[5月26日15:20.天候:曇 千葉県成田市・成田空港]
敷島達を乗せた飛行機はハイジャックに襲われることもなく、無事に成田空港に着陸することができた。
「社長、皆さん、お疲れさまです」
到着ゲートに行くと、井辺が出迎えていた。
それだけでなく、そこに巡音ルカもいた。
「ああ、出迎えありがとう。ルカも?」
「巡音さんは千葉でのイベントの打ち合わせがありましたので、その送迎も兼ねております」
と、井辺が説明した。
「そうか。お前も頑張ってるな」
「はい!」
ロングのストレートヘアーとはいえ、ピンク色の髪と、スリットの深いロングスカートということから、どうしてもマルチタイプをイメージしてしまう。
だが、ルカは最初からボーカロイドとして製造された純正品である。
左腕にペイントされた『03』(3号機)という数字が、それを表している。
「では、参りましょう。矢沢常務が色々と聞きたいことがあるとのことで……」
「たははは……。こりゃ、怒られそうだ」
敷島は白髪に眼鏡を掛けたバイタリティ溢れる矢沢常務の顔を思い浮かべた。
「シンディ達は到着してるか?」
「はい。ご指示の通り、会議室の中に入れてあります」
「よっし」
井辺が運転してきたミニバンに乗り込んで、事務所に向かう。
「デイライトさんの研究所に行かれたというだけでも危険なことでしょうに、ましてやアメリカ国内移動中の飛行機がハイジャックされたといったニュースが流れた時にはビックリしましたよ」
井辺がハンドルを握りながら、後ろに座る敷島に言った。
「そりゃ驚くだろうさ。この時代にハイジャックだなんて、とんだ頓珍漢だよ。トンチンカッパの爺さんがリーダーで良かったよ」
「そう言う問題ではありません。社長の飛行機が墜落したなんてニュースが流れた時には、ボーカロイドが全員フリーズして仕事にならなかったものです」
「……マジ?俺のことは気にせず、仕事を続けてくれよ」
と、敷島は隣に座るルカに言った。
「……そういうわけには行きません。特にミクなんか、収録中に大泣きしてたんですよ!」
ルカが車内のモニターに、自分の右耳(ボーカロイドの耳はヘッドホンの耳のような形状をしている)からケーブルを接続した。
ミクと一緒にテレビの収録をしていたルカは、その時のもようを記録していた。
ミクが両膝をついて、わんわん泣いていた。
「後でミクにフォローしてあげてください」
「わ、分かった。分かったよ」
アリスがルカとモニタに繋がったケーブルを外しながら、
「要はタカオ、もうタカオの存在は大きいってことよ。少なくとも敷島エージェンシーのボーカロイド、オーナー登録はタカオになってるんだからね。そこの所、忘れないように」
「わ、分かったよ」
敷島は、ばつの悪そうな顔になった。
「あらっ?」
ルカの右耳と繋がったケーブルを外すと、ヘッドホンの耳の形状をしたルカの耳がガタついているのに気づいた。
「ん?ちょっと固定悪くなってない?」
「……あ、はい」
「後で直しておくわ。他に体の具合の悪い所は?」
「ちょっと左腕の動きが……」
ボーカロイドの整備はデイライト・ジャパンに委託していることになっているのだが、アリスが留守の間は疎かになっていたようだ。
平賀が客員教授を務める大学の学生達が見学に来ることもあった。
「……油が切れてるわね。それでさっきから、ギィギィいってたのね」
「何か、ルカだけじゃなさそうだなぁ……」
事務所に到着すると、早速、アリスと平賀はロイド達の再起動を行う。
その間、敷島は矢沢常務から事情聴取を受けていた。
「社長に帰国の報告はいいのかい?」
「もう夕方ですから、明日改めて伺います。一応、伯父さんにはメールで伝えてあります」
「そうかね。とにかく、無事で何よりだった。キミの体はキミだけものではない。四季エンタープライズと同様、総合芸能企業“四季ホールディングス”の一子会社とはいえ、しかしその1社を任されているのだから、命は大切にしてくれ」
「分かりました」
「だがしかし、飛行機がハイジャックされたというだけでも命懸けなのに、操縦不能に陥った飛行機を操縦して見事不時着させるとは……」
「機体の外側はベッコベコになりましたけどね。さすがエアバスはボーイングより頑丈ですよ」
「いや、そういう問題じゃない。まあ、とにかく助かって何より。これでまた四季グループの株は上がったわけだ」
「株価は下落することもありますから、油断はしない方がいいですよ」
「まあな。とにかく、キミの無事を確認したことだし、私は本社に戻るからな」
