万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

北朝鮮の対米経済制裁全面解除要求説を考える

2019年03月01日 12時45分10秒 | 国際政治
北朝鮮の国営メディア「生産的な対話を継続」と報道
昨日、2月28日にベトナムのハノイで開催されたアメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長による第2回米朝首脳会談は、何らの合意に達することなく‘物別れ’に終わった模様です。日本国内では、アメリカが北朝鮮に妥協せずに済んだことに一先ずは安堵感が広がっています。

 アメリカ側の説明によれば、同会談が合意に達することなく閉会となった理由は、北朝鮮側が、自らが寧辺の核施設を閉鎖する見返りに、同国に対して一部ではなく全面的な経済制裁の解除を求めたところにあるそうです。仮にこの線で合意に達したならば、北朝鮮側が一部の核施設を廃棄する一方で、一切の経済制裁が消滅するわけですから、CVID方式の解決とは程遠く、同国が過剰な要求をアメリカに突き付けたのが‘御破算’の要因となります。合理的に考えれば、北朝鮮が専ら利益を得る形での合意はあり得ませんので、こうした尊大な北朝鮮側の交渉姿勢については、マスメディアや識者の多くは、金委員長がロシア疑惑で窮地にあるトランプ大統領の足元を見たからではないか、と推測しています。

 ところが、日が変わって3月1日となると、北朝鮮側は、早速にホテルに会見場を設け、李容浩外相が上記のアメリカの説明を否定しています。朝鮮半島の南北両国とも、後になって、常々‘言った、言わない’の事実が争われることとなるのですが、今般の米朝首脳会談でも、またもやこの光景が繰り返されたようです。過去の言動からしますと、北朝鮮側が嘘を吐いているのでしょうが、この否定会見を素直に解釈すれば、会談の席では全面解除を要求はしたものの、交渉決裂のリスクに慌てた北朝鮮が、急遽、部分解除でも構わないとする修正提案を試みたのかもしれません。つまり、同会見は、米朝交渉の延長線上にあり、実際に、交渉継続の見通しは北朝鮮の国営メディアが報じています。

 かくして、アメリカは交渉の主導権を取り戻すことに成功したのですが、ここで一つ考えるべき点は、李容浩外相は、部分緩和について、「米国が一部の制裁、すなわち一般市民の経済と暮らしを妨げる制裁を緩和すれば、われわれは寧辺にある核製造施設のすべてを、米国の専門家の立ち会いのもと永久的かつ完全に解体する」と述べている点です。文字通りに読めば、寧辺の核施設の廃棄(おそらく査察付…)、即ち、核の部分的放棄と人道的な観点からの経済制裁の一部緩和が釣り合っているように見えます。しかしながら、この‘ディーリング’、北朝鮮の非核化の観点からしますと、全く無意味となる可能性も否定はできません。

 その理由は、寧辺の核施設は、核兵器の開発・増産に関してもはや重要施設ではないからです。アメリカの研究機関の報告によれば、北朝鮮は、既に重要施設を別の場所に移しており、寧辺の施設を‘部分的CVID方式’で放棄したとしても、北朝鮮は、痛くも痒くもないはずです。単なるデモンストレーションに過ぎず、実質的に核能力を維持することができるのです。しかも、李外相の発言には、ICBMといった核の運搬手段の放棄に関する言及もなく、中距離弾道ミサイルについても沈黙しています。つまり、北朝鮮は、全面解除から一部解除へとアメリカに対して大きく譲歩したように見せながら、その実、攻撃的な核能力の温存を図ろうとしていると考えられるのです。

 最初は法外な条件を設定し、相手の拒絶を以って後から引き下げることで自らに有利な着地点に誘導する方法は交渉術の‘いろは’でもあります。米朝交渉にあっても、北朝鮮側からの自発的な譲歩は必ずしも北朝鮮に不利な結果=国際社会の平和と安全を意味するわけではありませんので、アメリカ側も警戒を怠ってはならないのではないかと思うのです。

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