たにしのアブク 風綴り

87歳になります。独り徘徊と追慕の日々は永く切ない。

徘徊路 ふわっと漂う 金木犀 ああ、秋だな~

2022-09-30 20:11:00 | 散策の詩
令和4年9月30日 明日から10月です。
日々に秋の気配が深まる。
久しぶりにブログを更新しました。



あさから、晴れ渡った一日でした。
いつもの道野辺の徘徊路から、
自然公園に足を延ばした。



金木犀の香気が「ふわっと」漂う。
見渡しても樹木は目に入らない。
きっと、ナシ農家の庭先からだろう。





自然公園までの林の道で撮った、
秋の気配を並べてみました。
ご近所徘徊の爺には、こんな、
ブログネタしかありません。



おっと、このネタがあったのですが、
テレビの写真撮ってなかった。
60年来のプロ野球ご贔屓チーム・東京ヤクルト。
セリーグ連覇を果たしました。おめでとう。



丸山選手の劇的さよならVでした。ありがとう。
さあ、連続日本一へ。今の調子ではCSが心配だ。
あと一本。村神様。プレッシャーを克服して3冠王へ。



昨日は台風列島「敬老の日」でした。

2022-09-20 15:01:54 | 頂き物
令和4年9月20日 超大型台風14号が列島を駆け抜けていきました。
昨夜は一晩中、強風が窓枠を揺らしていました。
祝敬老の日「秋の味覚セット」が届きました。

台風一過の今は風も止み、雨も止んで薄曇りです。
この時期の台風が日本海から三陸沖に抜けるコースは、
東北の「果物栽培」農家にとって最悪です。
丹精込めて作り上げたリンゴ、ナシ、カキなど、
果物が落とされてしまいます。

爺も子どものころは経験しています。
リンゴが木の下に、敷き詰めたように転がっています。
稲穂もべったり倒されて、泥にまみれています。
今のように、被害補償もなく、大変でした。



ところで「敬老の日」の頂き物がありました。
自治会から「お買物券800円」
長男からの「秋の味覚セット」
台風に遭う前の収穫物です。よかったです。



少し前には故郷の老夫婦で作っているブドウ。
巨砲が一箱届きました。
腰が痛くなったので、今年が最後だと言っていました。
ありがとう美味しかったです。



ところで、岸田首相に「丁寧に」しっかり言いたい。
この時期、国連総会に行って「カッコつける」ことより、
「足元」の方が大事じゃないの。
日本に「居たくないんじゃ」ないの。クソ。

「統一教会まみれ」の自民党を正すことが先決じゃないの。
最も深く関わっていたとされる「安倍元総理」
その辺を「深堀り」しないで故人だから「限界がある」なんて、
「逃げ口上」で丁寧にしっかり説明したつもりが、
「内閣支持率急降下」の最大原因なのだ。
自分でも分かっているくせに……。

各種の世論調査で内閣支持率が下落していることについて、
岸田首相は「一喜一憂しない」とする一方、
国民の声に丁寧に耳を傾けながら、
真摯に課題に向き合い、結果を出していきたいと、
アメリカに発つ前に記者団に語ったという。

天皇夫妻がイギリスから帰朝していないのに、
総理大臣が、国を留守にしていいのか。
足元の危機が感じられないのか??。
加速する円安対策。値上げラッシュ。台風後の被害国民への復興救済措置。

さらに、台湾地震への対応が心配にならないのか。
中国習近平主席「台湾は中国の領土」だと言う、
その台湾が地震被害に遭っている。

その災害復興に「中国の自衛隊」を派遣すると称して、
軍隊を「空輸」してきたら、岸田首相はどうするつもりなのだ。
いま日本を離れられないのだ。離れてはいけないのだ。
世論に「一喜一憂」しないなんて、
のんきなことを言っているときじゃない。
のっぺり総理、しっかりしろ。クソ。

日本国難を救う「偉人」は居ないのか。
爺の出番かな、「妄想」が酷すぎるよ。

徘徊自然公園は「つりふねそう」で弾けそう

2022-09-11 19:38:09 | Weblog
令和4年9月11日 今日は220日でした。
正しくは「二百二十日(にひゃくはつか)」という。
立春を起算日として220日目に当たる。

台風来襲など、お百姓さんにとっては、
二百十日とともに、農作物の収穫に災害をもたらす、
農家にとって三大厄日とされてきた。

貧農育ちの「たにしの爺」は子どものころから聞いていた。
台所の板の間に転がっていた「農事こよみ」には、
365日の農事作業・祭祀・季節の雑事など歳時記が載っていた。
今でも、宝くじの売り場前に、
「一粒万倍の日」などの幟が出ているとつい、買ってしまう。



ところで、話題は変わりますが、
世間には良く見られる事象「あるある」ネタがあります。
購読紙の「時事川柳」に、こんなのが投稿されていた。
「旅行してスマホばかりを見て帰る」(東京・桜の寺さん)
この光景、最近は本当に「あるある」ですね。

