[7月25日20:12.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]
稲生家の玄関前に1台のタクシーが止まる。
父親の宗一郎ではない。
彼は今日から出張で数日間は家にいない。
稲生とマリアは既に家にいる。
ということは……。
「あら?ゴローちゃんが来たのね?」
と、稲生の母親が言った。
「この時間か……。ディズニーランド、閉園までいなかったんだな」
稲生も頷いた。
タクシーのトランクから荷物を降ろして、家の門を潜る1人の男。
稲生をもう少し大人びた感じにさせて、背を高くした感じ。
「悟郎兄さん」
「よう、勇太。5年ぶりだな」
「う、うん……」
稲生は従兄と再会した喜びより、明らかに自分と同じく人間の女性には相手にされない見た目の彼が、果たしてどんな女性を連れて来たのかが物凄く気になっていた。
「ゴローちゃん、奥の部屋使ってね」
「あー、叔母さん!こりゃどうも!後でお土産ありますんで!……おお!キミが勇太の彼女さんか!初めまして!稲生勇太の従兄で稲生悟郎です!よろしく!」
「……マリアンナ・ベルフェ・スカーレットでス。ヨロシク……」
悟郎は快活な男であったが、いくら稲生勇太によく似た血縁者とはいえ、いきなり握手されそうになるのは不快だ。
特に、男は。
その為か、自動翻訳魔法が切れてしまい、マリアは素の日本語を話さなければならなかった。
(自動翻訳が切れてしまった。くそっ……!)
(Wi-Fiみたいだなぁ……自動翻訳魔法って……)
稲生は改めて自動翻訳魔法を発動するマリアの姿を見て、そう思った。
「あ、そうそう。悟郎兄さん」
「何だい?」
「兄さんも人生初の彼女さんができたんじゃない?」
「何故、『人生初の』の所だけ太字にする?……まあいい。恥ずかしがり屋さんなもんでね、ちょっと覚悟がいるみたいなんだ。おーい、入っておいで!」
悟郎が玄関の外に向かって呼んだ。
(明らかに人外の予感……)
(せめて威吹みたいに、妖狐だったらなぁ……)
そこへ、入って来たのは……。
「あっ!」
「あっ!」
「やっぱり……」
マリアとその女性は顔を見合わせて驚き、稲生はその反応を見てガクッとなった。
「3人とも、どうしたんだ?」
悟郎だけが状況が飲み込めない。
「……まあ、いいか。悟郎兄さん、きっとあなたは運がいい方ですよ」
稲生はポンと悟郎の肩を叩いた。
「何のことやら、さっぱり分からん」
悟郎は首を傾げてしまった。
それからしばらくして……。
「何だ、そうか!マリアさんの知り合いだったのか!」
納得する悟郎だった。
「Меня зовут ナディア・シェスタコワ。Очень рад Познакомиться」
「え?え?え?」
「ナディア、翻訳魔法切れてる!」
マリアの突っ込みに、
「Извините.」
と、ロシア語で謝った後、
「ごめんなさい、もう1度……。私の名前はナディア・シェスタコワ。ロシアのウラジオストク出身です」
と、今度は日本語で自己紹介してきた。
「ダンテ一門、ナターリア組にいます」
「結構いるなぁ、ダンテ一門……」
稲生もまた首を傾げた。
尚、マリアに対する多くの魔道師が不祥事を起こした事件について、ナターリア組は全員ロシア国内にいたため、無関係である。
「あなたが唯一の日本人弟子、稲生勇太さんですね。お話は聞いています」
「あ、どうも。初めまして。イリーナ組の稲生勇太です」
稲生が水晶球を持って話すと、ナディアの耳には稲生の日本語がロシア語となって入って来る。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
と、こちらは簡単に握手した。
「……おっと!悟郎さんの邪魔をしちゃいけないな。ゴメンね、悟郎兄さん」
「い、いや、いいんだ……。ナディア、こっちに」
「ハイ」
悟郎とナディアは家の奥へと向かった。
「……ナターリア組は、そんなに男にトラウマのあるヤツがいるわけではないからな。だから、悟郎さんとも打ち解けたんだろう」
「あの悟郎さんがねぇ……」
稲生は首をかしげた。
「私が言うのも何だが、魔道師になるような女だ。男を見る目も変わってるもんだよ」
「なるほど……」
因みにマリアも、さっきのナディアのロシア語はさっぱり分からない。
このようにロシア圏出身が多い魔道師であるにも関わらず、門内での公用語は英語である。
