[7月24日18:40.天候:晴 東京都23区内某所 日蓮正宗・正証寺]
稲生は18時からの夕勤行に参加し、そこで塔婆供養と御焼香を行った。
その間、信徒ではないマリアは寺の外で待つことになったわけだが、何故か寺の外にはベンチが置かれていて……。
『人外の方は境内に入れませんので、こちらで待機願います』
「……一時期、妖狐だの鬼だのが来たからだな」
マリアは日本語を和訳してその意味を知り、口元を歪めた。
(私も魔女だから、人外扱いか……)
マリアはそう思って、ベンチに座った。
そこで魔道書を開いて、稲生が終わって出て来るのを待っていた。
「そこにいると、魔女狩りに遭うよ?」
「?」
誰かの声がしたので顔を上げると、そこには青いローブを着た魔女が立っていた。
「……ジェニファーか」
マリアはダンテ一門の魔道師の1人だと知ると、魔道書を閉じた。
「珍しいな。お前が日本に来るなんて」
「作戦行動の1つでね。何しろ、ジュリエット組もよく世界中を動くから」
「そう、だったな。今回は何の作戦だ?」
「『学校であった怖い話』」
「は?」
「ここから7マイルほど東に行ったところに、ハイスクールがあるの。魔界の穴がボコボコ開いてる珍しい所よ」
「知ってる。東京中央学園だろう?」
「あら?もう知ってるの?さすがは日本を拠点としているだけのことはあるね」
「いや、偶然さ。たまたま私の……弟弟子があそこの卒業なもんでね」
「稲生勇太か。あの事件で唯一の表彰者」
「ああ。私なんかの為に危険を冒して……」
「あなたも人間時代、相当ヒドい目に遭ったんだから、今度は守ってくれる男の子がいてくれるようになったってことだね」
「……かなぁ……。で、そっちの作戦は?」
「もう終了したから帰る所だよ。明日の飛行機で」
「あの学校に何かしたのは間違いないんだな?」
「まあね」
「それは……旧校舎とやらの全焼か?」
「さすがはお見通しだね」
「師匠が何かしたにしては、随分と大ざっぱだと思ったからさ。こりゃ、他にやったヤツがいるなと思った」
「なるほど」
「何か持ち出したものがあって、その証拠隠滅か」
「そんなところだね」
「おおかた、鏡かな?」
「当たってる……!なに、マリアンナ?予知夢でも見た?見られた感じはしなかったんだけどなぁ……」
金髪をお下げにして、眼鏡を掛けているジェニファーは眼鏡を掛け直した。
「いや、これもユウタから聞いた。学校じゃ、ちょっとした噂になっていたみたいだぞ」
「どんな話として伝わってたの?」
「その鏡が魔界の入口になっているというものさ」
「うーん……当たらずも遠からずってところだね。実際は魔鏡だから、魔界に繋げることもできるってところかな……」
「何で魔鏡があの学校にあったんだ?」
「知らないよ。とにかくあの学校、他にも魔器が置いてあるから、ある意味怖いよ。魔女が通ってたのかと思うくらい」
そんなことを話しているうちに、本堂から稲生が出てきた。
「お待たせしました、マリアさん!……っと、あれ?あなたは……?」
「ジュリエット組のジェニファー・フランネルよ。聞いたことない?」
「確か、世界中に散らばっている魔器を回収する役目を受けているとか……」
「そう。この国にも色々あるから、私が作戦を任されただけ」
「そうなんですか。大変ですね」
稲生が暢気に答えるものだから、
「お気楽だねぇ、イリーナ組は……」
と、ジェニファーも少し脱力した。
「あ、そうだ。1つ、教えてくれる?」
「はい?」
「あなたの学校に、“人形”はいない?」
「人形?人形ですか?人体模型や手芸部が作ったぬいぐるみとかならあると思いますが……。あー、あと、美術部が作った彫刻とか?」
「違うなぁ……。ま、知らないならいいや」
「ジェニファー。せっかくだから、もう少し突っ込んだ質問をしたらどうだ?あの学校にまだ何かあるんだったら……」
「あの学校って、東京中央学園ですか?まだ何かあるんですか?」
「あの学校の誰かが悪魔と契約して、人間の魂を捧げている人形があるって聞いたんだけど、まだ何の確証も無いしね。ガセネタかもしれないから、裏が取れたらお願いするかもしれないね」
「はあ……」
「あ、そうだ。ついでに学校の入口でいいから、案内してくれない?」
「ジェニファー、お前、旧校舎には行ったんだろう?」
「その旧校舎も燃え尽きたわけだからね、今度は別の建物にあると思うんだ。ね?いいでしょ?」
「まあ、いいでしょう」
稲生は頷いた。
[同日19:00.天候:晴 JR池袋駅→山手線外回り電車内]
3人は池袋駅に移動した。
「魔器の中には悪魔の宿っているものがあるから、無闇やたらに触ってはいけないのよ、人間がね。あれは魔界からの漂流物。危険が発生する前に回収して、しかるべき所に戻す。これも魔道師の仕事の1つだよ」
