に我が家でしたかな。我が家の勉強部屋で。母がラーメン作って持ってきてくれた。来たのは男の子二人。

すみません、登山とは全然関係ない昔話を。

こんな話すると夫は無言。

「ごめんね、男子校だからってひがまないでね」

「なんでひがまんといけん」

といつもの展開。音戸大橋まで来るといつもこの話になる。

四国へ渡るフェリーがこの先から出ていて、時間待ちでここでは割とゆっくりした。

私の親友が男の子にもてまくっていて、ついでにくっついている私もたくさん写真撮ってくれた。

このときの写真、数年前、三男に見せたところ、

「お母さんは自分のこときれいだったと言うのでどんなに美人かと思ったら、中の中じゃないの」と言われてしまった。

いいじゃないの、昔の女の子は素朴だったのよ。

こちら第二音戸大橋。橋げたはさらに高く、アプローチの道路も高い。

あとはひたすら自宅へ。ここからは45分ほどで帰りました。

やれやれ、おやつです。

この後、友達から電話。五人で近くをウォーキングして、友達のマンションでお茶して解散。

よく歩きました。2万歩以上かな。

これからも頑張りたいものです。

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梅雨の晴れ間の山歩きとウォーキング

2020-07-19 | 山歩き

本日午前中、倉橋島の火山に登山。

昔の登山道は林道通る人が増えたせいか、消滅?

その林道も各所で、二年前の土砂災害の跡が。歩いて林道上るのはつらいけど、何とか頂上近くの展望台まで。

そこから登山。帰りは桂浜海水浴場でお弁当食べるつもりだったけど、駐車場が満杯で断念。

音戸公園で食べて帰宅。帰宅は2時5分。

しばらく休んでいたら、友達から近所のウォーキングに誘われる。

また行くんかあ、と夫に聞かれるが、誘われて断る手はなし。

残り少ない人生、何のきっかけも生かしていきましょう。

やがて集合時間、今日のことはゆっくり夜にでも。

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簡単ポーチを作る

2020-07-18 | 縫物いろいろ

昨日のバッグとお揃いで、ポーチを作りました。

型染布を硬い布の上に縫い付け、全体を中表にして楕円形に縫います。

一部、裏返すために縫い残しておきます。

表に返し、開きを縫って、半分を中に入れ込んで形を整えます。

今回はファスナーなど着けずにこのまま使います。

こんな感じで。

まだまだ布はたくさん。全然減ったようには見えません。

布をたくさん持っているのが昭和の女かも。

縫っている時は楽しいけれど、同じ姿勢でいるとさすがに疲れます。

まだまだ縫いたいものはたくさん、なかなか終わりません。

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夏用の軽いバッグを作る

2020-07-17 | 縫物いろいろ

軽くてたくさん入る夏用のバッグ作りました。

材料

帯用の生地?手紬の絹らしい。

型染布。

以上、姑様の持ち物を頂く。

あとは裏地、接着芯、ファスナーなど。

持ち手の芯。数年前の手芸フェアーで¥100だった。

やっと使えた。やれやれ。

一昨日始めて、昨日はできず、本日仕上げ。

出来ました。たくさん入りそうです。

柄が下過ぎてバランスがちょっと悪いけど・・・

底にはプラスティックの段ボールを入れました。

芯は重くなったので外しました。

たくさん入ります。容量一杯に荷物入れたら整理がしにくいので、大きい方がいいのです。

やれやれ、今縫物の波が来ているので忙しい。作りたいものがいっぱいあって、なかなかゆっくりできません。

↓の生地の本。

ざっくりした麻布?

