[7月23日09:00.天候:晴 東京都江東区森下 ワンスターホテル]
「……!」
稲生は目が覚めた。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
起き上がって、辺りを見てみる。
どうやら、ビジネスホテルの客室にいることは理解できた。
(ここは一体……?)
ベッド脇のスタンドにあるデジタル時計を見ると、AM09:00を指していた。
カーテンを開けると、朝日が差し込んで来た。
室内を調べてみると、机の上に『ワンスターホテル』の名前が書かれたプレートを見つけた。
「ワンスターホテル……!?」
稲生は急いでライティングデスクの上にある電話機の受話器を取ると、それでフロントに掛けた。
「も、もしもし?僕、稲生勇太と申しますが……」
すると、電話口の向こうから壮年男性の声が聞こえて来た。
{「ああ、稲生様。おはようございます。お体の調子はいかがですか?」」
「あ、はい。……普通です」
{「マリアンナ様より、お目覚めになられたら、ロビーまで降りて来るようにとのことです」}
「わ、分かりました」
稲生は電話を切ると、急いで身支度を整え、部屋を出た。
[同日09:15.ワンスターホテル1Fロビー]
「ああ、ユウタ。起きたか」
エレベーターのドアが開くと同時に、こちらを見つめるマリアの姿があった。
「マリアさん、これは一体……!?」
「師匠がね、『スゴイ!スゴーイ!私の立てた死亡フラグを全部破壊するなんて、さすがダンテ一門のホープだわ!』だってさ」
「ええっ!?あ、あの、僕は確か、学校……東京中央学園にいたはずですが……」
「そこでユウタが倒れたから、私が駆け付けたんだ。礼くらい言ってよ」
「あ、はい。ありがとうございました。……でも、よく覚えてないんです。確か、旧校舎……教育資料館に行ったところまでは覚えてるんですけど……」
「そこでユウタが倒れたんで、私が助けに来たんだ」
「そうだったんですか……」
稲生は首を傾げた。
しかし、マリアは不安だった。
(師匠がユウタの記憶を操作したみたいだけど、いつバレるか……)
イリーナは時を操る魔道師、“クロック・ワーカー”である。
サンモンド船長が予知夢に現れた為、サンモンドが何らかの形で関わるだろうとは思っていたが、まさか直前まで稲生の死亡フラグに関わっていたことまでは知らなかった為、ボコして稲生の記憶操作に協力させたという経緯がある。
「昨日は熱帯夜だったというから、熱中症で倒れた恐れもある」
「あー、なるほど。確か、暑かったような気がしますねぇ……」
「私は東京の地理に詳しくは無いから、取りあえず、ユウタに回復魔法を掛けて、このホテルまで運んだというわけだ」
「そうだったんですか。どうも、御迷惑をお掛けしました」
「いや……。そこはお互いさまだから、気にしないで」
「あっ、そうだ!」
稲生はポンと手を叩いた。
「!」
「大河内君!」
「!!!」
「大河内君、薬師系の魔道師さんの妙薬の材料を口外してしまったんです。急いで誰だか探して、代わりに謝ってこなきゃ!」
「ああ、それなら大丈夫」
「えっ?」
「エレーナが今、火消しに当たってくれてるから」
「エレーナが?……エレーナだって、ポーリン先生の弟子なんだから、いの1番に目くじら立てて怒鳴り込んでくるかと思ったけど……」
「私からエレーナに頼んでおいたよ。まあ、エレーナも私達に対する負い目があるから、渋々やってくれたよ」
「そうなんですか。じゃあ、後でエレーナにお礼言っておきませんとね」
「まあ、あいつは大丈夫」
「で、結局……」
稲生は少しマリアに顔を近づけた。
マリアが驚いて、顔を赤らめるくらいだった。
「人間の目玉を材料にしたキャンディを配ってた魔女って、誰だったんでしょう?」
「そこにいるよ」
「は!?」
「Hi.」
ロビーと直結しているレストラン“マジックスター”の入口に、赤いローブを着た魔道師が立っていた。
手にはバスケットを持っている。
「初めまして。元ポーリン組マスターのキャサリン・ブネ・アルコビッチです」
「元ポーリン組!?」
マスターになれば、それまでの師の下を出て独立することができる。
マリアもその権利はあるが、あえてそれはしていない。
もちろん、それは自由である。
「エレーナをこのホテルに紹介したのは、この私。私がポーリン先生に打診して、エレーナを独り立ちさせる準備の為にね」
ポーリンはむしろ弟子を独立させることに積極的らしい。
赤いローブのフードを被っているが、どうやらその下は黒髪に浅黒い肌をしていた。