爺にも「温泉友だち」がいまして、このところ、
コロナということもあって、出かけていませんが、
旅行中、彼は列車内でも、宿についても、スマホを見ています。
当該旅行の観光についての情報を検索しているようです。

松本・諏訪に行った際も、中央線の沿線では必見の風景、
甲斐駒、北岳、仙丈ケ岳などアルプスや八ヶ岳が見えるよと、
話しかけても「ちらっと」見るだけで、スマホに目を移します。

花巻の温泉に行った時も「東北本線」の車中から、
栗駒高原など東北の脊梁の山々が見えても、
車窓よりスマホに目が行っている。

爺は、旅に出たら写真は撮るが、もっぱら景色や自然を見ます。
何度も来ることのない風景をしっかり見ておきたい。



昨今は、外出して電車に乗っても、
昔は新聞、週刊誌を見ている風景が主であった。

今どきは、スマホに集中していて、
周りのことなど眼中にない。
ドアの前で降りる人が居まいが、避けもしない。
スマホが日本人の「気遣い」や「礼儀」を壊している。

文句がある、異議のある人は、どうぞ。



写真はいつもの徘徊自然公園の、
「釣舩草」「ツリフネソウ」の群落です。
インパチェンス。実は弾けて飛びます。

夏の名残り、秋の気配、虫の声、物価高騰で悲鳴

2022-09-06 13:06:24 | Journalism
令和4年9月6日 大型台風11号が日本海を北上中。
当地は「フェーン現象」で蒸し暑い。
ここ数日らい、セミの鳴き声が弱弱しくなった。
徘徊の道すがら、パタパタしながら落ちている。
「7日目のセミ」だろうか。草むらに移してやる。
アリが集って、弔ってくれる。



セミの声に代わって、虫たちの声が高まってくる。
「あれ松虫が鳴いている♪」
文部省唱歌「虫のこえ」でネタ枯れの爺ブログを更新します。
写真は「JUL2022」カレンダー、
7月の歌川国芳筆の「猫のすずみ」の裏面に印刷されていた、
昆虫写真から細工しました。



・日本の童謡・文部省唱歌「虫のこえ」

あれ松虫が 鳴いている
ちんちろ ちんちろ ちんちろりん
あれ鈴虫も 鳴き出した
りんりんりんりん りいんりん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ

きりきりきりきり こおろぎや
がちゃがちゃ がちゃがちゃ くつわ虫
あとから馬おい おいついて
ちょんちょんちょんちょん すいっちょん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ

「たにしの爺」は松虫、鈴虫、コウロギの声はよく聞くが、
馬おい、くつわ虫の声は、よくわからない。



「たにしの声」はぶつぶつブツブツ、あぶくです。
岸田首相!! 物価高続きで、爺は悲鳴を上げているぞ!!
国民大合唱は「物価対策」「減税」「賃金上げろ」だぞ!!
のっぺりしてないで、何とかしろ、クソ!!

夢枕獏「神々の山嶺」を読んでいる昨夜、NHKジャーナルでレビュー

2022-08-27 15:37:20 | 本・読書
令和4年8月27日 木々の葉の光や梢を揺らす風。
なんとなく秋の気配になってきた。そんな感じだ。
不思議な事象というか。偶然というか。
昨夜、26日夜、10時半過ぎラジオのスイッチを入れた。

NHKジャーナルの時間だった。
「ブックレビュー」で「神々の山嶺」が話題になっていた。
早稲田大学文学学術院准教授の石岡良治さんが、
夢枕獏作、谷口ジロー作画によるコミック版の、
「神々の山嶺(いただき)」を紹介していた。



フランスでこのコミック本がアニメ化され、
大変評判になっている。日本でも、
映画館で上映されて人気になっているということでした。
予告編



なんとこの本、ちょうど原作を読んでいる最中でした。
夢枕獏さん原作。集英社出版1997年8月10日発行で、
上下2冊になった分厚いボリュームの本です。
映画にもなっています。



エヴェレスト登頂史の謎に挑む二人の男の葛藤と生き様。
「たにしの爺」すでにコミック版も映画も観ています。
ブログにも書いてあります。

山岳映画「エヴェレスト 神々の山嶺」
2016-04-07 20:31:20 | 劇場映画


で、また何で、この本の原作などいま、読んでいるか、
全く心当たりがないんです。
図書館から借り出す、きっかっけは何だったのか。
その読んでいる本が、たまたま聞いたNHK番組で耳に入り、
フランスでアニメ化され、
日本でも公開されているなんて初めて知りました。



下巻にとりついた「たにしの爺」
ボリュウムに圧倒されながらも、
(以下本の読み進行によって追加していきます)

ストイックな孤高の登山家・羽生丈二が挑む。
誰も成し遂げたことがない「冬季エヴェレスト南西壁の単独・無酸素」登頂。
その記録に賭ける山岳カメラマン深町誠。

行方にエヴェレスト雪の岩壁が……。

(30日、追記分、省略あり)
いやになるほど、空が晴れている。
その空に、エヴェレストの、黒い岩峰が刺さっている。
深町は南稜に近い岩の上で、その岩峰をにらみ続けている。
頂上をファインダーの中に入れ、ピントを合わせ三脚を固定した。
ファインダーいっぱいに、イエローバンドから上のエヴェレスト頂上岩壁の威容が入っている。

