[7月26日12:00.天候:曇 東京中央学園旧校舎(教育資料館)1F音楽室]
音楽室内には古いピアノと足踏み式のオルガンがある。
そのうち、ピアノがまるで自動演奏機能付きであるかのように、独りでに奏でていた。
「これは……どうしろというんでしょうか?」
稲生はマリアに聞いた。
因みに流れている曲は、聴いたこともない曲だ。
しかも、どうやら主旋律を弾いているわけでもない。
「あのオルガンで主旋律を弾けって話じゃ?」
と、稲生はふと思った。
この音楽室には古いピアノ以外に、同じく埃被ったオルガンしか置いていない。
しかも稲生の言葉に反応するかのように、オルガンの鍵盤の蓋が勝手に開いた。
「でも一体、何を弾けと?弾くにしても、曲が分からないようでは何もできないよ?」
マリアは肩を竦めた。
「誰かこの曲、聴いたことある?」
ナディアが稲生達に質問したが、誰も知らない。
「しょうがない。どこか、別の所を探してみよう。そこにあるかもしれない」
「そうだね」
といっても、一体どこを探せば良いのやら……。
体育教師の黒田に連れて行かれた、あの新しい壁か?
それとも“トイレの花子さん”の舞台の始まりとなった教室か?
「ん?」
その時、ふと稲生は思い出した。
その“花子さん”のことだ。
新聞部のアーカイブを見た時、名前は出ていなかったが、その“花子さん”の正体である自殺者は吹奏楽部だったらしい。
ところで、どうして3階の女子トイレに出るのかというと、そこで“花子さん”が自殺したからである。
自分の首をカッターで何度も切りつけて……。
「ちょっと、もう1度あのトイレを調べてみましょう」
稲生達は3階へ上がった。
そして、例の女子トイレに向かう。
「確か、奥から2番目だ」
稲生がドアを開けると、そこには……。
「あった!楽譜!」
便器の横に、血染めの楽譜が置かれていた。
「これで主旋律が分かるはずです」
稲生はそれを拾う。
再び音楽室に戻ると、ピアノはまだ演奏を続けていた。
「オルガンなら私が弾けます」
と、ナディア。
「それは助かります」
稲生はナディアに楽譜を渡した。
ナディアはオルガンの前に座り、楽譜を鍵盤の上に置く。
すると、それが合図であるかのようにピアノの音色が止まった。
そして……。
「何だか、重々しい曲なんだな……」
さっきのピアノは相変わらず副旋律を奏でているだけだが、オルガンが主旋律を奏でることにより、ちゃんとした曲になっていた。
それが弾き終わると、カチッと鍵の外れる音がして、ギィィィィと音楽室の隣のドアが勝手に開いた。
音楽準備室だろう。
「あそこだ!」
3人の魔道師が音楽準備室に飛び込むと、そこにいたのは……。
「ジェニファー!」
「大丈夫ですか!?」
倒れているジェニファーの姿があった。
「うう……」
「良かった!生きてる!」
「待って!今、回復魔法を……」
「大丈夫か?何があった?」
「ちょっと……シクったわ……。あっちの建物のピアノを調べていたら、『食われ』ちゃってね。気が付いたら、このザマよ」
「この学校の怪談話の主達は、ちょっとやそっとではいかないようです。確かに魔道師が、その一部を担っている部分もあるんですが……」
「とにかく、あとはここを脱出するだけだ」
[7月26日13:00.天候:晴 京成上野駅]
稲生達はナディアを待ち合わせ場所の京成上野駅まで送った。
ジェニファーは学校の外に出ると、ホウキに跨って日本における拠点に戻ると言って飛び去った。
「遅かったな……」
待ち合わせ場所の改札口近くには、稲生悟郎が待っていた。
「悟郎兄さん」
「俺もウラジオストクに行くよ。ナディアの親族に挨拶してこなきゃな」
