[7月24日08:00.天候:晴 稲生家]
「何だって!?それはユウタには無理だ!」
稲生の家で朝食を取っていたマリアは、稲生から大それた提案を聞いて、危うくテーブルの上の紅茶をこぼしそうになった。
「昨夜、魔道書を読んでいて、見つけたんです。正に、打ってつけの魔法が」
それは簡単に言えば、山家麻友の遺体が埋まっている鉄筋コンクリート造りのビルの土台から、遺体だけを取り出す魔法である。
「確かに、“物質転換”の魔法を使えば簡単だろう。だけど、あれは私でもできない。何故、師匠がやってくれないのかも分かるだろう?それほどまでに難しい魔法なんだ」
「……でも、他に方法が無いじゃないですか。仮にも、2番目に僕が好きになったコです。今はマリアさんが好きですけど、せめて遺体を取り出してあげたいですよ」
「だから、無理だって!師匠からも、何か言ってください!」
イリーナはズズズと紅茶を啜った。
「……まあ、ユウタ君がどうしてもって言うのなら止めないけどねぇ……」
「先生」
「師匠、また丸投げですか!いい加減……うっ!?」
イリーナは片目を半開きに開けて、マリアを見据えた。
それだけで威圧感があり、マリアは黙ってしまう。
「やってみてから後悔するという方法もあるよ。ビルのオーナーには、私から話をしといてあげる」
「先生、ありがとうございます!」
「オーナーに話をするって、そう都合良く……」
「やっぱり怨念が強いと、怪奇現象が起こりやすいものだねぇ……。あのビル、怪奇現象が多発するものだから、テナントが殆ど出て行ってしまったらしいよ」
「えっ?」
「最後にはいかがわしい事務所が入居したみたいだけど、関係者が謎の死を遂げているってことで、暴力団ですら事務所として入りたくないビルだって」
イリーナは水晶球を置いた。
数年前の新聞の記事が出て来たが、闇金融の事務所が入っていた頃は債務者による連続殺傷事件が発生して、社長が事務所内で滅多刺しされて死亡。
その後で入って来たヤクザ事務所でも、対立組織の鉄砲玉によって、組長が頭を撃ち抜かれ死亡。
それ以来、そのビルは廃墟同然だという。
「まだ5〜6年だっけ?築年数それだけで廃ビルだなんてねぇ……。アタシがオーナーにちょいと脅しを掛ければ、除霊費用くらいすんなり出すでしょう」
イリーナは両目とも薄目状態にして、ニヤリと笑った。
「……魔道師さんの商売も大変ですなぁ……」
稲生は呆れた。
[同日10:00.天候:晴 JR大宮駅6番線ホーム→高崎線836M電車]
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の6番線の列車は10時3分発、普通、上野行きです。この列車は、4つドア、15両です。グリーン車が付いております。……〕
「『先にオーナーに話をつけておくから、あなた達はゆっくり来て』なんて、先生は言ってたけども……」
「そこは師匠に任せるしかないな。私も手伝うから、とにかくやろう」
「はい」
〔まもなく6番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は4つドア、15両です。グリーン車が付いております。……〕
「ユウタはビルの場所を知ってたのか?」
「ええ。先生に教えてもらいました。……うっ!?」
するとマリア、手持ちの杖で稲生の背中を押そうとする。
「ちょ、ちょっと!?マリアさん!?」
「……前々から知っていたんだろう?」
グイグイと背中を押す。
このままでは、ホームから落ちてしまう。
「すす、すいません!実は幽霊となったあのコから聞きました!」
「そんな話はしてなかったぞ?」
「すいません!マリアさんが不快になるとマズいと思って……!」
「……!」
目の前を電車が通過していく。
黄色い線の上を踏んでいた稲生の手前で、電子音よりもっと激しい空気笛を鳴らしたE233系だった。
「猫のお墓の手入れをしていたら、麻友さんの幽霊が現れて、真相を話してくれたんです。最初は信じられませんでしたが、先生が場所を占い当てたことで確信しました」
「……他にも話してもらうよ。でなきゃ手伝わない」
「わ、分かりました」
それどころか、やっと電車に乗れても、走行中の電車から無理やり降ろされそうな気がした。
[同日10:30.天候:晴 JR上野駅→台東区内のとあるビル]
