[11月5日07:11.天候:晴 栗原市民バス(グリーン観光バス委託)マインパーク入口バス停]
駅前広場のロータリーに1台の路線バスがやってくる。
イリーナ:「ユウタ君、バス来たよ。あれでいいんでしょ?」
稲生:「はい……」
白一色の車体に、バス会社のロゴマークが入っただけのシンプルな塗装。
今や仙台市内でもさいたま市内でも見かけなくなったタイプの中型バスだった。
〔お待たせ致しました。このバスはくりはら田園線、石越駅前行きでございます。整理券をお取りください〕
バスが稲生達の前に止まって、入口の後ろ扉が開く。
どうして見かけなくなったのかというと、ツーステップだからだ。
ここが始発のバス停ではないはずだが、乗客はゼロであった。
ここから乗る乗客も、稲生達以外にはいない。
バスに乗り込むと、1番後ろの座席に並んで座った。
〔発車します〕
引き戸式の後ろ扉がブザーの音と共に閉まると、バスはゆっくり走り出した。
〔「お待たせしました。石越駅前行きでございます。次は、細倉……」〕
〔ピンポーン♪ ご乗車ありがとうございます。このバスはくりはら田園線、石越駅前行きでございます。次は細倉、細倉でございます〕
バスの車内に眩い朝日が差し込んでくる。
この路線バスは、路線名の通り、くりはら田園鉄道の廃止代替バスである。
元々は宮城交通の子会社ミヤコーバスが請け負っていたが、そこから更にグリーン観光バスに委託されている。
つまり、なんだ……。
鉄道どころかバスでさえ採算が取れず、大手バス会社が逃げ出すほどであるということである。
因みにこの日は日曜日であり、休日ダイヤであるが、本数は稲生達の便を入れて5本しか無い。
そして、これが始発便である。
イリーナ:「ユウタ君、どのくらいで着くの?」
稲生:「石越駅にはここから、1時間以上掛かりますね」
イリーナ:「じゃ、少し寝てるか……。ユウタ君も少し寝たら?」
稲生:「はあ……」
それもそのはず。
地獄界へ向かった時は、まだ4日の夕方前であった。
それがたったの数時間で5日の朝になったのだから、稲生達の体内時計は夜中になっているはずなのだ。
稲生もマリアもテンションが低いのは、この為である。
寒いのと眠気覚ましに、駅前広場の自販機で温かい缶コーヒーと紅茶を買ったのだが、効果は無かったようである。
この外国人2人に言わせれば、このような牧歌的な場所でもしっかり自動販売機が設置されていて、しかもちゃんと稼働していることに驚くとのこと。
イリーナ:「因みにアタシの見立てでは、あの電車の一本前は汽車だったよ」
稲生:「汽車?それは客車列車ということですか?」
イリーナ:「そう。それもスチーム式の」
稲生:「蒸気機関車!?……ってことは、その列車はここには着かなかったということですか」
イリーナ:「まあ、そういうことになるね。ただ、どこかの廃線の駅に着くことは間違い無かったみたいだけど……」
稲生:「ええっ!?」
イリーナ:「ここよりもっと寒い所で降ろされたりしてね」
稲生:「それは困ります」
稲生達がいる所は宮城県栗原市。
宮城県北西部の田園風景広がる町である。
当然ながら冬は雪が積もる地域であり、さすがに今はまだ降雪は無いものの、明らかにさいたま市よりも気温が低かった。
バスは旧型のツーステップ車ながら、ちゃんと暖房が入っている。
元々は親会社の経営するグランドホテルの送迎バス部門が独立化したバス会社である為、一般の路線バス車両は所有していなかった。
その為、路線バス開設に当たり、各バス会社より中古車を集めたという経緯がある。
稲生達が乗っているバスもまた、そんな他社からの中古車なのである。
イリーナ:「あと、私達の一本後の奴は電車だったね」
稲生:「それは旧国鉄の……?」
イリーナ:「いや、雰囲気はさっき乗った電車によく似ているね。ただ、あれより車両数は多い。もしかしたら、あれもまた廃線の駅に行くヤツだったのかも……」
稲生:「いっそのこと、まだ魔界に行く電車の方が良かったかもですね。そっち経由の方が、人間界の好きな所で降りれるわけでしょう?」
イリーナ:「まあ、そうなんだけどね。でもまあ、良かったよ。いくら廃線の終点駅とはいえ、全く人のいない所ってわけでもないみたいだし、こうしてバスに乗り換えはできたんだから」