「ナディアも実家には家族が?」
「ダー。……はい」
自動翻訳魔法が切れていた。
「大丈夫なの?悟郎兄さん、ロシア語喋れないじゃないか」
「大丈夫。少しは勉強してきたし、翻訳機もある。ナディアが日本語ペラペラだしな」
(いや、それは素で日本語がペラペラなんじゃなく……)
〔「今度の特急、成田空港行きは1番線から13時15分の発車です。……」〕
「それじゃ、そろそろホームに行くよ。ナディア、これキップな」
「スパシーバ。……ありがとう」
「まあ、気をつけて。また日本に来る機会があったら、私の家に来るといい」
マリアはそう言った。
「ええ。よろしく。エレーナにもよろしく言っておいてください」
「ああ。『薪の値段については、一切の値引きはしない』ってな」
マリアはニヤッと笑った。
こうして、悟郎とナディアはコンコースの奥へと消えて行った。
[同日15:05.天候:晴 バスタ新宿]
新宿に移動した2人は信州の山奥へと帰る為、高速バスのターミナルへと向かった。
「やっと帰れる……」
稲生は荷物を荷物室に預け、バスに乗り込むとホッと一息ついた。
マリアが苦笑して、
「ユウタの家はこっちの方だろう?」
と言った。
「いや、何だか今はマリアさんの屋敷の方が落ち着きます。こっちに来る度、何か色々事件が起こって……」
「ああ、なるほど……」
バスの後ろの方の席に、隣り合って座る。
白馬行きのアルピコ交通バスは、全て4列シート(トイレ付き)で運転される。
定刻通りにバスが出発する。
〔「お待たせ致しました。本日もアルピコ交通をご利用頂き、ありがとうございます。このバスは中央高速バス、白馬行きでございます。これから先、中央道三鷹、中央道深大寺、中央道府中、中央道日野、中央道八王子、安曇野スイス村、安曇野穂高、安曇野松川、信濃大町駅前、白馬五竜、白馬町、終点白馬八方バスターミナルの順に止まります。……」〕
「イリーナ先生に連絡はしましたか?」
「ああ。既に師匠、私の屋敷にいるらしい。眠そうな声で、『慌てず、ゆっくり帰っておいで〜』だってさ」
「相変わらずですねぇ……」
稲生はニヤッと笑った。
「全く。弟子達が悪魔と戦っているというのに、暢気なグランドマスター(大魔道師)だ」
「帰ってから報告するのが大変ですよ。結局、大河内君も死んでしまったことだし……」
「申し訳無いが、それだけはどうしようもない。運が悪かったと思って、諦めてもらうしかない」
「はい……」
バスは強い西日が差す中、甲州街道に出ると、西へ向かった。
音楽室内には古いピアノと足踏み式のオルガンがある。
そのうち、ピアノがまるで自動演奏機能付きであるかのように、独りでに奏でていた。
「これは……どうしろというんでしょうか?」
稲生はマリアに聞いた。
因みに流れている曲は、聴いたこともない曲だ。
しかも、どうやら主旋律を弾いているわけでもない。
「あのオルガンで主旋律を弾けって話じゃ?」
と、稲生はふと思った。
この音楽室には古いピアノ以外に、同じく埃被ったオルガンしか置いていない。
しかも稲生の言葉に反応するかのように、オルガンの鍵盤の蓋が勝手に開いた。
「でも一体、何を弾けと?弾くにしても、曲が分からないようでは何もできないよ?」
マリアは肩を竦めた。
「誰かこの曲、聴いたことある?」
ナディアが稲生達に質問したが、誰も知らない。
「しょうがない。どこか、別の所を探してみよう。そこにあるかもしれない」
「そうだね」
といっても、一体どこを探せば良いのやら……。
体育教師の黒田に連れて行かれた、あの新しい壁か?
それとも“トイレの花子さん”の舞台の始まりとなった教室か?
