[7月24日21:15〜21:23.天候:曇 JR上野駅14番線→高崎線3937M電車内]
〔「業務連絡、14番はSD終了です」〕
〔「14番SD終了、了解」〕
稲生とマリアは夕食を終えた後、帰宅する為に上野駅の“低いホーム”で電車を待っていた。
因みにJR上野駅の1番線から12番線までを“高いホーム”、13番線から17番線までを“低いホーム”と呼ぶ。
もちろん、それは位置関係による。
JR上野駅が小高い所にある為。
尚、新幹線ホームは地下にあるが、だからといって“もっと低いホーム”などと呼ばないように。
素直に新幹線ホームでよろしい。
〔「14番線、お待たせ致しました。まもなくドアが開きます。業務連絡14番、準備できましたらドア操作願います」〕
3打点チャイムの音が鳴ってドアが開く。
冷房の風の音が車内に響いているが、この時間帯は半自動ドアにはならない。
稲生とマリアは先頭車に乗り込むと、ドア横の2人席に座った。
〔この電車は高崎線、快速“アーバン”、高崎行きです。停車駅は赤羽、浦和、大宮、上尾、桶川、鴻巣、熊谷と熊谷から先の各駅です。グリーン車は4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください〕
「うん?」
その時、稲生が何か違和感を覚えたようだ。
「どうした?」
魔道書を開いているマリアが稲生を見る。
ハイボールを何杯か飲んだせいか、白人の白い顔が少し赤くなっている。
「E233系って、こんなに冷房効いたかな?何かちょっと寒い……」
半自動ドア機能は夜間は使われていない為、普通の通勤電車と同じく、全部のドアが全開である。
普通なら蒸し暑い空気が流れ込んでくるはずなのに、何故か稲生は冷気を感じたのである。
『霊気は冷気、妖気は陽気』
稲生はこの言葉を思い出した。
これは威吹が教えてくれたものである。
妖怪の気配を感じると、幽霊と同じく、背筋が寒くなるので冷気だと思われがちだが、稲生ほど霊力の強い人間になると、霊気の冷たさではない生暖かさを感じるという。
それで、上記の格言ができたわけだ。
稲生が今感じているのは、冷気だから……。
「あっ!」
隣の13番線に、しれっと古めかしい電車が入線してきた。
「80系だ!」
初代の湘南電車であるモハ80系だった。
だが、どういうわけだか、ホーム先端にいる撮り鉄達は何も興味を示さない。
そりゃそうだ。
本来、モハ80系が普通に走っているわけがない。
彼らには見えないのだ。
「もう冥鉄が運行を開始しているのか?夏場は早いな」
マリアもまた窓の外を見ながら言った。
古い電車だと方向幕がろくに付いていない場合もあり、このモハ80系が回送で入線してきたのか、それとも『乗客』を乗せて来たのか分からなかった。
「日本は8月がピークらしいな」
「お盆ですからねぇ……」
発車の時間になり、発車ベルが鳴り響く。
〔「14番線から高崎線、快速“アーバン”号、高崎行きが発車します。ベルが鳴り終わりますと、ドアが開きます。お近くのドアからご乗車ください」〕
〔14番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕
〔「後ろ、オーライ!14番線、ドアが閉まります。ご注意ください」〕
開扉時と同じドアチャイムが鳴ってドアが閉まる。
通勤電車のようにスルスルと加速していくわけではなく、まるで電気機関車牽引の客車列車のようにゆっくりと発車して、それからスーッと加速していった。
何ゆえ、中距離電車ではそのようにしているのかは分からない。
ただ、運転室内から、信号が切り換わる際に鳴る1打点ベルが聴こえてきて、それを合図とするかのように加速しだすことから、何か信号と関係があるのかもしれない。
尚、そのベルの音が勤行の際に鳴らす、家庭用の鈴(りん)にそっくりな音(チーン♪ってヤツ)なので、鈴と呼ぶ者もいる。
〔この電車は高崎線、快速“アーバン”、高崎行きです。停車駅は【中略】。グリーン車は、【中略】。次は、赤羽です〕
