鹿島清兵衛が等身大の密着印画を思い立ったのが
明治28年(1895年=117年前)です
等身大のガラス乾板の大きさは
丁度、畳1枚くらいでしょうか
畳は、3尺×6尺(910㎜×1820㎜)あります
馬鹿でかいガラスに感光乳剤を塗布するのです
当時の日本では無理だったのでしょうか
フランスに注文を出しています
次の問題はこのガラス乾板を装填できるカメラです
小西本店(コニカの前身)が設計と製作を
頼まれました
お化けカメラを劇場の客席にセッティングして
ピントを合わせて畳1枚ほどのガラス乾板を
装填するのに何人の助手を使ったのでしょう
撮影現場も大変でしようが
撮影された畳1枚の重くて割れそうなガラス乾板を
暗室の中での現像処理は凄かったでしょう
この巨大な密着印画は今日でも世界一で
早稲田大学の演劇博物館に現存しているそうです