経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

■【あたりまえ経営のすすめ】2部 管理編3-42 PDCAを実務に活かすための複合構造

2023-04-19 12:03:00 | 【心 de 経営】 あたりまえ経営のすすめ2 管理編

■【あたりまえ経営のすすめ】2部 管理編3-42 PDCAを実務に活かすための複合構造

 管理編 第三章 プロの管理職のための新たなPDCAと活用法 が、新シリーズとしてはじまります。

 多様化の時代になり、ホンモノ智恵が求められる昨今です。

 世の中には、「専門家」とか「プロ」と呼ばれる人が多数いらっしゃいます。

 ところが、残念なことに、その大半というのが、「エセ専門家」「エセプロ」なのです。

 管理職も、“真”のプロ管理職にならなければなりません。

 ホンモノのプロ、要は「“真”のプロ」とは、どの様な人を指すのでしょうか。

 エセプロの多くは、「あたり前のことが、あたり前にできる」ということを軽視しています。

 「今の時代、最新の経営理論に基づく経営が重要である」と「あたり前」を蔑視をしている人もいるほどです。

 では、「あたり前」とは、なんでしょうか?

 「“真”のあたり前」を知らずして、あたり前を軽視して欲しくないですね。

 あたり前は、その辺に転がっているのではなく、「あたり前は創るもの」です。

 1970年代から、半世紀近くの経営コンサルタント経験から、最善の策ではないにしても、ベターな策を講じるための智恵をご紹介してまいります。

メモ

■ 2部 【管理編】 プロの管理職のあり方

 本シリーズは、経営士・コンサルタントなどの経営専門業・士業の先生方を対象として、第1部の【経営編】をお送りしてきました。しかし、その内容は、視点を変えれば経営者・管理職のためのお話でもあります。ビジネス界においては、フレキシブルな視点の持ち方をできる人が高く評価されるのです。

 筆者は、経営コンサルタントという仕事柄、しばしば管理職研修も実施してきました。その時に、必ずといって問うことは、「管理とは何でしょうか?」ということです。

 管理職の皆さんは、よく勉強していて、私より立派な回答が返ってきます。

 「では、それをどの様に実務に活かしていらっしゃいますか」と問いますと、期待するような回答が返ってきません。

 難しいことを勉強しすぎているのではないでしょうか。知識と実務が乖離していますと、せっかくの知識が知恵として活かせません。

 管理職として、「あたりまえ」なことが、実務で行われているのかどうか、謙虚に自分自身を見ることも大切なのではないでしょうか。

 管理職は、「管理とは何か」「温かい管理」を正しく理解しなければ、部下からも、上司からも、社会からも正しく評価されません。

  温かい管理とは  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/8b7833c2ebc019660a3813e9dedbf92f

 ここでは、管理職なら誰もが知っているようなことを整理してみました。

 知識としてはご存知のことでしょうが、それを実務に活かすにはどうしたらよいのかを考えてくださる契機となると幸いです。

 

■ 第2部3章 【管理編】 プロの管理職のための”新たな”PDCAと活用法 

 これまで第2章として、ホンモノのリーダーシップについてお話して参りました。

 そのリーダーシップと不可分にあるのがPDCAです。

 「いまさら、PDCAについて学ぼうとする人間なんていないよ」
 「もう、PDCAは古い!」

 このような声を聞くような時代になりました。それほど、PDCAが言い古されてきているのです。しかし、本当にPDCAが実行されているのでしょうか。そして、PDCAの効果が出ているのでしょうか。

 多くの方が、知識として知っていても、実行に移せていない人が多いのが「PDCA」です。

 一方で、「PDCAを常に意識しています」、という人もいます。ところが、本当にPDCAにより効果を上げられているのでしょうか?大半の方が、「効果を上げている”つもり”」であって、実際には、PDCAが適正に実行されていないがために、機会損失を起こしているのです。

 正しいPDCAとは何か?
 正しいPDCAの使い方とは?