15両編成の電車はゆっくりと上野駅を出ると、坂を登る。
「あっ!」
鶯谷駅の横辺りに来るとようやく加速を始めるのだが、その時、常磐線の方に焦げ茶色の電車を見た。
「モハ40系かな?」
「……さすがにちょっと多いな。冥鉄で何かあったかな?」
「えっ?」
稲生が数えてみると、そのモハ40系と思しき焦げ茶色の電車は6両編成であった。
ポロロローン♪ポロロローン♪
「!?」
その時、乗降ドアの上にあるLED案内表示器から、運行情報に関するチャイムが流れて来た。
『常磐線(快速)運転見合わせ』
とあって、
『常磐線快速電車は三河島駅での信号機トラブルの影響により、上下線で運転を見合わせています。他社線への振替乗車を実施しています』
とあった。
それを見た稲生は、
(三河島駅……モハ40系6両編成……)
で、何かを連想した。
「三河島事故……!」
「は?」
「今の電車……三河島事故の幽霊電車じゃ?」
徐行運転していたせいなのか、稲生達が乗っている正規の高崎線電車はさっさと追い越して行ってしまった。
「夏の夜は、結構怖いものですね」
「まあ、普通の人間には見えないけどね」
マリアは微笑を浮かべるだけだった。
[同日21:48.天候:曇 JR大宮駅8番線→大宮駅東口]
その後、高崎線内では特に冥鉄の幽霊電車を見ることはなく、大宮駅に近づいた。
上尾事件で破壊された165系の幽霊でも出て来るかなと思ったが、そんなことは無かった。
事故や災害で壊れた電車のみが、冥鉄に引き取られることになるようだ。
その為……冥鉄には、やたら真新しいJR西日本の207系やJR東日本の205系やE721系もいるらしい。
それにしても乗務員が乗客からの抗議に際し、電車を放棄して逃げ出すとは、昔の国鉄職員は職業意識が現在のJR社員よりも希薄だったらしい。
宇都宮線と違い、本線扱いの高崎線電車はポイントを渡らず、そのまま真っ直ぐの8番線に入線する。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮ぁ、大宮です。8番線は高崎線快速電車、高崎行きです。次は、上尾に止まります」〕
ドアが開いて電車を降りる乗客達。
稲生達もそれに続いた。
こちらの下りホームの運転事務室も、暴動発生時は暴徒と化した乗客達に占拠されたという。
今では信じられない話であるが。
鉄道博物館では鉄道の輝かしい歴史ばかりを紹介しているが、黒歴史たる大事故や国鉄末期の労働闘争についても紹介してはいかが?
そうそう。
その鉄道博物館に展示されているD51なのだが、テンダー部分(煙突の横にある鉄板部分)が労組員にアジテーションを落書きされ、それを消した跡が残っているそうだ。
「ちょっと時間も遅いので、タクシーで帰りましょう」
「分かった」
改札口を出て駅の外へ向かう。
ちょっとした列ができていたが、タクシープールにはタクシーが沢山止まっていて、どんどん先へ進んでいる。
たまたま利用者が集中しただけだろう。
すぐに順番が回って来て、タクシーに乗ることができた。
稲生は運転手に行き先を告げ、すぐにタクシーが出発する。
ロータリーをぐるっと回って出る形になり、途中、東武バスのバス停の横を通過する形になる。
宮原駅東口行きと上尾駅東口行きがあるのだが、これは上尾事件発生時に運転された臨時代行バスを路線化したものだとされる。
但し、当時と経路は違う為、そのまま路線化されたものではないだろう。
「あれ!?」
タクシーがロータリーを出て、旧中山道との交差点(スクランブル交差点)で信号待ちした。
その際、旧中山道の上尾方面から駅方面に右折してきたバスがいた。
一般の路線バスであったが、モノコック構造の古めかしい車体であった。
リベットの目立つ車体に書かれていた会社名には、こう書かれていた。
『冥界鉄道公社自動車部(冥鉄バス)』
と。
「バスまで出動か。何かあるな、これ」
「そうだな……」
この時は結局分からずじまいで帰宅することになった。