深町は、何度もファインダーに目をやった。
「いた⁉」
小さな、ゴミのような、赤い点。
頂上直下ウォール。
そこに、羽生の姿があったのだ。
「やめてくれ、引き返せ」
深町は歯を噛んだ。

エヴェレスト南西壁でも、最大級の危険地帯を、羽生は、静かに上へ移動中であったのである。
深町はシャッターを押した。1枚、2枚、3枚……

チベット側の上空に浮かんだ白いものが見えた。
動いている。雲だ。
チベット側から、その雲は吐き出され、頂上岩壁に這い寄ろうとしていた。

「羽生!」逃げろ、深町はファインダーを覗いた。
どこだ。どこにる羽生。
いない。羽生が見えない。

居た。上方の岩壁に動いていた。
頂上まであと、250メートか。
シャッターを押す、押す。

雲が上昇気流に乗って、岩壁を這い上がって登っていく。
羽生に、雲が迫っていく。
羽生よ、逃げろ、上へ。
「羽生!」深町が、唸るようにその名を呼んでシャッターを押した時、羽生の姿は、這い登ってくる雲に包まれて消えていた。
エヴェレストの頂そのものが、すべて雲の包まれて見えなくなっていた。



(9月2日、追記分、ストーリの概略です)
1993年12月18日10時36分、
深町のカメラのファインダーで捉えた羽生は、
エヴェレスト南西壁イエローバンドの上方登頂直下の壁で動いていた。
その時、上がってきた雲が羽生を隠してしまった。

それから2年後の1995年11月10日10時28分。
エヴェレスト登頂を果たし、深町は8100メートルまで下りてきた。
霧の中を、雪が疾っている。
ルートを見失っているようだった。
7069メートルのノース・コールのベースキャンプまで下りなければ死だ。

風も、雪も止まなかった。
どれだけ歩いたか。方向も時間の感覚もなくなった。

岩陰に、ほんの狭い空間にふたつの人影が見えた。
羽生っ!!羽生がうずくまっていた。
隣にマルローが凍っていた。
・・・・・・・・
……………………………………………………………………………………
9月2日、夢枕獏「神々の山領」上下巻970ページ余りを読み終えた。
エヴェレスト初登頂をめぐる伝説をベースに、
孤高の登山家・羽生丈二の軌跡を追う、
山岳カメラマン深町誠の圧巻の記録が深い。
山岳ミステリーの醍醐味を味わい、読み切りました。
氷壁を寸刻みに登攀してゆく描写がすごい。

満月と狸タヌキは関係があるのか、ないのか……

2022-08-18 11:59:45 | 散策の詩
令和4年8月18日 強い雨が降ったり、止んだり。
蒸し暑い空気で体調も気力も、へなへなぐったり。
前回は長文の夏休み「読書感想文」をアップした。



今日はお気楽話です。
タヌキ「狸ちゃん」のタメフン溜め糞です。
いつも徘徊する自然公園の草むらに、
今年も狸の子育てが観察されました。



管理学芸員の話ですと4匹だそうです。
爺も徘徊中に目撃したときは写真に撮ります。
人慣れしてしまって、近くを通り過ぎても、
寝ている「狸寝入り」か、こっちを見るだけ、
逃げ隠れはしません。



最近は姿はあまり見ませんが、
「フン糞場」が盛大に広がっています。
夜分に出てきて、やらかしているのでしょう。 



タヌキのトイレは同じ場所にする習性があるという。
結構「大クソ」のようですね。
トイレの面積が広がっているようです。



ところで、12日(金)は8月の満月だったそうです。
狸ちゃん親子、揃ってお尻を揃えて、
マンゲツを見上げながら、
ウンコをしていたのかな~~。



親子そろって「ポン」「ポコ」「ポン」
ツッツキ、月夜だ、みな出てコイコイ~
オイラは「ウンぽこ」「ウンぽこ」~~



安部公房「砂の女」を読んだ。爺の「夏休み読書感想文」です

2022-08-13 15:29:52 | 本・読書
令和4年8月13日 久しぶりに硬派な小説を読みました。
新潮日本文学46 安部公房集「砂の女」
--罪がなければ、逃げる楽しみもない。



8ポイント活字で2段組、文字がぎっしり詰まった本。
小さな文字を一日3、4ページづつ「ハズキルーペ」と、
エッシェンバッハ光学の「ワークルーペ」を併用し読みました。
眼が疲れました。20日は眼科に行く日です。





何で、今、安部公房「砂の女」を読む気になったのか、
6月ごろ、NHKラジオ、高橋源一郎の「飛ぶ教室」で、
漫画家・文章家のヤマザキマリさんとの「読書会」を聞いて、
思い出したので、図書館から借り出した。