仕上げは手作業で、一冊ずつ作っていたのでしょうか。カルトナージュみたいに。

今はこんな本、とんと見かけなくなりましたが。

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100分de名著 吉本隆明 共同幻想論

2020-07-17 | 読書

先日、夜ぼんやりテレビ見ていたら、Eテレで「共同幻想論」やってたので、アマゾンから取り寄せて手引書として読んでみました。

放送は毎月曜日夜、あと2回あります。

その「共同幻想論」、探してみましょう。

えーーーと、確かこのあたり。

ありました。我が本棚も、いつの間にか古書店の売れない本ばかり集めた整理コーナーみたいなことになっています。

出してみます。布張りが時代を感じさせます。

アマゾンの中古本では帯と箱が付いて4,000円。でも無理して買わなくてもハンディな文庫本があります。

私が共同幻想論読み終えたのは1971年の誕生日の日って、本の最後に書いていました。大昔ですねぇ。49年も前です。

当時は納得して読み終えたはずですが、長い時間がたって詳細は忘れていたので、今回の手引書読んでみました。

著者の先崎彰容氏は、1975年生まれ、日本大学の教授で専門は日本近代思想史、日本倫理思想史です。

番組ではタレントの・・・名前知らないけどよく見る体格のいい男性と、進行役のアナウンサーと著者の三人の対話で進んでいくので、内容がかいつまんで理解できるようになっています。

番組の第一回目は見ていませんが、本書によると、吉本がこの本を書くに至った動機、それは序に示されているそうですが、が3つ挙げられています。

戦前の価値観が瓦解した敗戦の体験、共同体への不信と自己嫌悪。

なぜ人は何かを信じてしまうのか。

他者との間で共有する価値観、関係の絶対性は独善から抜け出す道であると同時に、その了解事項も共同幻想として、絶対的な価値があるわけではない。それを超える思考をどう練り上げていくか。

以上の三つです。

かつてのファシズムや現在のポピュリズムのように、同調圧力を強いてくる体制の中で、それはおかしいんじゃないかと抗う発想力をどうつけるか、その視点を持って「共同幻想論」を読んでいきましょう。と初回で著者は呼び掛ける。

吉本は個人幻想、対幻想、共同幻想で国家の成り立ちをたどっていきます。その資料にしたのが遠野物語と古事記、ここには原始的な母系制の社会から、集団としての秩序が現れてくる痕跡を見ています。

他者との関係の始まりは、異性のきょうだいの間の疑似的性愛の関係。それが集団の枠組みを作り、農耕を始めて女性が祭祀をつかさどり、神の託宣を共同体の価値観へと広げていくところに国家の起源と吉本は考えます。

エンゲルスが「家族、私有財産、国家」の中で主張する、集団婚から私有財産の蓄積を経て国家が生まれてくる考えを否定します。

私は集団から国家へ至る長い道のりを当然見たわけではないのですが、エンゲルスのようないわゆるフリーセックスを人間がしていた、父親が誰かもわからないというのはあり得ないと、吉本の考えに同調できます。

人間の始まりから、女性は子をなしていい男性を自分の好みや相手の能力で本能的に選別し、父親が誰か知っている、分からなかったら決めたがるのではないでしょうか。自分の産んだ子の父親が誰かわからない、そこに安住できるのははたして可能かと。それこそが人間を動物と分かつ根源的なものと思うのです。今の私たちが考えるよりもずっと前から緩やかな「家族」という概念はあったのでは。

そう示唆する吉本の論は、感覚的に非常にすんなりと受け入れられるのです。

人間は社会を作り、ルールを作って折り合い、やがて国家を作る。国家は感情を移入して愛すべきものでもなく、頭から否定しても解体できるものでもない。「共同幻想論」から学ぶべきはそのことだと私は思っています。ただ強制を強いてくる納得できないものを拒否するその姿勢こそ大切であると。

そのためには情緒や感情・・・同じことか・・・に流されることなく、自分が生きていくための言葉を持つこと。言葉で物を考え、個人としてよりよく生きることをいつも考えていることでしょうか。

長話、深謝。


二階の本が重くて床が下がっているのではと夫に言われています。

少しずつ整理=断捨離しないといけないけれど、さてどうする。

 