夏場になると熱中症や水の事故での死亡者が多発するので、それ絡みかなと思われたのだが……。
〔「業務連絡、14番はSD終了です」〕
〔「14番SD終了、了解」〕
稲生とマリアは夕食を終えた後、帰宅する為に上野駅の“低いホーム”で電車を待っていた。
因みにJR上野駅の1番線から12番線までを“高いホーム”、13番線から17番線までを“低いホーム”と呼ぶ。
もちろん、それは位置関係による。
JR上野駅が小高い所にある為。
尚、新幹線ホームは地下にあるが、だからといって“もっと低いホーム”などと呼ばないように。
素直に新幹線ホームでよろしい。
〔「14番線、お待たせ致しました。まもなくドアが開きます。業務連絡14番、準備できましたらドア操作願います」〕
3打点チャイムの音が鳴ってドアが開く。
冷房の風の音が車内に響いているが、この時間帯は半自動ドアにはならない。
稲生とマリアは先頭車に乗り込むと、ドア横の2人席に座った。
〔この電車は高崎線、快速“アーバン”、高崎行きです。停車駅は赤羽、浦和、大宮、上尾、桶川、鴻巣、熊谷と熊谷から先の各駅です。グリーン車は4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください〕
「うん?」
その時、稲生が何か違和感を覚えたようだ。
「どうした?」
魔道書を開いているマリアが稲生を見る。
ハイボールを何杯か飲んだせいか、白人の白い顔が少し赤くなっている。
「E233系って、こんなに冷房効いたかな?何かちょっと寒い……」
半自動ドア機能は夜間は使われていない為、普通の通勤電車と同じく、全部のドアが全開である。
普通なら蒸し暑い空気が流れ込んでくるはずなのに、何故か稲生は冷気を感じたのである。
『霊気は冷気、妖気は陽気』
稲生はこの言葉を思い出した。
これは威吹が教えてくれたものである。
妖怪の気配を感じると、幽霊と同じく、背筋が寒くなるので冷気だと思われがちだが、稲生ほど霊力の強い人間になると、霊気の冷たさではない生暖かさを感じるという。
それで、上記の格言ができたわけだ。
稲生が今感じているのは、冷気だから……。
「あっ!」
隣の13番線に、しれっと古めかしい電車が入線してきた。
「80系だ!」
初代の湘南電車であるモハ80系だった。
だが、どういうわけだか、ホーム先端にいる撮り鉄達は何も興味を示さない。
そりゃそうだ。
本来、モハ80系が普通に走っているわけがない。
彼らには見えないのだ。
「もう冥鉄が運行を開始しているのか?夏場は早いな」
マリアもまた窓の外を見ながら言った。
古い電車だと方向幕がろくに付いていない場合もあり、このモハ80系が回送で入線してきたのか、それとも『乗客』を乗せて来たのか分からなかった。
「日本は8月がピークらしいな」
「お盆ですからねぇ……」
発車の時間になり、発車ベルが鳴り響く。
〔「14番線から高崎線、快速“アーバン”号、高崎行きが発車します。ベルが鳴り終わりますと、ドアが開きます。お近くのドアからご乗車ください」〕
〔14番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕
〔「後ろ、オーライ!14番線、ドアが閉まります。ご注意ください」〕
開扉時と同じドアチャイムが鳴ってドアが閉まる。
通勤電車のようにスルスルと加速していくわけではなく、まるで電気機関車牽引の客車列車のようにゆっくりと発車して、それからスーッと加速していった。
何ゆえ、中距離電車ではそのようにしているのかは分からない。
ただ、運転室内から、信号が切り換わる際に鳴る1打点ベルが聴こえてきて、それを合図とするかのように加速しだすことから、何か信号と関係があるのかもしれない。
尚、そのベルの音が勤行の際に鳴らす、家庭用の鈴(りん)にそっくりな音(チーン♪ってヤツ)なので、鈴と呼ぶ者もいる。
〔この電車は高崎線、快速“アーバン”、高崎行きです。停車駅は【中略】。グリーン車は、【中略】。次は、赤羽です〕
15両編成の電車はゆっくりと上野駅を出ると、坂を登る。