「留守中、色々とありがとうございました」
子会社の社長より、本社の常務の方が立場は上の四季エンタープライズである。
もっとも、矢沢常務が役員の中で古参組というのもあるが。
[同日21:00.天候:晴 東京都江東区豊洲・敷島エージェンシー]
アリスはシンディの再起動を行った。
平賀はエミリーの再起動を行った。
その後でリンとレンの再起動を行う。
その間、敷島は心配を掛けたボーカロイド達と懇談する。
特に泣きじゃくったというミクには、敷島も時間を取った。
敷島が1番最初にプロデュースしたボーカロイドが、ミクだったというのもある。
「お前とは長い付き合いだったもんな」
「わたしは……たかお社長以外……(オーナーとして)考えられません」
「俺もミクを誰かに引き渡したりはしないよ」
と、敷島は答えた。
「お前とはフィールドテストを行ってからの付き合い……」
その時、敷島に何か違和感があった。
「たかおさん?どうかしましたか?」
ミクが首を傾げて、敷島の顔を覗き込んだ。
「ミク。お前、最初からボーカロイドだったか!?」
「はい?」
敷島は社長室を出て、会議室に向かった。
「あっ、敷島さん」
ちょうど廊下で平賀と会った。
「ついでにボーロカイドも整備しています。何だか、整備をサボってた感じ……」
「あ、あの、平賀先生!」
「何ですか?」
「ミクって、最初からボーカロイドとしての設計でしたか?」
「な、何をいきなり!?」
「確か、ミクが歌を歌い出したのって偶然だった……はずですよね?」
「いや、歌も歌える設定でしたよ。それが結構上手く行って、ファンが付くようになったから、いっそのこと、アイドルとして売り出したら面白いんじゃないかってなったんじゃないですか。ここまで有名になれたのは、偏に敷島さんの商才ですよ」
「……私がフィールドテストやってた時、ミクは音楽すら知りませんでしたよ」
「そうでしたか。細かい点は南里先生が行っていたので、自分はよくは知りませんが」
「南里所長は、そもそもどうしてミクを製造したんですか?」
「あ、あの、敷島さん。一体何があったんですか?」
「アルバート常務の言葉が気になってました。たまたま彼はリンとレンを連れ去ろうとしていましたが、それがミクだったらミクを連れ出していただろうと……」
「そうですか。電気信号を歌に換えて歌うというアイディアは、マルチタイプからありましたからね。マルチタイプは結局歌を歌うことができず、楽器を弾くに留まりしたが」
代わりにテーマ曲が定められ、ボーカロイドにはそれに歌詞を付けたものを歌わせている。
「……確かに、南里先生が設計したボーカロイド……MEIKO、KAITO、初音ミク、鏡音リン・レン、巡音ルカの全ての機能については、自分も分かりません」
「えっ?」
「ボーロカイドが有名になって、彼女らの派生機も造られるようになりましたが、実はミク達と根本的に違うものがあると自分は思います」
「やはり、そうですか」
「敷島さんだからこそ、彼女達を扱えるんですよ」
「……そうですか」
「自分は明日、仙台に帰ります。今日、泊まる所は……」
「ここでよろしかったら……」
「えっ?」
「この業界、業務の都合上、収録などが夜遅くまで掛かるということがあります。いざやっと帰れるって頃には、もう電車が無いということもあるんですよ。なもんで、新事務所になってから、仮眠室を設けました。今日は使用する社員がいないようなので、平賀先生が使っちゃってください」
「いいんですか?」
「シャワーもありますよ。うちの大事なボーカロイドの整備をして下さったんですから、どうぞどうぞ」
「では、お言葉に甘えて……。社員さん達が出勤してくる前には、出ようと思うので」
「ええ。どうも、今回はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。マルチタイプは何であるか、ということを考えさせてもらう良い機会になりました。研究者として、これは大きいです」
鳥柴はエミリーとシンディ、そして鏡音リン・レンの再起動を確認した後、千葉に帰っていった。
要は借り受けたロイド達を、無事に返納できたことを確認する義務があったからである。
再起動に成功し、この時点で何の不具合も無いことを確認して、デイライトとしてはロイド達を敷島達に正式に返したということになる。
敷島とアリスは最終の都営バスに乗って東京駅まで行き、そこから大宮まで帰ることにした。
ボーカロイドのことで大きな謎が浮かんだが、それのことについては、また後日……。