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絵をかいて孫が来た

2020-07-16 | 日記

タイトル、日本語としておかしいけど、そんな感じ。

本日も忙しかった。

午前中、外出の用事、昼ごはん食べたら眠くなったけど、20分くらい午睡して、車運転して先生のお宅まで。

一年くらい休んでいた人が再開し、にぎやか。

本時の絵はこちら。下手で恥ずかしいので画像はこの程度で。

行き帰りの車中と、帰りの夕食の買い物の間、いろいろ話してにぎやか。

感動したままに描く。描きすぎない。塗りすぎない。難しいです。描けと言われるならわからんでもないけど。

帰ると孫が来ていた。

工作ブックで遊んでいます。

ロープウェイのようです。

工作大好き。

最近は私が疲れるし、明日は学校なので夕食前に解散。

帰る前、孫二人とかけっこした。

見る見る離されるばあちゃん。

孫二人の背中がだんだん遠くなる。

いやいや、もう転ばないことだけに気を付けて走りましょう。

本日持たせたもの、お中元のブドウ、おやつの残り、ふろ上がりのタオルドライ用キャップなどなど。

お嫁ちゃんの話だと、Go toキャンペーンに自治体のプレミアム旅行券組み合わせたらずいぶん安く旅行できるらしい。

それとは別に、県北の、離村した集落全体で古民家の民宿しているところがあり、子供たちとその親合わせて11人で夏休みの泊るそうな。

食材は持ち込みで自分たちで調理、あとはそこらへんで昔の子供みたいに遊ぶらしい。

いいなあ、街中のおばあちゃんち来ても遊びに限りがあるし、できたら私もついて行って昔の遊び教えたいけど、体力的にもう無理。

その代わり話聞くだけで、楽しそうな孫の様子想像するだけで、満足する私。

コロナがなければもっともっと遊べるはずの子供たちがかわいそうだけど、病気にならないためには今は我慢。

しかし、いつまで続く?

オリンピック、無観客ではしないとIOCが言い始めて、これは中止に向けたアドバルーン?楽しみにしている人には悪いけど、この時期のオリンピック、どうなんでしょうね。

 

 

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立原道造 晩秋

2020-07-15 | 断想

今朝、思い出し損ねていた詩はこちら。

著作権は切れているので再掲はOKですよね。


晩秋

あはれな 僕の魂よ
おそい秋の午後には 行くがいい
建築と建築とが さびしい影を曳いている
人どほりのすくない 裏道を

雲鳥を高く飛ばせている
落葉をかなしく舞はせてゐる
あの郷愁の歌の心のままに 僕よ
おまへは 限りなくつつましくあるがいい

おまへが 友を呼ばうと 拒まうと
おまへは 永久孤独に 飢ゑているであらう
行くがいい けふの落日のときまで

すくなかったいくつもの風景たちが
おまへの歩みを ささへるであらう
おまへは そして 自分を護りながら泣くであらう
             立原道造


何番目の何という作品集にあるのか、今は思い出せない。

初めてこの詩を読んだとき、大学の建物が並ぶ付近を連想した。

今は当時の建物と言えば、廃墟然とした理学部一号館だけ、やがてここに大学のあったことさえ忘れられると思う。

前身の一部、広島文理科大学と広島高等師範学校がこの地にできたときは、まだ埋め立て地の南端、新開地だったと思う。戦前の土地の区画を見ると、地番が扇状に少しずつ土地を埋めていったとおりにつけられていて、面白かった。

原爆後、道も土地も整理して今の姿に。電車通り西側、検査センターに県立図書館付近の方が昔の面影がある・・・とは地図オタクの息子の弁です。


朝から袋物縫ってますがなかなかはかどりません。

きょうはミシンさんの機嫌がいい。それで新しいのを買うのはしばし延期。

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写真いろいろ

2020-07-15 | 日記

今朝も曇り空、涼しい。

雨、これ以上広がらないでもらいたいもの。

東京の感染、止まらず、広島市でも毎日1~4人くらいの新規感染者。心配です。

写真、忘れていたのを見てください。

フリマで出会ったワンちゃん。

一応、ライオンのイメージなんですう~と、飼い主。

吠えず噛まず、いい子でした。名前は・・・聞いたかもしれないけど忘れた。

数年前。

夏のフリマ。

地面から水が噴き出すのは公園のサービス?


