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死刑廃止への招待(第14話)

2011-11-11 | 〆死刑廃止への招待

全面的死刑執行停止(モラトリアム)の後に、国連死刑廃止条約を批准したうえで、死刑廃止のための国内法改正を進めていくことができる。

 今回は、これまでのまとめの意味も込めて、死刑廃止へ向けた実際のプロセスをどう進めていくことができるかを詳論します。
 ただ単に死刑廃止!と叫んでも、明日突然死刑を廃止することなどできるものではありません。従って、政府の世論調査の中で、死刑廃止を支持する人に対して、「死刑をすぐに全面的に廃止する」ことの是非を追加質問しているのは無意味です。
 死刑廃止は、インスタント食品のように「すぐに」できるようなものではなく、死刑制度の全廃という最終的なゴールへ向けた一つの政治的プロセスですから、そのプロセスに数十年あるいはそれ以上かかる国もあれば、数年でやってのける国もあるというように、各国における現実の死刑廃止過程は実に様々です。

 こうした死刑廃止のプロセスとしては、初めから国内法の改正プロセスを開始するやり方と、死刑廃止を定める国際条約の批准を通じて国内法の改正プロセスへつなげるやり方とがあります。
 この点、日本のような国連加盟国に関する限り、現在では国連死刑廃止条約(以下、本稿では単に「条約」ということがある)がすでに批准待ちの状態にありますから、この条約の批准を通じて死刑廃止のプロセスを進めていけば、一つの国際法的な手続きに従って死刑廃止へたどりつくことができます。
 このように、条約の批准を通じた死刑廃止には、死刑廃止のプロセスを単純明快にすることができる―従って、廃止までの時間を短縮することもできる―という点でメリットがあります。
 同時に、条約の批准から入っていく方法には、死刑廃止を純粋の国内刑事政策の問題でなく、国際的な人権外交課題として処理できるというメリットもあります。
 純粋の国内刑事政策として死刑を廃止することが容易でない国では、死刑廃止を自国の信用がかかった国際的な人権協力に関わる外交課題と位置づけることによって、国内的にも合意形成を目指す道が開かれるのです。
 しかし、条約批准を通じた死刑廃止のメリットとしてより重要なのは、死刑廃止がひとまず実現した後の安易な死刑復活を阻止することができるということです。
 少なからぬ死刑廃止国で、重大凶悪事件の発生をきっかけとして死刑廃止反対派が死刑復活を企てる例が見られます。こうした死刑復活動議を阻止するための方法として、ドイツのように自国の憲法に死刑廃止の明文規定を置くことも考えられますが、日本のように憲法改正の要件が厳格な国ではこうした規定の新設も困難です。
 そこで、条約を批准しておけば、法体系上条約は国内法よりも優位するため、条約に違反する死刑復活動議自体が出しづらくなります。それでも死刑復活を強行するならば、前に指摘した憲法98条2項が定める批准済み条約の誠実遵守義務に違反することにもなりますから、安易な死刑復活を阻止しやすくなるわけです。
 以上のような次第で、日本の場合には条約の批准を通じた死刑廃止の方法が特に推奨されるのです。では、その場合、具体的にどのようなプロセスを踏んで死刑廃止を導くことができるのか、順を追って検討していきます(実際の手順は時々の政治情勢等により若干前後する可能性はあります)。

ステップ1:内閣による条約批准方針の決定
 憲法上、条約の締結は内閣の権限とされています(73条3号)。従って、条約の批准に関してはまず内閣が主導することが必要となります。とりわけ、内閣の首班である内閣総理大臣が自らの施政方針として条約批准を明確に打ち出すことです。
 ただ、日本の議院内閣制の下では総理大臣が単独で施政方針を決定することは事実上無理であり、政権与党(連立の場合は与党連合)で事前に条約批准を公約か公約に準じた重要政策として決定しておくことは必須の政治的手続きでしょう。
 その際に、一つ検討しておくべき点があります。それは、第5話でも触れた戦時の軍事的重大犯罪に対する例外的死刑存置を定める条約2条を留保すべきかどうかという問題です。
 この点、日本では戦争放棄をうたった憲法9条の存在から、そもそも「戦時」という状況は想定されておらず、実際にも今日の日本の法体系は「平時」と「戦時」を明確に分けていません。
 ただ、かねてより刑法上、日本国に対する武力行使を想定した外患誘致罪(82条)と外患援助罪(83条)という二つの死刑相当犯罪があり、この二罪は実質的に見て条約で留保される戦時の軍事的重大犯罪に該当するのではないかとの指摘もあります。
 そのうえに、2000年代に入っていわゆる有事法制が整備され、実質上「戦時」を意味する「有事」の概念が法体系上も認知されたことで、先の二つの刑法規定と合わせて、有事における例外的死刑存置を留保すべきであるという考え方もあり得るところです。
 しかし、第5話でも言及したように、戦時(有事)における死刑制度は平時以上に濫用の危険が高いこと、とりわけ緊急性に名を借りた司法上の適正手続保障の制限が正当化されやすく、不公正な裁判に基づく死刑判決が乱発されるおそれがあります。
 加えて、有事における例外的な死刑存置は元来憲法との矛盾性が厳しく指摘されてきた有事法制の強制的性格をいっそう強める結果となることも懸念されます。
 こうしたことから、日本の場合、条約上の留保はせずに、原則どおり全面的死刑廃止を選択して条約を批准すべきものと考えられます。