「ん?」
その時、ふと稲生は思い出した。
その“花子さん”のことだ。
新聞部のアーカイブを見た時、名前は出ていなかったが、その“花子さん”の正体である自殺者は吹奏楽部だったらしい。
ところで、どうして3階の女子トイレに出るのかというと、そこで“花子さん”が自殺したからである。
自分の首をカッターで何度も切りつけて……。
「ちょっと、もう1度あのトイレを調べてみましょう」
稲生達は3階へ上がった。
そして、例の女子トイレに向かう。
「確か、奥から2番目だ」
稲生がドアを開けると、そこには……。
「あった!楽譜!」
便器の横に、血染めの楽譜が置かれていた。
「これで主旋律が分かるはずです」
稲生はそれを拾う。
再び音楽室に戻ると、ピアノはまだ演奏を続けていた。
「オルガンなら私が弾けます」
と、ナディア。
「それは助かります」
稲生はナディアに楽譜を渡した。
ナディアはオルガンの前に座り、楽譜を鍵盤の上に置く。
すると、それが合図であるかのようにピアノの音色が止まった。
そして……。
「何だか、重々しい曲なんだな……」
さっきのピアノは相変わらず副旋律を奏でているだけだが、オルガンが主旋律を奏でることにより、ちゃんとした曲になっていた。
それが弾き終わると、カチッと鍵の外れる音がして、ギィィィィと音楽室の隣のドアが勝手に開いた。
音楽準備室だろう。
「あそこだ!」
3人の魔道師が音楽準備室に飛び込むと、そこにいたのは……。
「ジェニファー!」
「大丈夫ですか!?」
倒れているジェニファーの姿があった。
「うう……」
「良かった!生きてる!」
「待って!今、回復魔法を……」
「大丈夫か?何があった?」
「ちょっと……シクったわ……。あっちの建物のピアノを調べていたら、『食われ』ちゃってね。気が付いたら、このザマよ」
「この学校の怪談話の主達は、ちょっとやそっとではいかないようです。確かに魔道師が、その一部を担っている部分もあるんですが……」
「とにかく、あとはここを脱出するだけだ」
[7月26日13:00.天候:晴 京成上野駅]
稲生達はナディアを待ち合わせ場所の京成上野駅まで送った。
ジェニファーは学校の外に出ると、ホウキに跨って日本における拠点に戻ると言って飛び去った。
「遅かったな……」
待ち合わせ場所の改札口近くには、稲生悟郎が待っていた。
「悟郎兄さん」
「俺もウラジオストクに行くよ。ナディアの親族に挨拶してこなきゃな」
「ナディアも実家には家族が?」
「ダー。……はい」
自動翻訳魔法が切れていた。
「大丈夫なの?悟郎兄さん、ロシア語喋れないじゃないか」
「大丈夫。少しは勉強してきたし、翻訳機もある。ナディアが日本語ペラペラだしな」
(いや、それは素で日本語がペラペラなんじゃなく……)
〔「今度の特急、成田空港行きは1番線から13時15分の発車です。……」〕
「それじゃ、そろそろホームに行くよ。ナディア、これキップな」
「スパシーバ。……ありがとう」
「まあ、気をつけて。また日本に来る機会があったら、私の家に来るといい」
マリアはそう言った。
「ええ。よろしく。エレーナにもよろしく言っておいてください」
「ああ。『薪の値段については、一切の値引きはしない』ってな」
マリアはニヤッと笑った。
こうして、悟郎とナディアはコンコースの奥へと消えて行った。
[同日15:05.天候:晴 バスタ新宿]
新宿に移動した2人は信州の山奥へと帰る為、高速バスのターミナルへと向かった。
「やっと帰れる……」
稲生は荷物を荷物室に預け、バスに乗り込むとホッと一息ついた。
マリアが苦笑して、
「ユウタの家はこっちの方だろう?」
と言った。
「いや、何だか今はマリアさんの屋敷の方が落ち着きます。こっちに来る度、何か色々事件が起こって……」
「ああ、なるほど……」
バスの後ろの方の席に、隣り合って座る。
白馬行きのアルピコ交通バスは、全て4列シート(トイレ付き)で運転される。
定刻通りにバスが出発する。
〔「お待たせ致しました。本日もアルピコ交通をご利用頂き、ありがとうございます。このバスは中央高速バス、白馬行きでございます。これから先、中央道三鷹、中央道深大寺、中央道府中、中央道日野、中央道八王子、安曇野スイス村、安曇野穂高、安曇野松川、信濃大町駅前、白馬五竜、白馬町、終点白馬八方バスターミナルの順に止まります。……」〕
「イリーナ先生に連絡はしましたか?」
「ああ。既に師匠、私の屋敷にいるらしい。眠そうな声で、『慌てず、ゆっくり帰っておいで〜』だってさ」
「相変わらずですねぇ……」
稲生はニヤッと笑った。
「全く。弟子達が悪魔と戦っているというのに、暢気なグランドマスター(大魔道師)だ」
「帰ってから報告するのが大変ですよ。結局、大河内君も死んでしまったことだし……」
「申し訳無いが、それだけはどうしようもない。運が悪かったと思って、諦めてもらうしかない」
「はい……」
バスは強い西日が差す中、甲州街道に出ると、西へ向かった。