たにしのアブク 風綴り

87歳になります。独り徘徊と追慕の日々は永く切ない。

徘徊する好奇高齢者の「思考の整理学」

2020-11-08 12:57:47 | 本・読書
82歳半ばの徘徊爺です。
健康維持のために毎日90分、数キロを徘徊します。
道野辺の熟知している道です。
帰れなくなることはありません。



歩くことは足の裏から脳味噌に刺激が上がって、
知的老化防止に役立つ(ボケない)と信じています。
徘徊中はいろいろ過去のこと、先のことが、
脳内でスパークします。ほとんど老人の妄想です。
整理して記録するような思考ではありません。

思考と言えば、今年7月に96歳で亡くなられた、
外山滋比古さんの名著「思考の整理学」という本があります。
東大生、京大生が必ず読むと言われ、
読まなかった人は「若い時」読めばよかったという、
30年以上も前に書かれた著書です。



先日、何時もの図書館に立ち寄った際に、
大型活字のコーナーに同書があったので、
借り出してきました。
内容は多岐に渡り、思考から知識へ、そして学理構成へと、
収斂させていく方法論が展開されていました。



たにしの爺が現役時代に読んだこの種の本は、
野口悠紀雄さんの『「超」整理法』でした。
外山さんの「整理学」は40年前の本ですが、
コンピューターにも論考しておられています。
現代の情報化社会の思考にも役立つ内容でした。

徘徊老人の「妄想整理」にはちょっと無理かな~??
高校生の二人の孫に読むようにメールしたが、
まず、読まないだろうな~~。



なお、たにしブログの熱心な応援者で雨曇子さんの日記に、
お会いした時の記憶として「外山滋比古先生と八丁味噌」
という | エッセー」書かれていたことを記憶しています。

大型活字本で藤沢周平「風の果て」を読了

2020-01-18 16:00:04 | 本・読書
大型活字で読む時代小説シリーズ、
藤沢周平「風の果て」上中下を読み終えました。
暮に図書館から借り出してきましたが、
途切れ途切れに読み継いで返却期限の15日になりました。



以前、昔になりますが文庫本で上を読み始めて、
下が未購入でしたので結末が不明のままでした。

ストーリー展開が主人公の現況と回想が交差しながら、
武家社会の生き様が精緻な文章で綴られた物語でした。
大活字でストレスなく読めて藤沢文学を堪能しました。

長い物語はこんな場面から始まる。

首席家老の桑山又左衛門に「果たし状」が届いた。
「果たし合い状」は親友の野瀬市之丞からだった。
――市之丞め、又左衛門は行燈を引き寄せ呟いた。

市之丞は、娶らず禄を喰まず歳を経た野瀬家の厄介叔父。
藩の首席家老桑山又左衛門に果たし状を届けてきたのだ。

又左衛門は顔を暗い庭に戻しながら虫の声を聞いた。
政変を勝ち抜き、又左衛門が権力を手中にしたとき、
市之丞が「奸物」めと、つぶやいたことを思い出す。



ここから長い回想のストーリーが始まる――。

又左衛門・村上隼太は実家の部屋住みの居候だった。
野瀬市之丞とは片貝道場に通う修行仲間だったのだ。
片貝道場では併せて5人の修行仲間が親しんでいた。
杉山鹿之助、三矢庄六、寺田一蔵、市之丞、隼太。

5人は稽古が終わった後、
組頭の楢岡図書の屋敷に伺って、
藩家中の内輪の話を聞くのを楽しみにしていた。
主に窮乏する藩の財政と対する派閥の噂だった。

隼太らが楢岡家を訪れるもう一つの楽しみは、いや、
こちらの方が一番の本命だといえる楽しみがあった。
図書の一人娘千加さんが点てる茶を頂くことだった。
千加さんは憧れのマドンナで心中密かに期待していた。

千加さんの婿に入ることを夢見ていたのだ。
家格と身分制度が決まっていた時代。
家督相続は長男と決まっていた。

次男三男はしかるべき家格の娘に婿入りしない限り、
嫡男の家で部屋住みの厄介叔父になるしかなかった。
杉山鹿之助だけはかつて藩の重職の嫡男で、
いずれ藩の要職に就く身分は保証されていた。
他の四人は下士侍の二、三男で婿の口を待っていた。

そんな中で、上村隼太は楢岡図書から聞かされた、
藩の開拓水利事業で難関になっているという未開地、
「大蔵が原」の開拓水利事業に夢を持つようになった。

「大蔵が原」の開拓水利に着目しているもう一人の要人が居た。
藩の農政に関して第一人者で切れ者と言われる郡奉行の桑山孫助。
「大蔵が原」を歩き回っていた隼太は、
探索していた桑山郡奉行と山中で出会った。

運命の出合だった。
隼太は桑山家に婿入りすることになった。
藩の基礎財政は農政、農民らの信頼関係が大事だという、
義父孫助の私利私欲を超克した生き様に惹かれるようになった。

派閥の思惑による「大蔵が原」が政争の具にもなった。
妨害にもめげず桑山父子は開拓事業に成果を見出した。
隼太も代官から奉行にと出世の道が拓き始めていた。
道場仲間だった杉山鹿之助は世襲の血筋で家老になっていた。

隼太は家督相続を機会に桑山又左衛門と改名した。
家老職に任ぜられるようになる頃から、
上士で、かつての親友だった杉山が、
下士出の隼太の出世を快く思わない、
「成り上がりめが」そんな気配を見せるようになった。

…………………………………………………………………………
権力者は、後からくる実力者を排除しようとする。
自分の権益を犯す者は許せない。
農政の実績と、農民からの信頼という、
バックグラウンドを持つ隼太を恐れたのだ。

戦国時代も武家の世でも、現代でも、
組織の権力者は後からくる実力者を落とす策を巡らす。
…………………………………………………………………………
回想のストーリが終わり、小説の筋に戻れば、

藩の頂点に立った隼太・又左衛門に、
生涯、「娶らず禄を喰まず」だった市之丞が、
なぜ、「果たし状」を突き付けてきたのか?

