こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2015年11月19日 木曜日 「雑記帳 GRADATED GREY」

2015-11-19 22:42:36 | 雑記帳

11月18日 水 
夜明け後五時台のアラーム。音と意識は何度もあちらとこちらを漂う。
高台に昇りてっぺん屋根からたなびく雲、その横広い景色真ん中には、起立し数秒おきに光を放つ塔。
東墨田の清掃工場の塔は、この朝やけに厳然たる主張をする。その姿が朝焼けに鮮やか見える。

昨年歩き倒したすみだ全域。そこで肉体で解することが出来た川に沿う場所。
この歳になって、やっと東側東京の過去からのつながりを肉体に。体内で全体像が結ばれた。
生地・三ノ輪から千住域、山谷吉原、荒川地区方面、橋を渡って墨田・向島・玉ノ井とその周辺等々。一帯を貫く一枚の絵が脳に描かれた。

朝のゴミ詰め、茶を煎れすすり服薬、朝風呂。
外に出ると朝もやが漂い、シャッターを切る光の輪郭をぼやかす。

歩くに向かないテラテラの革靴風合成皮革がきつい。こんなクツを履かねばならない公的儀式の日も、もうおしまいにしよう。
この日、ふだんは選ばない経路を辿り、都心の規律に従う。人ごみ。
葬列を成し行列行進する連中は、電車で・駅で見事に互いに無言でもぶつからず、交通整理を自発的に行う。

こういう世界空気が距離置いて見えるほどに、ある種の毒はすっかり抜けてしまった。
どれくらいぶりかのネクタイが苦しい。
耳からはYMO「カモフラージュ」。
ギャヴィン・ブライアーズ「オマージュ」、シャドウファクス「ゴーストバード」等。
白々しい世界を寸分だけ離れるべく、途中脱線し、露地で一服点ける。

かつての東京ウォーターフロント、バブル残滓は赤字を日々垂れ流しながら、それを隠しているつもりで堂々と未だ在る。
工場に漂う名残と匂いは自らの救いでも、レジャーランドと繋がる地区は無駄な建造物ども。そんな臨海地区で丸一日仕事。時代遅れのコンパニオンが痛々しい。

人間のえげつなさ下品さのカルマ。
二千十五年のびじねす(商売)、女子力と自ら言う者の価値と表層。
営業は水商売と同じ。説教臭い男の暑苦しいうんちくよりも、惹きつけるいやらしいカラダと色気さえあれば、カベは容易に乗り越えられる。
あちこちで見られるエロス的結合。ネットがエロで発展したように、くだらんうんちくより女にねだられる方がモノは売れる。

いっとき”社畜”という言葉がハヤッたが「畜」とは失礼千万。
(電通が産み出した首からカードぶら下げスタイル、その連中のみっともない風景が思い出される。)
それで思った、”社犬(しゃけん)”でどうだろう?しかし「しゃけん」とは車検みたいだし、畜を使わない分・語感に荒々しさや強さがない。頼りがない。
「脱社犬」。なにか間抜けでユーモラスだが、それくらいで良い。
この「社」は、会社の社であり、社会の社である。
忌み嫌いなものたち=ほとんど。

仕事を終えて外に出ると土砂降り。月島へ向け走るタクシー。
雨を吹き飛ばしながら走る。曇るガラス越しに、渡る川向こうのレインボーブリッジがかすむ。

見舞いにいく、そのたび会話をしていく。
意識は明白だ。ただ病室に居なければいけない時間が長くなると、場と時間を超えてしまう。

「夜にそこにお前が居た」と言われる。
「2人で立っていただろうに。」

その2人は誰なの?そう聞く。
「その日によって変わるんだ。昨夜はお前と女。
別の日は別の人がつっ立っている。そういうものさ。」

「さっき来た看護婦さんは、その冷蔵庫にある残り食材で料理を作るらしいよ。
夜中にみんなで食べるんだ。」
冷蔵庫にはペットボトルなど水類しか入っていない。家の寝室と病室がだぶっている。
これは別に意識がおかしいのではなく、投薬の反作用でよく現れる現象と医師に説明を受ける。

人が幻と、どこをどう認識して境目の判断を下すのだろうか?
先日、主治医に訊いてみた。それはわたし自身のことについて。今一度の再確認。

文化圏や社会背景、精神病判断は欧米基準にまずは照らすが、日本的風土には適用できない部分が大いにある。それを補うのは会話を通じた身振り手振り。或いはある種のカン。

私は、昔出会った色川(武大)さんの「狂人日記」を引き合いに、尋ねてみる。
「・・・でも結局、自らが吐露/言語化しなければ、各々の中で荒れ狂う生身、
その放置された個自身が描く像は共有し合えないのではないか?
しゃべくり上手でなければ、自らの状態さえ伝えられないんじゃないか?」

