ザ・コミュニスト

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アンネとオンリー

2014-03-16 | 時評

背筋の寒くなるような二つの出来事が続いた。一つは、公立図書館等での所蔵図書『アンネの日記』の大量損壊事件。もう一つは、サッカースタジアムでの「JAPANESE ONLY」の横断幕騒ぎである。

現時点で、後者についてはリーグから無観客試合という「厳しい」とされる制裁措置が下り、前者についても関与を認める被疑者の逮捕という結果は出ている。

後者のJAPANESE ONLYについては、メディア上では「日本人だけ」という訳も見られたが、この英文の含意は「日本人以外お断り」という他民族排斥である。JAPANESEをWHITEに変えれば「白人以外お断り」という典型的な人種差別言説となる。このような明白な差別表現が公衆トイレの落書きでなく、衆人環視の横断幕として掲げられていたことになる。

前者の『アンネの日記』のほうは現時点でまだ捜査中だが、被疑者は「同書の実作者はアンネではない」という信念を持つと供述しているとされる。このアンネ偽作説は、ドイツなどで親ナチのホロコースト否認論者―「アーリア・オンリー」論者とも重なる―によってかつて盛んに宣伝されたが、現在では裁判や研究を通じて否定されており、それ自体ユダヤ人差別言説である。

捜査機関は被疑者が「意味不明」の供述をしているとして、精神鑑定まで計画しているようだが、上記のような動機からの犯行だとすれば、ネオナチ的な思想確信犯の可能性は高く、単純な心神喪失者とは思えない。もし当局が本件を心神喪失者による単なる図書損壊事件として処理しようとしているなら、それは差別という論点逸らしの隠蔽となりかねない。

いずれにせよ、日本社会は従来反差別への認識が甘く、いまだに包括的な差別禁止立法も存在せず、先の横断幕などはそもそも司法処理される「事件」にならないという風土ではあるが、それにしてもこれほど明瞭に人種・民族差別が市井で表出される時代はいまだかつてなかっただろう。

筆者はかねて、現代日本が戦前の軍国下での擬似的なファシズムとは別に、大衆的な基盤を持った真正のネオ・ファシズムの方向へ向かっているのではないかと杞憂とも受け取られかねない危惧の念を持ってきたが、上記二つの出来事―両者は底流でつながっている―は、そうした危惧を裏書きしているように思えてならない。


[追記]
検察当局は6月、アンネ関連書籍破損の被疑者を不起訴処分とした。心神喪失が理由である。しかし、捜査により、被疑者は他の図書館や書店でも同様の行為を繰り返していたことが判明している。上掲の供述内容や無差別に図書の損壊に及んでいたわけではなく、アンネ関連書籍やホロコースト関連書籍をターゲットに損壊していたことを考慮すると、なお疑問の残る処分である。

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