ーー市之丞の顔を立ててやろう。

果たし合いの指定地・三本欅の下に市之丞が立っていた。
「執政などに納まりやがって、腹の底まで腐ったかと思ったが、
そうでもなかったらしいな。一人で来たのは上出来だ」

年老いた二人が息絶え絶えに白刃を交わし合った。
又左衛門は、市之丞に最期の水を飲ませた。

「大蔵が原」の空を風が走った。

出世した者、人を切って脱藩した者、生涯無禄を通した者など、
5人の道場仲間が辿ったそれぞれの人生模様。
生き方は難しい。

山本兼一作「火天の城」を読みました。凄い小説でした。

2019-11-17 15:28:08 | 本・読書

大型22ポイント活字で読む時代小説シリーズ。
初めて知った作家の凄い小説に出会いました。
山本兼一著「火天の城」です。

図書館の書棚に分厚い茶色い背表紙の本。
行く度に3分冊がずしっと収まっている。
題名から戦国小説物とは思っていました。

裏表紙の紹介コピーを読んでみました。
「安土城」が舞台であることを知って、
今年5月に近江八幡に泊る旅をした際、
ガイドさんの説明が記憶に甦りました。

読み始めたら面白くて、止められない。
いままで読んだことのない分野でした。



「信長の夢は、天下一の棟梁父子に託された。
天に聳える五重の天主を建てよ!
信長の野望と大工の意地、情熱、創意工夫…
未曽有の建造物の真相に迫る。松本清張賞受賞作」
(裏表紙の内容紹介文より)

「清洲城」の織田勢は、押し寄せる5万の今川勢と対峙していた。
岡部又右衛門以言は、毎朝のならいで、
身を清め、口をすすいで熱田神宮の本殿で拝礼を行っていた。



朝もやの中に5,6騎が駆ける馬蹄の響きが聞こえてきた。
織田の棟梁信長に違いあるまい--又右衛門はそう思っていた。
「出撃と決めたか」

「清洲の織田信長である。戦勝祈願をたのもう」
「大工はおらぬか。宮番匠がおるであろう」
「宮の御修理番匠岡部又右衛門にござります」
「小さな輿を作りたい、今川の首が乗るのよ」と信長。
「よい檜がござるゆえ、さっそく細工いたしましょう」



義元の首を先頭に信長と2千の将兵が清洲城に凱旋したのは、
永禄3年(1560年)5月19日、信長27歳の夏であった。
小説は概略、こんな書き出しで始まる。

この出会いから又右衛門は信長お気に入りの番匠に、
安土城築城の総棟梁として心血精魂を込めて仕える。
信長の求める前代未聞の五重の天主城を築き上げた。



小説の舞台と背景は琵琶湖畔近江八幡市の安土山一帯、
織田信長が天正4年から約3年の歳月をかけて完成し、
本能寺の変後、焼失して石垣だけが残っている安土城。

この安土城の築城の総棟梁として差配をとった、
番匠・岡部又右衛門以言(もちとき)の職人気質と、
以俊(もちとし)父子の執念の城づくりが凄いです。

圧巻は安土山を削り石で築き上げる石垣づくり。
石垣組の棟梁のこだわりと総棟梁としての葛藤。

城を支える巨大柱になる4本檜を探しに、
敵地である今川領の木曽上松に乗り込む。

檜の杣頭を説得し、
伊勢神宮遷都に育てた切ってはならない、
檜の切り出しに持ち込む気迫が凄い。

そしてその4本の巨大檜が木曽川を流す日。
洪水の川は檜の杣統領を巻き込んで渦巻く。



信長は城の天主は「吹き抜け」にせよと命じる。
設計絵図はライバル棟梁たちとコンペになった。

又右衛門は悩んだ。
信長お抱えの棟梁としてコンペに敗れたら、
面目丸つぶれになる。

それに「吹き抜けの天主」など作ったら、
城内部に煙突を抱え込むようなものだ。
又右衛門は葛藤して苦悩の日々だった。
それを救ったのは息子の以俊だった。

「吹き抜け」を組んだ他の棟梁の絵図を、
信長は採用しないで又右衛門父子の設計を採った。
石の語るを聞き、木の声に耳を傾け、
「安土城」は3年の歳月で落成した。



読後感としては、とにかく面白い。
作者は凄い筆力で大工、石や、屋根やを描く。

みな職人としての矜持のかたまり。
妥協なき城作りの職人魂が、作者のペン先から紡ぎ出され、
職人たちの息遣いが伝わってくる。

面白かったが結局、安土城は炎上してしまう。
信長も死に、光秀も死んで、又右衛門も死に、
いまはその城を再現することはできない。
石垣など城跡が残っているのみです。



山本兼一さんの作品は初めて読みました。
「利休にたずねよ」で直木賞をを受賞している作家ですね。
戦そのものより、銃や刀など、
モノづくりの現場職人に焦点を作品を残されていることを知りました。
「利休にたずねよ」を読みたくなりました。

18日は左目の硝子体注射の日です。
しばらくアップは中止します。


東 直子さん著「とりつくしま」という本を読みました

2019-10-21 15:33:20 | 本・読書

死んだあなたに、
「とりつくしま係」が問いかける。
この世に未練はありませんか。あるなら、
なにかモノになって戻ることができますよ、と。
(ちくま文庫、web 内容紹介より)

大型活字で読む本シリーズ。今回のレビューは、
たにしの爺にとって、異色の本になりました。
爺のジャンルは、時代小説とかミステリーが多いですが、
初めて手にした作者の本に「憑りつかれ」ました。
「死んだ後にとりつく」物語ですから、
まあ、一種のスリラー物と言えなくもないのですが……

東 直子さんという作家も初めて知りました。
歌人の方が本業のようです。
見当違いでしたら、ごめんなさい。

図書館で借りる「大型活字本」は一作品が、
3~4冊の分冊になっている本が多いです。
借り出し制限数にあと一冊余裕があるとき、
分冊本の1だけ借りるのも気持ち悪いです。