しかし、結論は砂に埋もれる。
「今まで長く話し付き合ってきた”あなた”には、明らかな病像と呼べるものは無い。」
そう断言される。

それはお墨付きと楽観視も出来ようが、短絡的で安易な結論でもある。
これらの受け取り方は、安易な病名でも云われて、つまりは犯罪者の刻印でも押された方がよほどマシだという、それである程度の安堵を覚えたい一心なのかもしれない。
幾度となく、嫌というほどこんなぎくしゃくとしたやりとりは、今までの数十年ところどころにあった。
結局何も明確な気の置き場を見失い、容易にくくれず像を結べない居心地の悪さに戻るだけ。
よくあることである。

■YMO 「灰色(グレイ)の段階」1981■
(1981年11月21日、テクノデリック)
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2015年11月3日 火曜日 休みの朝

2015-11-03 10:35:37 | 雑記帳

なにもしない・書かないでも過ごせるのは良いことだ。
といいつつ、気持ちはそれを裏切って寝ていた上半身を起こし、あぐらをかいた足に毛布を掛けて書く。
窓の外から朝のひかりは布を通し透けて、ときおり室内にやって来る。

6時台目覚め、何度か二度寝を試みる。
しかしもともと怖い夢で目覚めてしまったせいもあり、二度寝は出来ず起きる。

寝床で携帯電話をいじっていた。
身を起こせずだらけていたのだ。
見なくなって久しいテレビだが、ほとんど使ったこと無いワンセグの小さい画面。
ふだん気付くことのないもの。チャンネルを変えると千葉テレビが映り、地方局のローカルCM、温泉番組。なぜか千葉の温泉では無い。

***

ふだん室内に居られないタチ・性分。
それに比して、今朝はフラットなこころもち。

休みに限らず空いた時間があれば延々と外を歩く、というふだんのところに気持ちが向かわない。

そこには、親の病気が思わしくないことがある。今日は義姉が診てくれる。
昨日は、その義姉とホワイトスネイクの来日公演を聴きに行った。親と観るはずだった代役。

休みとなると、計画立てて「ここではないどこかに」レジャーに向かわ「ねば」気が済まない人々とは異なるつもりだが、大して変わりはないのかもしれない。それでも今朝はいつもと異なる。
レジャーという言葉に、そんな戦後を呪った三島由紀夫さんの言葉を想い出す。

***

気まぐれに堆積したチラシ類をめくり、読んだりハサミを入れる。
いつもの朝と同じなのは、福井謙二さんのラジオ「グッモニ」。

福井さんと水谷さんの息合ったやりとり。
その間にニュースが織り込まれる。
”ニュース言語”が実体や肉体を持たないのを、今朝は特に明白に感じる。
まるでヨソごとみたいに、定型語で悲しい身近な事故や死を伝え、くくろうとする。
一方では、遠い経済や国際を熱く語る人。

プリンスの「ミリオンダラー・ショー」が、「グッモニ」から流れる。
”1999””レッツ・ゴー・クレイジー”のイントロ、断片に始まり。

***

一日の昼長さは日に日に短くなっており、今ではもう午後に入った時点で陽に赤が射している。
そんな季節。次第に冬に向かう気配。最低気温が10℃を切りそうなほど。
そういう時期になると、毎年この曲が脳裏に浮かぶ。
今年もこの曲を聴く頃合いになった。

■Fra Lippo Lippi 「Some Things Never Change」1983■




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2015年9月17日 木曜日 むずかゆい「社会的価値」と無意味

2015-09-17 00:48:36 | 雑記帳
タマの夜に外呑みに数杯だけ付き合い、地面に光が乱反射する雨の夜。
ふらふら酔いながら、それでも脳は回転していた。朝は弱いが、過去肝臓を壊せる程度に酒には強いほうである。

帰路の電車で、さらりーまん(給料生活者)的社畜2人が、ぐだくだ酔ってごたくを並べている。車内には人が居ない。観客は自分以外居ない。

2人ともとらわれの身を自ら忘我し、システムの一部として刷り込みされた「なにがしか」に夢中。囚人のように。それが意味のない会話に聞こえる。極めて狭い世界。

今さら言うまでもない、化かし合い世界の、よく見慣れた風景。
そうやって、数十年しか生きられないのにも関わらず、人はそこに沼のようにずぶずぶ浸かって行く。

聞きながら想いをめぐらせると、浮かぶはいつもどおり好きな人たちにぷかぷかと辿り付く。
じゃあ”誰ならこうだ”ということ。

好きな人たちはいつも、社会的価値なんか、大した意味なんか無いんだよ、ということを証明すべく、一個人として自らの粗暴なありさまを真実として具現化しようとしてきた事実。

***

捉え方は人それぞれだろうけれども、私にとっての大竹伸朗とは0を100にしようとする、そのアナーキーなさま自体に刺激と生きていく希望を抱く。
「画家」「非画家」という区切りを超えようとする、その情熱に胸を撃たれる。感情論ではない。
作品がどうこうより、そんな概念そのものを0にしてでも、今・ここに居る自分を基準にしていることにおいて。

坂本龍一は、かつてはそういった文脈とコードを引きずった人だったが、次第に社会的価値に引き寄せられていった。だからといって、未だ坂本龍一は大事な此の世の財産と思っている。
だが、まるで我慢比べみたいになるのも良くはないし、教授の稀有な才能も重々承知の上、俯瞰的に引いて見ればそう思う。