 
こんな書き出しで始まる。――

八月のある日、男が一人、行方不明になった。
休暇を利用して、汽車で半日ばかりの海岸に出かけたきり、
消息をたってしまったのだ。
捜査願いも、新聞広告も、すべて無駄に終わった。



7年たち、民法第三十条によって、死亡の認定となった。
 
男は学校の先生で昆虫採集を趣味としていた。
砂地に住む希少種の新種発見が願望であった。
彼は双翅目蝿の仲間の変種に目をつけていた。
黄色い前足のニワハンミョウ採集に傾注した。
鞘翅目ハンミョウ族は砂地に住む昆虫だった。
 
彼は砂浜海岸を歩いているうちに、
砂の斜面を掘り下げた、
くぼみの中に沈んだ家が点在する集落に足を踏み入れていた。

夕暮れが近づいていた。
漁師らしい老人の案内で、一夜の宿を紹介された。
「縄ばしご」で砂の斜面を下りるような穴の底に、
半分砂に埋まりかけたような家だった。
30前後の女が出迎えた。
 
一夜明けて男は、砂底の家からは出られない。
「縄ばしご」は引き上げられてしまっていた。
 
毎日、流れてくる砂を掻きだし、
モッコで引き上げてもらわないと、
埋まってしまうような穴の底で、女と暮らすことになった。
 
女は男の身辺に気遣ってくれているようだったが、
一日の大半は砂の掻きだしと砂の搬出に精を出していた。
水はモッコの砂と引き換えだった

砂は流体。空気のように体中、口の中まで積もる。
女は夜、砂の積もった裸体で床に伏して寝ている。
男は体に自制できない何かが動き出すのを感じた。

男と女の営み、男の官能を通じて何ページも続く。
 
砂の壁から出られない男は不条理な境遇を呪った。
自由だった世界に戻りたい、幾度か脱出を試みた。
「底なしの流砂地獄」に嵌って、徒労に終わった。
村人たちに助けられて穴の家に戻されてしまった。
 
 「失敗したよ……」
 「はい……」
 「まったく、あっさり、失敗してしまったもんだな。」
 「でも、巧くいった人なんて、いないんですよ……まだ、いっぺんも……」
 
 女は、うるんだ声で、しかし、まるで男の失敗を弁護するような、力がこめられている。
 なんていうみじめなやさしさだろう。このやさしさが、酬いられないのでは、あまりに不公平すぎはしまいか?
 
 「納得がいかなかったんだ……」
 「……このまま暮らしていってそれでどうなるんだと思うのが、一番たまらないんだな……」
 「洗いましょう……」はげますように女が言った。
  
ギクシャクしていた女との関係も、
いつしか馴染める関係になっていた。
流れてくる砂を掻き、モッコで引き上げることや、
生活労働が二人の共同作業になっていた。
 
男が外界との連絡を取る手段に、
鴉の脚に手紙をつける作戦を思い立った。
鴉を捕獲しようと仕掛けた穴の桶に、
ある日、「水が貯留」しているのを発見した。

女が妊娠した。
街の病院に入院するため「縄ばしご」が下ろされ、
女はオート三輪で連れ去られた。
 
男は残されていた「縄ばしご」をゆっくり上った。
久しぶりに外界を眺めた。海が見えた。
空は黄色く汚れていた。
海も黄色くにごっていた。
深呼吸したがざらつくばかりだった。
穴の底で、何かが動いた。自分の影だった。
 
桶の底に溜まっていた水は、切れるように、冷たかった。
べつに、あわてて逃げ出したりする必要はないのだ。
溜水装置のことを、村人に話したいと思いはじめた。
逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。

ここも悪くないな~なんて思い始める…… 
以上が、小説のストーリーの概略です。


  
いま「砂の女」読んでみれば、
この小説が発表された1962年の時代状況とは、
「砂穴の壁」が様々な意味を持って感じられる。
 
貧富、上流民、下流民、正規、非正規、ジェンダー……
社会に張りめぐされた既得支配「エスタブリッシュメント」
金子みすゞ「見えないけれど、あるんだよ」的な壁です。



ところで、ヤマザキマリさん、テレビ、ラジオに、
著作にと、すごい活躍(?)ぶりです。それに話が面白い。
「壁とともに生きる わたしと「安部公房」とか、
「100分de名著」テキスト(NHK出版)など
書店に平積みで並んでいます。

たにしの爺は、ときどき立ち読みでページをめくっています。
たにしの爺にとって、「歳、年齢」が越えられない壁です。

夏休みの課題「読書感想文」のつもりです。
膝の痛みは、なかなか良くならないが、
頭の方は、なかなか大丈夫のようです。
困ったものだ。

3度目のアオノリュウゼツランが見られました。

2022-08-11 20:08:58 | 花とつぶやき
令和4年8月11日 きょうは「山の日」でした。
数十年に一度、咲く花「アオノリュウゼツラン」
3度目の観察記録を報告します。



