本年もよろしく、このブログにお付き合いください。
ほぉさんが二胡神様のところへ帰って、半年少し、おめでとうと言うのも、少し気持ちとしては憚るところもあるのですが、ほぉさんなら絶対このブログ書き続けろというであろうと、思いまして、お正月のご挨拶させていただきました。
さて、私も74才になりました、間違いなく数年後には仕事が出来なくなっていきます、長くできたとしてもあと10年ぐらいでしょうね。
木工に携わる人は案外長生き、そして長く仕事をする人も多いです。
アントニオストラデバリは94まで、平櫛田中は107才 私の父親は90才まで仕事をしていたと言われますが、そうは言っても人それぞれですしね。私もいずれは仕事を収める日も来ます。
ほぉさんとも色々話していましたが、とにかく、折角出会えた二胡の仕事です、続けられる限りは続けようと思っています。
出会いですから。
二胡に出会えたということが、私には大変な幸運であったと思うのです。その時すっぱりと、本業を現社長に譲れて、二胡造りに没頭できたのも幸運でした。(まあ、完全に離れたのはだいぶ後ではありますが)
多分、今このブログを読んでおられる方も、何らかのご縁で二胡に出会ったのでしょう。
私には楽器を作る道を開いてくれた二胡との出会いでしたが、今までお会いした方々のお話を聞きますと、様々な二胡との出会いがあるようです。
案外多いのが、様々なご自身の生活状況の中で、ふと聞いた二胡に惹きつけられて始めた方が多いようです。
案外多いのが生活の転換時期に当たっていた方、子育てが終わったり、それまで一緒だったパートナーと別れたり、仕事の転換時期に当たり、もっと自分で出来ることはないかと、探し求めていたりした時などなど。自己実現の一環でしょうか?
自分の中のさらなる可能性に気が付いたりした時。そんな時に響いてきた二胡の音色に惹かれたのかもしれません。
それにしても、二胡は思ったよりはむずかしい楽器です。出来そうでいて、なかなかにご自身がかって聞いた良い音色に近づかなかったりもします。
二胡を教わる最初がグループレッスンであったりすることも多く、キチンと音色を出す練習から始められないというようなこともありますし。たまたま最初に手にした二胡が不具合の多いものであったりもしたことがあるのかもしれません。
でも、頭の中には、あの人の音色、この方の音色と心に響く音色が残っているのでしょう。出会い方の強さによって、そして皆さんの求める力の強さにもよって、二胡との縁を深めていく方もありますが、やめていく方もとても多いです。ご縁ということでしょう。
そんな話もお聞きする中で、日本の二胡愛好家がより弾きやすくより音色になりやすい楽器つくりを目指してきました。
演奏しやすくするための弓つくりも、そして松脂までも作りだせたのは、二胡造りに全ての生活をかけさせてくれた、家族やそして仕事を引き継いでくれた、スタッフたち、もちろんほぉさんの力は大変大きいですが、何よりこのブログを読んでくれて、日曜日きりやらない二胡屋に足を運んでくれた全国からいらしていただいた二胡弾きさん達のお陰でもあります。12月に二日間日曜営業日を開いてお客様にお会いして、つくづくと感じました。
折角コロナが少しは収まるかと安心して再開した日曜営業日(1月16日はご予約でいっぱいになりました)なのですが、この先行きの広がり状態でまた閉めざるを得なくなるかもしれません。
毎年毎年、お正月には今年は、これもやり、あれもやりと考えるのですが、なかなか満足するところまではいかないですが、今年からは、なるべく私の二胡造り、人工皮CDM、あるいは弓作りなど、もしかしたらみなさんの中に興味を覚える方もいらっしゃるかと考え、なるべく伝えられるようにしていこうと思います。
また、楽器を作る上で気が付いた、二胡を良い音色に鳴らす方法なども書けたら書こうと思います。
本年もよろしくお願いいたします。