旧森戸道路が南北に分かれる三差路付近。

北へ行くと教養部の建物、南へ行くと政経学部に文学部があった。

教養部の建物の二階、一番奥が美術教室で、準備室が美術部の部室でもあった。

夫はここで、お手伝いさんが作った(と後で聞いた)お弁当を、昼休みに一人で黙って食べていた。お坊ちゃま君だった夫。いろいろあったけど、またゆっくり思い出してみます。

このお手伝いさんは私が嫁に来て、同居していた最初の三年間、いろいろかわいがってもらった。姑様より年上だったので、もうあちらへ行ってしまったことでしょう。


南門の傍に自動車部が部室のような小屋を建てていて、深夜にわたるまで車をいじっている人たち。その頃は交通量も少ないので、国道二号線を岩国まで行くラリーなんかやっていたように記憶している。

おやおや、ばあちゃんの昔話が止まりませんね。

森戸道路の並木はメタセコイヤ、南北はアメリカフウだったと思う。

あるとき、講義の始まる前、教室から見下ろしていたら、同じ高校だったT内さんが彼氏と歩いていた。

彼女がアメリカフウの実を、彼氏の耳元で振って、また二人で歩いて行く。もう一緒に暮らしているって、他の人から聞いたんだったかな。

なんかフランス映画のワンシーンみたいに。

舞台は広島で、日本人の出演者ですが。

実が落ちていたのなら秋の終わりか、冬かな。

建築と建築の長い影が尾を引く・・・とかいう、立原道造の詩がありましたね。

彼は全共闘の議長で、大学中退して・・・・

友達が、子供の幼稚園で再会したと話していました。二人は結婚して郊外の団地で、市民として暮らしているって、納得の展開でした。

月日は流れに流れ、みんなそれぞれの場所で頑張って生きてきた・・・ということでしょうか。

以前使っていた掲示板にお絵かき機能があり、描いてみました。15年くらい前。

高松駅前の再開発で高層ビルができ、初めのころは帰省の折によく行っていた。展望台?から屋島付近を見た景色かな。

溶岩台地風の独特の山容。海に突き出した、昔は島、今は地続きの島は瀬戸内海の眺めがよくて昔からの観光地です。

向こう側の入り江に平氏が陣を敷き、源氏に背後から急襲され、その後、瀬戸内海を西へ西へと落ち延びていきます。

井伏鱒二「さざなみ軍記」は20歳のころ、面白く読みました。

これ、何か月か前のアクセス数。

びっくりですよね。

今でもたまに300くらいになって焦るけど、これは火災みたいで気持ち悪かった。

親切な通りすがりの人が、あるブログで書いたからではないかと教えてくれたけど、見に行ったらもう削除していた。削除したからアクセス数減ったのでしょうか。

そのあと、こういうことはありませんが。

褒められてたのかなあ。いや、そんなことはない!!

それにしても言葉のパワーってすごなあと。見に来た時、一人10円でも置いて行ってくれればいいのに・・・とさもしい私。

さあ、きょうも縫物、頑張ります。

皆様もいい一日をお過ごしください。

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姑様の型染め

2020-07-14 | 日記

半月ほど前、姑様の藍染を紹介しましたが、https://blog.goo.ne.jp/kawashima134/e/bfe35d342f1a6ccc91e191ce773a1c09

整理ダンスの中に型染がいろいろありました。

厚手の木綿地に染めています。どれも50センチ×40センチくらい。

図案がどれも素晴らしい。一つずつ見ていきます。不肖、嫁の私がタイトルも考えました。

三角を綴る

稲穂と花。

花亀甲。

花籠

紅型風に。

花園。

秋草。

花の迷宮。

トンボと花。

写真、逆さに写したようです。

花の二重奏。

夏の庭で。

野の花。


どうやって作ったのでしょう。

型押し?

モチーフの一つ一つが微妙に違うので、もしかしたら手描き?