「そういう、お前自身が、それをまのがれ得ない”給料生活者”じゃねえか」とよく言われる。
まったくその通りである。
しかし、こんな醒めた意識を持って生きるか否かは、きわめて重要な分岐点とも思う。

必死で「社会・人」であろうとして(或いは”あらねばならず”と)「社会」に100寄り掛かるのと、50寄り掛かるでは大いな違いだろう。結局は、兄貴に昔言われた当たり前の言葉が浮かぶ『おまえが言う世界は、もう存在しないし、それは叶わない』。

それでも、0/100ではない場所に、生きるところを見つけるのがにんげんじゃあないのだろうか?。
個人が社会システムの内側に居たって、イコール社会人である必要はない、という当たり前の事実だけが置き去りにされているように思う。
この一点において、おもねり寝技を使い、しけこむ者ばかりのように見える絶望風景を永遠に望まない。

■坂本龍一 「ザットネス&ゼアネス」1980■
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2015年9月7日 月曜日 日々雑響録

2015-09-07 05:47:02 | 雑記帳

1時寝て4時起きてしまう暗闇。トイレに行き、戻り再度暗闇寝床。
この土曜深夜知った音を掛ける。その後イーノを♪。言語概念を耳にしたくなくて「アンファミリア・ウインド」を小さな音量でエンドレスリピート。

暗闇でガラパゴスかちかち日記をメモ。暗闇が友達になる間合い。

***

土曜は昼から人と会い・歩いたため、毎週末リズムを形成するラジオを聴けず。(永さん&外山さんラジオまでは聴いた。まもなく終わってしまうけども。)
それ以外=TBS土曜午後放送(久米さん~宮川さんの流れ)をダウンロードし、歩きながら日曜聞かせてもらった。

″いつまでも在り続けるだろう″その迂闊な思い込みに気付くのは、それが消える/消えたと知ってからのことで、失ってから如何にそれが大事でハッピーなものだったか、存在の欠落を知る。それが街や人、ネコやラジオ番組等々どれにもあてはまる。

改革、復興、未来、再開発…等、人を見下し愚弄するB級エセ言語たち。
土曜は永六輔~久米宏~宮川賢、この流れから実に多くのハッピーを貰えてきたのだろう。。。確かに。

***

ここ数年、昔お世話になった(りお馴染みだった)DJたちの今を辿ってきた。
その流れから、昨年後半からだろうか?伊藤政則の土曜深夜ラジオを聴く、そんな夜が極めてまれにある。

ヘビーメタル全盛の80年代なら聴くことはなかった。
政則さんと言ってまず思い出すのは、やはり全英トップ20が終わる土曜深夜3時に始まるロックトゥデイ。番組イントロ・ドラムのカカカンという音、大げさな「火を吹く○○…、走る○○…」という語り。
しかし、放送が掛かっていたのはイントロ数分だけで、すぐにラジオを切って寝支度へ。。。

中学時代にレインボー、AC/DC、マイケル・シェンカー、サクソン、アイアンメイデンは聴いていたが、その後形骸化していったこの手合い音楽とは縁を切った。
それゆえヒットしたボンジョヴィ、ヨーロッパなどの曲への嫌悪感は大きかった。

そんな自分も一周二周と回遊してきて、たまたま出会ったボンジョヴィのヴォーカルのソロアルバムを買って聴いたり、昔じゃ考えられない変化。
そんな折の政則さんラジオとの出会い。

最近面白かったのは、AC/DC新譜を語る政則節。掛かる音楽もベビメタ一辺倒じゃなく、昔の全面抵抗が消え、たまに発見がある。
驚くのが60歳を過ぎても何一つ変わらないエネルギッシュで硬派なしゃべり方。
こんなほめ方は無いのかもしれないが、その持続力に圧倒される。

この9月5日深夜には、こんな耳を疑うような美しい曲に出会い知ることが出来た。

■Anathema 「Ariel」2014■

例えば、当時は微妙な人だった今野雄二、彼が居てこその渋谷陽一という色の違いだったり、中村とうよう先生が居てこその世界があったり。。。
何かそんなことを横になりかちかち書いているうち、夜が明けてきた。
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2015年8月21日 金曜日 ~22日 土曜日

2015-08-25 22:45:01 | 雑記帳

2015年8月21日 金曜日
朝、緑茶とタバコ、服薬。抗鬱剤と鎮痛剤。
残り酒と疲れがのしかかり、カラダ重く、仕事行くこと自体・どうでもよい気分になる。気が迷いを感じる数分。
なんとか動き出すとそれなりになるもの。とろい間に時間は過ぎてしまう(しかし、そんなとき幸福は宿る矛盾)。入浴、支度。

外はうすぐもり。相変わらず蒸し暑い。
今日も地方の何もない日本景。車中、ビージーズ「愛はきらめきのなかに」、レイン・トゥリー・クロウ。

エンドレスリピートしてもじゃまにもならず、そっとある音。
それらはつまらぬ起承転結形式をまとわず、誇張された抑揚圧迫もない。
レイン・トゥリー・クロウ。2~3分程度、つなぎ目が分からないアブストラクトな音が満たす曲を、好んで繰り返し聴く。