稲生:「まあ、そうですね。石越駅から東北本線に乗り換えできますので、それで取りあえず仙台に向かおうかと」
イリーナ:「了解。そこで温泉の続きでもしましょうか」
稲生:「せっかく、富士山の温泉……」
イリーナ:「まあまあ。ホテルの温泉には入れたわけだし……」
マリア:「私は入れてません」
今まで窓際でウトウトしていたマリアが、ここぞとばかりにツッコミを入れて来た。
イリーナ:「あー、そうだったね。ユウタ君、やっぱり仙台ではどこか温泉に入ろう。でないと、マリアの機嫌が悪くなる一方だわ」
稲生:「そうですね」
イリーナ:「だいぶ前に入ったスーパー銭湯でもいいことよ?」
稲生:「西多賀のスーパー銭湯極楽湯は閉鎖しました」
イリーナ:「マジで!?」
稲生:「マジです。しょうがないので、別の所にしましょう」
といっても稲生には、この前家族旅行で行った場所くらいしか思いつかなかったが。
地獄界からの時差ボケが無かったら、もう少し詳しく検索するなどしたのだろうが、やはり眠気と疲労には勝てなかったようである。
[同日同時刻 地獄界閻魔庁]
蓬莱山鬼之助:「……これが今回の事故報告書です。補佐官殿」
補佐官:「ご苦労様です。火車の言い分は、あの女性魔道師を死者と間違えたとの一点張りなのですね?」
鬼之助:「そうなんです。これが亡者なら正直に言わせる為、拷問の1つや2つでもする所なんですが……」
補佐官:「裁判をするまでもなく、八大地獄または八寒地獄行きが決定した亡者をそこへ送り込む直行便……」
鬼之助:「あの魔女は確かに人間時代、火車の世話になるような復讐劇をしたことで有名です。しかし今は……」
補佐官:「ええ。例え過失と言えど、越権行為をしてしまった咎は咎としなければなりませんね」
鬼之助:「補佐官殿、この件について大王様に報告は……」
補佐官:「それは私からしておきます。あなたは火車を捕らえておきなさい」
鬼之助:「かしこまりました」
補佐官:「もう下がっていいですよ」
キノは深々と一礼すると、補佐官の前から立ち去った。
補佐官:(1度は人間としての生を捨てた者という点においては、亡者と変わらない所があるというのは理解できますが……。どうして、あの女性魔道師だったのかが気になりますねぇ……)
駅前広場のロータリーに1台の路線バスがやってくる。
イリーナ:「ユウタ君、バス来たよ。あれでいいんでしょ?」
稲生:「はい……」
白一色の車体に、バス会社のロゴマークが入っただけのシンプルな塗装。
今や仙台市内でもさいたま市内でも見かけなくなったタイプの中型バスだった。
〔お待たせ致しました。このバスはくりはら田園線、石越駅前行きでございます。整理券をお取りください〕
バスが稲生達の前に止まって、入口の後ろ扉が開く。
どうして見かけなくなったのかというと、ツーステップだからだ。
ここが始発のバス停ではないはずだが、乗客はゼロであった。
ここから乗る乗客も、稲生達以外にはいない。
バスに乗り込むと、1番後ろの座席に並んで座った。
〔発車します〕
引き戸式の後ろ扉がブザーの音と共に閉まると、バスはゆっくり走り出した。
〔「お待たせしました。石越駅前行きでございます。次は、細倉……」〕
〔ピンポーン♪ ご乗車ありがとうございます。このバスはくりはら田園線、石越駅前行きでございます。次は細倉、細倉でございます〕
バスの車内に眩い朝日が差し込んでくる。
この路線バスは、路線名の通り、くりはら田園鉄道の廃止代替バスである。
元々は宮城交通の子会社ミヤコーバスが請け負っていたが、そこから更にグリーン観光バスに委託されている。
つまり、なんだ……。
鉄道どころかバスでさえ採算が取れず、大手バス会社が逃げ出すほどであるということである。
因みにこの日は日曜日であり、休日ダイヤであるが、本数は稲生達の便を入れて5本しか無い。
そして、これが始発便である。
イリーナ:「ユウタ君、どのくらいで着くの?」
稲生:「石越駅にはここから、1時間以上掛かりますね」
イリーナ:「じゃ、少し寝てるか……。ユウタ君も少し寝たら?」
稲生:「はあ……」
それもそのはず。
地獄界へ向かった時は、まだ4日の夕方前であった。
それがたったの数時間で5日の朝になったのだから、稲生達の体内時計は夜中になっているはずなのだ。
稲生もマリアもテンションが低いのは、この為である。