と、ジェニファーは新人の稲生に説明した。
〔まもなく7番線に、上野、東京方面行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください〕
「なるほど……。そういうのもあるんですね」
その時、稲生はピンと来た。
「因みに大石寺にあります、本門戒壇の大御本尊についてはどうですか?」
「? ゴメン。そもそも情報に無い」
「あ、そうですか。無いならいいです」
少なくとも、大御本尊は魔女からはノーマーク。
〔いけぶくろ〜、池袋〜。ご乗車、ありがとうございます〕
電車が到着して、ホームドアと車両のドアが開く。
ここで降りる乗客が多数いた。
あまり混んでいないのは、今日が日曜日だからだ。
1番前の車両に乗り込んだ。
「いえ、だいぶ前に、エレーナがそこの奉安堂に何かしようとしていたので……。まあ、威吹という妖狐が阻止してくれましたけどね」
「エレーナ?エレーナって、ポーリン組の?ふーん……ヒーラー系統のコが、お寺に何の用があったのかな?」
組違いだと、あまり互いの情報が無いらしい。
発車メロディがホーム上に鳴り響く。
通勤電車の発車ベルにメロディを使うのは、世界的にもあまり類例が無い。
〔7番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をご利用ください〕
電車のドアが閉まる際、駆け込み乗車があったのか、2〜3回ほど再開閉を繰り返してようやく閉まった。
3人は車椅子スペースの所に立っているが、ここではジェニファーの方が1番背が高い。
電車が走り出した。
〔この電車は山手線外回り、田端、上野、東京方面行きです。次は大塚、大塚。お出口は、右側です。都電荒川線は、お乗り換えです。……〕
「僕は新校舎の入口を案内すればいいんですね?」
「ええ。あなた達に迷惑は掛けないから」
「分かりました」
さすがにもう日が暮れた都内。
運転室の窓にもブラインドが下ろされていたし、車窓にも夜の帳が降りてしまっている。
イリーナ組はそんなに暗い色の服を着るわけではないのだが、やはり他の組にあっては暗い色であることが多い。
アナスタシア組など黒で統一されているし、エレーナも似た色の服装である。
ジェニファーが寒色系であるところをみると、こちらはそこまで暗い色ではないようだ。
そんなことを考えながら、稲生は再び魔女達へ連れて母校へと向かった。
稲生は18時からの夕勤行に参加し、そこで塔婆供養と御焼香を行った。
その間、信徒ではないマリアは寺の外で待つことになったわけだが、何故か寺の外にはベンチが置かれていて……。
『人外の方は境内に入れませんので、こちらで待機願います』
「……一時期、妖狐だの鬼だのが来たからだな」
マリアは日本語を和訳してその意味を知り、口元を歪めた。
(私も魔女だから、人外扱いか……)
マリアはそう思って、ベンチに座った。
そこで魔道書を開いて、稲生が終わって出て来るのを待っていた。
「そこにいると、魔女狩りに遭うよ?」
「?」
誰かの声がしたので顔を上げると、そこには青いローブを着た魔女が立っていた。
「……ジェニファーか」
マリアはダンテ一門の魔道師の1人だと知ると、魔道書を閉じた。
「珍しいな。お前が日本に来るなんて」
「作戦行動の1つでね。何しろ、ジュリエット組もよく世界中を動くから」
「そう、だったな。今回は何の作戦だ?」
「『学校であった怖い話』」
「は?」
「ここから7マイルほど東に行ったところに、ハイスクールがあるの。魔界の穴がボコボコ開いてる珍しい所よ」
「知ってる。東京中央学園だろう?」
「あら?もう知ってるの?さすがは日本を拠点としているだけのことはあるね」
「いや、偶然さ。たまたま私の……弟弟子があそこの卒業なもんでね」
「稲生勇太か。あの事件で唯一の表彰者」
「ああ。私なんかの為に危険を冒して……」
「あなたも人間時代、相当ヒドい目に遭ったんだから、今度は守ってくれる男の子がいてくれるようになったってことだね」
「……かなぁ……。で、そっちの作戦は?」
「もう終了したから帰る所だよ。明日の飛行機で」
「あの学校に何かしたのは間違いないんだな?」
「まあね」
「それは……旧校舎とやらの全焼か?」
「さすがはお見通しだね」
「師匠が何かしたにしては、随分と大ざっぱだと思ったからさ。こりゃ、他にやったヤツがいるなと思った」
「なるほど」
「何か持ち出したものがあって、その証拠隠滅か」
「そんなところだね」
「おおかた、鏡かな?」
「当たってる……!なに、マリアンナ?予知夢でも見た?見られた感じはしなかったんだけどなぁ……」
金髪をお下げにして、眼鏡を掛けているジェニファーは眼鏡を掛け直した。
「いや、これもユウタから聞いた。学校じゃ、ちょっとした噂になっていたみたいだぞ」
