[7月22日16:00.天候:曇 東京中央学園上野高校 新聞部部室]
稲生と大河内は、集合時間である16時に現校舎の1階にある新聞部の部室に向かった。
「あの時も、こんな感じだったな」
「うん」
窓の外には、今にも降り出しそうなどんよりとした雲が空を覆っている。
あの時、稲生は新聞部の副部長に呼び出され、新聞部で納涼怪談特集をやるから、怖い話を坂下に教えてやってくれと頼まれた。
既に稲生が妖狐の威吹を連れて登下校していたことは噂になっていたから、稲生が相当な強い霊感の持ち主だと見込まれたのだ。
実際稲生は、たまたまであるが、卒業した顕正会員とそれを取り巻く人々に関する不幸な話を知っていたのでそれを話したのだが……。
どうも当時の副部長は、どっちかというと威吹との話を聞かせてやって欲しかったらしい。
「お前、あの時と同じように顕正会の話をするつもりか?」
「ううん。もっと別の話をするよ」
「そうか。俺もあの時はバンドに関する怖い話をしてみたけど、ありゃ確かに、学校の怪談とはあんま関係無かった話だったもんな。今度はちゃんと学校のヤツに起きた怖い話を用意してきたよ」
「そ、そう?」
きっと、その語り部達の中に、魔女に関する話をする者がいるのだろう。
一見して、学校の怪談とは何の関係も無さそうに見えるのだが……。
「ここだ、ここ。……うん、あの時と変わらんなぁ……」
新聞部の部室の前に到着する。
今日ここで語り部達の同窓会を行うということは、既に今の新聞部員に伝えてある。
他らなぬ、OBの頼みとあっては断り切れないということもあって、今日だけ新聞部の部室を16時から借りることを許されたという。
OBといっても、5〜6年前の卒業生だ。
そんなに昔というわけでもない。
「そうだね。じゃ、入るよ」
稲生が部室のドアノブを回し、ドアを開けた。
「やあ、稲生君に大河内君!」
部室に入ると、既に何人かの見覚えのある顔がそこにあった。
真っ先ににこやかな顔で立ち上がったのは、肥満体が特徴の男。
電車のバケットシートに座ると、明らかにお尻がはみ出すであろう男だ。
「太田さん!お久しぶりです!」
「よぉ。何年経ってもデカい体やなぁ」
この会合が行われた当時、3年生だった太田である。
あの会合では、やはり怪奇現象をより多く経験している3年生からの参加が多かったように思える。
「あーっ、ヒドいな、大河内君。こう見えても、社会に出てから鍛えられて、2キロも痩せたんだよ?123キロだ」
「……それでも時速に直したら、即行スピード違反で捕まる数字やけん」
大河内はそう言って、テーブルを囲む折り畳みの椅子に座った。
あの時は無機質なパイプ椅子だったのだが、今ではモケットの布が被せられた新しい椅子に変わっている。
確か大河内が座ったのも、あの時と同じ位置ではなかったか。
「ほら、ユタ。お前の席はここやけん。皆、昔と同じ位置に座っちょるけんね」
大河内はそう言って、自分の隣の席を指さした。
「う、うん……」
稲生が指定された席に座ると、向かいに座る女性がニヤッと笑った。
「……お久しぶりね、稲生君?」
「石上さん……」
あの当時、3年生だった石上という女性。
当時もミステリアスな雰囲気を醸し出していたが、今も大して変わっていないもよう。
「あなた、占い師になったんですってね。今度、私も占ってくれる?」
「マジか、ユタ!?あの霊力を生かして、霊能者にでもなるんかと思っちょったが、占い師か!?」
「ま、まあ……」
「ユタの占いなら当たりそうやけんね!」
「ま、まだ修行中の身なもんで、占いはあまり当たらない……かな」
「……でも、かなりのスキルをお持ちのようですね。稲生君なら向いていると思いますよ」
俯いていた顔を少し上げ、微笑を浮かべたのは3年生の荒川。
陰気そうな感じだったが、ジワジワ来る怖い話をしていたような気がする。
「あっ、私も占ってくれる!?あの時も私、占いの話をしたもんね!」
大きく手を挙げて身を乗り出してきたのは、福田という女性。
こちらはたった1人、1年生で参加した。
彼女の話を6話目にしたものの、結局7人目は現れず、宿直の教師がやってきて、こっ酷く怒られて下校させられてしまった。
今でもあの先生はいるのだろうか。
名前は何て言ったっけなぁ……と稲生が首を傾げていると、部室のドアがノックされた。
「おっ、坂下がやってきたか?」
大河内がドアを見てそう呟く。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、全く見覚えの無い顔だった。
しかも、この高校の夏制服を着ている。
現役の新聞部員だろうか。
でも、誰かに似ているような……?