中には2,3刊だけ書架に残っていたり、
「下」だけ残して借りている方もいます。
爺は、そおいう並びは見たくないのです。

数少ない1冊本で目にとまったのが、
東 直子著の「とりつくしま」でした。
作者についても、内容についても全く、
予備知識のない未知の方の本でした。



前口上が長くなってしまいました。
東直子さん本「とりつくしま」は、
「もしも~だったら」を描く哀しくもあり、
ミステリーなファンタジーな世界でした。

この世に「心残り」「未練」を残して逝った人が、
「とりつくしま係」に導かれ身近な物に憑りつき、
自分亡き後の「気になる事・人」を見守っている。

話すことも助けることはできないが、
憑りついたモノの感覚は共有できる。
物に憑りついて死後の現生を見守る。
11編からなる「とりつくしま」です。



①ロージン
 母はピッチャーの息子の陽一が公式試合で使うロージンに…
②トリケラトプス
 妻は夫の好きなマグカップになって毎日、温もりを共有して…
③青いの
 ぼくは公園の青いジャングルジムになった、寒い冬が来て母の…
④白檀
 私・書道塾の講師は思慕する師匠・浜先生の使う白檀の扇になって…
⑤名前
 孤老のワシは図書館の司書、小雪さんの名札になって、胸に付けられ幸せにしていたが…
⑥ささやき
 わたしはママの補聴器になっていたが…
⑦日記
 僕は妻・希美子の付けている日記帳になっていたが、ある日庭先の炎の中に…
⑧マッサージ
 仕事人間だったおれは、仕事中に死んでマッサージ器になって家に戻ってきていた、自分が座ったこともなかったが…
⑨くちびる
 14歳だった私は、恋を成就したことがない。好きな先輩が居た。その先輩と付き合っている彩香先輩の使うリップクリームなった。私が付いた唇に…
⑩レンズ
 アタシはカメラのレンズになって孫の翔太のカメラアイになるつもりだったが…
番外篇 びわの樹の下の娘
 美しい一人娘が死んで、1本の髪の毛から生えた草木が、幼くして好きだった男に絡みつて…

たにしの爺、この小編のうち⑨「くちびる」が一番印象に残りましたね。



もし爺が棺桶に入るとき、「とりつくしま係」から、
何か「とりりつきたいモノ」がありませんかと聞かれたら、
はて、何だろう。有るような、無いような…
長文お疲れさんでした。

羽根藩に名君の現れ――葉室麟「草笛物語」を読む

2019-08-02 16:57:52 | 本・読書

大型活字で読む時代小説。葉室麟シリーズ―ー、
今回のレビューは「草笛物語」になりました。

これまで葉室作品は「冬姫」「川あかり」「螢草」「潮鳴り」
「蜩ノ記」「散り椿」の読みレポを書きました。
現在、NHK「BS時代劇」で「螢草」が<菜々の剣>として、
清原果耶が主演、菜々の役で放送されています。



「草笛物語」は羽根藩シリーズの最後になる作品です。
九州の豊後地方(大分県)の小藩・羽根藩の跡目騒動劇です。
シリーズの第一作になっている「蜩ノ記」の始末記と言えます。

「蜩ノ記」の主人公・戸田秋谷は蟄居を命じられ、
藩の家譜を執筆して10年後、無実の罪を承知の上、
自刃してから16年の歳月が流れていた。



向山村での蟄居中の秋谷の監視役を命じられていた壇野正三郎。
同じ家に暮らすうちに秋谷の人間性に魅せられ、師と仰ぐようになった。

そして秋谷の娘・薫と夫婦になり、桃と言う娘もいる。
藩の要職に戻ったが相原村にある「薬草園」の番人をしている。

秋谷の嫡男・郁太郎は戸田順右衛門となって中老に就いている
自己にも藩政にも厳しく律し「鵙」(もず)と呼ばれていた。



このような藩の事情を背景に物語は始まる。
江戸屋敷には元服前の世子(藩主の後継者)鍋千代が居る。
小姓役の赤座颯太は同い年で遊び仲間でもあった。

藩主の吉房は病で亡くなる。
鍋千代が若くして藩主を継ぎ吉道と名を改めお国入りとなる。
小姓役の颯太ともに豊後・羽根藩に入る。

気弱な颯太は薬草園の番人・壇野正三郎の下で、
小姓役を務めながら学業・武術を修業することになる。

若き藩主・吉道は規則ばかりのお城暮しに反発、
颯太を通じて城下に度々、野駆けをするようになる。



ある日、秋谷の残した「蜩ノ記」を見たいと言うことで。
壇野正三郎の家を訪問し正三郎から、
秋谷の生き方を聞き、藩の事情も知らされる。

藩内には若き藩主・吉道には組せず、
一門の三浦左近(月の輪様と呼ばれている)を、
藩主に担ぎ出そうと画策する一派が暗躍し出すのだった。

またしても羽根藩のお家騒動が始まる。



秋谷の遺していった姉の薫、妻とした正三郎、娘の桃。
弟の郁太郎・戸田順右衛門。慕う亡き源吉の妹・お春。
逞しくなった小姓・赤座颯太。戸田順右衛門の娘・美雪。

若き藩主・吉道と颯太をはじめ若い小姓たちが、
藩に蔓延る因縁遺恨を乗り越えて成長する姿が清々しい。。
正三郎と順右衛門「われわれはついに名君を……」

草笛が「ピーッ」と響いて、
蜩の鳴く声が空から降るように聞こえる。
羽根藩のお家騒動も大団円の模様です。

誰でも文庫「草笛物語」葉室麟
発行発売 大活字文化普及協会
2018年1月31日 印刷発行

「マスカレード・ホテル」「マスカレード・イブ」を読んだ

2019-04-23 13:59:43 | 本・読書

大型活字で読む本シリーズ、今回もミステリーになりました。
前回の内田康夫さんの「鯨の哭く海」に続いて、
東野圭吾さんの「マスカレード・ホテル」「マスカレード・イブ」
東野作品のレビューは初めてです。