何という根気。そして技の確かさ。感動してしまった。

97歳、今は介護施設で介護を受ける身。

このほかに120センチ×150センチくらいのテーブルクロスもあったのに、夫がゴミに出したそうで。返す返すも残念です。

敷いているのが姑様の型染。

大作でした。ヤフオクだと1万円でも売れるのではと言うと、さすがに残念がっていました。もちろん、売れるかどうかはわかりませんが。

一時借りていたのですが、飽きてまた元の場所に戻していたのです。

ううう、残念。老嫁、泣く。

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楽しいフリマいろいろ

2020-07-13 | お出かけ

画像探すうち、この20年くらいの画像がいろいろ出てきました。

よかったらご覧ください。順不同、場所もいろいろです。

呉ポートピアパークで。野菜各種。10年以上前。

それぞれ¥50~¥100

呉ポートピアランドが経営破綻して今は呉ポートピアパークに。

入園料は無料。いろいろなイベントがあります。

これは近所の広場のフリマで。10年くらい前。

いろいろな音楽が入ってます。ちょっと高くて¥800くらい。

「友達に貰った」と言ってお嫁ちゃんに渡すのは姑の見栄。

同じ場所で、15年くらい前。

新しい小紋¥300

帯揚げは今治のセールで。¥300。品物安いけど往復の交通費が・・・

帯はどこで買ったかな~京都だったかも。京都の大アンティークフェアです。

以前は広島からバスツアーが出ていました。

ここにも掘り出し物たくさん。壁掛けのカップボードは今も便利に使っています。

駅前地下広場でもよくフリマしていた。

今もあるのかな。

ますいわ屋の畳紙入り染帯。¥2000くらい?

着物は娘時代のちりめん。派手で今は着ない。

身幅も・・・。

「せめて標準寸法にしとけばよかった、あんたは細かったけん」と実母の後悔。

ついでに、母がローカル局に出演した時の画像。

おばあちゃんの伝統料理とかいうタイトルでした。

タケノコ、揚げ、昆布の煮ものらしい。テレビ局のサイトで見つけました。

これは駅前の地下広場で。¥3000くらい。

この業者さん、以前はいい着物をたくさん扱っていた。昨日も見かけたけど、着物は持ってなかった。もう出尽くしたのかも。

少し写っているウールの着物は値切ったらおまけにつけてくれた。

うーーーん、これはどこで買ったかな。

短くて幅も狭く、生地も傷んでいたので1回くらいしか締めなかった。

ほどいて何かにするつもりでやがて断捨離に。

残念。画像見て思い出した。

どんどん行きましょう。

古いイカットを綴り合せた半幅帯。テーブルランナー、壁掛けでも。

木綿でよく締まります。これも呉ポー、¥300。

袋帯。綴れ?で締めやすくいいもののようです。

近所にイオンができたとき、リサイクルの洋服の店がありましたが、たまに着物も置いていた。

金糸銀糸の袋帯はめったに締めないし、これは色合い地味なので出番がありませんが、何かの時に一度くらいは締めたいもの。

何かなあ~金婚式?あと三年です。

¥3000くらいだった。


ビンボー臭い話が続いて本当に失礼しました。

呉服屋へは絹の半襟買う時くらいしか行かない。そのたまの時も、店員と居合わせた客に思いっきり値踏みされる気がして足がすくみます。

ある時、着物に合う帯締め探して着物持って行ったら、居合わせた客が黙って私の着物を指で挟んでこすってふーーーんっていう感じで、その後も何も言わず。

はじめ、店の人かと思い、やがて客だと分かってからも何が起きたのかしばらく理解できず。

人の着物、触って値踏みする態度って、本当に失礼。着物になると、お互いどちらが上か競い合う、日本女性の悲しき性さが。

10年前くらいはどこへ行くのも和服。楽しかったけど、面と向かっていろいろ言われて、嫌なこともたくさん。

だから私は人の着ているものあれこれ言わないようにしています。人の洋服やバッグには黙っているのに、和服になるとなぜ?

とまあ、嫌なこと思い出したけど、法事やその他の節目の行事、着物持ってると考えなくていいので便利。

着付けは若いころ、ちょっと習ったけどあと全然忘れていて、本気で着るようになってからは本屋で立ち読み→家で着る→わからないところはまた立ち読み→家で着るで何とか。

色留までは自分で着た。今度、黒留も自分で着てみよう。いつになるやら。

嫁入りの時に母が持たせてくれた黒留はこちらでは一度も着ていない。

姑様が着物着ない人で、弟妹の結婚式も洋服。私に着てほしくないような無言の雰囲気。

母が、旅に出て(他県に嫁いで)貸衣装で肩身の狭い思いしたら行けないと持たせてくれたのだけど、着物を持っているいないで、女の序列ができていた時代には、姑よりいいもの見せびらかしてはいけなかったんですね。