いつも徘徊する自然公園に「温室植物園」があります。
中庭にはバナナなど亜熱帯の植物が植わっています。
その中に4株の「アオノリュウゼツラン」があります。
今夏、そのうちの一株が花を付けました。



数十年に一度しか咲かない花を、
84歳で3回も観察できたことになります。
まあ、同じ株から咲いた花ではないので……
そんなに珍しがることでもないです。



たにしの爺ブログ、
これまで「アオノリュウゼツラン」については、
2回観察記録をアップしています。
今回はあまり花付きた良くないようです。



1回目にアップした記録、
・数十年に一度咲く花 アオノリュウゼツラン
2012-08-04 21:54:41 | 花とつぶやき
この記事がよく「検索閲覧」されて読まれていますので、
参考にしてください。

2回目の観察記事もあります。
・アオノリュウゼツランの花を再び見られました
2017-08-04 12:51:06 | 花とつぶやき



アオノリュウゼツランを初めて見たのは、
2012年の夏でした。
その後、2017年の夏、そして今夏の2022年、
5年ごとに咲くようです。
4株目の花が5年後に咲くかもしれません。
それまで頑張るとしよう。

今日は暦の上では二十四節気の一つ「立秋」です。

2022-08-07 11:59:07 | 24節気
令和4年8月7日 残暑お見舞い申し上げます。
たにしの爺ブログ、ネタがないときは「節気」綴りです。
もっぱらWebから知識を借用します。これも、
趣味としている「勉強」の一つです。



と言う訳で学習しました。
明確な四季の移ろいに恵まれている日本です。
四季の移ろいを暦の上で区切ったのが「二十四節気」ですね。



夏至と冬至を「二至」とし、春分と秋分を「二分」、
それぞれの中間に存在する、
立春・立夏・立秋・立冬を「四立(しりゅう)」とする。
これらをあわせて「八節」と呼ばれている。



立秋は特に大切な「八節」の一つとされる。
平安時代から現代まで、日本の詩歌文芸の魂になっています。
まあ、そういうことです。皆さんも、ご存知のことですよね。



高校の国語教師が秋の「鑑賞詩」として、
良く引用した歌を今も覚えています。

馬追虫の髭のそよろに来る秋は まなこを閉ぢて 想ひ見るべし  長塚



リアル現実は盛夏、猛暑、洪水、熱中症、コロナ、サル……
秋の気配どころか、「危険な気配」ばかりです。
「中国・習近平」殿の力誇示は「恐怖」ですね。

「梨の選定枝」ほどにも、老人は「再エネ」にはならない?

2022-07-30 13:37:05 | Journalism
令和4年7月31日 「ぐだ~、として」7月が終わる。
いつもの徘徊する公園で出会う、同年配のご同輩さん、
「俺たちは、核燃料廃棄物」で溜まるだけで厄介者だ。

自嘲気味に呟く。爺も同感ですね。
お国の方では、始末に困っている「核燃料廃棄物」
「姨捨山」ならぬ、水に流す「海洋廃棄」ですね。

公園に集まる「徘徊仲間」のご同輩たち、
現役時代の片鱗を話題の端に覗かせながらも、
話の落ちるところは「病歴、入院話」で盛り上がる。

目下は「4回目打った??」が挨拶代わり。
「もう済んだ」とか「来週だよ」なんて、
「秋には5回目だね」もトレンド入りです。

公園の隣に「梨の選定枝」の集積所があります。
うず高く積まれていましたが、チップに粉砕されて、
バイオ発電燃料用として処理された居ます。



その粉砕用の「巨大トレーラー」が凄いんです。
小枝はもちろん、丸太ほどの木片まで、
粉々にしてしまいます。「働く巨大マシーン」です。



その巨大マシーンの移動作業に出会ったので、
写真に撮らせてもらいました。
炎暑日の下、お疲れさんです。ありがとう。



「梨の選定枝」さえ、
バイオマス発電用燃料として
再生可能エネルギーになっている。



「老化徘徊人間」「核燃料廃棄物」は、
維持費ばかりかかるうえに、
再エネ利用にならない、厄介(者)物なのかな~~


梨の選定枝が粉砕されて「バイオマス燃料」の山

     

 「梨の選定枝」とバイオマス発電などについての過去記事、
以下の項をご覧ください。

 「梨の木」剪定枝でクリーエネルギー発電
2018-04-03 14:04:06 | Journalism
 「梨木の剪定枝」が発電燃料に出荷されていました
2018-05-27 13:22:42 | Journalism
水車 涼しき再生可能エネルギー
2011-07-24 21:35:02 | Journalism

女の子の「お仕事小説」?/?--米村圭伍著「退屈姫君伝」

2022-07-19 11:29:28 | 本・読書
令和4年7月19日 「梅雨曇り」みたいな日が続いている。
徘徊の途中に降られて、安いスニーカーが「グチャグチャ」。
グチグチ言いながら鬱陶しい。4回目のワクチンも済んだ。