〔まもなく終点、上野、上野。お出口は、右側です。新幹線、山手線、京浜東北線、常磐線、京成線、地下鉄銀座線と地下鉄日比谷線はお乗り換えです。……〕
〔「低いホームの13番線に入ります。お出口は右側です。お降りの際、ホームと電車の間が広く空いております。13号車から15号車付近は、特に広くなっております。ご注意ください。……」〕
「……まあ、だいたい事情は分かった」
「すいません、黙ってて。でも、仮にもマリアさんの前に好きになった人です。遺体があのままなんて、やっぱり居たたまれなくて……」
「私もこのままユウタが未練を残すのは嫌だ。さっさと成仏させてしまおう」
電車はゆっくりと、低いホームに入る。
かつては寝台特急“北斗星”が発着していたホームである。
〔うえの〜、上野〜。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕
稲生達は他の乗客達に混じって電車を降りた。
「師匠はゆっくりでいいと言ったが……」
「のんびりするのもどうかと思うので、このまま行きましょう」
「そうだな」
現場のビルは、学校とは反対方向にあった。
10階建ての雑居ビルである。
エレベーターはあるが、幽霊が出る為に、夜間の使用が禁止になるほどの異例過ぎる事態になっていたようだ。
「こ、これは……!?」
「禍々しい霊気を感じる……!」
マリアが全身の毛が逆立つほどの感覚を受け、稲生も体が震えるほどだった。
「学校の旧校舎以上だ……」
「師匠はどこにいるんだ?」
ビルの1階入口に行こうとすると、鍵が掛かっていた。
「あのー……」
「はい?」
そこへ現れたのは、70歳くらいの老人。
作業服を着ており、胸の所にはビル管理会社の名前が刺繍してあった。
「あなたが稲生さんですか?」
「あ、はい。そうですけど……」
「私はオーナーから鍵を預かっている者です。これを持って行ってください」
「ありがとうございます」
稲生は管理人から鍵を受け取った。
「噂を聞きつけてやってきたんだと思いますけど、これまで多くの霊能者を自称する人達が逃げ帰っている所ですから、ここは……」
「そうですか」
稲生は正面入口の鍵を開けた。
「それじゃマリアさん、行きましょう」
「ああ」
2人は昼間でも薄暗いビルの中へと入って行った。
「何だって!?それはユウタには無理だ!」
稲生の家で朝食を取っていたマリアは、稲生から大それた提案を聞いて、危うくテーブルの上の紅茶をこぼしそうになった。
「昨夜、魔道書を読んでいて、見つけたんです。正に、打ってつけの魔法が」
それは簡単に言えば、山家麻友の遺体が埋まっている鉄筋コンクリート造りのビルの土台から、遺体だけを取り出す魔法である。
「確かに、“物質転換”の魔法を使えば簡単だろう。だけど、あれは私でもできない。何故、師匠がやってくれないのかも分かるだろう?それほどまでに難しい魔法なんだ」
「……でも、他に方法が無いじゃないですか。仮にも、2番目に僕が好きになったコです。今はマリアさんが好きですけど、せめて遺体を取り出してあげたいですよ」
「だから、無理だって!師匠からも、何か言ってください!」
イリーナはズズズと紅茶を啜った。
「……まあ、ユウタ君がどうしてもって言うのなら止めないけどねぇ……」
「先生」
「師匠、また丸投げですか!いい加減……うっ!?」
イリーナは片目を半開きに開けて、マリアを見据えた。
それだけで威圧感があり、マリアは黙ってしまう。
「やってみてから後悔するという方法もあるよ。ビルのオーナーには、私から話をしといてあげる」
「先生、ありがとうございます!」
「オーナーに話をするって、そう都合良く……」
「やっぱり怨念が強いと、怪奇現象が起こりやすいものだねぇ……。あのビル、怪奇現象が多発するものだから、テナントが殆ど出て行ってしまったらしいよ」
「えっ?」
「最後にはいかがわしい事務所が入居したみたいだけど、関係者が謎の死を遂げているってことで、暴力団ですら事務所として入りたくないビルだって」
イリーナは水晶球を置いた。
数年前の新聞の記事が出て来たが、闇金融の事務所が入っていた頃は債務者による連続殺傷事件が発生して、社長が事務所内で滅多刺しされて死亡。
その後で入って来たヤクザ事務所でも、対立組織の鉄砲玉によって、組長が頭を撃ち抜かれ死亡。
それ以来、そのビルは廃墟同然だという。
「まだ5〜6年だっけ?築年数それだけで廃ビルだなんてねぇ……。アタシがオーナーにちょいと脅しを掛ければ、除霊費用くらいすんなり出すでしょう」