 謙虚に、再度、PDCAに取り組んでみては如何でしょうか。あなたのPDCAとは違ったPDCAがあるかもしれません。

 

■ 3-42 PDCAを実務に活かすための複合構造

 

 日本経営士協会が、PDCAの考え方を経営管理の分野にまで拡大しようとした際に、なぜ、当初の日科技連のPDCAサイクル論のまま取り入れなかったのでしょうか。

 日科技連では、PDCAを「Plan、Do、Check、Action」としています。それに対して、日本経営士協会では、「Plan、Do、Check、Act」とすべきといっています。

 「Plan、Do、Check」は、いずれも動詞ですので、「A」も動詞で統一して「Act」としてはどうかと提案しています。ただし、日本では、日科技連のActionが定着していますので、日本経営士協会では、あえて目くじらを立てて、actを主張せず、先人のActionでも良いと両者を容認しています。

 ここで、ザッとPDCAについて、復習しておきましょう。

 PDCAのPは「Plan:計画」ですが、その実施に当たりましては、5W1Hで立案します。5W1Hに、whose/whom、which、whereにHow many、How muchを加えて、「8W3H」とも表記することがあります。

 PDCAのDは、「Do:実行(実施)」で、ここでは、行動を起こす際に生じる条件変化に、臨機応変に対応することが、経営管理実務上では不可欠です。

 PDCAのCは、「Check:評価(確認)」です。すなわち、Doの結果を踏まえて、分析し、評価し、その原因・理由を検討します。

 PDCAのAは、既述の通り「Act/Action:改善」で、check段階で明らかになりました事項の対応策を検討します。

 そして、Aに基づき、Planを立てるわけです。すなわち、次のP作業におきまして、Planを立てる時には、Aで明確にしました改善項目が決まっています。

 しかし、経営管理におきましては、初めて取り組むプロジェクトや案件は日常茶飯事です。

 すなわち、新規プロジェクトの時には、Aがありません。まっさらな状態から、5W1Hのwhatから検討しなければならないわけです。

 このことから、PDCAは、Pから始めるのではなく、Aから始めるべきではないだろうかという意見が真剣に検討されました。

 視点を変えて、日科技連のPDCAの前に戻って、「PDS(PDC)」と考えて、PとAを一緒にしてはどうかという考えも出てきました。

 多少の違和感はありますが、日本では、PDCAが定着していますので、基本的には、PDCAで行こうというのが一般的な方向です。

 経営管理という視点では、従来のPDCAサイクルとは、違った面で異なるところがあるということは既述の通りです。

 サイクルというのは、基本的には、同じことの繰り返しというのが原意です。ですから、単純作業の繰り返しや、1回限りのプロジェクトなどでは、PDCAで完了することがあるかもしれません。

 一方で、経営管理におけますPDCAは、ひとつのプロジェクトで完了することもありますが、多くの場合は、連続して、単なる繰り返しではなく、発展してゆきます。

 最初のP1は、次の段階では、P1ではなく、P2となります。企業は、成長して行くことが基本的に求められることが多いですので、P2は、P1より成長しているべきです。

 すなわち、サイクルではなく、「スパイラル」であるのです。

 スパイラルは拡大し、成長しています。これを「PDCAのスパイラルアップ」といい、企業の成長をPDCAの観点から見ることもできるのです。

<続く>

 

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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 宮城県仙台市 輪王寺庭園11 庭園7 本堂裏白砂枯山水庭園 141101

2023-04-19 10:33:00 | 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 宮城県仙台市 輪王寺庭園11 庭園7 本堂裏白砂枯山水庭園 141101

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 宮城県仙台市 輪王寺庭園11 伊達家ゆかりの北山五山の一つ池泉回遊式庭園 庭園7 本堂裏白砂枯山水庭園 141101

 

 輪王寺は、仙台の寺町であります北町地区にある、室町時代からの歴史のある伊達家ゆかりの寺院で、「北山五山」の一つと数えられています。

 輪王寺は、伊達家第九世大膳大夫政宗夫人、蘭庭明玉禅尼の所願により、第十一世、大膳大夫持宗により嘉吉元年(1441)太菴梵守和尚を開山として、奥州伊達郡梁川に創建されました。

 その後、伊達家の居城の遷移に従い、西山、米沢、会津、米沢、岩出山を転々とし、慶長七(1602)年、現在の地に移りました。

 明治維新後、輪王寺は伊達家の庇護を失い、さらに明治九年(1876)北山に発した野火のため、仁王門を残し七堂伽藍を全焼してしまいました。

 曹洞宗大本山、永平寺と總持寺の意を受けて、明治三十六年(1903)、福定無外和尚により、復興に着手し、現在の本堂と庫裡を完成しました。無外和尚は、庭園の建設にも意を注ぎました。次の五峰和尚により、梵鐘、位牌堂、坐禅堂、開山堂が完成し、七堂伽藍の全てが整いました。

