世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。
韓国団体、米紙に領土広告…日本総領事館が抗議(読売新聞) - goo ニュース
韓国の民間団体が、米紙において、観光用の広告を装った竹島の領有主張の宣伝を掲載したと報じられています。この方法、逆効果なのではないかと思うのです。
そもそも、この広告には、韓国人の常識が疑われるほどの、ナンセンスが散りばめられています。クイズの形をとった広告なのですが、左側に国旗が並べてあり、右側に羅列してある島の名前と線で結びつけるというものです。左側には、アメリカ、イタリア、韓国、インドネシアが、左側には、ハワイ島、シチリア島、バリ島、竹島(独島)と並んでいます。既に、アメリカとハワイ島、イタリアとシチリア島、インドネシアとバリ島は、線で結ばれていますので、残るのは、韓国と竹島(独島)だけなのです。つまり、読者に対して、他に選択肢のない一択の問題を出しているのです。他の選択肢を消した一択のクイズなど、おもしろいと思う人は、まずいません(日本人を含めて竹島問題を知っている人にとっては、日本領であることを無視した”韓国はずるい”ということになる…)。韓国側からしますと、韓国と竹島(独島)を結びつけるのが唯一の正解であり、他に選択肢のないことを強調したかったのでしょうが、その半面、目下のところ、両者の間は線で結ばれてはいない、ということを認めたことにもなります。
韓国側の公式の見解では、歴史的にも、法的にも竹島(独島)は韓国領と説明しているのですから、この押し付けがましいクイズは、一択クイズのばかばかしさに加えて、韓国領有の主張が怪しいことを自ら明かしています。国際司法裁判所において正々堂々と解決しようとはせず、ステマ作戦で国際世論に自国の主張を浸透させようとすればするほどに、韓国は、その無理がたたって、自国の異常性を際立たせていると思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
普天間県内移設、日本政府に質問書 国連人種差別撤廃委(朝日新聞) - goo ニュース
本日、国連の人種差別撤廃委員会が日本国政府に対して、普天間基地の移設問題に関連し、質問状を提出したと報じられました。この記事で、初めて”琉球民族”という名称を目に人も多いのではないかと思いますが、国連には、民族の枠組みを決定する権限はあるのでしょうか。
当質問書に先だって、国連の人種差別撤廃委員会は、2008年に、アイヌ民族と琉球民族を、先住民として公式に認め、言語や伝統文化を保護するよう勧告を出しています。今回は、日本国の安全保障と関わるのですから、さらに踏み込んで、政治的な権利を認めるよう求めていると理解することができます。このことは、将来的には、民族自決の原則に基づき、”琉球民族”が、日本国からの独立を要求し得る民族的枠組みとなり得ることを示唆しています。しかしながら、遺伝子情報によれば、沖縄県民と本土の日本人との間には共通性が高く(縄文人の末裔とも…)、言語もまた類似しており、日本語族に分類されるそうです。また、世論調査によれば、沖縄県の人々でさえ、自らのアイデンティティーについては、日本人、あるいは、沖縄人であって日本人であると回答した人が、過半数を越えています(沖縄人と答えた人は凡そ4割…)。沖縄県人の多くも、自らを日本人とは異なる”琉球民族”とは見なしてはいないのです。しかも、古くは弥生時代の初期に遡って、本土から沖縄に移住した人々がおり、明治期に沖縄を日本国に統合したとしても、本土の日本人が、沖縄県民を居住地から追い出したり、虐待して搾取したというわけでもありません。
沖縄県人が、沖縄県民の総意として自ら”琉球民族”を主張するならばまだしも、国連が、沖縄県民の意向を無視して勝手に”民族”認定することは、逆の意味で、沖縄の人々の自己決定権を侵害しているのではないでしょうか。国連の人種差別撤廃委員会は、日本の絆を引き裂こうとしているとしか、思えないのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
温首相が危機感「文化大革命、再び起こるかも」(読売新聞) - goo ニュース
