Duke Ellington and The Orchestra / Such Sweet Thumder ( 米 Columbia CL-1033 )
1956年にカナダのオンタリオで行われた "シェークスピア・フェスティバル" のためにビリー・ストレイホーンがメインとなって書き下ろした組曲で、これは
なかなかの大作である。 楽曲の1つずつがシェークスピアの各戯曲に対応するという凝った構成で、欲しいもののところへは決して直接行くことはなく、
ただその周りをぐるぐると遠巻きに回ってばかり、というシェークスピア戯曲の特性が割と上手く音楽として表現されているんじゃないだろうか。
戯曲を読んでいて感じるじれったくもどかしい感じがよく出ていると思う。
そういう楽曲群の中で最も白眉なのが "Star-Crossed Lovers" で、"ロミオとジュリエット" をモチーフとしたこの曲は「星の巡り合わせが悪い恋人達」
という名前を与えられている。 ジュリエット役のジョニー・ホッジスが切々と謳うエリントン楽団屈指のこのバラードに強いインスピレーションを受けた
村上春樹は、それだけで1冊の小説を書き上げてしまう。 星の巡り合わせが悪いとしか言いようのない人間模様が描かれたその小説は発売当時は
「安っぽいハーレクイン・ロマンス」と評論家からはこき下ろされていたのをよく憶えている。 でも、私はあの小説が好きだった。
高名な作家に小説を1冊書かせてしまうほどの力を持った音楽がここには収録されている。
戯曲から音楽を起こすという手法を採っているので通常のスイングするジャズではなく、情景描写を主眼とした音楽になっている。 エリントン楽団には
こうした特定のテーマを持つ組曲がいくつかあって、どれもいい出来に仕上がっているのが凄い。 スモール・コンボでもいいから、もっと多くのグループが
これらの組曲を演奏すればいいのにと思うのだが、全然見かけない。 畏れ多くて手が出せない、ということなのかもしれないけれど、これだけ優れた
楽曲群なのに勿体ないじゃないかと思う。 エリントンの組曲を現代語法でリライトしてわかりやすく聴かせるような才能に出てきて欲しいと思うけれど、
そういうことができそうな知性は現代ジャズの中に存在するのだろうか?
本作は素晴らしい出来ですが、人気は極めて低い理由は分かり易いヒット曲がないせいでしょう。
一時期、Plays Ellingtonのレコードを集めてましたが、軽く数百枚はあるうえに、内容が乏しいものがほとんどで止めてしまいました。例外的に良かったのは英国の1960年代の作品で、組曲を現代的にアレンジした良いものが幾つもあると思います。