「あっ!」
鶯谷駅の横辺りに来るとようやく加速を始めるのだが、その時、常磐線の方に焦げ茶色の電車を見た。
「モハ40系かな?」
「……さすがにちょっと多いな。冥鉄で何かあったかな?」
「えっ?」
稲生が数えてみると、そのモハ40系と思しき焦げ茶色の電車は6両編成であった。
ポロロローン♪ポロロローン♪
「!?」
その時、乗降ドアの上にあるLED案内表示器から、運行情報に関するチャイムが流れて来た。
『常磐線(快速)運転見合わせ』
とあって、
『常磐線快速電車は三河島駅での信号機トラブルの影響により、上下線で運転を見合わせています。他社線への振替乗車を実施しています』
とあった。
それを見た稲生は、
(三河島駅……モハ40系6両編成……)
で、何かを連想した。
「三河島事故……!」
「は?」
「今の電車……三河島事故の幽霊電車じゃ?」
徐行運転していたせいなのか、稲生達が乗っている正規の高崎線電車はさっさと追い越して行ってしまった。
「夏の夜は、結構怖いものですね」
「まあ、普通の人間には見えないけどね」
マリアは微笑を浮かべるだけだった。
[同日21:48.天候:曇 JR大宮駅8番線→大宮駅東口]
その後、高崎線内では特に冥鉄の幽霊電車を見ることはなく、大宮駅に近づいた。
上尾事件で破壊された165系の幽霊でも出て来るかなと思ったが、そんなことは無かった。
事故や災害で壊れた電車のみが、冥鉄に引き取られることになるようだ。
その為……冥鉄には、やたら真新しいJR西日本の207系やJR東日本の205系やE721系もいるらしい。
それにしても乗務員が乗客からの抗議に際し、電車を放棄して逃げ出すとは、昔の国鉄職員は職業意識が現在のJR社員よりも希薄だったらしい。
宇都宮線と違い、本線扱いの高崎線電車はポイントを渡らず、そのまま真っ直ぐの8番線に入線する。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮ぁ、大宮です。8番線は高崎線快速電車、高崎行きです。次は、上尾に止まります」〕
ドアが開いて電車を降りる乗客達。
稲生達もそれに続いた。
こちらの下りホームの運転事務室も、暴動発生時は暴徒と化した乗客達に占拠されたという。
今では信じられない話であるが。
鉄道博物館では鉄道の輝かしい歴史ばかりを紹介しているが、黒歴史たる大事故や国鉄末期の労働闘争についても紹介してはいかが?
そうそう。
その鉄道博物館に展示されているD51なのだが、テンダー部分(煙突の横にある鉄板部分)が労組員にアジテーションを落書きされ、それを消した跡が残っているそうだ。
「ちょっと時間も遅いので、タクシーで帰りましょう」
「分かった」
改札口を出て駅の外へ向かう。
ちょっとした列ができていたが、タクシープールにはタクシーが沢山止まっていて、どんどん先へ進んでいる。
たまたま利用者が集中しただけだろう。
すぐに順番が回って来て、タクシーに乗ることができた。
稲生は運転手に行き先を告げ、すぐにタクシーが出発する。
ロータリーをぐるっと回って出る形になり、途中、東武バスのバス停の横を通過する形になる。
宮原駅東口行きと上尾駅東口行きがあるのだが、これは上尾事件発生時に運転された臨時代行バスを路線化したものだとされる。
但し、当時と経路は違う為、そのまま路線化されたものではないだろう。
「あれ!?」
タクシーがロータリーを出て、旧中山道との交差点(スクランブル交差点)で信号待ちした。
その際、旧中山道の上尾方面から駅方面に右折してきたバスがいた。
一般の路線バスであったが、モノコック構造の古めかしい車体であった。
リベットの目立つ車体に書かれていた会社名には、こう書かれていた。
『冥界鉄道公社自動車部(冥鉄バス)』
と。
「バスまで出動か。何かあるな、これ」
「そうだな……」
この時は結局分からずじまいで帰宅することになった。
夏場になると熱中症や水の事故での死亡者が多発するので、それ絡みかなと思われたのだが……。