経済大国としての地位が不動のように見えつつも、中国では、急激な経済成長のもたらした歪が、国民の不満を爆発させる怖れがあるそうです。温首相が文化大革命を持ち出すところから推測しますに、それは、共産主義への劇的な回帰のシナリオなのかもしれません。
経済成長の恩恵が全ての国民に行き渡り、かつ、利権の独占による政府腐敗がなければ、国民の不満もこれ程までには高くはなかったことでしょう。共産主義が平等を至高の価値として掲げ、現実には共産党が”隠れた特権階級”を形成しながら、”毛沢東主義”の下で国民の平準化が強力に推進された歴史を考慮しますと、中国国民の不平等や格差に対する許容レベルは、他の一般的な諸国よりも、遥かに低いのかもしれません。しかも、自由や民主主義に関する知識や情報にも乏しいともなりますと、中国国民は、再び共産化の方向に向かう可能性も否定できないのです。その際には、改革開放路線を推し進めた現在の指導部は、”革命の裏切り者”のレッテルを張られ、徹底的に粛清されることでしょう。そして、中国は、再び、共産革命時の振り出しに戻るのです。
果たして、このシナリオは、中国国民の生活レベルを上げ、幸せへのチャンスをもたらすのでしょうか。現在の中国指導部は、民主化勢力を有無も言わさず弾圧してきましたが、共産主義への暴力的な回帰により、粛清の嵐が吹き荒れるも、方針を転換し、穏やかな改革路線としての民主化を認めた方が、中国に希望に満ちた未来を約束するのではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
「日本の絆 色あせた」元米紙記者が警鐘(産経新聞) - goo ニュース
被災地のがれき受け入れに難色を示している地方自治体は、農家や漁業者に対する風評被害を理由に挙げているそうです。この記事では、自治体が農家や漁業者の心情を忖度しているのか、それとも、実際に農家や漁業者自身が反対しているのか、判断がつかないのですが、ここは、助け合いの心を発揮していただきたいと思うのです。
農業も漁業も、国民の理解と支援に支えられて成立している産業です。予算を見ましても、農林水産業への補助金や助成金は、他の産業よりも手厚く、国民の多くが、豊かな農業と漁業を願っているからこそ、国民は、財政負担を引き受けています。にも拘らず、被災地の復興を妨げているがれきの引き受けを拒んでは、あまりにつれない仕打ちなのではないかと思うのです。特に、太平洋沿岸の平地では、広大な農地が海水による塩害の被害を受け、三陸沿岸でも、漁村の多くが村ごと津波で破壊されました。被災地では、同業者も、今なお、苦しんでおります。
風評被害はあくまでも風評被害に過ぎませんが、現実の被害は、具体的な解決策を実行しない限り、回復することができません。失いかけている絆を取り戻すためにも、農業や漁業者の方々も、手を差し伸べていただきたいと願うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
古舘氏徹底的に原発追求 報ステで表明(日刊スポーツ) - goo ニュース
テレビ朝日系の「報道ステーション」でキャスターを務める古舘氏が、原発報道への強い決意を示し、”圧力がかかって番組をきられても本望”と発言したことが話題になっているようです。しかしながら、反・脱原発派こそ、組織化された強力な圧力団体なのではないかと思うのです。
本ブログでも、原発再稼働について記事を載せますと、必ずといったよいほどに、凄まじい罵倒を伴う反対コメントが寄せられます。テレビ報道などを見ましても、佐賀県庁舎に押し入ったり、経産省で座り込みを行ったり、東電前でシュプレヒコールを上げているのは、反原発運動に参加している人々です。こうした現象は、日本国に限られたことではなく、世界各地で原発反対のデモが発生していることが報告されています。その活動母体は、およそ社会・共産主義系の団体と重なりますので、一種の政治運動と化しているようです。また、マスコミは、いかに小規模であっても、こうした活動を優先的にニュースとして取り上げていますので、古舘氏の見解とは逆に、反原発派の方が、世論に対して影響力を行使しているとも言えます。電力の供給不安や電力料金の値上げによる産業界の困窮の声や国民の不安は、めったには報じられていません。