 庭園には、茶室「半杓庵」が建設され、東北有数の名園となりました。

 昭和五十六年(1981)道閑和尚の時代に開山五百回大遠忌を記念して三重塔が建立され、昔日の偉容を回復するに至りました。

 

アクセス

 

 JR仙山線北山駅から徒歩15分ほどのところにあります。

 仙台駅から路線バスで、近くまで行くこともできます。

 

 

庭園
 無外和尚は庭園の建設にも意を注ぎ、その晩年にはほぼ現在の規模を備えた庭園が出来上がり、今日の輪王禅苑の基礎が整えられました。

 無外和尚以来の伽藍の復興と庭園の整備は次の日置五峰和尚(1893-1972)に受け継がれ、梵鐘・位牌堂・坐禅堂・開山堂が次々と完成して七堂伽藍のすべてが整い、庭園も茶室半杓庵が建設され東北有数の名園となりました。

 さらに昭和五十六年(1981)日置道閑和尚(1926-2009)の時代に開山五百回大遠忌を記念して三重塔が建立され、輪王寺は昔日の偉容を回復するほどに至りました。

 

境内と庭園

 

本堂裏白砂枯山水庭園

 

輪王寺庭園は、西池と東池を核とする池泉廻遊式庭園だけではなく

東池エリアにある白砂枯山水庭園と、

本堂裏(西池側)の白砂枯山水庭園とがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本堂からの渡り廊下から見える坪庭

 




ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm 

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 宮城県仙台市 輪王寺庭園11 庭園7 本堂裏白砂枯山水庭園 141101

2023-04-19 10:33:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 宮城・山形・福島

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 宮城県仙台市 輪王寺庭園11 庭園7 本堂裏白砂枯山水庭園 141101


 



 


 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。


 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 宮城県仙台市 輪王寺庭園11 伊達家ゆかりの北山五山の一つ池泉回遊式庭園 庭園7 本堂裏白砂枯山水庭園 141101


 


 輪王寺は、仙台の寺町であります北町地区にある、室町時代からの歴史のある伊達家ゆかりの寺院で、「北山五山」の一つと数えられています。

 輪王寺は、伊達家第九世大膳大夫政宗夫人、蘭庭明玉禅尼の所願により、第十一世、大膳大夫持宗により嘉吉元年(1441)太菴梵守和尚を開山として、奥州伊達郡梁川に創建されました。

 その後、伊達家の居城の遷移に従い、西山、米沢、会津、米沢、岩出山を転々とし、慶長七(1602)年、現在の地に移りました。

 明治維新後、輪王寺は伊達家の庇護を失い、さらに明治九年(1876)北山に発した野火のため、仁王門を残し七堂伽藍を全焼してしまいました。

 曹洞宗大本山、永平寺と總持寺の意を受けて、明治三十六年(1903)、福定無外和尚により、復興に着手し、現在の本堂と庫裡を完成しました。無外和尚は、庭園の建設にも意を注ぎました。次の五峰和尚により、梵鐘、位牌堂、坐禅堂、開山堂が完成し、七堂伽藍の全てが整いました。

 庭園には、茶室「半杓庵」が建設され、東北有数の名園となりました。

 昭和五十六年(1981)道閑和尚の時代に開山五百回大遠忌を記念して三重塔が建立され、昔日の偉容を回復するに至りました。


 


アクセス


 


 JR仙山線北山駅から徒歩15分ほどのところにあります。


 仙台駅から路線バスで、近くまで行くこともできます。


 



 


庭園
 無外和尚は庭園の建設にも意を注ぎ、その晩年にはほぼ現在の規模を備えた庭園が出来上がり、今日の輪王禅苑の基礎が整えられました。


 無外和尚以来の伽藍の復興と庭園の整備は次の日置五峰和尚(1893-1972)に受け継がれ、梵鐘・位牌堂・坐禅堂・開山堂が次々と完成して七堂伽藍のすべてが整い、庭園も茶室半杓庵が建設され東北有数の名園となりました。


 さらに昭和五十六年(1981)日置道閑和尚(1926-2009)の時代に開山五百回大遠忌を記念して三重塔が建立され、輪王寺は昔日の偉容を回復するほどに至りました。


 



境内と庭園


 


本堂裏白砂枯山水庭園


 


輪王寺庭園は、西池と東池を核とする池泉廻遊式庭園だけではなく


東池エリアにある白砂枯山水庭園と、


本堂裏(西池側)の白砂枯山水庭園とがあります。


 



 



 



 



 



 


 



 



 



 



 



 



 



 



本堂からの渡り廊下から見える坪庭


 





ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm 

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 岩手県盛岡市 一ノ倉邸庭園 中尊寺大賀古代ハス 築山泉水回遊式庭園

2023-04-19 10:32:00 | 【カシャリ!ひとり旅】写真・旅行 Misc.