その留袖、まずは私の結婚式に京都の叔母に貸した。役に立ててよかったと思う。あとは弟二人の式に。息子の時には色が褪せて着られず、新調しました。

フリマの話がつい着物になりました。

もうこれからはフリマでいい着物はあまり出てこないのでは。それにもう私も買わなくてもいいかな。

以上、楽しい楽しいフリマの思い出でした。

ついでに出てきた写真。

引き出しを開けて中身を確かめ、引っ張り出してその中で遊びまくる孫。

油絵二枚。

左、夫が大学生のころ、先生のアトリエに通って描いていた。

技巧に走って下手になっているとは本人の弁。

右は次男かな。中学生のころ。素朴でいい絵だと、親バカなので思う。

今日も雨、今日はお嫁ちゃんと待ち合わせて用事いろいろ。雨ですねぇ~

 

 

 

 

 

 

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さよなら、愛しの我がフリマ

2020-07-13 | お出かけ

いよいよ昨日が最後、最後なのに店は少なめ、値段も強気。

大きな木はメタセコイヤ。戦後植えられたとのこと。

広島大学、旧理学部1号館。今は保存の方法が決まらず放置。

広島では被爆建物は取り壊さないことが多いので、この先どうなるかな?

イベント。

結局買ったのは

ワイン3本と焼酎で¥650 ワインは一本友達に上げた。

タオルは¥50

友達の娘さんのブースで春物上着¥300

と、これだけ。

呼び止められて、今回も参加。

よく遊んだのに残念です。


今まで買ったものをブログ内で探してみました。

子供用モスリン長じゅばん片袖¥50

ひな祭りの布団にしました。

毛糸各種。各¥50

たくさん買ったので2個おまけしてもらう。

カレー皿セット¥300

イギリス製。好きなメーカーです。普段使いの食器。

花¥200

後ろのカフェカーテンは手作り品¥1000くらい。

米菓子¥10

孫がアレルギーでこのお菓子なら食べられた。喜んで食べた。

椅子ではなくてダブルガーゼのスモック。¥2000くらい。

洋服とセーター。これもとても安かった。

お皿は¥200を¥50に。

これは商品ではなく、お母さんと一緒に来ていたワンちゃん。

ライオンのイメージだそうです。

こういう出会いが楽しいフリマ。


昨日は帰ってから近所に食事に行く。

新しくできた店で大はやり。若い女性に若い家族連れ。いささか場違いな老夫婦。

ローストビーフ丼やら

サーモンアボカド丼食べました。

ずんだのコロッケもおいしかった。コーヒー付き。

場所は某3丁目電停前。


夕方、姑様のところへ布を探しに行って、こんなもの見つけました。

高松の工芸品、キンマ塗です。

漆を塗り重ね、模様を掘り出します。煙草入れと灰皿のセットは私が嫁入りの時、両親からお土産として持ってきたもの。

あと硯箱もあるはずですが、また探して写真撮ります。


とまあ、いろいろと目まぐるしい一日でした。雨が降らずに結構でした。

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あーーーん、千田わっしょい祭りが終わるよう・・・

2020-07-12 | 事件、事故

本日が最後の開催です。

ううう、悲しすぎる。

今年から月一になり、新型コロナで3月からはお休み。

やっと開催の運びとなるも、今回が最後だそうです。

https://www.facebook.com/sendawasshoi/

昨年亡くなられた主催者の山根氏、そしてそれを引き継がれた奥様、本当にありがとうございました。

私はフリマが大好き、ここでたくさんのものに出会いました。

リサイクル着物、絵付け用の器、本、おもちゃ、花、野菜、果物、お菓子。

手作りのカフェカーテンやレースの暖簾は生地も縫製もよく、いまだ長方しています。

そして何よりも、友達のお嬢ちゃんの出店に便乗して、後ろの方でばあちゃんたち、煮しめや炊き込みご飯など持ち込み、メタセコイヤの木陰でピクニック状態。食べて笑って騒いで。

