(稲生の一人称です)
あれから太田さんは戻って来ない。
本当に帰ってしまったのだろうか。
語り部は僕を入れて3人だけになってしまった。
そして肝心の聞き手であるはずの坂下蓮君も、もうここにはいない。
本来はもう中止して、太田さんと一緒に帰るべきなのかもしれない。
だが、それが却って危険ではないかと思うくらい、校内には妖気が渦巻いていた。
「こりゃガチで、魔界の穴か開いたかもしれんな」
大河内が椅子にふんぞり返って座り、腕組みをして言った。
「そんな……!」
「いや、分からんよ。ま、とにかく、せっかく用意した話やけん、それ聞いてから帰ろか。じゃ、俺の話を始めようか。この前は旧校舎の鏡の話をしたが、今回はもうちょっとミステリアスな話や。稲生達は、『茜オバハン』の話を知っちょるか?」
「『茜オバハン』?」
「そうだ。俺が聞いた時はまだここの現役生で、それから5〜6年前の話やっちゅうことやから、今からすると10年ちょい前の話やけんな」
「ふーん……」
「だから古い先生とかやと、まだ覚えちょるけん、きっと」
「そうなのか」
「その茜オバハンっちゅうのがな……。名前の通り、茜色に染まったローブを羽織って、それに付いちょるフードを深く被っちょるっちゅう話や。だからな、それに隠れちょってるき、顔はよく分からん。声の感じからして若くもなければ、そんなに婆さんってわけでもないんで、それでまあ、オバハンと呼ばれるようになったっちゅうことやな。で、そのオバハンなんやけど、手に古めかしいバスケットを持っていて、その中に大量のキャンディが入ってるわけや。本当はそのキャンディに特徴があるから、それに因んだあだ名が付いてもいいんだろうけど、どうしても茜色のローブの方に目が行ってしまいよるけ、それで茜オバハンや」
「そのキャンディに何か秘密があるんだね?」
「そう。そのキャンディは、どうやらそのオバハンの手作りらしいんや。で、食べたヤツは皆、口揃えて美味い美味いと言いよる」
「よく食べるね、知らない人からもらったもの……」
「それには、こんなきっかけがある。何でも昔、物凄いヒドいイジメを受けていたヤツがおったらしいんや。それこそ、今にも自殺を考えそうなほどにな。そんな時こそ、あのオバハンは現れる。『もし……そこの少年、1人かい?』ってな。そしてそいつの身の上話を聞いたオバハンは、バスケットの中から例のキャンディを1個つまみ上げると、そのいじめられっ子に渡した。自殺を考えとったそいつは、家に帰って、毒入りでも何でもいいと、半ばヤケクソに食った。そしたら、そのキャンディの美味いこと美味いこと。まるで、この世のものとは思えん美味さで、まるで魔法のキャンディだと思ったんやて」
「…………」
(三人称に戻ります)
稲生は大河内の話を聞いて行くうちに、背筋が寒くなるのを感じた。
最初、茜オバハンとやらは、中年の『赤ずきんちゃん』みたいなものをイメージしていた。
ところが、話を聞いて行くうちに、それこそ魔女……魔道師の話になっているからだった。
大河内の話は、けして茜オバハンはボランティアで人助けをしているわけではないという話に及ぶ。
イジメられっ子や、今でいうところのボッチの子などを中心に、どこからともなく現れる茜オバハン。
そのキャンディを食べた者は、不思議と自信や生きる力が湧いて来る感じになり、良い意味で世渡りが上手くなったり、明るくなったりして、見違えるほどの状態で卒業を迎えるほどになれるのだそうだ。
ところで、共通点は1人1個。
生きる気力を与えてくれたオバハンに礼を言いたくなったり、あの美味いキャンディをもう1個と思い、もう1度あのオバハンに会おうと校門で待っていても、絶対に現れないのである。
……大河内の話を聞いていた稲生は、無意識にその“茜オバハン”がダンテ一門の中のどの魔道師なのか絞り込む作業をしていた。
(……恐らく薬師系の魔道師だ。誰だ?ポーリン組のポーリン先生か?まさか、エレーナ?……いや、違うっぽい。だけど、ヨーロッパのフランク組は1度も日本に来ていないはず……)
「……おい、ユタ?聞いちょるんか?」
「えっ?あ……うん」
「どうしたの、稲生君?顔が真っ青だよ」
「う、うん……。大河内君の話、怖い……」
「おいおい。これくらいで、まだ怖がってたら困るよ」
ひねくれ者の男子生徒が茜オバハンを怒らせてしまい、とんでもないことになった話で終わった。
茜オバハンからキャンディを1つもらう機会を得たその生徒。
だが隙をついて、そのオバハンのバスケットの中から更に2つ、キャンディを強奪してしまったという。
キャンディは1つの大きさが、かなりデカい。
