部屋ごとにしずけさありて梅雨兆す 能村登四郎
あちこちで豪雨の被害が出ている。床上浸水の記憶は小学生
時以来無い、当時は江東区亀戸はゼロメートル地帯と言って
水位より下に住宅が広がっており、堤防だけが唯一の守り
だったと思う。川から溢れ出した水は隅田川に向かって西下し
亀戸、錦糸町、両国と流れ深川あたりで隅田川と合流する。
当時錦糸町にはお菓子問屋がいっぱいあり、その流れの中に
菓子が箱や缶ごと流されてくる。石油缶いっぱいの
バナナボート、ラスク、動物ビスケット。子供達はボランティア
精神一杯に回収作業を行う。当然回収したものは収穫となる。
あれから40年以上も経つというのに、まだ水害で亡くなられる
人がいる国はもっと災害退避に予算を使い、目を向ける
べきだろう。そんな暗いニュースばかりで心が痛む。