当代きっての人気ミステリー作家・東野さんの作品は、
ほとんど読んだことがありませんでした。
記憶にあるのは毎日新聞の連載した「手紙」くらいですね。

手にしなかった格別な理由があった訳ではありません。
しいて言へば、本が分厚くてボリューム感に圧倒され、
手に取るのに「気後れ」していたのでしょうか。



はじめに「マスカレード・ホテル」
今回手に取った大型活字本も3分冊のボリューム。
拾い読みしてみたら文章はさらさらで快調に読め、
ストーリーもテンポよく面白くなって止まらない。

一日で一気に読み終わってしまった。
面白くて、ミステリーの醍醐味を味わいました。
つづいて「マスカレード・イブ」を一気に読破。



「マスカレード・イブ」(発行日2014年8月)は、
「マスカレード・ホテル」(同2011年9月)の後に書かれたものだが、
「マスカレード・ホテル」の前承と言える連作短編集です。
登場人物やミステリーの舞台設定が用意されています。
警視庁捜査一課警部補の新田浩介がしごかれる新人時代。



ホテル・コルシア東京フロントクラーク配属4年目の山岸尚美。
二人がコンビになる前の、それぞれの職場での修業時代が、
3本の連作ミステリーとして描かれる。

主編となっている「マスカレード・ホテル」
東京都内で起きた3件の殺人事件があった。
現場には奇妙な数字列が遺されていた。
殺人の予告なのか捜査は難航していた。



新田刑事らの推理で次の犯行現場を暗示しているとした。
その犯行現場は「ホテル・コルテシア東京」だと断定。
捜査陣がホテルマンに成りすまして配備された。



捜査一課警部補の新田浩介はフロントスタッフに化けた。
ベテランになったフロントクラークとして山岸尚美が居て、
新田刑事の教育係を担当することになった。



強面の警察のプロとお客様がすべてのホテルマンのプロ。
ホテルを訪れるさまざまな人間を疑いの目で見る新田刑事。
お客様の仮面をはがしてはならないとするクラークの尚美。



「マスカレード(masquerade)」とは、
「仮面舞踏会」「仮装パーティ」の意味だという。
ホテルのお客様は皆、いわば仮面を付けた人間群像で、
ホテルのサービスとは、仮面人間を心地よく過ごさせる、
そのお手伝いが仕事で、決して正体を暴いてはならない。



で、ストーリーの方はどうかって、
ミステリーのレビューのエチケットして、
ネタばれになるようなことは書けません。



あえて言えば、ヒントはあとから書かれた、
「マスカレード・イブ」の最終章プロローグですかね。
この小説は映画にもなっているので、
知っている人は知っていますね。



映画と共にシリーズ3冊目の、
「マスカレード・ナイト」を読みたくなった。

内田康夫さん著『鯨の哭く海』を大活字本で読んだ

2019-03-29 11:06:25 | 本・読書

大活字で読む本シリーズ、今回は内田康夫さんです。
内田さんの本のレビューは初めてです。
多くの小説フアンを持っていた内田さんです。
テレビのサスペンス劇場の常連作家でした。
昨年の3月13日にお亡くなりになりました。



『鯨の哭く海』は22ポイント、ゴシック文字の大活字で、
4分冊になっています。重ねると9センチにもなります。
大活字本は、左目に障害を持つ爺には大変、有難い本です。

本書はご存知の浅見光彦シリーズの一冊です。
サスペンス・ミステリーの潮流は、捕鯨の町に生きた父と母娘が、
クジラ利権を支配するドンに翻弄された相克のストーリーでした。



プロローグはーー
師走の2日と3日に行われる秩父夜祭りの夜からでした。
秩父警察署刑事課巡査部長の鈴木圭太は巡回警らにいた。
群集の中に不審な動きをする男を追っていたが見失った。
翌日の朝、その男は羊山公園で死体となって発見された。



そして―サスペンス・ミステリーの舞台は、
「捕鯨発祥」の地・和歌山県太地町に移る。

『旅と歴史』のルポライター浅見は藤田編集長から、
「日本におけるクジラ」について執筆依頼を受ける。
浅見は捕鯨発祥の地、和歌山県の太地町に向かった。



博物館の巨鯨の背に打ち込まれていた捕鯨銛り。
綱を手繰りながら謎解きの旅レポートが始まる。
鯨の町で「捕鯨の歴史」の取材を進めるうちに、
さまざまな因縁めいた事故や事件を知る。



一つは、大手全国紙の和歌山支局の新聞記者と、
地元網本の女性との書置き「心中事件」だった。
反捕鯨のキャンペーンを張る大手紙の支局記者。
捕鯨網元の子女との心中に違和感を持った浅見。



調べていくうちに、
秩父の事件と太地の事件を結ぶ糸があった。
夜祭りに死体で発見された男は大地生まれ。
心中したとされる新聞記者は秩父の生まれ。



鈴木巡査部長が最後に手錠を掛けた男は誰か??
太地町と秩父市で6人が殺されたミステリーは、
捕鯨利権の渦潮に巻き込まれた「母と娘」の哀し人生図だった。



★ジャーナリスティックなサスペンスミステリー
「クジラは美味しい利権」なのか???