久しぶりに綴る「乱読徘徊」本読み妄想レビューです。
若い女の子の「お仕事小説」に嵌っていると、前に書きました。
坂本司「和菓子のアン」、瀬尾まいこ「天国はまだ遠く」、
近藤史恵の「たまごの旅人」の3冊を紹介しました。

今回は異色です。米村圭伍著「退屈姫君伝」です。
徘徊途中「退屈しのぎ」に図書館で見つけました。
作者・米村さん「解説入り」ストーリー小説です。
講談本というか、落語本というか、お色気ありで、
「大型活字本」で爺好みに大変、面白かったです。



江戸時代「お姫様」の探偵ごっこお遊びを「女の子のお仕事」小説とか、
なんかに見立てたら、読んだ方々は「なんだ、それっ!」大笑いですね。
たにしの爺が「本読み徘徊」で勝手に刷り込んだ妄想です。

前の3作品は現代が舞台の小説でした。
「退屈姫君伝」--ときは江戸時代です。
「女の子」は幼くして嫁いだ「めだか姫」です。

大藩・陸奥磐内藩五十万石西条綱道の末娘・めだか姫は、
父の命で、四国讃岐の小藩・風見藩二万五千石の藩主、
時羽直重のもとに輿入れして3ヵ月余りです。
夫の直重が国許の讃岐に戻ることになります。
若妻・めだか姫は江戸藩邸に残って留守役になった…。



五十万石の大藩から小藩へ少女で「嫁いだ」めだか姫、
家禄違いの暮らし振りギャップに戸惑ったり、
藩邸を取り巻く不思議や家中の系譜の謎を、
「退屈しのぎ」に嗅ぎ回るというお話です。

ところがとんでもない難儀を「嗅ぎつけ」ます。
「姫の嫁いだ小藩」を潰そうとしている首魁は、
なんと、あの老中「田沼意次」一派なのでした。

若い姫君夫人が、国許に帰参中の主「お殿様」のために、
無役で居候の義弟や「お庭番」「くノ一」ら助っ人と、
嫁ぎ先の「小藩」の窮地を救うストーリーです。



これまで読んできた硬い「時代小説」と全く異色の、
下ネタ混じりの痛快お気楽ユーモア時代小説でした。
「留守藩邸を守った」女の子の見事な、
「お仕事小説」だということにしました。

雨と暑さしのぎに、だらっと駄文を綴りました。
いやー、本は「耄碌した」頭の栄養になる。
ところで、ワクチン4回目を済ませたが、
全くなんーにも、副作用が感じなかった。
ワクチン効いているのかな??

「鎌倉殿の13人」千葉常胤の猪鼻城を見てきた

2022-07-11 15:22:49 | 社会見学
令和4年7月11日 「日本停滞」を望んだ民意??
参院選挙結果は「自公」政権の継続が圧倒多数??
これでは「日本は何も変わらない」ではないか??



立候補者の皆さんの「お花畑公約」なんて、
所詮、実現できるなんて実は、思っていない。
「議員として6年間、優雅になりたいだけ」
2期3期12年も18年も、いい身分で居られる。



一昔前に「自民党をぶっ壊す」と言って、
「自民党を立て直した」首相がいました。
「日本をぶっ壊す」と言って、
「日本を立て直す」リーダーが居ないですかね。



「NHKをぶっこわーす」党から一人当選した。
日本を支配する岩盤的堅固な体制や制度--、
既成秩序「エスタブリッシュメント」をぶっ壊す。



84歳、耄碌爺の妄想ですよ。



ところで、NHK大河「鎌倉殿の13人」、
これから面白いクライマックスになるのかなーー?
坂東武者の重鎮になっている、
千葉常胤の旧城址・猪鼻城を見てきました。



千葉常胤(ちば つねたね)
平家に敗れた源頼朝を助け兵300を率いて救援、
東国支配確率のため鎌倉幕府樹立に大功を立てた。
頼朝からは「父も同然」と感謝される坂東の重鎮。



常胤の最初の居城が亥鼻城(いのはなじょう)、
現在は千葉県庁前の亥鼻公園の一角に、
「千葉城」として復元されたお城になっています。
天守閣に上がれば千葉市内が一望できました。



千葉県のお城としては「大多喜城」「久留里城」など、
見てきましたが県庁前に「千葉城・猪鼻城」という、
お城があるなんて、初めて知りました。
千葉常胤をイメージした銅像が建てられている。



お城は5層建てで「千葉市立郷土博物館」として、
千葉氏(千葉市)の歴史が資料とともに、
語られています。入場料はフリーでした。



JR千葉駅には久しぶりに行きましたが、
すごくきれいな大きな駅ビルになっていて、
たまに出歩くと、びっくりすることが多い。
「爺も歩けば」ブログのネタになる。

「TOKYO街旅」隅田川5橋を渡り歩きました―下

2022-07-03 20:32:11 | 社会見学
令和4年7月3日 暑い7月になりました。
5月の連休の後、墨田川に架かる5つの橋を、
2日がかりで徘徊した記憶を掘り起こしています。