敷島達を乗せた飛行機はハイジャックに襲われることもなく、無事に成田空港に着陸することができた。
「社長、皆さん、お疲れさまです」
到着ゲートに行くと、井辺が出迎えていた。
それだけでなく、そこに巡音ルカもいた。
「ああ、出迎えありがとう。ルカも?」
「巡音さんは千葉でのイベントの打ち合わせがありましたので、その送迎も兼ねております」
と、井辺が説明した。
「そうか。お前も頑張ってるな」
「はい!」
ロングのストレートヘアーとはいえ、ピンク色の髪と、スリットの深いロングスカートということから、どうしてもマルチタイプをイメージしてしまう。
だが、ルカは最初からボーカロイドとして製造された純正品である。
左腕にペイントされた『03』(3号機)という数字が、それを表している。
「では、参りましょう。矢沢常務が色々と聞きたいことがあるとのことで……」
「たははは……。こりゃ、怒られそうだ」
敷島は白髪に眼鏡を掛けたバイタリティ溢れる矢沢常務の顔を思い浮かべた。
「シンディ達は到着してるか?」
「はい。ご指示の通り、会議室の中に入れてあります」
「よっし」
井辺が運転してきたミニバンに乗り込んで、事務所に向かう。
「デイライトさんの研究所に行かれたというだけでも危険なことでしょうに、ましてやアメリカ国内移動中の飛行機がハイジャックされたといったニュースが流れた時にはビックリしましたよ」
井辺がハンドルを握りながら、後ろに座る敷島に言った。
「そりゃ驚くだろうさ。この時代にハイジャックだなんて、とんだ頓珍漢だよ。トンチンカッパの爺さんがリーダーで良かったよ」
「そう言う問題ではありません。社長の飛行機が墜落したなんてニュースが流れた時には、ボーカロイドが全員フリーズして仕事にならなかったものです」
「……マジ?俺のことは気にせず、仕事を続けてくれよ」
と、敷島は隣に座るルカに言った。
「……そういうわけには行きません。特にミクなんか、収録中に大泣きしてたんですよ!」
ルカが車内のモニターに、自分の右耳(ボーカロイドの耳はヘッドホンの耳のような形状をしている)からケーブルを接続した。
ミクと一緒にテレビの収録をしていたルカは、その時のもようを記録していた。
ミクが両膝をついて、わんわん泣いていた。
「後でミクにフォローしてあげてください」
「わ、分かった。分かったよ」
アリスがルカとモニタに繋がったケーブルを外しながら、
「要はタカオ、もうタカオの存在は大きいってことよ。少なくとも敷島エージェンシーのボーカロイド、オーナー登録はタカオになってるんだからね。そこの所、忘れないように」
「わ、分かったよ」
敷島は、ばつの悪そうな顔になった。
「あらっ?」
ルカの右耳と繋がったケーブルを外すと、ヘッドホンの耳の形状をしたルカの耳がガタついているのに気づいた。
「ん?ちょっと固定悪くなってない?」
「……あ、はい」
「後で直しておくわ。他に体の具合の悪い所は?」
「ちょっと左腕の動きが……」
ボーカロイドの整備はデイライト・ジャパンに委託していることになっているのだが、アリスが留守の間は疎かになっていたようだ。
平賀が客員教授を務める大学の学生達が見学に来ることもあった。
「……油が切れてるわね。それでさっきから、ギィギィいってたのね」
「何か、ルカだけじゃなさそうだなぁ……」
事務所に到着すると、早速、アリスと平賀はロイド達の再起動を行う。
その間、敷島は矢沢常務から事情聴取を受けていた。
「社長に帰国の報告はいいのかい?」
「もう夕方ですから、明日改めて伺います。一応、伯父さんにはメールで伝えてあります」
「そうかね。とにかく、無事で何よりだった。キミの体はキミだけものではない。四季エンタープライズと同様、総合芸能企業“四季ホールディングス”の一子会社とはいえ、しかしその1社を任されているのだから、命は大切にしてくれ」
「分かりました」
「だがしかし、飛行機がハイジャックされたというだけでも命懸けなのに、操縦不能に陥った飛行機を操縦して見事不時着させるとは……」
「機体の外側はベッコベコになりましたけどね。さすがエアバスはボーイングより頑丈ですよ」
「いや、そういう問題じゃない。まあ、とにかく助かって何より。これでまた四季グループの株は上がったわけだ」
「株価は下落することもありますから、油断はしない方がいいですよ」
「まあな。とにかく、キミの無事を確認したことだし、私は本社に戻るからな」
「留守中、色々とありがとうございました」