クジラは捕って食料としていい。、
クジラは保護すべき動物である。
国際間の大問題となって久しい。

「商業捕鯨」再開を求める日本は昨年の12月に、
反捕鯨の国際捕鯨委員会(IWC)を脱退しました。
太地町を選挙区に持つ自民の大物議員の後押しと、
水産庁OBらの圧力でIWC脱退を強行したのだ。



ミステリー『鯨の哭く海』のナゾ解きの筋道は、
「クジラ利権」の犠牲になった人たちに行き着く。
まさに「大背美流れ」の悲劇の例えのごとく、
クジラの町に生まれた「父と母娘」引き裂かれた、
修羅のストーリでもあったと、爺は読み解きました。
(注:大背美流れ(おおせみながれ)ーWEBで見てください)



★「商業捕鯨」を主張する日本の論拠
クジラは海洋資源を食い尽くす――。

たにしの爺、かつて所属していた経済週刊誌のデスク氏から、
当時、マスコミの主流になりつつあった「反捕鯨論」に対し、
クジラが増え続ければ「海洋資源」が枯渇するという。
日本の食生活の危機だと、捕鯨の意義を説いてくれた。

『鯨の哭く海』もこの論に多くのページを割いている。
「調査捕鯨」で得た日本の科学的データによると、
クジラが一年間に捕食する海洋資源(アジ、さんま、イワシなど魚)の総量は、
人間が一年間に消費する魚資源の5倍になるという。
「適切なクジラ捕獲」こそ、海洋資源の保護になる。
IWCのクジラ保護を続けていれば、増え続けるクジラが飢え死にする。

たとえ日本の科学データが正しいとしても、
潮吹き「クジラ利権」の口実にもなりそう。

丁度この記事を打っている時間、3月27日午後6時30分、
NHKニュースで八丈島近海で、
ザトウクジラの親子が泳いでいる映像が流れています。
ザトウクジラが八丈島付近で見られたのは初めてだという。



★南紀勝浦に行きます

それと大変興味深く読んだ箇所は紀州勝浦・大地町。
クジラに関わる歴史記念誌、観光施設でした。
それというのは勝浦に5月に行く予定があるからでした。

名古屋に転勤していた時代に三重、奈良には行きました。
紀伊半島は三重の尾鷲市には行きましたが、
和歌山県にまで行ったことがありません。

伊勢から南紀勝浦、紀州加太、南淡路の、
休暇村をつなぐツアーに参加しようと考えています。
その際、ミステリーの舞台を見られのるか、
太地町に下車できるのか不明ですが楽しみです。



最後まで見てくださり感謝です。

大型活字本で「ロスジェネの逆襲」を読んだ

2019-03-03 14:36:36 | 本・読書

大活字で読む本シリーズ今回のレビューは、
痛快サラリーマン劇場でした。
池井戸潤著「ロスジェネの逆襲」です。

そう、あの半沢直樹シリーズの3冊目です。
社会現象にもなった話題のテレビドラマだったようですが、
たにしの爺は、一度も視聴したことがありませんでした。



2月始めに図書館の大活字本のコーナーで見つけました。
本のサイズも大型で文字も22ポイントのゴシック体。
目の治療中の爺にとっては行間も広く、
「視界明瞭」で超具合よく読めます。

読み始めたら止められない。痛快で面白い企業小説。
「企業買収(M&A)」の裏で暗躍する金融証券業界の攻防。
全く畑違いの分野で過ごした爺にとって興味深いものでした。

主人公の半沢直樹は、
東京中央銀行の子会社「東京セントラル証券」に出向して半年。
振興IT企業から、ライバル会社の敵対的買収の依頼を受け、
アドバイザー契約を結ぶが、担当部下らの不手際で、
依頼企業の怒りを買って契約を破棄されてしまう。



その企業と新たなアドバイザー契約をしたのが、なんと、
なんと、半沢の出向元の東京中央銀行の証券事業部だった。
「この借りは必ず返す。やられたら倍返しだ」と、
半沢の心に火が付いた。敵は親会社の証券部だ。

親会社を相手に緻密な戦略を組み立て「大逆転」の勝利。
そんな半沢に待っていたのは、
本社に帰任し「次長」職を命じる辞令だった。



たにしの爺、2月になって、いささか鬱気味でいたが、
勧善懲悪の痛快ストーリーに魅せられ読み終えました。

ストーリーの縦線は次長部課長など役職の役割劇ですが、
中心をなす横線はバルブ期、ロスジェネ世代など、
世代間の優劣、ライバル・競争など葛藤が中心になっている。



憂鬱で「徘徊世代」のたにしの爺、痛快でスカッとするような、
大逆転の非日常的な夢のような日が来ないかと妄想しています。
そんなことあるわけないよな……



「ロスジェネの逆襲」池井戸潤による日本の経済小説。
『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)に連載され、
2012年6月に単行本化、2015年9月に文春文庫。

「100歳元気」死ぬ時も元気でいる秘訣を知りました

2019-02-21 10:34:28 | 本・読書

大活字で読むシリーズ、今回は時代小説を離れました。
日野原重明さんと三浦敬三さんの対談。
100歳「元気生活」のススメ(祥伝社刊)です。
実に楽しい「100歳元気」実践録でした。

ご存知のように、
日野原先生は聖路加国際病院名誉院長など多岐にわたる分野で活躍され、
成人病を生活習慣病として予防医療に尽力されました。
90歳で出版した「生きかた上手」がベストセラーになるなど、
多彩な才能を発揮され「生涯現役」の医師として、
医学界に多大なる功績を残されまし。
2017年7月、105歳で永眠されました。



三浦敬三さんは日本スキー界の草分けの一人であり、
「八甲田の主」とも呼ばれる。還暦で海外に遠征して以降、
白寿(99歳)でモンブラン山系の氷河バレー・ブランシュ滑降、
100歳で親子四代でロッキー山脈スキー滑降を達成する。、
子の三浦雄一郎さん、孫の三浦豪太さんもスキーヤー・登山家です。
2006年1月、101歳で死去されました。


 
本書は93歳の現役の医師であった日野原先生と、
100歳の現役スキーヤー三浦敬三氏の対談集です。
超高齢者のお二人がご自身の日常を語り合い、
90歳過ぎても現役で社会貢献できる喜びを謳歌する。
「現役主義」という意識を持ち続けることが大切だという。