ステップ2:内閣による条約署名(または加入)
 条約の締結方法には、「署名‐批准」という正攻法のほかに、署名を省略していきなり「加入」してしまう方法もあります。
 前者は、まず第一段階として条約に署名した後、しばらく時間を置いて正式な批准の手続に進むものですが、死刑廃止条約に関してはこの正攻法を採ることがベターではあるでしょう。
 というのも、日本の裁判所は長きにわたって死刑判決を出し続けており、とりわけ2000年頃を境にして地裁レベルでの死刑判決が急増し始めたうえに訴訟促進策が推進された結果、上告審までの期間が短縮され、2004年頃からは最高裁レベルの確定死刑判決も急増したことから、2007年3月には死刑確定者数がついに100人の大台に乗り、以後も100人前後で推移し続けているのです。
 こういう状況では何よりもまず、次のステップ3に見るような全面的死刑執行停止措置から入っていかざるを得ず、一定の時間的なゆとりを作り出すためにも「署名‐批准」方式を選択したほうがよいわけです。
 もっとも、日本の内閣は一般に短命であることから、何代もの内閣をまたいで条約批准の方針を継承することには困難が伴うとすれば、いきなり加入するという電撃的方法も一考に値します。しかし、以下の議論では正攻法に従い「署名‐批准」の方法を採ることを前提にしていきます。

ステップ3:全面的死刑執行停止措置
 すでに言及してきたように、日本の法制度上死刑執行命令は内閣でなく、内閣の一員である法務大臣の権限です。従って、条約批准の方針を決めた内閣の法務大臣であれば、方針決定後、自らの政治判断で全面的に死刑執行を停止するはずです。こうした合理的理由のある死刑執行停止は法務大臣の死刑執行命令の権限中に含み込まれていると解し得ることを第11話で論じました。
 しかし、これはあくまでも大臣の政治判断に基づく暫定的な措置であって、内閣による条約署名後は内閣の責任において正式な全面的死刑執行停止措置(以下、単に「モラトリアム」という)を講じる必要があります。
 この正式なモラトリアムの方法としては法律を制定するのが最も明確ではありますが、法案提出・国会審議に手間取ることも十分に予想され、条約署名に伴う一種の応急措置としてはふさわしくありません。
 そこで、内閣の政令に基づいてモラトリアムを実施することが妥当と考えられます。これは要するに、過去の死刑確定者はもちろん、新規の死刑確定者についてもおよそ死刑執行を凍結するという内容の政令です。
 もっとも、条約が最終的に批准され、発効したときは、締約国は条約に基づいて直接にモラトリアムの義務を負うことになるため、結局、この政令は条約が発効するまでの間の時限的なものということになります。

ステップ4:国会による条約批准の事前承認
 憲法73条は、条約の締結に関しては、これを内閣の権限としながらも、但し書きで、「但し、事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。」と定め、原則として国会の事前承認を要求しています。
 この規定上、例外的に事後承認で足りる場合の「時宜」とは事前承認をとりつけるいとまもないほどに緊急的な事情のあることと解されていますが、死刑廃止条約に関してそうした事情は見出しにくいので、原則どおりに事前承認案件となるでしょう。
 この点に関連して、死刑廃止条約は生命倫理に関わる内容を含むことから、その事前承認決議に際して、各党は党所属議員に対していわゆる党議拘束を外すべきかどうかが問題とされる可能性があります。
 たしかに、死刑廃止条約は生命倫理に関わる内容を含んでいるとはいえ、例えば脳死臓器移植法のような純粋の生命倫理問題とは根本的に異なり、人権外交上の重要な懸案事項であるうえに、国内刑事政策の変更を要する効力を持つことからして、少なくとも政権与党(連立の場合は連立各党)は党議拘束を外すべきでないと考えられます。
 これに対して、野党の対応は野党の判断に委ねてよいと思われます。党として条約の批准に正面から反対するという対応で臨む場合は党議拘束をかけることになるでしょう。
 さて、仮に国会の事前承認が得られなかった場合は、署名だけで批准できない状態が続きますが、その場合、内閣は将来の承認に向けて鋭意努力を継続することになります。
 ただ、日本国憲法上、国会の事前承認が得られない典型的な場合は、参議院で与野党逆転のいわゆる「ねじれ」が生じているため、参議院が批准を承認しないケースですが、こうした場合、憲法は法律案とは異なり、両院協議会を開いても意見が一致しないときは、衆議院の議決を国会の議決とすると定めています(61条・60条2項)。
 このように、憲法上、条約の承認案件については、法律案よりも緩い要件の下に「衆議院の優越」が認められていることも、条約批准を通じた死刑廃止のプロセスを進める方法のメリットに付け加えることができるでしょう。