前日と同じ流れ。午前に地方、昼過ぎ都内に戻る。
途中駅でらーめんとちゃーはん。汗だくなのに熱いものを食べる。
むかい席では、髪をよけながら、冷やし中華をお上品に食べる女性。

都内で仕事後、夜の帰路を辿る。人身事故の放送。悲劇はどの季節もはらむ。
当たり前ではいけないが、それが当たり前の東京。しかしまっとうな人は、今夜も本当の声や会話を必要としている。車中、陽水「夢寝見」「ピポパ」「最後のニュース」。

島の夜は、ベタベタ蒸し、ネコは細道から顔を出さない。
帰ると汗だく。ハダカになり洗濯機回し、室内干し。糸井さん「ヨルタモリ」出演回観る。
聞き逃せない糸井さんとタモさんの会話。40・50代、そして60代について。
たくさんの”CUE”。

夜もラーメン、1玉半。ニンニク・たまご・ほうれん草・長ネギ。
友人MZ師に明日の確認電話。既メール「22日は、久しぶりにYMOやります」の件。

2015年8月22日 土曜日
8時40分、いつも通り疲れは残るが起きる。湯を沸かしお茶を飲み、ラジオをつける。
永さん・外山さん、そしてピー子さんの声。何杯もお茶を飲み、タバコを吸う。

支度をして、昼外に出るとギラギラした日差し、ムンムンする湿度は梅雨から変わっていない。
車窓からの青空・雲・線路。夏が舞い戻ってきた感じ。
しかし、盆明け太陽の高度はすでに下がっており、撮る写真の色合い・光感に秋が透けて見える。

ニューオーダー「ファインタイム」「リグレット」、ハート「ディーズ・ドリーム」「アローン」。
車中でのアドレナリン音楽。

電話やメールで連絡はし合っているが、久しぶりの3人集合。
閑散とした居酒屋で、昼定食を3人一緒に食べる。もはや家族同然同志の食事。アジフライ定食&アイスコーヒー。
文京・豊島・台東地区放浪。。。途中水呑み休憩。汗だくで歩き、写真を撮りつつ寄り道。
マンゴーアイスをハブ噛み師匠にごちそうになる。

日没ごろ、不忍池にたたずむ。
巨大で密集したハス、自然・植物のチカラ。彼岸を思わせる風景。


日が落ちて、なんてことない居酒屋で呑む。
欲望だけが優先される猥雑な町・上野。欲望むき出しの街の空気。
その最たる街・渋谷ならびに新宿・池袋も同じ。それぞれ卑猥さ・残酷さの出方が違うだけ。

話のいきさつ上、ヒトとクニの話へ。。。[なにをいまさら]8割がたの人間は信用に値しない事実をめぐり。
MZ師「8割ということないだろ、それ以上。今始まった話じゃない。ロクなもんじゃない。」
ビールではない生ビール、そこから黒ホッピーへ。

21時ごろ、上野駅前の雑踏で散会する3人。
島に戻り、帰ってお酒をお茶でさますと、またお腹が空いてしまう。冷蔵庫で冷やしていたつぶあんぱんを食べる。

■細野晴臣 「マーキュリック・ダンス」1985■
夏になると聴く音楽は、この四十数年のおかげで増えた。
ただ、やっぱりその年の夏はその年の様相を呈する。
いくら”明日などない”と言えども、聴くには間合いがある音楽はこぼれ落ちる。今年はこの作品を聴かないまま、夏のほうが変なグラフを描いて終わっていく。
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2015年8月19日 水曜日 ~20日 木曜日

2015-08-22 10:50:28 | 雑記帳

2015年8月19日 水曜日
朝6時半目覚めトイレ、外はパラパラ雨。
7時ムヒ塗る、ラジオ「グッモニ」流れる。6Pチーズ、お茶、ロールパン。
ちんたらしてしまうだるさ、入浴。

外に出ると雨はやんでいる。すれ違う女の後ろ姿、茶髪その下には首筋。
あらわな黒い背中がねっとり光っている。
蒸し暑い朝。途中晴れてきたせいで、きつい日差しへ。

果物野菜ジュース買い、飲む。
仕事場に着くと汗だく。筋肉脳と打合せ。
昼飯、ひじき、きんぴら、コーンサラダ、焼きおにぎり、カレーうどん。食べては、また汗だく。

帰路、車が多い/人は少ない。理由はわからず。
揚げ豆腐、島なす、トマトを買い、帰る。
音としてのナイター中継流す。ドキュメント72時間、スクラップブック作り。

2015年8月20日 木曜日
朝、かなり強く降る雨音、風呂場でシャワー。
なかなかうまいテンポで来ない電車。地方への電車。
車中ノイバウテン「ビューティー」がひたすらリピートされる。

空いた車中、おにぎりを喰らう女。赤飯か混ぜご飯か、色がついていている。
ひと気無いローカル駅の日本景。
降り立ち、土のにおいの道を歩く。
温度低いパラパラ雨。でも蒸し暑い。