三浦さんの健康秘訣は「医者嫌い」だという。
「自然治癒力」こそ命の源泉だと信じる。
日野原さんは「自然治癒力というのは、
その人の精神力と非常に関係することが最近わかった」
「免疫力とか自然治癒力というのは、
その人に秘められた内在的なことから生まれる」という。



三浦さんの主論は「骨折も自然に直した」という経験主義。
日野原さんは「医療的見地」で補完する。
以前にテレビで三浦さんの「舌出し運動」を見たことがあります。
口を大きく開け舌を思いっきり前と左右に出す、
これを何回か繰り返す。毎朝これを行う。

日野原さんの「お勧めの生活習慣」は、
少食・腹八分。植物油をとる、肌のハリを保つ。
首を回す。後ろから呼ばれた時、身体を向けるのではなく、
首だけ回すとはつらつと見える
息を吐ききる。吐ききると腹式呼吸が簡単にできる。
眼の前の好きなことに集中して楽しむ。。
自分の身体は自分で守る習慣をつける。



本書を読むと、歳を取ることに対するイメージが変わります。
「長生きする性格」と「早死にする性格」があるようです。
春の花のように生き生きと100歳まで健康に生きましょう。

たにしの爺、96歳まで生きられるという。
「御託」を感じたことがあると、妄想していましたが、
最近、その妄想「自信」を無くすような心身の変化を感じています。

藤沢周平作品「秘太刀馬の骨」を読んだ

2019-01-07 09:31:11 | 本・読書

大活字本で読む時代小説シリーズ、
「隠し剣孤影抄」<上下>に続いて、
藤沢周平作品「秘太刀馬の骨」です。

大派閥の頭領にのし上った小出帯刀は敵も多く、
後ろ暗いことにも手を染めている。

かつて栄華を誇った大派閥の領袖、
望月四郎右衛門隆安が路上で暗殺された。
その暗殺剣が「馬の骨」という秘太刀ではなかったかという。

望月家老の二の舞を恐れる帯刀は江戸から、
甥御で神道無念流免許取りの石橋銀次郎を呼び寄せ、
「馬の骨」の遣い手探査に乗り出す。

その探査の案内人として、
近習頭取に取りたてた浅沼半十郎に命じる。



秘太刀「馬の骨」は不伝流の矢野道場に密かに伝わると噂されている。
門弟のうち一人のみ伝授されているとのという。
編み出し祖父矢野仁八郎、受け継いだ父には、
5人の高弟が居て現存している。

内藤半左衛門58歳、いまなお普請組の外勤を務める。
沖山茂兵衛50歳がらみ、大納戸を束ねている。
北爪兵九郎30歳半ば、御番頭という重職にある。
長坂権平、痩せた兵員方の役人。
飯塚孫之丞28歳、近習組。
矢野家当主の藤蔵、家僕の兼子庄六か。
庭先に稽古場道場を持つ。

銀次郎は半次郎を仲介にして一人ずつ試合を挑み、
「馬の骨」を見極める策をめぐらす。
果たして秘太刀「馬の骨」を受け継いだのは誰か?

それに半十郎には杉江という、
潔癖過ぎて馴染めない小太刀遣いの妻が居る。
銀次郎に振り回される夫を冷たく見守っていたが……



銀次郎は試合で自ら傷つきながら結局、
「馬の骨」を突き止めることはできなかった。
御側御用人の石渡新三郎が帰国し、藩主の国入りも迫っていた。

帯刀は護身役に一人の剣客を傍に置くようになった。
ある夜、帯刀は護身役を伴って、
かつての不正の顛末を知る、
米問屋の元番頭の住む家を訪れようとしていた。

家から黒い人影が走り出た。
庭先から悲鳴が上がり、
護身役が影を追って走り去った。

庭には帯刀が、影を追った護身役が、橋の脇で、
首が骨まで絶たれていた。
現場に来た半十郎、孫之丞らは、一目でわかった。
これが「馬の骨」だ。

果たして遣い手は誰だったのか。
秘剣ミステリーの謎解きは読み手に預けられた。

「秘太刀馬の骨」はオール讀物に、
90年12月号から92年10月号まで断続敵に連載された。
書籍化にあたって一部終章が書き加えられている。

山本周五郎著 小説「日本婦道記」

2018-11-25 10:25:30 | 本・読書

武家の女性の凛とした生きざまを描く短編集。
時代小説にハマっている「好奇高齢者」の80歳の爺です。
お題「読書の秋にオススメの小説は?」に参加しました。

剣豪もの、捕り物、市井・長屋の人情劇など、
時代小説のジャンルにはいろいろあります。
筆者の好きなのは「武家もの」です。

日本人の精神史形成の血筋になっていた「武士道」
そして「武家」に生まれた女性、嫁いだ女性たち。
夫に仕え、義母に仕え、家を守って生きる。



描かれている11篇の女性たちはみな「下級武士」の家筋です。
その女性たちが、貧しくても、禄高は低くとも、
自分を見失わず凛と生きる姿が美しい。



武家の時代に男は命をかけて「主家」に仕える。
男・夫を支えていた妻や女たちも献身的に、ときには、
凛として「犠牲的」生涯をつらぬいた妻子もいた。



本書は「つつましくけなげに生きてきた」
武家の妻女たちの生き様を編んだ短編集です。

現代女性には「えっつ、そんなのな~い」と、
考えられないようなところもあるのですが、
描かれている女性はひたむきで美しいです。



今様の感覚で言えば、
いろいろ「突っ込み」はあるでしょう。
まあ、読んでみてください。

書店に行けば文庫版で廉価で買えます。
筆者の蔵書は配偶者が同居するようになった時、
持っていた昭和33年発行の「新潮文庫」です。

大型活字本で読む葉室麟「蜩ノ記」

2018-10-05 20:18:02 | 本・読書

大型活字で読む時代小説。
葉室麟シリーズ4作目は「蜩ノ記」
これまでに葉室作品は「冬姫」「川あかり」「蛍草」「潮鳴り」
の読みレポを書きました。

今回の「蜩ノ記」は「小説NON」(祥伝社)に、
2010年11月号から2011年8月号まで連載され、
第146回直木賞受賞作です。
葉室さんの代表作品ですね。
作品を読む前に映画でも見た作品です。



