こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

夏のフェイバリッツ⑬  はっぴいえんど 「夏なんです。」'71

2010-08-04 23:39:59 | 音楽帳
もはや、この完成された曲に、何も添えるコトバは無いだろう。

あえて、出すべくも無いかもしれないが、どこかのカラオケという野蛮なコードナンバーにも載る必要の無い、永遠の夏の曲がある事のしあわせ。

黙って聴くべし。
そういう事以外無いし、語るだけ野暮な細野さんと松本隆の「夏なんです」。



はっぴいえんどにおいて、細野さんが歌う曲には、中学生の頃から、「東京人」としてのシンパシーを感じていた。

特に、元浅草で生まれ、三ノ輪で15歳まで育った自分に取って、下町の背中を丸めた感じの気取りも無い世界。。。
そういう匂いを細野さんの古い歌には、感じていた。

細野さんの声は、30年以上聴いているが、今も昔もなんら変わらず、再開発の波の中、消えては浮かんでくる「記憶喪失都市=東京」の、まだ守られた路地の鉢植えや日陰で涼むネコや風鈴の音が鳴る、入り組んだ街東京に生まれ育った人間にしかわからない諦念の「とうに涅槃を超えた」優しさを感じる。

***

田舎の白いあぜ道で ほこりっぽい風が 立ち止まる
地べたにぺたんと しゃがみこみ ヤツラがビーダマ はじいてる

ぎんぎんぎらぎらの太陽なんです
ぎんぎんぎらぎらの夏なんです

鎮守の森は深緑 舞い降りてきた静けさが

古い茶屋の店先に 誰かさんと ぶらさがる

ほうしんつくつくのセミの声です
ほうしんつくつくの夏なんです

日傘ぐるぐる 僕は 退屈
日傘ぐるぐる 僕は 退屈
とぅるるる るるる


空模様の縫い目をたどって 石畳を駆け抜けると
夏は通り雨と一緒に 連れだっていって しまうのです

もんもんもこもこの入道雲です
もんもんもこもこの夏なんです

日傘ぐるぐる 僕は 退屈
日傘ぐるぐる 僕は 退屈
とぅるるる るるる

作詞:松本隆
作曲:細野晴臣
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かたちんば徒然日記 : まあ、音楽いろいろ・・・どうでもいいことで騒いでいますが。

2010-08-04 22:57:51 | 雑記帳
■今野雄二の自殺

今野雄二には、中学・高校の多感な時期随分テクノを馬鹿にされた怨念はありますが、自殺という終焉とはね・・・・。

ちびまるこちゃんでいう花輪くんじゃないが「気取りっ子ちゃん」、というか「スノビズム」そのものだった彼も、ある意味不幸だったのかもしれない。

ミュージック・マガジンで『ディレッタントのジレンマ』という文章を読んだ記憶はあるが、彼はそうせざるを得ない言行が周囲に迷惑を及ぼしていた現実を把握していたのか・それとも「気取りっ子ちゃん」を自ら自覚していたのかはわからない。

肩書きが「映画評論家」となってたのに笑ってしまったが。
「もはや、言うべき言葉も無いが・・・・」と批判するのも馬鹿らしいと書いていた若き日の渋谷陽一先生は、今、どんな事を思っているのであろうか?

自分の信念と確信を持って、下積みを重ねながら青年実業家として、確実に1つの世界を築いた渋谷陽一先生にとっては、格好の馬鹿にすべき存在であったのは事実だが、そういう先生が、彼の死に語るべきコトバがあるのか無いのか知りたいところではある。

葬式には、是非、ブライアン・フェリーに「東京ジョー」歌って欲しいが。


■桑田(サザン・オール・スターズ)のガン

僕は正直に言うと、初期の「タイニイ・バブルス」に始まり、2枚組の「カマクラ」に至るまでのサザンというのは、より新たな地平へと挑戦してきた事に拠って比較的好意的な立場で彼らを見てきたし、聴いてきた。

しかし、その後から、世間全般がコロッと態度を変えて、サザンをもろ手を挙げて絶賛・持ち上げるあたりからうさん臭さが立ち上ぼり・同時に、批判精神というか、微妙に立ち位置/スタンスをずらす技を披露していた桑田が、『大衆』と言う「化け物」にすっかり飲み込まれた事を確認した時から、全部のテープ・レコードを処分し、一切聴かない事に決めた。

正直、B級的な位置から始まった「サザン・オール・スターズ」が、彼の歌にある「Gスポット」にはまって「大衆」に捉えられながらも、そこに「安住」した段階で、一切の関心が無くなってしまった。
スタジアム・バンドになってしまった人々は、いくら過去偉大な事を成してきたとしても、それらを全て放棄してしまったに等しい。

清志郎が、「タイマーズ」のCDをインディーズから発表して、「マスゴミ」「体制」にあらがい続けた果敢な言行は、桑田には望むべくも無い段階で「終わっている」。

***

まあ、別の例だが、坂本龍一が「エナジー・フロー」を出した時によぎった『裏切り』にも似ている。
その後、正規の軌道に戻ったのは良かったが。

僕は、「爆笑問題」の太田さんは天才だとも思うし、好きなヒトだが(田中は純粋な「ピエロ」だからどうでもいいが)彼がサザンを熱く語るのだけは許しがたく・・・・
ラジオでもそっちよりの話を持ち出す途端、スイッチを切る。

***

昨年は、自分に取って大事だった忌野清志郎・加藤和彦という2人、さらに自分の愛猫「まみちゃん」を失った事に拠る落胆は相当なものであったが・・・・。

たぶん、桑田がもし亡くなったら、というか今から以降「マスゴミ」は「良いネタ」を仕入れたとばかり、様々な観点から彼を題材にして、いろんなシナリオで自分らの潤いにしていくのであろうが、非情と言われようと、自分には、一切の関心が無い。

ミドル・オブ・ザ・ロードを歩きながらも、井上陽水や山下達郎といった、「ホンモノ」の職人的存在感をたたえた偉大な人とは、桑田は、どうも自分には、違うように思える。
はっきり言うと、遠い話としても22世紀に、桑田の音楽は残らないであろう。


■「YMO」としての日本での2010年8月8日ライブ

こういう「どうでもいいこと」ばかりが音楽では無い。
8月8日には、3人が「YMO」名義で日本で夢の島公園でライブを開き、自分はそれを聞きに行く。
若干ワクワク感が日々募っている。

日本のラヴ・サイケデリコのような同じ曲を繰り返しているだけのバンドの時には、昼寝でもしながら、熱中症にならないように注意し、ムーンライダーズ・プラスチックス・PUPA・YMOを2010年に見るために、40を超えても、行かねばならない貴重なライブなのだ。
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