以前、「鎌倉や京都に人が引かれるのは、神社や仏閣が何100年も変わらずそこに存在してしているからである」と述べました。1000年以上も変わらないものがあります。それは聖書です。
ヘブライ人への手紙6章14・15節に次の様な記述があります。
「わたしは必ずあなたを祝福し、あなたの子孫を大いに増やす」と言われました。こうして、アブラハムは根気よく待って、約束のものを得たのです。
私にはアブラハムの様な根気はありませんが、この記事が1000年以上も前から「神の確かな約束」として残っていると言う事実に対して引かれるものがあります。「人の約束は往往にして変わる」と言うことを、我々は経験上良く知っています。だから「変わらない約束」に引かれます。
聖書には良い例と悪い例が出ています。解釈も色々。独善に陥らないように教会に行って軌道修正しています。今回はクリスマス祝会にも出られました。あなたも良かったらどうぞ。中には「聖書に『求めよ。さらば与えられん』とあるでしょ。金貸してくれ」と言って訪れる人もあるようです。^^ 小田原梅干
写真は、日本キリスト教団・小田原教会です。
ヘブライ人への手紙6章14・15節に次の様な記述があります。
「わたしは必ずあなたを祝福し、あなたの子孫を大いに増やす」と言われました。こうして、アブラハムは根気よく待って、約束のものを得たのです。
私にはアブラハムの様な根気はありませんが、この記事が1000年以上も前から「神の確かな約束」として残っていると言う事実に対して引かれるものがあります。「人の約束は往往にして変わる」と言うことを、我々は経験上良く知っています。だから「変わらない約束」に引かれます。
聖書には良い例と悪い例が出ています。解釈も色々。独善に陥らないように教会に行って軌道修正しています。今回はクリスマス祝会にも出られました。あなたも良かったらどうぞ。中には「聖書に『求めよ。さらば与えられん』とあるでしょ。金貸してくれ」と言って訪れる人もあるようです。^^ 小田原梅干
写真は、日本キリスト教団・小田原教会です。