舞台は豊後(大分県の南部)・羽根藩(うねはん)。
七年前に藩主の側室と不義密通の疑いで、
僻村の向山村に幽閉されている戸田秋谷・
(映画では役所広司)が主人公です。
秋谷は10年後の切腹と家譜の編纂を命じられている。



その戸田秋谷の監視を命じられているのは、
城内で刃傷事件を起こしたが家老らの温情で、
切腹を免れた檀野庄三郎(映画では岡田准一)。

庄三郎は秋谷の切腹の期日まで、
病床の妻・織江(映画では原田美枝子)、
娘の薫(映画では堀北真希)、
息子の郁太郎(映画では吉田晴登)らと寝食を共にする。



切腹の時が近づく日々、潔い秋谷の姿。
家譜編纂に正確を記し、誠実を尽くす日々。
息子の郁太郎が農民の子らたちとの交わす正義の絆。
運命を静謐に過ごす戸田家の人たち。

庄三郎は、武士としての生き方に感慨を覚え、
秋谷に課せられている罪状に疑念を持つようになる。
秋谷の家族を守りたいと思うようになる。



映画は、四季折々の美しい風景の中で、武士の矜持が凛として描かれる。
少々長い映画でしたが、
後半の雪原中での壮絶な殺陣シーンは圧巻でした。

庄三郎を演じた岡田准一が上映中の「散り椿」の、
瓜生新兵衛として再び葉室作品に帰ってきた。



映画「散り椿」は後日、フォローします。



葉室麟「潮鳴り」--「落ちた花」が再び咲くとき

2018-09-27 21:48:10 | 本・読書

大活字本で読む葉室麟さんの時代小説。
5冊目は「潮鳴り」になりました。
これまで「冬姫」「川あかり」「蛍草」の読みレポを書いてきました。
映画にもなった名作「蜩の記」は先送りになっています。

「潮鳴り」は「蜩の記」と同じ豊後(大分県の南部)・羽根藩ものです。
伊吹櫂蔵は羽根藩の武士で俊英と謳われ、
剣術の腕も立って「出来る男」であった。
しかし、周囲になじまない性格ゆえに、
勘定方のお役目御免になってしまった。



父の後妻にきた厳格な継母の染子とも折り合いが合わず、
異母弟の新五郎に家督を譲って、家を出てしまう。
わずかな仕送りを無心しながら、怠惰な日々を過ごしている。
海辺の漁師小屋で無頼放蕩の生活を送るようになった。

周囲から「襤褸蔵(ぼろぞう)」と呼ばれている。
「落ちるところまで堕ちていく」自分にさえ、愛想が尽きていた。

そんなある日、家督を継いでいる新五郎が
目ぼしい家財を処分したから、その一部だといって、
櫂蔵に3両を置いていった。
櫂蔵はその3両を一晩で散在してしまう。



その翌日、弟新五郎が切腹し果てたことを知らされる。
遺書から借銀を巡る藩の裏切りが原因だと知る。
3両置いていった義弟の苦悩も聞かず、追い返した櫂蔵は
「己の浅はかさ」に悔やむ日々に変わった。

旬日が過ぎて、そんな櫂蔵に藩から出仕の話が来る。
「弟と同じ新田開発奉行並として」仕えよという。
義母・染子は「行ってはならぬ。新五郎と同じ羽目になる」という。



義弟の無念をなんとしても晴らしてやりたい。
「落ちた花」でも、義弟のために咲かせたい。
櫂蔵は、再び城に戻ることを決意するのだった。

伊吹家に戻る櫂蔵は、三組の同行者を伴った。
酒と喧嘩の怠惰な生活の中で知己を得た者だ。

一人は元武家娘のお芳。
好意を寄せた藩の井形清四郎に弄ばれて転落した。
酌婦から身を娼婦にまで「落ちた花」だった。
櫂蔵は義母に「いずれ妻にしたい」という。

一人は江戸の大店の大番頭だった咲庵。
人生を見直し放浪の旅に出た俳諧師となっていた。
そして、かつて父・帆右衛門に仕えてい宗平と娘の千代。



城に入り「部署に着いた」櫂蔵の周りには、
謀り事に満ちた「深い闇」が支配していた、
切腹した新五郎の足跡を追っていくと、
大商人と結託した藩ぐるみの不正が見えてきた。
中心にいるのは、かつてお芳を弄んだ井形清四郎だ。

下働きとして伊吹家に入ったお芳に染子は冷たかった。
あることから染子は、厳しいながらも
「武家の嫁」としての修行を課するようになった。
そんなある日、清四郎からお芳に呼び出しがかかった‥‥



「落ちた花」は再び咲かすことが出来るのか。
地獄を見た者たちに「潮鳴り」が響きあった。

櫂蔵らは、不正に染まりきった藩を正していく。
「悪徳」は滅びるのはお決まりであっても、
やはり正しき者が陽の目を見るのは、時代小説の醍醐味ですね。

2014年3月31日、大活字文化普及協会発行
定本、祥伝社「潮鳴り」



葉室麟原作「散り椿」28日から上映です。

背後に迫る仇の剣の気配に、菜々は……葉室麟・蛍草

2018-09-15 19:42:45 | 本・読書

大活字本で読む葉室麟さんの作品、
3作目は武家娘、雌伏の仇討ち物語「蛍草」

文庫本が読めなくなった「たにしの爺」
もっぱら大活字本の時代小説にハマっています。
葉室作品ではこれまでに「冬姫」「川あかり」の読みレポを書きました。
「蛍草」は前の二作に比べ少女の「一途さ」が染みる作品でした。
仕える主への募る想いと、無念に切腹した父に代わる仇討ちの執念。