ひと仕事終え、都内に戻る。陽水「ピポパ」「エミリー」。
向かい合わせ席、外を流れる遠景には暗雲。
昼を外し・人だかりを外し食べるギョーザ定食。
それでも夏休み中に、ふだんとずれた時間のだれた人が多い店内。嫌いじゃない夏風景。

都内で仕事を切り上げ帰る。眠くだるい。
パラパラ雨は続き、雨のおかげで温度は低いが、湿気ベッタベタで不快指数上がる。

夜、缶ビールアンパンなどを買って帰る。
帰って着替えるとかゆかゆで、血が出るまで足を掻いてしまう。

ノートにひたすらレシートを貼っていく。22時過ぎパスタ茹で上げる。
23時時過ぎてレシート貼りは多少小宇宙作るが、先は長い。
ネットで見る「ヨルタモリ」に安堵。

パスタ。小松菜・ほうれん草・ニンニク・たまご・タマネギ・チーズ。
ダラムマサラ・塩コショウ・マヨネーズ・オリーブオイル。
寝る体制に移り「ヨルタモリ」に篠山紀信、サンタフェ。

■井上陽水・細野晴臣 「Pi Po Pa」1990■
作詞作曲:陽水/編曲:陽水&細野 ’90NTTイメージソング

細野さんらしいファンクの色がするアレンジ。
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2015年8月17日 月曜日 ~18日 火曜日

2015-08-19 23:59:59 | 雑記帳

8月17日 月曜日 お盆明け
朝、雨。休みに狂ったサイクルで三時間程度の眠り。
そうめん汁。味噌汁にオクラ・とろろ昆布・そうめん。緑茶、シャワー。
雨の中、歩く公園にセミの声。

仕事、スポーツドリンク。昼、魚フライのお弁当、天ぷらうどん。
天津爆発事故のテレビを一人で見て、幻のようなこわい映像と食べる。

***

帰路、アメリカンショートヘアの幼児”うりん坊”と遊ぶ。
陽水「夢寝見」を繰り返す車内と島への道。
からだじゅうかゆい。じんましん数週間前から再発。

お米5キロ、サーモンのお刺身買う。
帰って皿洗い、サーモンにおろしニンニク和えて漬ける。米2合研ぐ。

ネットで桜島のニュース、缶ビール始める。
刺身と米浸かるまで、スクラップブック作り。ごみをおしのけ、いつもと違う場所に座る。
大きなこたつ兼テーブルから見える角度のモニター。本・ノート類雑多にある地点で見ながら作業すると、我が戻ってきた感覚。

初めてネットで見た「ドキュメント72時間」。
上原隆著書「友がみな我よりえらく見える日は」を想い出す。現実に生きている人々のありさまに安堵。

『はなキャバ人生劇場』回に、大竹伸朗さんの”日本景”が重なる。
ふだん気が付けば雑事に巻き込まれ見えなくなってしまうものが、この夜、砂の中に見えた。

筋子・サーモン丼。寝床で三本目ビール。
23時過ぎ、福岡の先輩友人にTEL。話すうち向こうのペースに呑み込まれ2時間。
向こうの電池切れ、四本目ビール途中で酔い、いつの間にか眠りに堕ちていた。

2007年のスクラップブックを久しぶりにめくる

8月18日 火曜日
目覚めると明かり付けたまま。アラーム、お湯を沸かす。
お茶を飲み、かゆい場所にムヒ塗る。

疲労した目に眼薬、外に出る。
空は向かう方向により空模様が異なる、黒い雲固まった方向、青空方向。

七色味のニョショウが、都心に向かう往来に湧いている。
それらとすれ違い、通り過ぎる。

朝、再度うりん坊が居た。少しだけ遊ぶ。
ヴァンスKショー。

昼飯・ノリ弁、タマネギスープ。
午後、ラジオ音の気配に反応。ニューオーダー新曲と知る。一寸の希望と明るくなる。

***

仕事場を出るが、頭の痛さが強い。
川沿いは風が涼しいが、ビル街は蒸し暑い。

帰路、モビーの「フロッグ」をリピート。
電車に乗る淫靡な亜細亜女が不愉快を振り巻く。整形と思しき人工美形。
風俗店広告のデジタル加工写真そっくり。その不可思議さから何度か見ると、不快な表情をされる。二〇一五年に入って以来、異常に湧き出た外人観光客。

この日、朝からいっそう老眼がひどく見えず、夜も。
島の夜は湿気でべたっとしている。公園でキジトラちゃん・黒ちゃんがヘタっている。
風を求めて夕涼み。目の悪いキジトラちゃんといつも一緒にそばに居てくれる黒ちゃん。

缶ビール&スクラップブック作り。
「ドキュメント72時間」。ネコの八ちゃん。

トマト、オクラ、ピーマン、チーズでサラダをつくる。
マヨネーズ、塩コショウ、ドレッシングで味付け。

■ニューオーダー 「レストレス」2015■


1983年 New Order
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2015年4月20日 月曜日 ~ 24日 金曜日 -身辺雑感/PILへの備忘録-