イリーナは両目とも薄目状態にして、ニヤリと笑った。
「……魔道師さんの商売も大変ですなぁ……」
稲生は呆れた。
[同日10:00.天候:晴 JR大宮駅6番線ホーム→高崎線836M電車]
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の6番線の列車は10時3分発、普通、上野行きです。この列車は、4つドア、15両です。グリーン車が付いております。……〕
「『先にオーナーに話をつけておくから、あなた達はゆっくり来て』なんて、先生は言ってたけども……」
「そこは師匠に任せるしかないな。私も手伝うから、とにかくやろう」
「はい」
〔まもなく6番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は4つドア、15両です。グリーン車が付いております。……〕
「ユウタはビルの場所を知ってたのか?」
「ええ。先生に教えてもらいました。……うっ!?」
するとマリア、手持ちの杖で稲生の背中を押そうとする。
「ちょ、ちょっと!?マリアさん!?」
「……前々から知っていたんだろう?」
グイグイと背中を押す。
このままでは、ホームから落ちてしまう。
「すす、すいません!実は幽霊となったあのコから聞きました!」
「そんな話はしてなかったぞ?」
「すいません!マリアさんが不快になるとマズいと思って……!」
「……!」
目の前を電車が通過していく。
黄色い線の上を踏んでいた稲生の手前で、電子音よりもっと激しい空気笛を鳴らしたE233系だった。
「猫のお墓の手入れをしていたら、麻友さんの幽霊が現れて、真相を話してくれたんです。最初は信じられませんでしたが、先生が場所を占い当てたことで確信しました」
「……他にも話してもらうよ。でなきゃ手伝わない」
「わ、分かりました」
それどころか、やっと電車に乗れても、走行中の電車から無理やり降ろされそうな気がした。
[同日10:30.天候:晴 JR上野駅→台東区内のとあるビル]
〔まもなく終点、上野、上野。お出口は、右側です。新幹線、山手線、京浜東北線、常磐線、京成線、地下鉄銀座線と地下鉄日比谷線はお乗り換えです。……〕
〔「低いホームの13番線に入ります。お出口は右側です。お降りの際、ホームと電車の間が広く空いております。13号車から15号車付近は、特に広くなっております。ご注意ください。……」〕
「……まあ、だいたい事情は分かった」
「すいません、黙ってて。でも、仮にもマリアさんの前に好きになった人です。遺体があのままなんて、やっぱり居たたまれなくて……」
「私もこのままユウタが未練を残すのは嫌だ。さっさと成仏させてしまおう」
電車はゆっくりと、低いホームに入る。
かつては寝台特急“北斗星”が発着していたホームである。
〔うえの〜、上野〜。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕
稲生達は他の乗客達に混じって電車を降りた。
「師匠はゆっくりでいいと言ったが……」
「のんびりするのもどうかと思うので、このまま行きましょう」
「そうだな」
現場のビルは、学校とは反対方向にあった。
10階建ての雑居ビルである。
エレベーターはあるが、幽霊が出る為に、夜間の使用が禁止になるほどの異例過ぎる事態になっていたようだ。
「こ、これは……!?」
「禍々しい霊気を感じる……!」
マリアが全身の毛が逆立つほどの感覚を受け、稲生も体が震えるほどだった。
「学校の旧校舎以上だ……」
「師匠はどこにいるんだ?」
ビルの1階入口に行こうとすると、鍵が掛かっていた。
「あのー……」
「はい?」
そこへ現れたのは、70歳くらいの老人。
作業服を着ており、胸の所にはビル管理会社の名前が刺繍してあった。
「あなたが稲生さんですか?」
「あ、はい。そうですけど……」
「私はオーナーから鍵を預かっている者です。これを持って行ってください」
「ありがとうございます」
稲生は管理人から鍵を受け取った。
「噂を聞きつけてやってきたんだと思いますけど、これまで多くの霊能者を自称する人達が逃げ帰っている所ですから、ここは……」
「そうですか」
稲生は正面入口の鍵を開けた。
「それじゃマリアさん、行きましょう」
「ああ」
2人は昼間でも薄暗いビルの中へと入って行った。