原発反対派の人々は、この運動を勝つか負けるかの”闘争”と認識していますので、話し合いの余地もないようです。「報道ステーション」は、暴力的手段を用いてでも、自己の主張を通そうとする反原発派=圧力団体の問題こそ、その背景や組織の内実を含めて、取り上げるべきではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
自衛隊の災害派遣 97%が評価(産経新聞) - goo ニュース
東日本大震災から1年が過ぎたものの、被災者の方々の心の傷が癒えるには、まだまだ長い年月を要するのかもしれません。
地震に続いて大津波に襲われた被災地では、全てが破壊し尽くされ地獄の如くの光景が広がっていた言います。本日の追悼式典では、遺族の代表の方が、”神も仏もいないと感じた”と述べておられましたが、悲惨な光景を前にして、被災された方々は、為すすべもなく、立ちすくむしかなかったことは、想像に難くありません。こうした救いのない状況にあって、即、被災者を救援すべく、活動を開始したのが、自衛隊でした。あの時、自衛隊、ならびに、日米同盟の下で”トモダチ作戦”を展開した米軍が、献身的に被災地で活動を行わなかったならば、死傷者の数は、さらに増したことでしょう。そして、犠牲になられた方々の多くがご遺族の元に戻られたのも、こうした救助・支援活動のお陰でもあったのです。
危機にこそ真価が問われる、とも申しますが、まさに、自衛隊と日米同盟は、危機にあってその真価を発揮したと言うことができます。世論調査によれば、国民の自衛隊の災害支援活動に対する評価が97%に達し、自衛隊に対して好印象を持つ人も91%に増加したそうです。この高い評価は、国民の自衛隊に対する偽らざる感謝の気持ちと揺るぎない信頼を表していると思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
「目標は新生日本の建設」=野田首相が米紙に寄稿(時事通信) - goo ニュース
民主党が政権与党の座に座った途端、鳩山元首相が、”東アジア共同体”構想を打ち出し、その結果、日米安保に亀裂が入り、日本国の安全保障と国際的な信用を著しく損ねたことは、記憶に新しいところです。外政を混乱に陥れた鳩山元首相に対して、今度は、野田首相が、内政面で同じ轍を踏みのではないかと思うのです。
野田首相は、ワシントン・ポスト紙への寄稿文において、震災をきっかけに、日本国は、震災以前の日本国に復旧するのではなく、”新しい日本”を建設すべきと説いているそうです。しかしながら、大地震と津波の発生は、偶発的な出来事なのですから、急遽、”新しい日本”を造れるわけはありません。もし、”新しい日本”が、即、出現するとしたら、それは、計画性のない杜撰な突貫工事となり、国民の意向を無視した非民主的な手法を取らざるを得ないのです。つまり、”より良き日本”という意味で、本気で”新しい日本”を造ろうとするならば、綿密な準備と国民のコンセンサスの形成を要するのです。このことは、”古い日本”から”新しい日本”へ向かう間の期間に”空白”が生じ、震災で破壊された状況がそのまま放置されることを意味します。その間、”古い日本”で機能してきた活動が麻痺し、”新しい日本”に向かう以前に、その基盤さえも崩壊しかねないのです。しかも、野田氏の構想している”新しい日本”とは、エネルギー技術や介護サービスなどの分野を成長分野と位置付けるものであり、必ずしも生産的でも創造的でもありません(産業が衰退すれば、エネルギーも要らなくなる…)。
ユートピアを掲げた結果、これまで積み上げてきたものを台無しにし、逆に、状況を悪化させてしまうことは、古今東西の歴史に幾度となく現れてきた失敗パターンでもあります。野田首相は、震災の教訓を力説する前に、まずは、歴史の教訓に学ぶべきではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
首相「2島では引き分けでない」 プーチン氏発言に言及(朝日新聞) - goo ニュース
日本国の野田首相は、ロシアのプーチン大統領が北方領土の解決に積極的な姿勢を見せたことを受けて、二島返還論を牽制するためか、”二島では引き分けでない”と発言したようです。この発言、国際社会に対して、誤ったメッセージを送ることになるのではないかと心配になります。