「どんな話として伝わってたの?」
「その鏡が魔界の入口になっているというものさ」
「うーん……当たらずも遠からずってところだね。実際は魔鏡だから、魔界に繋げることもできるってところかな……」
「何で魔鏡があの学校にあったんだ?」
「知らないよ。とにかくあの学校、他にも魔器が置いてあるから、ある意味怖いよ。魔女が通ってたのかと思うくらい」
そんなことを話しているうちに、本堂から稲生が出てきた。
「お待たせしました、マリアさん!……っと、あれ?あなたは……?」
「ジュリエット組のジェニファー・フランネルよ。聞いたことない?」
「確か、世界中に散らばっている魔器を回収する役目を受けているとか……」
「そう。この国にも色々あるから、私が作戦を任されただけ」
「そうなんですか。大変ですね」
稲生が暢気に答えるものだから、
「お気楽だねぇ、イリーナ組は……」
と、ジェニファーも少し脱力した。
「あ、そうだ。1つ、教えてくれる?」
「はい?」
「あなたの学校に、“人形”はいない?」
「人形?人形ですか?人体模型や手芸部が作ったぬいぐるみとかならあると思いますが……。あー、あと、美術部が作った彫刻とか?」
「違うなぁ……。ま、知らないならいいや」
「ジェニファー。せっかくだから、もう少し突っ込んだ質問をしたらどうだ?あの学校にまだ何かあるんだったら……」
「あの学校って、東京中央学園ですか?まだ何かあるんですか?」
「あの学校の誰かが悪魔と契約して、人間の魂を捧げている人形があるって聞いたんだけど、まだ何の確証も無いしね。ガセネタかもしれないから、裏が取れたらお願いするかもしれないね」
「はあ……」
「あ、そうだ。ついでに学校の入口でいいから、案内してくれない?」
「ジェニファー、お前、旧校舎には行ったんだろう?」
「その旧校舎も燃え尽きたわけだからね、今度は別の建物にあると思うんだ。ね?いいでしょ?」
「まあ、いいでしょう」
稲生は頷いた。
[同日19:00.天候:晴 JR池袋駅→山手線外回り電車内]
3人は池袋駅に移動した。
「魔器の中には悪魔の宿っているものがあるから、無闇やたらに触ってはいけないのよ、人間がね。あれは魔界からの漂流物。危険が発生する前に回収して、しかるべき所に戻す。これも魔道師の仕事の1つだよ」
と、ジェニファーは新人の稲生に説明した。
〔まもなく7番線に、上野、東京方面行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください〕
「なるほど……。そういうのもあるんですね」
その時、稲生はピンと来た。
「因みに大石寺にあります、本門戒壇の大御本尊についてはどうですか?」
「? ゴメン。そもそも情報に無い」
「あ、そうですか。無いならいいです」
少なくとも、大御本尊は魔女からはノーマーク。
〔いけぶくろ〜、池袋〜。ご乗車、ありがとうございます〕
電車が到着して、ホームドアと車両のドアが開く。
ここで降りる乗客が多数いた。
あまり混んでいないのは、今日が日曜日だからだ。
1番前の車両に乗り込んだ。
「いえ、だいぶ前に、エレーナがそこの奉安堂に何かしようとしていたので……。まあ、威吹という妖狐が阻止してくれましたけどね」
「エレーナ?エレーナって、ポーリン組の?ふーん……ヒーラー系統のコが、お寺に何の用があったのかな?」
組違いだと、あまり互いの情報が無いらしい。
発車メロディがホーム上に鳴り響く。
通勤電車の発車ベルにメロディを使うのは、世界的にもあまり類例が無い。
〔7番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をご利用ください〕
電車のドアが閉まる際、駆け込み乗車があったのか、2〜3回ほど再開閉を繰り返してようやく閉まった。
3人は車椅子スペースの所に立っているが、ここではジェニファーの方が1番背が高い。
電車が走り出した。
〔この電車は山手線外回り、田端、上野、東京方面行きです。次は大塚、大塚。お出口は、右側です。都電荒川線は、お乗り換えです。……〕
「僕は新校舎の入口を案内すればいいんですね?」
「ええ。あなた達に迷惑は掛けないから」
「分かりました」
さすがにもう日が暮れた都内。
運転室の窓にもブラインドが下ろされていたし、車窓にも夜の帳が降りてしまっている。
イリーナ組はそんなに暗い色の服を着るわけではないのだが、やはり他の組にあっては暗い色であることが多い。
アナスタシア組など黒で統一されているし、エレーナも似た色の服装である。
ジェニファーが寒色系であるところをみると、こちらはそこまで暗い色ではないようだ。
そんなことを考えながら、稲生は再び魔女達へ連れて母校へと向かった。