「悟郎さん、魔道師になるような素質ってあります?」
「……残念だけど、私が見る限りでは無い」
「ですよねぇ……」
ブロンドの髪はマリアと同じなのだが、瞳の色がマリアのブルーに対して、ナディアは緑と、若干の民族の違いを感じるものである。
[同日22:02.稲生家1F応接間 稲生、マリア、ナディア]
「悟郎兄さん、もう寝ちゃったんですか?」
「結構私を色々と連れて行ってくれたのと、気を使ってくれたので疲れたんじゃない」
と、ナディア。
「ま、あなたも人生初の『自分に優しくしてくれる男』が現れたんだ。それでいいじゃないか」
マリアは稲生に入れてもらった麦茶を口に運んだ。
3人ともシャワーを浴びた後である為、ラフな格好をしている。
稲生はTシャツに短パンだし、マリアは裾の短い青いワンピース、ナディアはタンクトップにショートパンツである。
これだけ見ると、とても魔道師の集まりには見えない。
「ん……まあね。でも、意外だね。あのマリアンナが、彼氏を作るなんて」
「あ、僕が何度も告白したんです。そしたら却って、門内の和を乱すことになったみたいで、マリアさんにも迷惑掛けちゃって……」
「いや、私は気にしてないから」
「いちいち気にする方が悪いのよ。あなたもマリアンナも悪くはないよ。悪く思うヤツもいるけど、私は別に立ち直りは早い方がいいと思ってるから」
「ありがとう。……そうだ。ジェニファーが東京にいるぞ」
「ジェニファーって、ジュリエット組の?何で?」
「東京で魔器を見つけたかららしいな」
「日本探索はだいぶ後のはずなんだけどねぇ……」
「ナターリア組は主に何をするグループなんですか?」
「魔法音楽の研究を主にしている所だよ」
「魔法音楽?」
「音楽は人の心に色々な作用を働かせるのは知ってるよね?まるで魔法みたいに……。そう、正に魔法。それを研究している所だね。この家にはピアノは無い?」
「あ、いや、無いんですよ。すいません」
「まあ、しょうがないか」
「そうだ。実は稲生のハイスクールに、ピアノとオルガンの魔器があるらしいんだ。同時に奏でた所までは聞いた」
「確かに楽器にもそういうのがあるからね。楽器系はうちの組にやらせてもらいたいんだけど、先にジュリエット組が嗅ぎ付けたかな?」
「まあ、そこはイリーナ組の私達は何も言えない」
「それもそうだね」
「ナディアさんはこの後どこへ?悟郎さんは今、名古屋に住んでると思うんですが……」
「ええ。しばらく一緒に暮らしてみるつもり。ねぇ、従弟のあなたから見て、悟郎さんはどんな人?」
「そうですねぇ……」
稲生は過去の記憶を引っ張って来て、悟郎の良い所をPRした。
「お兄さんなだけに、兄貴肌ですよ」
「リーダーシップがあるって所かしら?……分かったわ。ありがとう」
「いえ」
「マリアンナ。あなたの家に行く機会があったら、遊びに行かせてもらうわ。いいでしょ?」
「ああ。確かあなたも、ホウキで空が飛べたな」
エレーナに次いで、ホウキで空を飛ぶ魔女がここに。
稲生家の玄関前に1台のタクシーが止まる。
父親の宗一郎ではない。
彼は今日から出張で数日間は家にいない。
稲生とマリアは既に家にいる。
ということは……。
「あら?ゴローちゃんが来たのね?」
と、稲生の母親が言った。
「この時間か……。ディズニーランド、閉園までいなかったんだな」
稲生も頷いた。
タクシーのトランクから荷物を降ろして、家の門を潜る1人の男。
稲生をもう少し大人びた感じにさせて、背を高くした感じ。
「悟郎兄さん」
「よう、勇太。5年ぶりだな」
「う、うん……」
稲生は従兄と再会した喜びより、明らかに自分と同じく人間の女性には相手にされない見た目の彼が、果たしてどんな女性を連れて来たのかが物凄く気になっていた。
「ゴローちゃん、奥の部屋使ってね」
「あー、叔母さん!こりゃどうも!後でお土産ありますんで!……おお!キミが勇太の彼女さんか!初めまして!稲生勇太の従兄で稲生悟郎です!よろしく!」
「……マリアンナ・ベルフェ・スカーレットでス。ヨロシク……」
悟郎は快活な男であったが、いくら稲生勇太によく似た血縁者とはいえ、いきなり握手されそうになるのは不快だ。
特に、男は。
その為か、自動翻訳魔法が切れてしまい、マリアは素の日本語を話さなければならなかった。
(自動翻訳が切れてしまった。くそっ……!)