少なくとも、白人ではない。
夕暮れの学校の前に現れたりしていたため、それで顔がよく分からなかったのだろう。
「僕の学校に現れていたのは?」
「それはただの偶然だね。あの年頃って、未来に悩むことが多いでしょう?このキャンディはね、その悩みを払拭させる効果があるの」
「人間の目玉……!」
「それはただの噂だね。確かに実験で人間の目玉を使ったことがあるけど、あれはダメだった」
「ダメ?」
「服用する人間を選ぶのよ。それってつまり、私がよく選んで渡さないとダメだってことだね。それ以上の責任は持てないから、人間の目玉を使うのはやめたよ。だから、安心して」
「はい」
少なくともキャサリンは、年老いた魔女ではないようだ。
もっとも、魔法を使って肉体を若返らせているだけかもしれないが。
「あなたも人生に悩んだら、私のキャンディをあげるから、いつでも言ってね」
「魔道師になって、人生に悩むってアンタ……」
マリアは変な顔になった。
「あの、大河内君……僕の友達がバラしてしまったことは……」
「ああ、あれね。確かに、罰として目玉を2個頂戴したいところだったけど、まあ、エレーナの頼みもあるし、今のあなた達の話を聞いたからね。今回は大目に見てあげる」
「ありがとうございます」
「他ならぬ、一門で唯一の表彰者の知り合いとあっては尚更だね」
「そんな、僕は大したことはしてませんよ」
「とにかく、今後は気を付けることね。イリーナさんの予知はよく当たるから、もしまた何か言われたら、ちゃんと従った方がいいよ」
「はい……気をつけます」
「ユウタ。体の具合が良くなったら、家に帰ろう。私もこのホテルを引き払う」
「分かりました」
「じゃあ、私からささやかながら……」
キャサリンはバスケットの中をゴソゴソとあさった。
まさか、あの目玉から作ったキャンディを……!?
「はい、ポーション。これで体力回復させてね」
「あ、ありがとうございます」
何か、青色の小瓶に入った液体をテーブルの上に置くキャサリンだった。
「……私はエリクサーの方がいいな」
「じゃあ、有料で♪」
「仲間から金取る気か……!」
それでもローブの中から財布を取り出すマリアだった。
相互扶助の精神で、仲間の商売に加担することも多々あるようである。
「……!」
稲生は目が覚めた。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
起き上がって、辺りを見てみる。
どうやら、ビジネスホテルの客室にいることは理解できた。
(ここは一体……?)
ベッド脇のスタンドにあるデジタル時計を見ると、AM09:00を指していた。
カーテンを開けると、朝日が差し込んで来た。
室内を調べてみると、机の上に『ワンスターホテル』の名前が書かれたプレートを見つけた。
「ワンスターホテル……!?」
稲生は急いでライティングデスクの上にある電話機の受話器を取ると、それでフロントに掛けた。
「も、もしもし?僕、稲生勇太と申しますが……」
すると、電話口の向こうから壮年男性の声が聞こえて来た。
{「ああ、稲生様。おはようございます。お体の調子はいかがですか?」」
「あ、はい。……普通です」
{「マリアンナ様より、お目覚めになられたら、ロビーまで降りて来るようにとのことです」}
「わ、分かりました」
稲生は電話を切ると、急いで身支度を整え、部屋を出た。
[同日09:15.ワンスターホテル1Fロビー]
「ああ、ユウタ。起きたか」
エレベーターのドアが開くと同時に、こちらを見つめるマリアの姿があった。
「マリアさん、これは一体……!?」
「師匠がね、『スゴイ!スゴーイ!私の立てた死亡フラグを全部破壊するなんて、さすがダンテ一門のホープだわ!』だってさ」
「ええっ!?あ、あの、僕は確か、学校……東京中央学園にいたはずですが……」
「そこでユウタが倒れたから、私が駆け付けたんだ。礼くらい言ってよ」
「あ、はい。ありがとうございました。……でも、よく覚えてないんです。確か、旧校舎……教育資料館に行ったところまでは覚えてるんですけど……」
「そこでユウタが倒れたんで、私が助けに来たんだ」
「そうだったんですか……」
稲生は首を傾げた。
しかし、マリアは不安だった。
(師匠がユウタの記憶を操作したみたいだけど、いつバレるか……)
イリーナは時を操る魔道師、“クロック・ワーカー”である。