引き分け論から推測される野田首相の解決案は、”島の数ではなく、面積において等分すべき”というものです。しかしながら、この問題は、折半すればよし、という性質のものではないと思うのです。そもそも、戦争における領土拡張を最初に否定したのは、レーニンであったのですが、第一次世界大戦後、領土の武力による一方的な併合は、”侵略”と見なされるようになります。このため、大二次世界大戦を引き起こしたナチス・ドイツによるポーランド侵攻もまた”侵略”と見なされ(ソ連邦は共犯国…)、連合国側は、強欲な“侵略国家”と闘うことを戦争目的に掲げるのです。この際、連合国側は、不拡大方針を宣言し、自らは、戦争の結果として領土を併合することを否定しています。この一連の流れを経て、戦後、国際社会には、曲がりなりにも、武力による他国の領土併合を禁止行為とする国際法がおよそ成立するに至るのですが、ロシアは、ソ連邦が崩壊した今でも、自らの”侵略”を正当化しようとしています。
日本国政府が、占領地の半分であれ、武力で侵略した側の権利を認めることは、国際社会における法の支配の流れを逆戻りさせることになります。軍事力に優る国が他国の領土を奪うことはあってはならず、日本国政府は、国際社会の良き未来ためにも、北方領土全島の返還を求め続けるべきであると思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
原発再稼働の停止により、電力危機は未だに収まらず、今年の夏の電力供給も、昨年以上に厳しい状況となりそうです。その原因の一つは、政府の消極的な姿勢と地元の合意がなかなか得られないことになるのですが、ライフラインに関わる事業については、供給停止の手続きの方に高いハードルを設けるべきではないかと思うのです。
原発再稼働に関する地元や地方自治体の権限については、電力会社と自治体との間で結ばれている原発協定によっても違うのですが、目下の議論では、地元や地方自治体の合意が得られなければ、原発の再稼働はできない、と見なされています。いわば、”拒否権”があるとも解されており、新潟県、福井県、静岡県など、原発が所在する県の知事達は、早くも難色を示しています。加えて、本日の枝野経産相の説明によれば、地元の合意に先だって、首相、官房長官、経産相、原発相をメンバーとした閣僚会議の事前承認も要するそうです。国による最終判断を得て一連の手続きが完了するのですが、この過程で、誰か一人でも反対すれば、原発の再稼働は遠のく可能性があります。しかしながら、電力供給といった産業や国民生活に直接影響を与える分野では、一人や少数者の反対で供給を”停止できる”という手続きが望ましいとは思えません。多くの人々が、生産や生活の維持を供給に依存しているのですから、本来、供給を受ける側を含めた合意がなければ”停止できない”、とすべきではないかと思うのです(全会一致、あるいは、かなり高いハードル…)。
ライフ・ラインを一方的に止められますと、多くの人々が不利益を蒙り、膨大な被害が発生します。こうした公共性の高い事業分野では、一部の拒否権の発動によって、簡単に供給が停止ができないような仕組みが必要なのではないでしょうか。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
地震発生時「やみくもに脱出すればいいというわけではない」(NEWSポストセブン) - goo ニュース
1000年に一度ということもあり、東日本大震災の被災地の復興は、遅々として進んでいません。その理由の一つとして、地方自治体の復興計画の策定が遅れており、被災者が、家屋や職場を再建しようにも、土地利用が決まらない限り、動けない状況にあることが指摘されています。
日本国は、”地震列島”と称されるように、常に大地震に見舞われる可能性があります。先日も、首都直下型の地震が70%の確率で4年以内に起きるとする説が公表され、国民の多くが慄くことになりました。この説は、信憑性が高いわけではないようですが、地震の周期を考えましても、震度7レベルとされる直下型の地震が、何時起きても不思議ではない状況にはあります。そこで、東日本大震災の教訓を生かすならば、事前に、震災後の都市計画の青写真を作成しておいてはどうかと思うのです。もちろん、事前に正確な被害状況を予測することはできませんが、地域ごとに被害レベルや内容の異なる複数のシナリオを用意しておけば、実際の被害に合わせて対応することができます。