2015-04-27 23:21:27 | 雑記帳

~”彼”のヒト言で、世界が一変してしまう経験は沢山あった。
親二人と“私“を支配し続けた”彼”。それを離れて。地の果てまでも離れて。~

4月20日 月曜日  雨と曇り  気温20.7/ 13.6
しんどい朝、ツナ&マヨネーズのパン二枚と緑茶。外から光が室内へ入ってくる。駅着けば汗だく。
都心の最寄駅、ふだんより人の多いエスカレーター。
昼、カップ麺・梅とシャケのおにぎり・お味噌汁。
20:45仕事上がる。雨は降り、風もある。なま温かい空気流れる。

A氏「不愉快な者。殺してやりたいほどの憎しみ。カラダの深奥から湧き上がる情動。
止まらないんです。止められないんです。」
B氏「ヒトを嫌ったり憎んだりすることがなぜいけない?
嫌われることを気にしていったい何になる?」


帰路車中、PILの「フラワーズ・オブ・ロマンス」を最大音で鳴らし、音を浴びる。
乳の海に呑み込まれ溺死した国と民。この地はすでに、狂人の手にイニシアチブがある。
軽蔑と忌避。嘔吐感と憤怒。

ジョン・ライドンが意識の前に現れたのは、PILのボーカリストとして。パリライヴ、メタルボックスの不気味なジャケットは知っていても。CMで「キャリアリング」を聴いていたが、意識上に彼が立ち現れたのは「フラワーズ・オブ・ロマンス」。セックス・ピストルズ含めた追体験は1981年に始まる。

どれだけ経っても飽きが来ない「フラワーズ・オブ・ロマンス」。情緒性だけという「ウソつき女」はよくウソナミダを流し・絡んできて・手を伸ばし腕組みを強要してくる。
そういう善人ズラした「女」を振り払い、毛散らし突き進んだ末、入り込んだゾーン。「・・・ロマンス」が優れているのは、「音楽的音楽」である点。
純粋な音楽を突き詰めた結果、ベーシスト不在という偶然含め突き抜けた場所に音楽が出来上がった点。

雨の中帰宅。着替え・梅入りお湯割りを呑み、スロビン・グリッスルを聴く。
冷蔵庫でキンキンに冷やしたきゅうり。ドレッシング・マヨネーズ・塩こしょうを混ぜ、付けて食べる。焼シャケとごはん、ブロッコリー、バナナ。
深夜1時消灯。睡眠導入剤服用しても、明け方4時の眠り堕ち。

占い : 「人への愛情を素直に表現できる日です。」 ← ×
正解 : 「のがれようのない人への嫌悪と憎悪を素直に表現できる日でありますように。(祈り)」


4月21日 火曜日  曇り  気温:20.5 /13.9
朝苦しむ。アラームから40分経過、やっと縦になり緑茶とサンドイッチ。急ぎで食べる・飲む。
急ぎで湯に浸かり、洗髪。初あじさい。
昼、カレーうどん・おにぎり三個(梅・焼きタラコ・ゴマわかめ)・お味噌汁。
午後、チョコパイとコーヒー。19時回る頃、画面上の数字量にもうろう・座って時折眠りに堕ちる。
20時過ぎ仕事上り、Kさんと駅まで。遠回りしたおかげで桜の下で桜餅の香りを吸う。
腹痛胃痛頭痛肩こり。お湯割りを呑みつつ、女性ヴォーカルを聴く。

4月22日 水曜日  晴・・・曇り・・・雨  気温:21.4/ 11.2
朝しばし苦しむ。バナナ二本とお茶。外快晴。ビタミン剤一錠服用。早目に入浴。
雲と青空すがすがしいさわやかさ。また電車遅れている、いつも。
トビン・ストークス「海岸線」。川へりで一服。
昼、焼きそば・助六・お味噌汁。
夕方から雨降る。20時過ぎ雨のなかの帰路。混雑。雨がくつの中へ沁みる。
疲れ目、湿疹。
夜、雨やまない。レコード整理。深夜、おそばを食べる。テレホン人生相談。

4月23日 木曜日  晴  気温:24.8/11.9
4時、夜が明けたよ、と鳥たちは鳴く。目覚めるとつけっぱなし人生相談者側がしゃべっている。
マシンガンのようにカッコカッコするスピーチマシーン、キチガイのように壊れている患者。
おしっこをして再び寝る、無理でも心身のために。

大寝坊。緑茶呑む。風呂入れぬ。良い天気。
ソトハウスガスガシイカラダハボロイマブタガアカナキチガイムシガワイテイルカラワラウノウハハハハトオオキナコエデ
どんな状況でも、楽しい安らかさが寸分たりともあるように。
ノイ「レーベ・ヴォール」聴いて揺られる。無味乾燥白痴空白地方都市に降り立つ。
午前仕事。昼終わり、独りホトトギス鳴くなか歩き出す。文化は無くとも自然は美しい。