だから片手で握っても、2個までしか持てなかったようである。
しかし、そこは魔女。
黙って泣き寝入りなどするはずが無かった。
これは魔女達を見て来た稲生なら、すぐに想像がつく。
恐らくマリアなど、使役している人形の軍団を送り込んで、そのフザけた野郎をバラバラ死体にするくらいのことはするだろう。
その魔女も、早速キャンディを取り返しに行ったらしい。
因みに大河内はあくまで、その男子生徒視点の話をしているが、稲生はどうしてもその魔女がどのような行動をするか、つまり魔女視点で話を聞いていた。
だが魔女がそいつの家に忍び込んだ時には、既に遅かった。
そいつは既に強奪したキャンディをも食べてしまっていたのだ。
恐怖におののく男子生徒を前にして、魔女はこう言った。
「新しくキャンディを作らなければならない。その材料を調達してもらう。その材料は………………………
お前の目玉だ!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「……後で家族に発見された時、そいつの両目はすっかり無くなってたんだとよ。どうやらそのキャンディ、人間の目ん玉が材料だってことがバレたっちゅうことや。それ以来、茜オバハンはこの学校に現れなくなったっちゅうけんね。……そんなに怖かったか?」
「……大河内君、キミは何てことを……!」
稲生はガタガタと震えていた。
薬師系の魔道師にとって、秘薬の材料をバラされることは何としてでも阻止すべきものである。
ただ単に不思議な薬を作るだけで、魔女の中では特に害も無いように思えるが、意外とそうでもないのだ。
ポーリンが弟子のエレーナに厳しく指導に当たるのも、その一環である。
「何や何や?」
「う……占いに……、今の茜オバハンの秘密をバラしたら、大変なことが起きるって出てるよ……」
稲生は全てを悟った。
誰かが魔女の話をする時、もう後戻りはできないというイリーナの予言。
それは大河内が魔女の秘密をバラすことで、魔女達を敵に回してしまうということであった。
「そんな、怖いことかいなー?」
大河内は暢気に首を傾げるだけだった。
「ま、とにかくこれで俺の話は終わるけんね。オオトリは福田っちゅうことやな」
「はーい!」
1人魔女の恐怖に震える稲生をよそに、ついに最後の6話目が始まろうとしている。
あれから太田さんは戻って来ない。
本当に帰ってしまったのだろうか。
語り部は僕を入れて3人だけになってしまった。
そして肝心の聞き手であるはずの坂下蓮君も、もうここにはいない。
本来はもう中止して、太田さんと一緒に帰るべきなのかもしれない。
だが、それが却って危険ではないかと思うくらい、校内には妖気が渦巻いていた。
「こりゃガチで、魔界の穴か開いたかもしれんな」
大河内が椅子にふんぞり返って座り、腕組みをして言った。
「そんな……!」
「いや、分からんよ。ま、とにかく、せっかく用意した話やけん、それ聞いてから帰ろか。じゃ、俺の話を始めようか。この前は旧校舎の鏡の話をしたが、今回はもうちょっとミステリアスな話や。稲生達は、『茜オバハン』の話を知っちょるか?」
「『茜オバハン』?」
「そうだ。俺が聞いた時はまだここの現役生で、それから5〜6年前の話やっちゅうことやから、今からすると10年ちょい前の話やけんな」
「ふーん……」
「だから古い先生とかやと、まだ覚えちょるけん、きっと」
「そうなのか」
「その茜オバハンっちゅうのがな……。名前の通り、茜色に染まったローブを羽織って、それに付いちょるフードを深く被っちょるっちゅう話や。だからな、それに隠れちょってるき、顔はよく分からん。声の感じからして若くもなければ、そんなに婆さんってわけでもないんで、それでまあ、オバハンと呼ばれるようになったっちゅうことやな。で、そのオバハンなんやけど、手に古めかしいバスケットを持っていて、その中に大量のキャンディが入ってるわけや。本当はそのキャンディに特徴があるから、それに因んだあだ名が付いてもいいんだろうけど、どうしても茜色のローブの方に目が行ってしまいよるけ、それで茜オバハンや」
「そのキャンディに何か秘密があるんだね?」
「そう。そのキャンディは、どうやらそのオバハンの手作りらしいんや。で、食べたヤツは皆、口揃えて美味い美味いと言いよる」
「よく食べるね、知らない人からもらったもの……」