  【カシャリ!庭園めぐりの旅】 岩手県盛岡市 一ノ倉邸庭園 中尊寺大賀古代ハス 築山泉水回遊式庭園

 

 

 

 

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 

 

 

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 岩手県盛岡市 一ノ倉邸庭園 中尊寺大賀古代ハス

 1950(昭和25)年に、中尊寺金色堂内におさめられている藤原氏の遺体4体が学術調査されました。その際、第四代泰衡の首桶から、80粒ほどハスの種が発見されました。

 当時の調査委員であった大賀一郎博士や門下の先生に、この種の栽培を依頼したところ、1993(平成5)年に発芽しました。1998(平成10)年には、開花にも成功しました。

 

 

 

 このハスは和蓮の一種で、花弁は淡い紅色、やや細身で「中尊寺ハス」と命名されました。「古代ハス」とか「大賀ハス」とも呼ばれます。

 2011(平成23)年3月に東日本大震災が発生、2012(平成24)年、犠牲者への鎮魂と復興推進のシンボルとして、極楽浄土に咲く花「中尊寺ハス」を広めることを目的とした「復興の花中尊寺ハスを広める会」(事務局:岩手県商工会議所連合会)が設立されました。

 

 

 

 この「復興の花中尊寺ハスを広める会」の株分け第1号として、2012(平成24)年、藤原氏に縁の深い安倍館町の保護庭園「一ノ倉邸」に移植されました。同年6月下旬から花芽が出始めて、7月7日に咲き始めました。爾後、毎年7月から8月にかけて開花するようになりました。

 

 

 



 

 

 

 

■ 岩手県盛岡市 一ノ倉邸庭園 築山泉水回遊式庭園

 

 

 

 「一ノ倉邸庭園」(いちのくらていていえん)は、盛岡市保護庭園の一つで、市街地北方2km強ほどの所にあります。敷地面積は約2600坪もあり、約145坪の木造平屋造、数寄屋風の建物には大小もの和室に加え、畳敷きの玄関や廊下等があり、畳数は140畳に及びます。欄間などの材料も吟味されていて、当時のしっかりした造りが伺われます。 

 

 明治後期に盛岡出身の貴族院議員や東京府知事を歴任した阿部浩氏の別邸として造られたお屋敷と築山泉水回遊式の庭園とで構成されています。現在は庭園に水が入っていない枯れ泉水ですが、東京から庭師を招いて造られたものです。かつては中島が3つ浮かぶ池泉式の庭園だした。

 

  また園内に植えられているモミジは京都の高雄から取り寄せたもので、樹齢100年以上の12種類の「イロハモミジ」が燃えるように紅葉します。これにアカマツなどの針葉樹が加わり、作庭の意図をうかがい知ることができます。現存する数寄屋風のお屋敷とともに楽しむことができます。

 

  「一ノ倉邸」は、盛岡市自然環境及び歴史的環境保全条例(昭和46年制定)に基づき、昭和49年に保護庭園に指定されね平成4年に盛岡市が取得しました。

 

  夏の中尊寺ハス開花や秋の紅葉、春の「ひな遊ぶ」など四季を通じて楽しむことができます。

 

 

 

■ 阿部浩

 

 南部藩士の子息として生まれ、苦学の末に、工部省や内務省の職員を経験の後、衆議院議員として政治の道へ進みました。その後、群馬県知事、千葉県知事、富山県知事、東京府知事、貴族院議員などを歴任し、1922年(大正11年)に71歳で没しました。

 

■ アクセス

 

 開園:10:00~16時(冬期15:00) 

 

 休園:月火  8/10~20、12/25~1/15は休 

 

 〒020-0126 岩手県盛岡市安倍館19-64 019-646-1817 

 