(Wi-Fiみたいだなぁ……自動翻訳魔法って……)
稲生は改めて自動翻訳魔法を発動するマリアの姿を見て、そう思った。
「あ、そうそう。悟郎兄さん」
「何だい?」
「兄さんも人生初の彼女さんができたんじゃない?」
「何故、『人生初の』の所だけ太字にする?……まあいい。恥ずかしがり屋さんなもんでね、ちょっと覚悟がいるみたいなんだ。おーい、入っておいで!」
悟郎が玄関の外に向かって呼んだ。
(明らかに人外の予感……)
(せめて威吹みたいに、妖狐だったらなぁ……)
そこへ、入って来たのは……。
「あっ!」
「あっ!」
「やっぱり……」
マリアとその女性は顔を見合わせて驚き、稲生はその反応を見てガクッとなった。
「3人とも、どうしたんだ?」
悟郎だけが状況が飲み込めない。
「……まあ、いいか。悟郎兄さん、きっとあなたは運がいい方ですよ」
稲生はポンと悟郎の肩を叩いた。
「何のことやら、さっぱり分からん」
悟郎は首を傾げてしまった。
それからしばらくして……。
「何だ、そうか!マリアさんの知り合いだったのか!」
納得する悟郎だった。
「Меня зовут ナディア・シェスタコワ。Очень рад Познакомиться」
「え?え?え?」
「ナディア、翻訳魔法切れてる!」
マリアの突っ込みに、
「Извините.」
と、ロシア語で謝った後、
「ごめんなさい、もう1度……。私の名前はナディア・シェスタコワ。ロシアのウラジオストク出身です」
と、今度は日本語で自己紹介してきた。
「ダンテ一門、ナターリア組にいます」
「結構いるなぁ、ダンテ一門……」
稲生もまた首を傾げた。
尚、マリアに対する多くの魔道師が不祥事を起こした事件について、ナターリア組は全員ロシア国内にいたため、無関係である。
「あなたが唯一の日本人弟子、稲生勇太さんですね。お話は聞いています」
「あ、どうも。初めまして。イリーナ組の稲生勇太です」
稲生が水晶球を持って話すと、ナディアの耳には稲生の日本語がロシア語となって入って来る。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
と、こちらは簡単に握手した。
「……おっと!悟郎さんの邪魔をしちゃいけないな。ゴメンね、悟郎兄さん」
「い、いや、いいんだ……。ナディア、こっちに」
「ハイ」
悟郎とナディアは家の奥へと向かった。
「……ナターリア組は、そんなに男にトラウマのあるヤツがいるわけではないからな。だから、悟郎さんとも打ち解けたんだろう」
「あの悟郎さんがねぇ……」
稲生は首をかしげた。
「私が言うのも何だが、魔道師になるような女だ。男を見る目も変わってるもんだよ」
「なるほど……」
因みにマリアも、さっきのナディアのロシア語はさっぱり分からない。
このようにロシア圏出身が多い魔道師であるにも関わらず、門内での公用語は英語である。
「悟郎さん、魔道師になるような素質ってあります?」
「……残念だけど、私が見る限りでは無い」
「ですよねぇ……」
ブロンドの髪はマリアと同じなのだが、瞳の色がマリアのブルーに対して、ナディアは緑と、若干の民族の違いを感じるものである。
[同日22:02.稲生家1F応接間 稲生、マリア、ナディア]
「悟郎兄さん、もう寝ちゃったんですか?」
「結構私を色々と連れて行ってくれたのと、気を使ってくれたので疲れたんじゃない」
と、ナディア。
「ま、あなたも人生初の『自分に優しくしてくれる男』が現れたんだ。それでいいじゃないか」
マリアは稲生に入れてもらった麦茶を口に運んだ。
3人ともシャワーを浴びた後である為、ラフな格好をしている。
稲生はTシャツに短パンだし、マリアは裾の短い青いワンピース、ナディアはタンクトップにショートパンツである。
これだけ見ると、とても魔道師の集まりには見えない。
「ん……まあね。でも、意外だね。あのマリアンナが、彼氏を作るなんて」
「あ、僕が何度も告白したんです。そしたら却って、門内の和を乱すことになったみたいで、マリアさんにも迷惑掛けちゃって……」
「いや、私は気にしてないから」
「いちいち気にする方が悪いのよ。あなたもマリアンナも悪くはないよ。悪く思うヤツもいるけど、私は別に立ち直りは早い方がいいと思ってるから」
「ありがとう。……そうだ。ジェニファーが東京にいるぞ」
「ジェニファーって、ジュリエット組の?何で?」
「東京で魔器を見つけたかららしいな」
「日本探索はだいぶ後のはずなんだけどねぇ……」
「ナターリア組は主に何をするグループなんですか?」
「魔法音楽の研究を主にしている所だよ」
「魔法音楽?」
「音楽は人の心に色々な作用を働かせるのは知ってるよね?まるで魔法みたいに……。そう、正に魔法。それを研究している所だね。この家にはピアノは無い?」
「あ、いや、無いんですよ。すいません」
「まあ、しょうがないか」
「そうだ。実は稲生のハイスクールに、ピアノとオルガンの魔器があるらしいんだ。同時に奏でた所までは聞いた」
「確かに楽器にもそういうのがあるからね。楽器系はうちの組にやらせてもらいたいんだけど、先にジュリエット組が嗅ぎ付けたかな?」
「まあ、そこはイリーナ組の私達は何も言えない」
「それもそうだね」
「ナディアさんはこの後どこへ?悟郎さんは今、名古屋に住んでると思うんですが……」
「ええ。しばらく一緒に暮らしてみるつもり。ねぇ、従弟のあなたから見て、悟郎さんはどんな人?」
「そうですねぇ……」
稲生は過去の記憶を引っ張って来て、悟郎の良い所をPRした。
「お兄さんなだけに、兄貴肌ですよ」
「リーダーシップがあるって所かしら?……分かったわ。ありがとう」
「いえ」
「マリアンナ。あなたの家に行く機会があったら、遊びに行かせてもらうわ。いいでしょ?」
「ああ。確かあなたも、ホウキで空が飛べたな」
エレーナに次いで、ホウキで空を飛ぶ魔女がここに。