彼は緊張した面持ちで稲生達、OB達に向かって言った。
「皆さん、初めまして。僕は新聞部の者で、1年生の坂下蓮と言います。今回は兄に代理を頼まれて、やってきました」
「おおっ、キミ!あの坂下君の弟君か。通りで似ていると思ったよ」
太田がフレンドリーな様子で、坂下蓮の所にやってきた。
「キミはいいお兄さんを持ってるよ。僕はお兄さんの親友で、太田友治っていうんだ。よろしくね」
そう言って、無理やり坂下蓮の手を取って固く握手をかわす。
「は、はい。よろしくお願いします」
当然ながら、坂下蓮は困惑していた。
「太田ァ、ええ加減、初対面のモンにキモい挨拶すんのやめときや」
大河内が呆れたように言った。
「昔も坂下に似たようなことして、キモがられたけんねー」
「ヒドいなぁ。僕は友達想いなんだよ。第一印象が肝心じゃないか」
「ま、坂下2号、こういうヤツやけん、あんま気にせんといてな」
「は、はあ……」
稲生は、
(いきなり坂下2号というあだ名を付ける大河内君もどうかと……)
そこで稲生は肝心なことを思い出した。
「坂下君……キミのお兄さん、何かあったの?そういえば同窓会にも来てなかったみたいだけど……」
「兄は仕事が忙しくて、とても抜けられなかったんです。そこで、僕に代理を頼んできて……。兄は本当の新聞記者になりましたから」
「なるほど……」
「この会合の進め方は分かってるかい?」
荒川が言った。
「はい。兄から一通り聞いています。僕が主催者となって、皆さんから1話ずつ話を聞いて行くんですよね?」
稲生は大きく頷いた。
「そんなところだよ。そしてあの時、順番は坂下君が指定していったから、今回もキミがお兄さんの通り、決めてくれないかな?皆さんもそれでいいですよね?」
「そやな。こうなったら、とことん昔を思い出す会合にしたるけん」
「僕もそれでいいよ。懐かしいなぁ……」
「……あえて変える必要は無いと思いますね」
「私も蓮君のお手並みを拝見したいと思うから、あの時と比べさせてもらいましょう」
「私も賛成!」
「分かりました。じゃあ、そうさせてもらいます。えっと……じゃあ、1話目の方は……」
坂下蓮は大きく深呼吸をして、稲生を含む語り部達を見回した。
坂下2号……もとい、蓮は誰をトップバッターに指名するのだろうか。
そして、この中にイリーナ達が警戒する魔女の話をする者が本当にいるのだろうか。
稲生は坂下蓮とはまた違う緊張感に襲われていた。
稲生と大河内は、集合時間である16時に現校舎の1階にある新聞部の部室に向かった。
「あの時も、こんな感じだったな」
「うん」
窓の外には、今にも降り出しそうなどんよりとした雲が空を覆っている。
あの時、稲生は新聞部の副部長に呼び出され、新聞部で納涼怪談特集をやるから、怖い話を坂下に教えてやってくれと頼まれた。
既に稲生が妖狐の威吹を連れて登下校していたことは噂になっていたから、稲生が相当な強い霊感の持ち主だと見込まれたのだ。
実際稲生は、たまたまであるが、卒業した顕正会員とそれを取り巻く人々に関する不幸な話を知っていたのでそれを話したのだが……。
どうも当時の副部長は、どっちかというと威吹との話を聞かせてやって欲しかったらしい。
「お前、あの時と同じように顕正会の話をするつもりか?」
「ううん。もっと別の話をするよ」
「そうか。俺もあの時はバンドに関する怖い話をしてみたけど、ありゃ確かに、学校の怪談とはあんま関係無かった話だったもんな。今度はちゃんと学校のヤツに起きた怖い話を用意してきたよ」
「そ、そう?」
きっと、その語り部達の中に、魔女に関する話をする者がいるのだろう。
一見して、学校の怪談とは何の関係も無さそうに見えるのだが……。
「ここだ、ここ。……うん、あの時と変わらんなぁ……」
新聞部の部室の前に到着する。
今日ここで語り部達の同窓会を行うということは、既に今の新聞部員に伝えてある。
他らなぬ、OBの頼みとあっては断り切れないということもあって、今日だけ新聞部の部室を16時から借りることを許されたという。
OBといっても、5〜6年前の卒業生だ。
そんなに昔というわけでもない。
「そうだね。じゃ、入るよ」
稲生が部室のドアノブを回し、ドアを開けた。
「やあ、稲生君に大河内君!」
部室に入ると、既に何人かの見覚えのある顔がそこにあった。
真っ先ににこやかな顔で立ち上がったのは、肥満体が特徴の男。
電車のバケットシートに座ると、明らかにお尻がはみ出すであろう男だ。
「太田さん!お久しぶりです!」
「よぉ。何年経ってもデカい体やなぁ」
この会合が行われた当時、3年生だった太田である。
あの会合では、やはり怪奇現象をより多く経験している3年生からの参加が多かったように思える。