ステップ5:内閣による条約批准
 国会の事前承認が得られた場合、いよいよ内閣は条約批准の手続きに入ります。そして、然る後に、条約が日本国について発効すれば、条約締結の手続きは完了です。これによって、日本国も晴れて条約の締約国となります。
 締約国になると、条約に基づいてまずはモラトリアムの義務を負いますが、ここで署名の段階で導入されていたモラトリアム政令は廃止され、直接に条約に基づくモラトリアムに切り替わることになります。
 このモラトリアムを定めた条約1条1項は特別な国内法によらずして条約が即、国内法としての効力を有する自力執行条項とされているため、改めてモラトリアムを規定した法律を用意する必要はありません。

ステップ6:死刑廃止のための国内法令の改正
 条約締約国となると、モラトリアムとともに、死刑廃止のために必要なあらゆる措置(以下、これを「死刑廃止措置」という)をとる義務を負います。
 その最大のものは、言うまでもなく、死刑廃止のための国内法令の改正です。現行法上、死刑は刑法にはじまって刑事訴訟法その他多くの法令にそれを前提とする規定が置かれており、一個の死刑法体系を形作っていますから、刑法改正はもちろんのこと、他の関連法令全般の改正が必要となります。
 これはかなり大がかりな作業であり、内閣による種々の改正法案の作成・提出から、国会での審議・可決に至るまで、一定以上の時間がかかります。
 それと並んで、第11話で提唱したような仮釈放付き終身刑の新装を行う場合は、別途刑法をはじめ関連法令の改正が必要となります。ただ、この作業は条約上義務付けられた死刑廃止措置に含まれない任意の法改正ですから、あえて必要がないとの判断であれば何も手当てする必要はありません。

ステップ7:全死刑確定者に対する政令恩赦
 死刑廃止措置がすべて完了した後、死刑廃止過程の最後に位置するのが、この政令恩赦です。ここまで、モラトリアムによって全死刑確定者に対する死刑執行が凍結されていたとはいえ、かれらはまだ死刑確定者の地位を保っています。死刑が廃止されても、それだけでは廃止前に確定した死刑判決は効力を失わないため、政令による一斉恩赦が必要となるわけです。
 この恩赦は特定の者に対する個別恩赦とは異なり、恩赦に値する個別的な事情が認められるか否かを問わず、政策的に実施される一斉恩赦です。具体的には、仮釈放付き終身刑が新装された場合は全死刑確定者を当該刑に恩赦減刑することになりますが、そうでなければ、死刑に代わって最高刑に昇格する現行無期懲役刑に恩赦減刑します。
 ここで一つ波紋を呼ぶ問題が生じる可能性があります。それは、例のオウム真理教教団の教祖・松本智津夫以下、旧教団幹部の死刑確定者に対する死刑執行がなお未了であった場合、彼らまで含めた一斉恩赦は少なからぬ反発を呼ぶであろうということです。あるいは、彼らの死刑執行は完了していたとしても、オウム事件に匹敵するような大事件の死刑確定者が存在していれば同様の事態が生じ得ます。
 かといって、こうした超弩級重大事件の死刑確定者だけを条約批准前に“駆け込み執行”するというようなやり方はあまりにも政治的であり、不公正です。従って、社会の反発はあっても、オウム幹部らや彼らに匹敵するような他事件の死刑確定者も含めて恩赦対象とせざるを得ません。
 ここで、同様の事例として、アジアの西端に位置するトルコにおける死刑廃止過程が参考になります。トルコは、2004年に全面的な死刑廃止国となったのですが、それは政府発表で3万人という犠牲を出したテロ組織の指導者アブドラ・オジャランという超重大死刑囚を抱える中で実現されたのでした。
 一般世論においても、政界においても、オジャランへの死刑執行を求める声は根強かったのですが、欧州連合(EU)への加盟を宿願とするトルコは加盟条件である死刑廃止を満たす必要があったことから、結局、裁判所の判決でオジャランを改めて終身刑に減刑したうえで、欧州人権条約の批准を通じて死刑廃止へ踏み切ったのです。
 このような判決による減刑という方法は実質上恩赦に近い政治的な司法判断に基づくもので、日本の司法制度上は無理な対応ですが、こうしたトルコの経験から言えることは、死刑廃止を外交上の課題として受け止めることによって、オウム事件の比ではない犠牲を出したテロ事件の最高首謀者を実質恩赦して死刑廃止に至ることも決して不可能ではないということです。

 トルコはアジア西端にあってEU加盟を宿願とするという特殊事情も手伝ったとはいえ、日本とも歴史的な友好関係にあるこの国の死刑廃止過程は、アジアの東端に位置しつつ欧州評議会のオブザーバー国という名誉ある地位を与えられている日本にとっても大いに参照すべき先例と言えるのではないでしょうか。

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