工房光舜堂西野和宏&ほぉ
ほぉさんが二胡神様のところへ帰って、半年少し、おめでとうと言うのも、少し気持ちとしては憚るところもあるのですが、ほぉさんなら絶対このブログ書き続けろというであろうと、思いまして、お正月のご挨拶させていただきました。
さて、私も74才になりました、間違いなく数年後には仕事が出来なくなっていきます、長くできたとしてもあと10年ぐらいでしょうね。
木工に携わる人は案外長生き、そして長く仕事をする人も多いです。
アントニオストラデバリは94まで、平櫛田中は107才 私の父親は90才まで仕事をしていたと言われますが、そうは言っても人それぞれですしね。私もいずれは仕事を収める日も来ます。
ほぉさんとも色々話していましたが、とにかく、折角出会えた二胡の仕事です、続けられる限りは続けようと思っています。
出会いですから。
二胡に出会えたということが、私には大変な幸運であったと思うのです。その時すっぱりと、本業を現社長に譲れて、二胡造りに没頭できたのも幸運でした。(まあ、完全に離れたのはだいぶ後ではありますが)
多分、今このブログを読んでおられる方も、何らかのご縁で二胡に出会ったのでしょう。
私には楽器を作る道を開いてくれた二胡との出会いでしたが、今までお会いした方々のお話を聞きますと、様々な二胡との出会いがあるようです。
案外多いのが、様々なご自身の生活状況の中で、ふと聞いた二胡に惹きつけられて始めた方が多いようです。
案外多いのが生活の転換時期に当たっていた方、子育てが終わったり、それまで一緒だったパートナーと別れたり、仕事の転換時期に当たり、もっと自分で出来ることはないかと、探し求めていたりした時などなど。自己実現の一環でしょうか?
自分の中のさらなる可能性に気が付いたりした時。そんな時に響いてきた二胡の音色に惹かれたのかもしれません。
それにしても、二胡は思ったよりはむずかしい楽器です。出来そうでいて、なかなかにご自身がかって聞いた良い音色に近づかなかったりもします。
二胡を教わる最初がグループレッスンであったりすることも多く、キチンと音色を出す練習から始められないというようなこともありますし。たまたま最初に手にした二胡が不具合の多いものであったりもしたことがあるのかもしれません。
でも、頭の中には、あの人の音色、この方の音色と心に響く音色が残っているのでしょう。出会い方の強さによって、そして皆さんの求める力の強さにもよって、二胡との縁を深めていく方もありますが、やめていく方もとても多いです。ご縁ということでしょう。
そんな話もお聞きする中で、日本の二胡愛好家がより弾きやすくより音色になりやすい楽器つくりを目指してきました。
演奏しやすくするための弓つくりも、そして松脂までも作りだせたのは、二胡造りに全ての生活をかけさせてくれた、家族やそして仕事を引き継いでくれた、スタッフたち、もちろんほぉさんの力は大変大きいですが、何よりこのブログを読んでくれて、日曜日きりやらない二胡屋に足を運んでくれた全国からいらしていただいた二胡弾きさん達のお陰でもあります。12月に二日間日曜営業日を開いてお客様にお会いして、つくづくと感じました。
折角コロナが少しは収まるかと安心して再開した日曜営業日(1月16日はご予約でいっぱいになりました)なのですが、この先行きの広がり状態でまた閉めざるを得なくなるかもしれません。
毎年毎年、お正月には今年は、これもやり、あれもやりと考えるのですが、なかなか満足するところまではいかないですが、今年からは、なるべく私の二胡造り、人工皮CDM、あるいは弓作りなど、もしかしたらみなさんの中に興味を覚える方もいらっしゃるかと考え、なるべく伝えられるようにしていこうと思います。
また、楽器を作る上で気が付いた、二胡を良い音色に鳴らす方法なども書けたら書こうと思います。
本年もよろしくお願いいたします。
工房光舜堂西野和宏&ほぉ