サンモンド船長が予知夢に現れた為、サンモンドが何らかの形で関わるだろうとは思っていたが、まさか直前まで稲生の死亡フラグに関わっていたことまでは知らなかった為、ボコして稲生の記憶操作に協力させたという経緯がある。
「昨日は熱帯夜だったというから、熱中症で倒れた恐れもある」
「あー、なるほど。確か、暑かったような気がしますねぇ……」
「私は東京の地理に詳しくは無いから、取りあえず、ユウタに回復魔法を掛けて、このホテルまで運んだというわけだ」
「そうだったんですか。どうも、御迷惑をお掛けしました」
「いや……。そこはお互いさまだから、気にしないで」
「あっ、そうだ!」
稲生はポンと手を叩いた。
「!」
「大河内君!」
「!!!」
「大河内君、薬師系の魔道師さんの妙薬の材料を口外してしまったんです。急いで誰だか探して、代わりに謝ってこなきゃ!」
「ああ、それなら大丈夫」
「えっ?」
「エレーナが今、火消しに当たってくれてるから」
「エレーナが?……エレーナだって、ポーリン先生の弟子なんだから、いの1番に目くじら立てて怒鳴り込んでくるかと思ったけど……」
「私からエレーナに頼んでおいたよ。まあ、エレーナも私達に対する負い目があるから、渋々やってくれたよ」
「そうなんですか。じゃあ、後でエレーナにお礼言っておきませんとね」
「まあ、あいつは大丈夫」
「で、結局……」
稲生は少しマリアに顔を近づけた。
マリアが驚いて、顔を赤らめるくらいだった。
「人間の目玉を材料にしたキャンディを配ってた魔女って、誰だったんでしょう?」
「そこにいるよ」
「は!?」
「Hi.」
ロビーと直結しているレストラン“マジックスター”の入口に、赤いローブを着た魔道師が立っていた。
手にはバスケットを持っている。
「初めまして。元ポーリン組マスターのキャサリン・ブネ・アルコビッチです」
「元ポーリン組!?」
マスターになれば、それまでの師の下を出て独立することができる。
マリアもその権利はあるが、あえてそれはしていない。
もちろん、それは自由である。
「エレーナをこのホテルに紹介したのは、この私。私がポーリン先生に打診して、エレーナを独り立ちさせる準備の為にね」
ポーリンはむしろ弟子を独立させることに積極的らしい。
赤いローブのフードを被っているが、どうやらその下は黒髪に浅黒い肌をしていた。
少なくとも、白人ではない。
夕暮れの学校の前に現れたりしていたため、それで顔がよく分からなかったのだろう。
「僕の学校に現れていたのは?」
「それはただの偶然だね。あの年頃って、未来に悩むことが多いでしょう?このキャンディはね、その悩みを払拭させる効果があるの」
「人間の目玉……!」
「それはただの噂だね。確かに実験で人間の目玉を使ったことがあるけど、あれはダメだった」
「ダメ?」
「服用する人間を選ぶのよ。それってつまり、私がよく選んで渡さないとダメだってことだね。それ以上の責任は持てないから、人間の目玉を使うのはやめたよ。だから、安心して」
「はい」
少なくともキャサリンは、年老いた魔女ではないようだ。
もっとも、魔法を使って肉体を若返らせているだけかもしれないが。
「あなたも人生に悩んだら、私のキャンディをあげるから、いつでも言ってね」
「魔道師になって、人生に悩むってアンタ……」
マリアは変な顔になった。
「あの、大河内君……僕の友達がバラしてしまったことは……」
「ああ、あれね。確かに、罰として目玉を2個頂戴したいところだったけど、まあ、エレーナの頼みもあるし、今のあなた達の話を聞いたからね。今回は大目に見てあげる」
「ありがとうございます」
「他ならぬ、一門で唯一の表彰者の知り合いとあっては尚更だね」
「そんな、僕は大したことはしてませんよ」
「とにかく、今後は気を付けることね。イリーナさんの予知はよく当たるから、もしまた何か言われたら、ちゃんと従った方がいいよ」
「はい……気をつけます」
「ユウタ。体の具合が良くなったら、家に帰ろう。私もこのホテルを引き払う」
「分かりました」
「じゃあ、私からささやかながら……」
キャサリンはバスケットの中をゴソゴソとあさった。
まさか、あの目玉から作ったキャンディを……!?
「はい、ポーション。これで体力回復させてね」
「あ、ありがとうございます」
何か、青色の小瓶に入った液体をテーブルの上に置くキャサリンだった。
「……私はエリクサーの方がいいな」
「じゃあ、有料で♪」
「仲間から金取る気か……!」
それでもローブの中から財布を取り出すマリアだった。
相互扶助の精神で、仲間の商売に加担することも多々あるようである。