子会社の社長より、本社の常務の方が立場は上の四季エンタープライズである。
もっとも、矢沢常務が役員の中で古参組というのもあるが。
[同日21:00.天候:晴 東京都江東区豊洲・敷島エージェンシー]
アリスはシンディの再起動を行った。
平賀はエミリーの再起動を行った。
その後でリンとレンの再起動を行う。
その間、敷島は心配を掛けたボーカロイド達と懇談する。
特に泣きじゃくったというミクには、敷島も時間を取った。
敷島が1番最初にプロデュースしたボーカロイドが、ミクだったというのもある。
「お前とは長い付き合いだったもんな」
「わたしは……たかお社長以外……(オーナーとして)考えられません」
「俺もミクを誰かに引き渡したりはしないよ」
と、敷島は答えた。
「お前とはフィールドテストを行ってからの付き合い……」
その時、敷島に何か違和感があった。
「たかおさん?どうかしましたか?」
ミクが首を傾げて、敷島の顔を覗き込んだ。
「ミク。お前、最初からボーカロイドだったか!?」
「はい?」
敷島は社長室を出て、会議室に向かった。
「あっ、敷島さん」
ちょうど廊下で平賀と会った。
「ついでにボーロカイドも整備しています。何だか、整備をサボってた感じ……」
「あ、あの、平賀先生!」
「何ですか?」
「ミクって、最初からボーカロイドとしての設計でしたか?」
「な、何をいきなり!?」
「確か、ミクが歌を歌い出したのって偶然だった……はずですよね?」
「いや、歌も歌える設定でしたよ。それが結構上手く行って、ファンが付くようになったから、いっそのこと、アイドルとして売り出したら面白いんじゃないかってなったんじゃないですか。ここまで有名になれたのは、偏に敷島さんの商才ですよ」
「……私がフィールドテストやってた時、ミクは音楽すら知りませんでしたよ」
「そうでしたか。細かい点は南里先生が行っていたので、自分はよくは知りませんが」
「南里所長は、そもそもどうしてミクを製造したんですか?」
「あ、あの、敷島さん。一体何があったんですか?」
「アルバート常務の言葉が気になってました。たまたま彼はリンとレンを連れ去ろうとしていましたが、それがミクだったらミクを連れ出していただろうと……」
「そうですか。電気信号を歌に換えて歌うというアイディアは、マルチタイプからありましたからね。マルチタイプは結局歌を歌うことができず、楽器を弾くに留まりしたが」
代わりにテーマ曲が定められ、ボーカロイドにはそれに歌詞を付けたものを歌わせている。
「……確かに、南里先生が設計したボーカロイド……MEIKO、KAITO、初音ミク、鏡音リン・レン、巡音ルカの全ての機能については、自分も分かりません」
「えっ?」
「ボーロカイドが有名になって、彼女らの派生機も造られるようになりましたが、実はミク達と根本的に違うものがあると自分は思います」
「やはり、そうですか」
「敷島さんだからこそ、彼女達を扱えるんですよ」
「……そうですか」
「自分は明日、仙台に帰ります。今日、泊まる所は……」
「ここでよろしかったら……」
「えっ?」
「この業界、業務の都合上、収録などが夜遅くまで掛かるということがあります。いざやっと帰れるって頃には、もう電車が無いということもあるんですよ。なもんで、新事務所になってから、仮眠室を設けました。今日は使用する社員がいないようなので、平賀先生が使っちゃってください」
「いいんですか?」
「シャワーもありますよ。うちの大事なボーカロイドの整備をして下さったんですから、どうぞどうぞ」
「では、お言葉に甘えて……。社員さん達が出勤してくる前には、出ようと思うので」
「ええ。どうも、今回はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。マルチタイプは何であるか、ということを考えさせてもらう良い機会になりました。研究者として、これは大きいです」
鳥柴はエミリーとシンディ、そして鏡音リン・レンの再起動を確認した後、千葉に帰っていった。
要は借り受けたロイド達を、無事に返納できたことを確認する義務があったからである。
再起動に成功し、この時点で何の不具合も無いことを確認して、デイライトとしてはロイド達を敷島達に正式に返したということになる。
敷島とアリスは最終の都営バスに乗って東京駅まで行き、そこから大宮まで帰ることにした。
ボーカロイドのことで大きな謎が浮かんだが、それのことについては、また後日……。