北千住まで戻り、野菜炒めの定食を。店の外で一服付けると、暑いくらい眩しい光。
都内に移動し、戻っての仕事。
20時過ぎ、仕事場を去る。ヘヴン17を聴く帰路。
21時半帰宅、室内暑い。からだじゅうがかゆい。冷やしそばに昆布・びんちょうまぐろの刺身・お酢を掛けて食べる。

4月24日 金曜日  曇り  気温:23.9/ 14.0
朝緑茶とバナナ。酒残る。前夜、睡眠薬も服用せぬまま寝ていた。
かゆみ。日差し強く気温高い。入浴、武田鉄矢三枚おろし。
ひとっ風呂後すぐの電車、汗だく。プロパガンダ「シークレット・ウィッシュ」。

昼、ラーメン・梅とわかめのおにぎり・おくら山芋サラダ。
19時前仕事上り外に出ると、あたり一面・藍色の逢魔ヶ時。携帯電話が壊れて一ヶ月、新機種に替える手続きに向かう。(看板を掲げながらも)しょせんは外部委託の店舗。相手は店長と自ら言い、いかにもいかがわしいしゃべり方・ウソの笑顔と声色・営業にありがちな話しの運び方に大嘘とほころびが見えて笑ってしまう。
資本主義に骨の髄まで洗脳され・侵された店長。ナムアミダブツ、ナンマイダム。

21時過ぎ帰宅。新しいガラパゴス系携帯で久しぶりにセミくんに長電話。



■パブリックイメージリミテッド 「ディスアポインテッド」1989■

『約束 約束
使い古してすりきれたセコハンのセリフ
あんたについて確かなことが一つある
あんたにはあきれて物も言えないよ まったくふざけてるぜ

大勢の人の期待を裏切ったのさ
友情がみにくい頭をもたげたそのときに 大勢の人の期待を裏切った
まあ 友達ってのはそのためにいるんだろ?
友達って何のためにいるんだい?

あんたはほんとに許しがたい奴だ
誰ってあんただろ 人の話を聞かないのは
だってそうじゃないか
半月型のまぶたをして ペラペラしゃべるのがあんたの無益な護身法
まったくふざけてるぜ

行き当たりばったりの風まかせ
ポイントも定まらずにヨタヨタと 見境をなくした蛾みたいだ

馴れ合い 妄想
どこまで行ってもきりがない
あんたにはあきれて物も言えないよ ほんとにとんでもない野郎だ

阿呆と馬は 決まったコースをひた走る
俺はおどしつけられて 床につもったほこりみたいに小さくなってる
あんたはやすやすとペテンをやる まるでカネもうけのための慈善事業

けしからん連中を 世間は毛嫌いするもんさ
とっかえひっかえ仮面をかぶって 次から次へとみんなを驚かせ
あんたはやすやすとペテンをやる 慈善事業とやらとおんなじだ』(ジョン・ライドン / 訳:内田久美子)

Public Image Limited 「Disappointed」 From album『9』



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2015年2月26日 木曜日・深夜 

2015-02-27 01:16:57 | 雑記帳

2月25日 水曜日
連日連夜深く眠れないのが続いている。
単なる宵っぱりともいえるが、妙に神経が立ってしまいようようと眠りに落ちない。
それを過去のように、朝悔いたり落ち込んだりもしないのは、明らかに今違うことでもある。

ラジオや音楽を聴く、本を読む、じっとなにかを眺める、どれも大事なこと。
昨夜はパスタをゆでて食べた。そんなこともそのうちの一つ。

今日は、朝夕なぜか電車も外も群集が少ない。25日だからなのか?理由は不明。
かわりに、都内ホテル街からガラガラを引きずった集団とよくすれ違った。それは週末からよく見てはいたのだが、朝夕の勤め人が少ない分目立って分かったのだろう。
春節は終わったはずだが、まだ滞在している人を見かける。

朝夕、イーノの「空港のための音楽」をカバーした楽団の音源を聴いていた。
イーノが偶発性が産み出す音の連なりを音楽に仕立てたものを、この楽団は忠実に演奏で再現しようとするのだ。
その静寂感、ビートの無い世界が耳から脳に伝わるせいで、少し穏やかな夜である。

帰り道、いつもの公園の暗がり。
草むらにネコたちが丸くなって散らばっている。また、そこから歩いて帰る道では、遠い一本道をクロちゃんが小走りに掛けて、公園に戻ろうとしている。
外で眠ったり、かなり離れた場所まで夜遊びに出かけるなんて。
そういう季節になったのか。

花は、梅につばきに水仙に。
花たちは鮮やかだが、どうもこちらはぼんやりした一日。

2月26日 木曜日
終日雨が降ったりやんだり。そぼ降る・・・という程度のおしめり。
温度はやわらいでいる。
深夜、帰路を辿ると、おぼろ月夜が浮かぶ。

たかだか数十年前の今日(というか、既に昨夜)、事件が起きた日は雪が降っていたという。
事は重大だったが、東京の市民は、意外とそんななかでもふつう通りに過ごしていたという本を読んだことがある。

■坂本龍一 「After All」1989■

2011.2.28 コチャコ

2012.2.25 コチャコ

2013.2.26
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2015年1月28日 水曜日 雑記帳~冬―写真―みうらじゅん―ジュリア・フォーダムetc