「あーっ、ヒドいな、大河内君。こう見えても、社会に出てから鍛えられて、2キロも痩せたんだよ?123キロだ」
「……それでも時速に直したら、即行スピード違反で捕まる数字やけん」
大河内はそう言って、テーブルを囲む折り畳みの椅子に座った。
あの時は無機質なパイプ椅子だったのだが、今ではモケットの布が被せられた新しい椅子に変わっている。
確か大河内が座ったのも、あの時と同じ位置ではなかったか。
「ほら、ユタ。お前の席はここやけん。皆、昔と同じ位置に座っちょるけんね」
大河内はそう言って、自分の隣の席を指さした。
「う、うん……」
稲生が指定された席に座ると、向かいに座る女性がニヤッと笑った。
「……お久しぶりね、稲生君?」
「石上さん……」
あの当時、3年生だった石上という女性。
当時もミステリアスな雰囲気を醸し出していたが、今も大して変わっていないもよう。
「あなた、占い師になったんですってね。今度、私も占ってくれる?」
「マジか、ユタ!?あの霊力を生かして、霊能者にでもなるんかと思っちょったが、占い師か!?」
「ま、まあ……」
「ユタの占いなら当たりそうやけんね!」
「ま、まだ修行中の身なもんで、占いはあまり当たらない……かな」
「……でも、かなりのスキルをお持ちのようですね。稲生君なら向いていると思いますよ」
俯いていた顔を少し上げ、微笑を浮かべたのは3年生の荒川。
陰気そうな感じだったが、ジワジワ来る怖い話をしていたような気がする。
「あっ、私も占ってくれる!?あの時も私、占いの話をしたもんね!」
大きく手を挙げて身を乗り出してきたのは、福田という女性。
こちらはたった1人、1年生で参加した。
彼女の話を6話目にしたものの、結局7人目は現れず、宿直の教師がやってきて、こっ酷く怒られて下校させられてしまった。
今でもあの先生はいるのだろうか。
名前は何て言ったっけなぁ……と稲生が首を傾げていると、部室のドアがノックされた。
「おっ、坂下がやってきたか?」
大河内がドアを見てそう呟く。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、全く見覚えの無い顔だった。
しかも、この高校の夏制服を着ている。
現役の新聞部員だろうか。
でも、誰かに似ているような……?
彼は緊張した面持ちで稲生達、OB達に向かって言った。
「皆さん、初めまして。僕は新聞部の者で、1年生の坂下蓮と言います。今回は兄に代理を頼まれて、やってきました」
「おおっ、キミ!あの坂下君の弟君か。通りで似ていると思ったよ」
太田がフレンドリーな様子で、坂下蓮の所にやってきた。
「キミはいいお兄さんを持ってるよ。僕はお兄さんの親友で、太田友治っていうんだ。よろしくね」
そう言って、無理やり坂下蓮の手を取って固く握手をかわす。
「は、はい。よろしくお願いします」
当然ながら、坂下蓮は困惑していた。
「太田ァ、ええ加減、初対面のモンにキモい挨拶すんのやめときや」
大河内が呆れたように言った。
「昔も坂下に似たようなことして、キモがられたけんねー」
「ヒドいなぁ。僕は友達想いなんだよ。第一印象が肝心じゃないか」
「ま、坂下2号、こういうヤツやけん、あんま気にせんといてな」
「は、はあ……」
稲生は、
(いきなり坂下2号というあだ名を付ける大河内君もどうかと……)
そこで稲生は肝心なことを思い出した。
「坂下君……キミのお兄さん、何かあったの?そういえば同窓会にも来てなかったみたいだけど……」
「兄は仕事が忙しくて、とても抜けられなかったんです。そこで、僕に代理を頼んできて……。兄は本当の新聞記者になりましたから」
「なるほど……」
「この会合の進め方は分かってるかい?」
荒川が言った。
「はい。兄から一通り聞いています。僕が主催者となって、皆さんから1話ずつ話を聞いて行くんですよね?」
稲生は大きく頷いた。
「そんなところだよ。そしてあの時、順番は坂下君が指定していったから、今回もキミがお兄さんの通り、決めてくれないかな?皆さんもそれでいいですよね?」
「そやな。こうなったら、とことん昔を思い出す会合にしたるけん」
「僕もそれでいいよ。懐かしいなぁ……」
「……あえて変える必要は無いと思いますね」
「私も蓮君のお手並みを拝見したいと思うから、あの時と比べさせてもらいましょう」
「私も賛成!」
「分かりました。じゃあ、そうさせてもらいます。えっと……じゃあ、1話目の方は……」
坂下蓮は大きく深呼吸をして、稲生を含む語り部達を見回した。
坂下2号……もとい、蓮は誰をトップバッターに指名するのだろうか。
そして、この中にイリーナ達が警戒する魔女の話をする者が本当にいるのだろうか。
稲生は坂下蓮とはまた違う緊張感に襲われていた。