寒いのと眠気覚ましに、駅前広場の自販機で温かい缶コーヒーと紅茶を買ったのだが、効果は無かったようである。
この外国人2人に言わせれば、このような牧歌的な場所でもしっかり自動販売機が設置されていて、しかもちゃんと稼働していることに驚くとのこと。
イリーナ:「因みにアタシの見立てでは、あの電車の一本前は汽車だったよ」
稲生:「汽車?それは客車列車ということですか?」
イリーナ:「そう。それもスチーム式の」
稲生:「蒸気機関車!?……ってことは、その列車はここには着かなかったということですか」
イリーナ:「まあ、そういうことになるね。ただ、どこかの廃線の駅に着くことは間違い無かったみたいだけど……」
稲生:「ええっ!?」
イリーナ:「ここよりもっと寒い所で降ろされたりしてね」
稲生:「それは困ります」
稲生達がいる所は宮城県栗原市。
宮城県北西部の田園風景広がる町である。
当然ながら冬は雪が積もる地域であり、さすがに今はまだ降雪は無いものの、明らかにさいたま市よりも気温が低かった。
バスは旧型のツーステップ車ながら、ちゃんと暖房が入っている。
元々は親会社の経営するグランドホテルの送迎バス部門が独立化したバス会社である為、一般の路線バス車両は所有していなかった。
その為、路線バス開設に当たり、各バス会社より中古車を集めたという経緯がある。
稲生達が乗っているバスもまた、そんな他社からの中古車なのである。
イリーナ:「あと、私達の一本後の奴は電車だったね」
稲生:「それは旧国鉄の……?」
イリーナ:「いや、雰囲気はさっき乗った電車によく似ているね。ただ、あれより車両数は多い。もしかしたら、あれもまた廃線の駅に行くヤツだったのかも……」
稲生:「いっそのこと、まだ魔界に行く電車の方が良かったかもですね。そっち経由の方が、人間界の好きな所で降りれるわけでしょう?」
イリーナ:「まあ、そうなんだけどね。でもまあ、良かったよ。いくら廃線の終点駅とはいえ、全く人のいない所ってわけでもないみたいだし、こうしてバスに乗り換えはできたんだから」
稲生:「まあ、そうですね。石越駅から東北本線に乗り換えできますので、それで取りあえず仙台に向かおうかと」
イリーナ:「了解。そこで温泉の続きでもしましょうか」
稲生:「せっかく、富士山の温泉……」
イリーナ:「まあまあ。ホテルの温泉には入れたわけだし……」
マリア:「私は入れてません」
今まで窓際でウトウトしていたマリアが、ここぞとばかりにツッコミを入れて来た。
イリーナ:「あー、そうだったね。ユウタ君、やっぱり仙台ではどこか温泉に入ろう。でないと、マリアの機嫌が悪くなる一方だわ」
稲生:「そうですね」
イリーナ:「だいぶ前に入ったスーパー銭湯でもいいことよ?」
稲生:「西多賀のスーパー銭湯極楽湯は閉鎖しました」
イリーナ:「マジで!?」
稲生:「マジです。しょうがないので、別の所にしましょう」
といっても稲生には、この前家族旅行で行った場所くらいしか思いつかなかったが。
地獄界からの時差ボケが無かったら、もう少し詳しく検索するなどしたのだろうが、やはり眠気と疲労には勝てなかったようである。
[同日同時刻 地獄界閻魔庁]
蓬莱山鬼之助:「……これが今回の事故報告書です。補佐官殿」
補佐官:「ご苦労様です。火車の言い分は、あの女性魔道師を死者と間違えたとの一点張りなのですね?」
鬼之助:「そうなんです。これが亡者なら正直に言わせる為、拷問の1つや2つでもする所なんですが……」
補佐官:「裁判をするまでもなく、八大地獄または八寒地獄行きが決定した亡者をそこへ送り込む直行便……」
鬼之助:「あの魔女は確かに人間時代、火車の世話になるような復讐劇をしたことで有名です。しかし今は……」
補佐官:「ええ。例え過失と言えど、越権行為をしてしまった咎は咎としなければなりませんね」
鬼之助:「補佐官殿、この件について大王様に報告は……」
補佐官:「それは私からしておきます。あなたは火車を捕らえておきなさい」
鬼之助:「かしこまりました」
補佐官:「もう下がっていいですよ」
キノは深々と一礼すると、補佐官の前から立ち去った。
補佐官:(1度は人間としての生を捨てた者という点においては、亡者と変わらない所があるというのは理解できますが……。どうして、あの女性魔道師だったのかが気になりますねぇ……)