2日目は大江戸線「勝どき駅」からスタートでした。
東京の地下鉄線は新しいほど地底深くなっている。
まさに地底都市駅です。歩いてはとても出られない。



「直下型地震」に遭遇したとき地下鉄に乗っていたら、
「どうなるか」想像したくないですね。
最近はこんなことも考えられる。「ウクライナ」
ミサイル攻撃の「シェルター」にもなるかな??
いずれにしても「地下駅に居たら」安全なのか生き埋めか。



長いエレベーターを乗り継いで、地上「晴海通り」に出ました。
道路の左正面に「勝鬨橋」が見えました。
少し寄り道するために「勝どき橋交番」の前を右折して、
西仲通りを月島もんじゃストリートに出ました。



月島川に架かる「西仲橋」から「月島川水門」をパチリ撮影。
アジサイが咲きベンチもある「月島川遊歩道」を川沿いに歩き、
「月島川水門テラス連絡橋」に出て、「水門」をパチリ。
この辺のことは、前回の分に書いて写真も載せました。
この「連絡橋」からの眺めが素晴らしく、
隅田川徘徊の最終回は、ここから書き継いでいきます。



対岸の光景、「勝鬨橋」全景が目に入ります。
広い遊歩道を歩き、勝鬨橋の下をくぐると、
美しい曲線の「築地大橋」見えます。
対岸は「旧築地市場」の船着き場がみえます。
広い「墨田川テラス」公園で一休みしました。





浜前橋に上がって「築地大橋詰広場」にきました。
この辺は工事中で巨大なビルが建設中でした。
環二通りに架かる「築地大橋」に上がるには、
橋の袂の「エレベータ」で上がります。
自転車も入るエレベータです。





上がりました。
橋の上とは思えな広い道路でした。
歩道と車道は一部、分離しています。
緩やかな勾配と曲線が描く巨大な橋でした。



東京五輪に合わせ造られた橋で、
移転した「豊洲市場」に直結しています。
橋の先「環二通り」を進むと新橋を経て、
「虎の門ヒルズ」直下トンネルを通り抜け外堀通りになる。



橋の中央から「朝日新聞社」の社屋が見えます。
橋から降りたら、市場跡地の整備中の工事現場でした。
朝日新聞社を左に見ながら「築地場外市場」に入りました。





「海鮮丼」にするか「お寿司」にするか、
「総合案内所・ぷらっと築地」に立ち寄り、
お勧めの情報を得て、詳細な店舗案内図を入手しました。
物凄い情報量の詰まった店舗詳細地図です。





「海鮮丼」を選択し、お勧めの小路に入り、
呼び込みに誘われ「つきじかんのん」で腰を下ろしました。
いろいろ多彩な鮮魚が入っていましたが、
載っていたマグロの切り身が薄かった







その後、鮮魚、乾物の密集する小路をぶらつき、
「波除稲荷神社」にたどり着きました。
「夏越の茅の輪くぐり」をして参詣しました。





その後、私たちは、…おっと、実は、
これまで独りで歩いていたみたいな記事でしたが、
4人のご婦人にご同行していただいていました。





晴海通りに戻り「築地本願寺」に入りました。
本堂に上がって小半時、お経を聞きながら瞑目し、
しばし疲れと興奮を沈める時を過ごしました。



本願寺に隣接している「メトロ日比谷線築地駅」から、
帰路に就きました。
「市場歩き、また来たいね」が、
ご婦人方の感想でした。お疲れさまでした。

掲載した写真と記事がフィットしていません。
後日、見直したいと思っています。
お見苦しい点はごめん。
ありがとう。

「TOKYO街旅」隅田川5橋を渡り歩きました―中

2022-06-29 15:01:12 | 社会見学
令和4年6月29日 異例の速さで「全国的に梅雨明け」です。
6月が終わる。高齢者には命に係わる「酷暑の夏」が始まりました。
前回に続いて、隅田川の5つの橋を歩いた記録を書いています。



「中央大橋」を歩いて佃島に入りました。
開拓漁民によって干拓されれた「佃煮」発祥の地です。
今ではタワービルが林立するウォターフロントですね。



高層タワービルの中を通り抜け「佃公園」の川端に出ました。
「石川島灯台」「住吉水門」「住吉神社」「佃小橋」を回わる。
「佃煮屋さん」も2.3ありましたが休業していました。









③「佃大橋」に上がりました。大きな平らな橋でした。
広い歩道があり、人通りもあまりなくいい感じです。
上流を見れば「中央大橋」とスカイツリーが見えます。





下流を見れば「勝鬨橋」が目に入り、
「水上バス」が往来していました。



橋自体はまさに「道路の延長」といった普通の橋です。
上流下流右岸左岸、眺望は素晴らしいものでした。
右岸は明石町、聖路加ガーデン・ツインタワーが、
ひときわ目立って、目に飛び込んできます。