 盛岡駅からバスで安部館下車から徒歩5分

 

 入館料 無料

 

 

 

 

 

 

一ノ倉邸庭園  

 

 

 

 

正門

 

右に行くと一ノ倉邸宅、正面から左にかけて庭園が広がります。

 

 

 

 

蓮池は、門を入ってほぼ正面の池泉の右側に隣接しています。

 

一ノ倉邸庭園の池は、今は涸れ池泉になっていますが、

 

蓮池には水が張られていて、季節に花を咲かせます。

 

 

 

 

蓮池

 

庭に入りますと、ほぼ正面の涸れ池泉の一画に

 

水の張られた小さな池が見えます。

 

 

 

 

月の松の脇を建物に剃って直進しますと

 

左手に池に降りる階段があります。

 

階段を降りきったところに立て看板が立っています。

 

 

 

 

蓮池

 

池の畔に可愛いお地蔵様が、

 

朱色のスカーフをかぶって立っています。

 

ハスは7~8月にかけて咲くそうです。

 

私が訪れた時は、東北地方では晩冬の時期、

 

昨年の葉っぱが浮かんでいるだけでした。

 

そかし、ここにハスがニョキニョキと生え、

 

咲き誇る様子を想像できます。

 

 

 

 

 

 

ここでは、中尊寺ハス(大賀ハス・古代ハス)を

 

見ることはできませんでしたが、

 

東京近郊では、千葉市の千葉公園で見ることができます。

 

 

 

千葉公園の大賀ハス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岩手県盛岡市 一ノ倉邸庭園 建物と名残雛   

 

岩手県盛岡市 一ノ倉邸庭園 築山泉水回遊式庭園

 

 

 

 

 

  リスト http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

 

 

 

 

下記URLでは、警告文が表示されることがあります。予算の関係でhttpsになっていないことが理由です。悪用するような操作をしていませんので、ご迷惑をおかけしますが、信頼してクリックして下さい。

 

  ■ カシャリ! ひとり旅
















































































ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

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予算の関係でhttpsになっていないことが理由です。



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【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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2023/04/19

2023-04-19 07:15:16 | ブログでつぶやき




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【カシャリ!庭園めぐりの旅】 岩手県盛岡市 盛岡城址公園 内堀庭園 大規模な石垣城の南部藩不来方城

2023-04-19 05:53:00 | 【カシャリ!ひとり旅】 青森・岩手・秋田

【カシャリ!庭園めぐりの旅】 岩手県盛岡市 盛岡城址公園 内堀庭園 大規模な石垣城の南部藩不来方城

 

 

 

 

 

 

 若い頃からひとり旅が好きで、経営コンサルタントとして独立してからは、仕事の合間に旅をしたのか、旅行の合間に仕事をしたのかわかりませんが、カメラをぶら下げて【カシャリ! ひとり旅】をしてきました。

 旅のテーマは寺社や庭園めぐりです。

 

 日本には「日本庭園」と呼ばれる庭園だけではなく、「イングリッシュガーデン」など、海外の庭園形式をした庭園も多数あります。寺社を訪れたときに、想定していなかったところに、庭園を発見することがあります。

 下手の横好きで、【カシャリ! ひとり旅】を続けていますが、その一環で訪れた庭園を順次紹介してまいりたいと思います。

■ 宮城県盛岡市 盛岡城址公園 内堀庭園 大規模な石垣城の南部藩不来方城 

 

 

 

 「盛岡城跡公園」(もりおかじょうあとこうえん)は、江戸時代、南部藩の城下町として栄えた南部盛岡の不来方城(こずかたじょう)を公園としています。関東以北の石垣組の平城としては、最大の規模を誇っています。公園の中には、岩手県ゆかりの偉人・宮沢賢治や新渡戸稲造、石川啄木らの歌碑・詩碑、また、多くの石碑も立っています。

 安土桃山時代から江戸時代にかけて、初代から三代藩主・南部信直、利直、重直によって築城されました。当時の建造物等は残っていませんが、石垣による城郭はほぼそのままに残っています。

 本丸、二ノ丸、三ノ丸にかけて和風庭園のような飛び石、板橋、植栽や芝生広場などが整備されています。

 明治維新・廃藩置県後の1906年(明治39年)に作庭された公園で、設計者は公園デザイナーのパイオニア・長岡安平です。国指定史跡だけではなく、日本100名城のひとつでもあります。正式名称の「岩手公園」で、日本の都市公園100選、日本の歴史公園100選にも選定されています。盛岡市の所有となり、開園100周年を迎えた2006年に「盛岡城跡公園」に改称されました。