「それには、こんなきっかけがある。何でも昔、物凄いヒドいイジメを受けていたヤツがおったらしいんや。それこそ、今にも自殺を考えそうなほどにな。そんな時こそ、あのオバハンは現れる。『もし……そこの少年、1人かい?』ってな。そしてそいつの身の上話を聞いたオバハンは、バスケットの中から例のキャンディを1個つまみ上げると、そのいじめられっ子に渡した。自殺を考えとったそいつは、家に帰って、毒入りでも何でもいいと、半ばヤケクソに食った。そしたら、そのキャンディの美味いこと美味いこと。まるで、この世のものとは思えん美味さで、まるで魔法のキャンディだと思ったんやて」
「…………」
(三人称に戻ります)
稲生は大河内の話を聞いて行くうちに、背筋が寒くなるのを感じた。
最初、茜オバハンとやらは、中年の『赤ずきんちゃん』みたいなものをイメージしていた。
ところが、話を聞いて行くうちに、それこそ魔女……魔道師の話になっているからだった。
大河内の話は、けして茜オバハンはボランティアで人助けをしているわけではないという話に及ぶ。
イジメられっ子や、今でいうところのボッチの子などを中心に、どこからともなく現れる茜オバハン。
そのキャンディを食べた者は、不思議と自信や生きる力が湧いて来る感じになり、良い意味で世渡りが上手くなったり、明るくなったりして、見違えるほどの状態で卒業を迎えるほどになれるのだそうだ。
ところで、共通点は1人1個。
生きる気力を与えてくれたオバハンに礼を言いたくなったり、あの美味いキャンディをもう1個と思い、もう1度あのオバハンに会おうと校門で待っていても、絶対に現れないのである。
……大河内の話を聞いていた稲生は、無意識にその“茜オバハン”がダンテ一門の中のどの魔道師なのか絞り込む作業をしていた。
(……恐らく薬師系の魔道師だ。誰だ?ポーリン組のポーリン先生か?まさか、エレーナ?……いや、違うっぽい。だけど、ヨーロッパのフランク組は1度も日本に来ていないはず……)
「……おい、ユタ?聞いちょるんか?」
「えっ?あ……うん」
「どうしたの、稲生君?顔が真っ青だよ」
「う、うん……。大河内君の話、怖い……」
「おいおい。これくらいで、まだ怖がってたら困るよ」
ひねくれ者の男子生徒が茜オバハンを怒らせてしまい、とんでもないことになった話で終わった。
茜オバハンからキャンディを1つもらう機会を得たその生徒。
だが隙をついて、そのオバハンのバスケットの中から更に2つ、キャンディを強奪してしまったという。
キャンディは1つの大きさが、かなりデカい。
だから片手で握っても、2個までしか持てなかったようである。
しかし、そこは魔女。
黙って泣き寝入りなどするはずが無かった。
これは魔女達を見て来た稲生なら、すぐに想像がつく。
恐らくマリアなど、使役している人形の軍団を送り込んで、そのフザけた野郎をバラバラ死体にするくらいのことはするだろう。
その魔女も、早速キャンディを取り返しに行ったらしい。
因みに大河内はあくまで、その男子生徒視点の話をしているが、稲生はどうしてもその魔女がどのような行動をするか、つまり魔女視点で話を聞いていた。
だが魔女がそいつの家に忍び込んだ時には、既に遅かった。
そいつは既に強奪したキャンディをも食べてしまっていたのだ。
恐怖におののく男子生徒を前にして、魔女はこう言った。
「新しくキャンディを作らなければならない。その材料を調達してもらう。その材料は………………………
お前の目玉だ!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「……後で家族に発見された時、そいつの両目はすっかり無くなってたんだとよ。どうやらそのキャンディ、人間の目ん玉が材料だってことがバレたっちゅうことや。それ以来、茜オバハンはこの学校に現れなくなったっちゅうけんね。……そんなに怖かったか?」
「……大河内君、キミは何てことを……!」
稲生はガタガタと震えていた。
薬師系の魔道師にとって、秘薬の材料をバラされることは何としてでも阻止すべきものである。
ただ単に不思議な薬を作るだけで、魔女の中では特に害も無いように思えるが、意外とそうでもないのだ。
ポーリンが弟子のエレーナに厳しく指導に当たるのも、その一環である。
「何や何や?」
「う……占いに……、今の茜オバハンの秘密をバラしたら、大変なことが起きるって出てるよ……」
稲生は全てを悟った。
誰かが魔女の話をする時、もう後戻りはできないというイリーナの予言。
それは大河内が魔女の秘密をバラすことで、魔女達を敵に回してしまうということであった。
「そんな、怖いことかいなー?」
大河内は暢気に首を傾げるだけだった。
「ま、とにかくこれで俺の話は終わるけんね。オオトリは福田っちゅうことやな」
「はーい!」
1人魔女の恐怖に震える稲生をよそに、ついに最後の6話目が始まろうとしている。