「佃大橋」を歩き対岸に出ました。明石町です。
「聖路加病院」を中心に歴史的な建造物・遺跡地区です。
花壇やベンチが置かれ、整備された墨田川テラスが続きます



高層ビルを見上げながら「勝鬨橋」の袂の公園に着きました。
「晴海通り」です。通りの向こうは「旧築地お魚市場」です。
「勝鬨橋資料館」に寄り、往時の「跳ね橋」の仕組みを見学。







④番目になる「勝鬨橋」を渡る。
中央の「分かれ部」は隙間になっていて、
大型車が通るたびに波打ちます。
渡り切れば「月島地区」です。



高層タワービルが林立しています。
橋の下に降りて「月島川水門テラス連絡橋」に出ました。
墨田川テラスの遊歩道がこの水門で途切れていたものを、
「連絡橋」で繋いだものです。





素晴らしい川面と橋と対岸がばっちり見えます。
「月島川水門」も「西仲橋」と「連絡橋」からと、
裏表両方見ることが出来ました。




(以下、次回に続く)

「TOKYO街旅」隅田川5橋を渡り歩きました―上

2022-06-27 13:16:33 | 社会見学
令和4年6月27日 今週で1年の半分が終わる。
84歳の誕生日が過ぎたら急に「ガクッと」来た。
左膝の痛みに「ヒアルロン酸」を5回注射した。



「関東甲信」が梅雨明けしたと発表されました。
睡眠障害で気が滅入る「鬱気味の半年であった」
ご近所、道野辺徘徊しても「妄想力」も衰えた。
緑陰の葉擦れを聞きせせらぎの川辺で眠りたい。



たにしの爺さん、「三途の川」ならぬ、
隅田川ウォーターフロントを徘徊しました。
何年も前から念願していた徘徊コースです。



門前仲町駅から永代通りを「永代橋」まで歩く。
下に降りて川沿いに歩き「中央大橋」まで行く。
「中央大橋」を渡り「佃島」に上陸し散策する。



「佃大橋」を渡って明石町側の川沿いを歩く。
「勝鬨橋」の麓まで行き、資料館を見学する。
「勝鬨橋」渡って対岸の「月島水門」を見る。



右手の対岸に「築地市場船着き場跡」を見ながら、
東京五輪に合わせて造った「築地大橋」へ向かう。
隅田川にかかる最も新しい大橋を渡る計画でした。



●5月の連休後に出かけた記録です。
老体の身では流石に、1日では無理でした。
天気も良く風に吹かれて5橋を2日かけて、
渡り歩き、「築地本願寺」がゴールでした。



①まず、「永代橋」へ。
メトロ門前仲町駅からスタートです。
「3番出口」を出るとそこは「永代通り」です。
「江戸情話」人情の街「深川」の中心ですね。
歩道に出ると「テイカカズラ」の甘い香りが漂います。



香りに包まれながら歩きます。
江戸時代から続く繁華な通りです。
史跡の表札も幾つかあります。


門前仲町駅3番出口、渋沢栄一住居跡、佐久間象山邸の跡

「永代橋」袂に来ました。
時代を感じさせる「大きな青い鉄橋」です。
美しいアーチ曲線構造の重量感が圧倒します。





橋の歴史は江戸時代の「大川渡し」が始まりですね。
時代小説の物語には、この渡し(橋)が登場します。
「大川渡り」なしに「江戸の話」は成り立たたない。



橋の両側には、ゆったりした歩道が整備されていて、
安心して川の両岸を見ながら歩くことが出来ました。
橋に入ると眼前には、素晴らしい景観が広がります。
左サイトを見ると青い川面と超高層ビルが林立する、
佃島リバーシティが、圧巻の眺望で目に入ってくる。



橋を渡り切り下に降りる階段がありました。
川辺に沿う「隅田川テラス」新川公園です。
ご近所の住民が管理する花の道が続きます。





次に渡る「中央大橋」の下まで来ました。
そのまま進み亀島川との合流地点にある、
史跡「霊岸島水位観測所」まで来ました。
残念ながら修復中とあって外観だけです。





②「中央大橋へ」--橋の下に戻り、
スロープを上がり橋の上に出ました。
八重洲通りに架かる中央区の「シンボルブリッジ」です。





以下、Webからの紹介です。
2本の角柱が斜めに伸びて塔頂部で接合され、
さらに末広がりに伸びる「A形形式」。
隅田川はパリ・セーヌ川と姉妹関係を結んでおり、
その関係でフランスのデザイン会社が設計しています。





中央橋脚部分には当時のパリ市長ジャック・シラクから、
友好の印として前衛彫刻家オシップ・ザッキン作の彫刻、
『メッセンジャー』(messenger)が配されています。
写真を撮りましたがよくわかりません。





佃島に向かって広い歩道が整備されて、
花壇もあり休憩ベンチもあり、川風が心地よい。
上流を見れば、永代橋の向こうには、
スカイツリーが見えてビューポイントでした。





右手には佃島の先端「石川島公園」パリ広場が広がります。
(以下、次回に続く)