 春には多くの桜が咲きほこり、秋には紅葉も見逃せません。梅林やバラ園など四季を通じて花木を楽しめます。

 長岡安平は、秋田市の『千秋公園』設計も担当していて、和風庭園に洋風の噴水を持ち込む作風は共通しているといえます。

 公園全体が「庭園」といえますが、とりわけ「鶴ヶ池」は、日本庭園といっても差し支えない造園となっています。岩手城の内堀に石を配したりして、日本庭園の手法で造りあげています。

 桜、梅、紅葉、啄木歌碑など上記の他にも、周囲の桜山神社や盛岡市歴史文化資料館も見逃せませんし、岩手城の外堀の役割をはたす、中津川沿いの遊歩道もゆったりと歩いてみたいです。晩冬には白鳥の飛来地としても知られています。

■ アクセス
 JR東北新幹線 盛岡駅より徒歩20分弱
 盛岡駅より路線バス「県庁・市役所前」「盛岡城跡公園」バス停下車 徒歩3分
 〒020-0023 岩手県盛岡市内丸1-37

 

 

 

 盛岡城址公園には、以前にも来ていますが、今回は、南昌荘庭園を巡った後で、ここを訪れることにしました。そのために、城址公園の南東側、毘沙門橋の入り口から入り、内堀庭園を北上する形となりました。

 

 

 

 

桜山神社による盛岡城址公園説明板

 

 

 

 

▼ 下が北

 

私が入った毘沙門橋の入り口は、左上(南東)に位置します。

 

 

 

 

毘沙門橋の入り口から入りますと

 

内堀公園の南東側から中津川に水が流れ落ちる位置になります。

 

この辺りは朝日谷で、

 

そこはまた螢の郷と呼ばれ、夏には螢が飛び交うそうです。

 

 

 

 

朝日谷・螢の郷を北上しますと大きな岩があります。

 

盛岡市内は他所にも、このような大きな岩があります。

 

「岩手」の語源も大岩にあるそうです。

 

 

 

 

その先に橋があります。橋の当たりが毘沙門清水跡です。

 

ここから城内(左方向)に入れます。

 

左方向に行きますと

 

二の丸から本丸に渡る朱色の「廊下橋」があるところに続きます。

 

 

 

 

橋の手前にも大は岩が横たわっています。

 

 

 

 

毘沙門清水橋から上流(北方向)を見る

 

 

 

 

この辺になりますと内堀の幅が広くなり庭園らしくなってきます。

 

昔は、水かさも多く内堀として機能していたのでしょう。

 

 

 

 

鶴ヶ池

 

さらに北上しますとお台所跡の広いところに出ます。

 

今は多目的広場になっていて、

 

私が行ったときには、メインテナンス用の石垣の石が

 

乾燥のために並べられていました。

 

 

 

 

ようやく庭園らしくなってきました。

 

右手の建物が「もりおか歴史文化館」です。

 

 

 

 

鶴ヶ池 北半分全景

 

 

 

 

下に下りて石橋の上から北方向を見る

 

 

 

 

石橋から鶴ヶ池南半分を見る

 

 

 

 

左:櫻山神社寺務所 右:もりおか歴史文化館

 

 

 

 

ここにも大きな岩がゴロゴロ

 

 

 

 

鶴ヶ池 最も北位置

 

この先、東に内堀がL字型に曲がっています

 

 

 

 

一番北から二番目の池

 

上: 一番北池

 

 

 

 

内堀庭園の北端池

 

 

 

 

北端池の中の島

 

 

 

 

北端池の北側から池の下方を見る

 

 

 

 

内堀

 

北端池の西側に続く

 

 

 

 

内堀

 

桜並木に囲まれる

 

 

 

 

 

 

 

盛岡3 盛岡城址公園を巡る (goo.ne.jp)

 

 

 

 

 

 

 

 




ユーチューブで視る 【カシャリ!庭園めぐりの旅】

写真集は、下記URLよりご覧いただくことができます。

静止画: http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmeisho.htm
映像:  http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/indexmovie.htm

【 注 】 映像集と庭園めぐりは、重複した映像が含まれています


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