楽しかったあ~

うらやましがる見ず知らずの男性に煮しめ差し上げたことも。

おいしかったあ~、家では作らんですもんね。と喜ばれました。

こういう触れ合いがフリマの楽しさ。ひと時、浮世の肩書、しがらみ外して品物を見ながら遊ぶ。使われていた昔をしのぶ。

もう市内に、大規模なフリマ、なくなったのかなあ。駅前地下街のフリマはどうでしょうか。

こうなったら京都の弘法市や天神市、久しぶりに行ってみたい気もするけど、やってるのかなあ。新幹線に乗るのもちょっと怖いし。。。


出会ってうちへ来たもの。あれこれと。

正絹、和服コート、マフラー付き ¥500

解き毛糸 ¥100くらい?・・・忘れた。

このほか毛糸各種をどっさり買ったことも。機織りに使い、編み物に使いました。

小学生の出店。

大島紬。¥2,000

このほかに紫の江戸小紋を¥3,000くらいで。どっしりしたいい生地で、裄を直して何度も着た。

浴衣 ¥300 ワンピースとクッションカバーに。

皿 欠けがあったので¥50に値切る。

セーター¥2,000  足袋は¥100

浴衣各¥300

ロメオレタスなど。人形は¥200

手作り品。鍋つかみ¥200、ポーチ¥100

広島太郎。こちら売り物ではありません。

人の多いところに現れて存在をアピールする方。

広島伝説の浮浪者。30年以上活動している。ぬいぐるみなどを縛り付け、ブルーシートがコート代わり。

季節によって、身に着けるものに多少のアレンジあり。クリスマスツリーとか、鯉のぼりとか。

何でもあるフリマ。ひと時の祝祭空間。きょうは最後なので現れてほしい。

ご注意、本人に分かるように写真撮るとモデル代請求されるとか、されないとか。

遠くから、顔が分からないように撮らせてもらいました。

https://washira.jp/s-hiragi1223/posts/15797

これはもらった。風でくるくる、アルミ缶で作る。

今年二月。

大島、本、餡餅。

ワイン、盃、白磁の皿、陶器の置物。

まだまだ写真たくさんあるはずなので探してみます。

ついでに出てきた写真。5年くらい前。

何でもひっくり返して、何でも開けてみる。そういう年頃。

しかしまあ、返す返すも残念です。楽しい思い出ばかり、主催者の方、関係者の皆様、本当にありがとうございました。

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「ふたりからひとり」 つばた英子 つばたしゅういち

2020-07-12 | 読書

テレビのドキュメンタリー番組になり、映画にもなった、愛知県に住む老齢のお二人の手作り生活。その聞き語りの本です。ちなみに私、どちらも見ました。本ではわからない人柄、物腰などなど、興味深かったです。

この前にも何冊か上梓しておられ、この本ではしゅういち氏が午睡のまま亡くなられた後の暮らしを取り上げています。

最近、ポツンと一軒家という番組をよく見るのですが、お金で買える贅沢ではなく、自然と向き合い、その恵みをもらう暮らし方に多くの人が魅力を感じているからではと思います。

とはいえ、元々自然豊かな場所ではなく、郊外のニュータウンの何もない一角に家を建て、木を植え、野菜を作り、それで料理や保存食を作ってきた暮らしの記録。

読んで心地いいのは何かと考えたら、お二人は因習にとらわれることなく、見栄も捨て、自分に必要なことをしてきたという潔さ。そこに共感できるのだと思った。

しゅういち氏は建築家で、建築事務所から住宅公団、広島大学教授、のちに評論家。この本では肩書は自由時間評論家。いいなあ、こういうの。自分で名乗ればいいんですもの。

英子氏は一人残されたけれど、毎日の手仕事に寂しがる暇もなく、充実した暮らしぶりがこの本ではうかがえる。料理、お菓子、保存食品の作り方もたくさん掲載されていて楽しい。

4年前の本ですが、今は英子氏も亡くなられたとか。

素晴らしいお宅と庭は娘さんが受け継がれたのでしょうか。

全体として、とても幸せ感にあふれた、癒しの効果抜群の本でした。

これも人さまのブログ拝読して読みました。

いつも真似ばかりでごめんなさい。


この本読んで、私も元気なうちにしたいこと全部しておこうと思った。

老人の日々はつるべ落とし、一日たりとも無駄にはできない。そう思った。

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