前もって復興計画を策定しておくことは、いささか不謹慎な感じもするのですが、震災から1年経っても土地が野ざらしになる事態を回避し、即、復興事業に取り掛かることができます。住民の要望を聴取したり、自治体側の方針を説明するなどしながら、今からでも、復興計画の策定作業を開始すべきではないかと思うのです。備えあれば、憂いなし、とも申します。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
ギリシャ格付け、最低の「C」に…ムーディーズ(読売新聞) - goo ニュース
まだまだ楽観が許されないギリシャの財政危機。今月3日には、格付け会社のムーディーズが、ギリシャ国債を最低の”C”に引き下げたそうです。
ところで、債権の格付け会社は、意気揚々と格下げを発表しているのですが、財政・金融危機については、格付け会社にも若干の責任があるのではないかと思うのです。もし、格付け会社に充分や情報収集能力や各国の財政に関する分析能力が備わっていれば、ギリシャ政府の債務が拡大する前に、的確な格付けができたはずだからです。金融機関も、独自の調査能力はあるのでしょうが、専門機関による客観的な格付けもまた、国債購入に際して参考にしたはずです。つまり、危機が誰の目にも明らかになる前に、格付け会社が”C”に格付けをしておけば、今回の危機は、未然に防ぐことができたかもしれないのです。ギリシャ政府や財政の不健全な政府もまた、初期の段階で”C”と格付けされれば、国債発行額を抑えたことでしょう。
危機が起きてから、リアル・タイムで格付けを下げるのでは、”時、既に遅し”となり、混乱を広げるばかりとになります。格付け会社は、常に先を予測して債権の評価を行うべきであり、政府や金融機関などに対して、”カナリア”の役割を果たすべきではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
東大が秋入学への移行を表明した第一の要因は、グローバル化の遅れ、すなわち、留学生数が少ない現状を打開するためと説明されています。早稲田大学なども、独自の改革案を検討してますが、国ごとに異なる入学時期のみが、留学生の減少の原因ではないと思うのです。
急激な経済成長を遂げている途上国においては、海外への留学は、豊かな未来へのパスポートとなりますので、旺盛な知識欲を持った学生達が海外に飛び出してゆきます。その一方で、先進国では、グローバル化が進展した結果として、逆に留学意欲が低下しているのかもしれません。その理由は、インターネットやテレビの衛星放送などを通じて、直に外国の情報や文化にアクセスできるからです。かつては、実際に外国に渡航し、自分の目や耳で見聞しなければ得られなかった情報や映像が、今では、通信機器の画面上の操作で一瞬にして手に入ります(アメリカでは、講義をネット上に公開している大学も…)。自宅に居ながらにして全世界と繋がっており、”未知なる世界”が狭まっているのです。
このように考えますと、留学生の人数が少ないことは、必ずしも、グローバル化の停滞や閉鎖性を意味するものではないのかもしれません。日本の大学が、国際的な評価を高めたいのであるならば、世界に向けて、発信力を強めるという方法もあるのではないでしょうか。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明 メディア陰謀論を共有する人たち (日経ビジネスオンライン) - goo ニュース
インターネットの普及により、これまでインテリ達の知的な遊戯に過ぎなかった陰謀論が、世間一般にまで広がったことに対して、批判的な意見もあるようです。知的レベルの低下であると…。
日本国内のみならず、世界中の出来事を眺めてみますと、合理的に説明できない現象は多々あります。歴史上の事件のみならず、つい数日前に起きた事件でさえ、客観的に検証できないこともあるのです。そして、情報が充分に提供されておらず、”ミッシングリンク”があったり、提供されていても、辻褄が合わない、相互に矛盾する情報が多方面から発信されていますと、何かがおかしいと、受け取る側の脳内の認識センサーが異常をキャッチします。人間とは、不合理であったり、矛盾するものには、本質的には耐えられない存在ですので、どこかに隠された何かがあるはずと、怪しむようになるのです。ここに、陰謀論が流行る理由があります。しかも、現実には、スパイや工作員が暗躍しているのですから、なおさらのことです。