菜々の父・安坂長七郎は嵌められて無念の自刃を遂げる。
家は断絶、母も逝き、残された菜々は16歳、
武家の出ということを隠し奉公に出る。



奉公先の風早家は温かい家だった。
当主の市之進は25歳、人望厚く、妻の佐知は23歳、心根の優しい美しい人でした。
幼い二人の子どもは菜々によく懐いた。



敬慕する市之進に危機が迫っていた。
藩政の改革派であった市之進が轟平九郎の策略で、
獄に繋がれ、屋敷も没収され風早家は崩壊状態になってしまう。



仕掛けられた罠……その首謀者は、
かつて母の口から聞いていた父の仇、轟平九郎であった。



病気がちであった佐知は寝込むことが多くなり、容態は秋に入ってさらに悪くなり、
市之進と子供たちを頼むと、菜々に言い息を引き取った。
胸に強い思いを秘め、密かに剣術の稽古を積む菜々。
そんな奈々には奇妙で頼もしい応援団が付いた。



剣術指南の〈だんご兵衛〉こと、壇浦五兵衛。
質屋で金貸しの〈おほね〉こと、お舟
儒学者の〈死神先生〉こと、椎上節斎先生、
湧田の権蔵親分〈駱駝の親分〉。

「後のことは頼みます」と言って逝った佐知夫人。
菜々は市之進への思慕を秘めて「風早家」再建に、
日々奔走するのだった。



ついに強敵、平九郎と対峙するときが来る……。
新藩主の国入りに合わせ、御前試合が行われることとなり、
菜々はその中に平九郎への仇討の試合を加えてもらった。

真剣で立ち会う菜々と平九郎。
平九郎が後ろから打ち込んでくる気配を感じ、
菜々は跳躍して振り向きざまに平九郎の……
さて、首尾は???



表題になっている「蛍草」が女二人を彩る。
菜々が築地塀のそばで草を取っていたとき、
堀の際に青い小さな花が咲いていた「露草だ」
「その花が好きなのね」佐知の声がした。

菜々の脇に腰を屈めた佐知は言葉を継いで、
「露草ですね。この花を万葉集には月草と記してありますが、
俳諧では蛍草と呼ぶそうです」と教えた。



菜々はあるとき佐知から、
「月草の仮なる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ」
の歌を教えてもらった。



酷暑のこの夏の日に読んだ一冊。
清涼感に満ちたノベルストーリーでした。
発行所:社会福祉法人 埼玉福祉協会 2017年6月10日
底本:双葉文庫「蛍草」

近日には葉室麟さん原作の「散り椿」が映画上映される。
是非見に行かなければと思っています。

葉室麟「冬姫」―織田信長次女の「女のいくさ」物語

2018-06-02 13:48:34 | 本・読書

大活字本で読む歴史時代小説。
葉室麟さんの「冬姫」を読みました。

戦国時代の恐れを知らぬ剛腕・織田信長には、
多くの子どもが居たと知られている。
側室も多く、20人近い子を産ませているという。

信長の係累と言えば妹の「お市の方」ですね。
その3人の娘、茶々(のちの淀)、初、江、
ドラマや小説で、みなよく知られています。



信長の娘には、どんな姫たちが居たのでしょう。
正室・側室を含めて9人の妻がいたとされている。
正室の濃姫(帰蝶)には子どもが出来なかったとも??

今回読んだ葉室麟「冬姫」の物語は、
織田信長の正当な血筋を引く姫として、
次女となっている「冬姫」の生涯です。



冒頭の書き出し――、
「女は人を怨むと妖怪になるのです」
と、乳母のいおは冬姫に教えた。
永禄十年(1567)、織田信長の娘、
冬姫は十歳だった。



以下、物語の中からの要旨引用です――
冬姫は水晶の数珠をいつも首にかけている。
母の形見だからだ。冬姫は母の顔を知らない。

冬姫の兄弟、姉妹は多い。
いったい何人いるのかさえ知らない。
母親を亡くしている冬姫は、岐阜城で暮らしていた。

乳母のいおが日々、言い聞かせることは、
「武家の女は槍や刀でなく心の刃を研いで戦をせねばならないのです」
いおの言葉が冬姫の耳に残った。



岐阜城には、蒲生賢秀が信長に臣属の証として差し出した、
人質の蒲生忠三郎賦秀が居た。
忠三郎は14歳。凛々しく利発で信長に気に入られていた。

永禄十二年(1569)十二月、近江の豪族蒲生氏の日野城、
蒲生忠三郎賦秀(氏郷)の元へ冬姫は嫁いだ。
二人は十四歳と十二歳であった。



女同士の怨嗟や呪いや嫉妬など二人の身辺は禍々しい。
織田の血筋を任された蒲生氏郷は才知と豪勇をもって、
苛烈な戦国の世を冬姫を守り抜いていくのだった。

嗣子が途絶えたため蒲生家は寛永十一年(1634)廃絶となった。
冬姫は寛永十八年(1641)、この世を去った。

織田信長の娘として戦国の世を彩って生きた、
紅い流星のような生涯だった。
――結びの一節です。



戦国大名家に生まれた姫たちが、
戦略の資(かた)とし政略結婚のため、また人質として、
幼くして運命を担わされていた。

葉室麟さんの「冬姫」は織田信長の血筋を矜持として、
父への敬慕と、夫・蒲生氏郷への信頼を胸に秘めて、
「女のいくさ」を生き抜いた冬姫の気高さを、
見事に描き出しています。

秀吉に言い寄られて拒絶したり、
伊達正宗に横恋慕されされたりする。
振ったので二人の策略で領地替えにも遭う。

その度に氏郷の才略で「冬姫」を守る。
ミステリー要素もあって、最後まで、
一気に読ませます。お勧めです。

この作品は、2010年から2011年にかけて
「小説すばる」に連載、2011年12月に出版される。
その後、集英社文庫として刊行されている。



読んだ大型活字本は2016年2月、
大活字文化普及協会から3分冊で出版されたものです。
大活字本はストレスなく読めていいです。