2015-01-28 23:02:13 | 雑記帳

大寒を越え本当の意味の冬がやってきた。
しかし、21世紀のはじまり・2001年の今ごろ大雪が降っていたことを、プリントした写真から教えられ、まだかろうじて”大丈夫”。

先週から、地方都市に行くときはコート/都内はマフラーだけとしてきたが、今日は勘でマズそうだとコートを着て出た。朝は暑かったが、帰路は手も耳も冷たい。勘は当たった。

食材を買っての夜道。月は半月に近づいた。オリオン座が輝いている。

今になって気がつくのもなんだけど。。。と24日、森山さんはトークショーの最後で話していた。
二十代・新宿で見た戦後の焼野原を引きずった新宿と当時よく見た海外のグラフィック雑誌写真、この二つの刷り込みの影響が大きい。
そう森山さんは言っていた。

思ってみれば、荒木さんは当初、電通(現代では日本の闇社会の実権者)に勤めていて、そこで陽子さんに出会い、“広告”と関わる仕事に従事していた。
全ての価値が転換する糸井さん以降(/80年代以降)時代の分水嶺前、かたやグラフィック、かたや広告に足を突っ込みながら、その片方でなじめずに、それぞれの写真を撮っていたことを改めて思う。

その語りを、みうらじゅんさんのラジオ「サントラくん」を聞きながら昨夜思い出した。
なんで、みうらじゅん?と言えば、ただ単に我が道を行く者が、最終的に救われる独自の展開を見せることから、私の脳が勝手な想起をしたまでのこと。

この番組「サントラくん」は不定期放送で、数年前NHKラジオから聞こえてきたとき偶然出会い・ときに聴いている。昨夜もまったくの偶然で、帰ってラジオをつけながら炊事していたら聞こえてきた。(聞けなかった回は、YOUTUBEで聞いた。)
まさかみうらさんがNHKのDJフル出場される日など、昔は想像だにしていなかった。

元々映画好きなみうらさんが、その映画公開に伴って発売されたサウンドトラックレコードを巡って、当時の想い出含めて紹介する。
みうらさんは、自分の8つ上なので、70年代の映画が中心となる。
私は兄が6つ上にいることと、8つの差はあれども、当時は今のような情報洪水状態では無かったので、見聞きした映画が多い。また、みうらさんから刷り込まれてきたせいで知っているものも多い。

「サントラくん」とは、中3から高1の頃にみうらさんが付けられたあだ名を指す。
周囲の同級生がロックのレコードを中心としてコレクションを持ち寄るなか、サウンドトラックを集めていたみうらさんを「へもい」と揶揄したことから、このあだ名が付いたという。

みうらさんが映画を語る場面を、TBSラジオ「ストリーム」のコーナーや吉田照美さんの番組で聞いてきたが、「サントラ」のみで1つの番組とされたのは初めてのこと。
さすがのみうら先生、選曲する曲・お話しも楽しく、青い年頃の切なさがにじみ出てくる。

「ボクはシリアスが続かないんですよ」と、ラジオで言っていたみうらさん。
「根が暗いか?明るいか?で言えば、暗くなりきれない。」
そういうみうらさんは、「気持ち悪い」「ヘンタイ」「不気味」などと言われる逆風を通り越えて、今とてもバランスの良い丘の上で、微風に吹かれて話している。

シンディ・ローパーのコンサートに行けたことは、この1月を自分が生きて出会えた大切なもの。シンディはなんてかわいい人なんだろうか、と改めて思った。
彼女のライヴチケットを取る為にインターネットをしているうち、もう一つ悩みが増えていた。実は。

シンディのライヴが20日(火)、その数日後、正確には一昨日26日(月)にこれまた愛しのジュリア・フォーダムのライヴがあると知り、迷った。
結果聴きに行か(け)なかった。
「判断は、シンディ・ローパーを聴いてからにしよう」と思ったが、シンディ・ローパーのライヴを経て、想定外の余韻を残すなか、そこに浸っていたくて、電車に乗りながらイヤホンで初期アルバム2枚を聴いているうち、日が過ぎてしまった。

今日午後聴いた声。
インターFMに耳を澄ませば、ジュリア・フォーダムの声。スタジオライヴとインタビュー。説得力ある低く美しい声は健在。
ジャズアレンジした「ハッピー・エヴァー・アフター」に、仕事の手を止め、時の速さが変わる。そんなしばしの時間を味わう。
職人さんで言えば、お三時のお茶と和菓子の時間。

調べるとジュリア・フォーダムは、最近新譜も出している。

不意に思い出すのが、80年代前半・毎日が音楽の渦で、ほとんどの時間と少ないお小遣いは音楽のためにほぼ全てが充当されていた。
不思議なもので、好きなものは固まって身動きが出来ないときほど、今回の1月みたいに重なった時期に大波になってやってくる。
明日なき世界には、それでも行くべきだったのかもしれないが、7年前に目の前でお会いしたし・・・と自らを納得させている。

■A Flock Of Seagulls 「The More You Live, The More You Love」1984■


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