ですから、逆から見ますと、陰謀論が存在していない社会とは、公私共に全ての情報が白日の下に晒されている透明化された社会であるか、あるいは、逆に、情報統制が徹底した社会であるのかの何れかです。大抵は、両者の間の何れかに位置していますので、本当の事を知りたい人々は、それを信じるか否かは別としても、陰謀論にも興味を示すのです。合理的な説明を求めて。陰謀論が、世間一般に知的な懐疑心と探究心が働いている証しであるならば、陰謀論に寛容である方が、健全な社会なのではないかと思うのです。そしてそれは、陰謀を企む側への牽制ともなるのではないでしょうか。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
東電、値上げしても赤字2千億円…来年度見通し(読売新聞) - goo ニュース
社会・共産主義者は、支配のための”統制”には熱心ですが、”成長”に対してはすこぶる否定的です。週刊誌などでは、革マルとの関係が報じられていますので、枝野経産相もまた、前者の一人なのでしょう。
できる限り経済成長を抑えたいとする経産相の態度は、電力危機への対応に最もよく現れています。電力供給が、日本国の産業の命綱であることを充分に認識していながら、それを、経済成長のストッパーとして逆利用しているからです。本日の新聞にも、ストレステストで妥当の判定を得た原発の再稼働を渋っているのは、他でもない、枝野経産相であるとする記事が掲載されていました。率先して地元の説得と説明に当たるべきところを、サボタージュしているのです。その一方で、電力会社に対しては、原発の稼働停止で収益率を低下させることで、経営を疲弊させ、国有化に持ち込もうとしています。代わりに、再生エネを普及させる方針なようですが、7月から始まる再生エネ買い取り制度は、競争が働かない完全なる統制型のシステムですし、割高な発電コストは全ての電力料金に上乗せされます。しかも、試算では、20年ほど先の2030年頃にしか、原子力発電に匹敵するほどの発電量を実現することはできないとされています。
統制を強化したい枝野経産相は、密かにほくそ笑んでいるのでしょうが、国民にとりましては、これ程の背信行為はありません。オーウェルの『1984年』では、平和省が戦争の遂行を、真理省が情報と歴史の改竄を、愛情省が思想弾圧と拷問を、そして、潤沢省が国民窮乏化策を担うのですが、現在の日本国の経済産業省の実態は、さながら経済衰亡省なのではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
米朝合意「相違点ない」=追加協議は不要―国務省報道官(時事通信) - goo ニュース
米朝合意のニュースは、どこか歓迎ムードで日本でも報じられています。しかしながら、この展開、1994年以来、これまでにも何度も繰り返されてきたように思うのです。20年近くにもわたって…。
1994年の米朝合意と同様に、今回の合意でも、両国の間には、”開発停止”の対象をめぐって、ウラン濃縮型のみならず、プルトニウム型の核開発も含まれるのか、否かをめぐって、見解の食い違いがあるそうです。94年の際には、逆に、北朝鮮は、合意の対象は、プルトニウム型のみと主張して、勝手にウラン濃縮型の開発に着手しました。アメリカの支援が先か、北朝鮮の核放棄が先か、永遠ループ状態(卵が先か、鶏が先か…)となるのも、94年と同じです。94年の合意は、結局、北朝鮮の合意違反によって反故となりましたが、今回の合意も、従来と同じ方法を踏襲するのでは、その先は見えています。
アメリカの国務省報道官は、両国の間に相違点はないと説明していますが、北朝鮮側は、逆に、相違点を見つけ出し(あるいは、造り出して)、それを逆手にとって悪用することこそ、有効な戦術であると考えています。かの国の体質を考慮しますと、北朝鮮という国を相手にする時には、一般の外交交渉とは違うアプローチが必要なのではないでしょうか。さもなければ、永遠の脅迫ループに陥ると思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村