発端は英国Economist誌インタビュー記事
英国のThe Economist1月4日号の記事が世界のエネルギー・金融業界に波紋を投げかけている。同誌が「Young prince in a hurry」のタイトルでサウジアラビアのムハンマド副皇太子のインタビュー記事を掲載、その中で副皇太子が今後数カ月以内にサウジアラムコ(以下アラムコ)のIPOの骨子が決まると発言したのである。
ムハンマド副皇太子はサルマン国王の息子で30歳になったばかりの若いプリンスであり、従兄のムハンマド皇太子(故ナイフ皇太子の子息)に次ぐサウジアラビアのナンバー3である。国防相を兼任し同時に新国王が創設した二つの最高意思決定機関―経済・開発評議会及び政治・安全評議会―の経済・開発評議会議長にも任命された(政治・安全評議会議長は皇太子)。さらに石油省から切り離されたアラムコの最高評議会議長でもある。国防と経済とエネルギーを一手に握った副皇太子の権力は今や皇太子をしのぐと言っても過言ではない。
このような副皇太子による発言であるため世界が色めき立つのは無理が無い。報道が世界を駆け巡ると 、アラムコは1月8日に声明を発表、IPOを検討中であることを正式に認めたが、その詳細については明らかにしなかった 。
サウジアラムコの市場価値は?
サウジアラビアの昨年の原油生産量は1千万B/Dを超え米国、ロシアと並ぶ大産油国である。確認埋蔵量2,670億バレルはベネズエラに次いで世界2位 。そのサウジアラビアの石油の開発及び生産を一手に担っているのが国営石油会社アラムコであり、生産規模で比較すると民間では世界最大のExxonMobilの5倍 と言う巨大な石油企業である。
しかしIPOで最も重要とされる同社の財務内容はほとんどベールに包まれている。Economist誌も推定資産が数兆ドルと述べるにとどまっている。その他の報道も、市場価値が世界最大の企業は6千億ドルのアップルであるとか、あるいはロシア最大のRosneftの生産量は5百万B/Dを超えているが市場価値は350億ドルにすぎないとか、更にはサウジアラビアの埋蔵量をバレル10ドルで評価すると2.5兆ドルになる等々、いろいろな数字を並べるだけで「群盲象を撫でる」のたとえそのままに巨象アラムコの市場価値を査定することには及び腰である 。
Economist誌などは公開規模は株式の5%程度ではないかと見ているが、地元エコノミストたちはアラムコ本体ではなくまず外国企業との合弁事業である下流部門の子会社株式を30%乃至49%公開するのではないかと言う見方をしている 。
現在アラムコの合弁事業で唯一上場している会社がある。紅海沿岸にあるPetroRabigh社である。石油精製と石油化学事業を展開中の同社はアラムコと日本の住友石油化学との合弁事業である。アラムコはPetroRabighの他にもExxonMobil, Shell, 仏Total、中国Cinopec等との合弁製油所を運営しており、今回のIPOはまずこれらの合弁事業が手始めになるのではないかと言う観測が少なくない。
IPOの行方は?
マンモス企業アラムコのIPOは世界中の投資家の強い関心を引き、世界経済が不透明な中で安定したブルーチップ企業の上場を望む声は国内投資家の間でも大きい。
アラムコ社幹部の発言は極めて慎重であると同時に投資家の期待をあおるような説明も見られる。たとえばAl-Falih会長は「IPOの対象としてアラムコ本体も検討しておりその場合は当然上流部門の資産も含まれることになる」と発言する かと思えば、ダボスで開かれた世界経済フォーラム(WEF)でのインタビューでは「アラムコにどの程度の生産能力があるか埋蔵量をもとに検討中である。但し埋蔵資源は国家に属するものであり、それを実際の生産能力に変えて企業の財務価値を高めることがアラムコの責務である」と語っている 。
アラムコは慎重且つ穏健な体質の会社である。1970年代、産油国の多くが性急な国有化に踏み切った中で、アラムコはparticipation(資本参加)と言う形で時間をかけて国有化している。またOPEC穏健派の旗頭と言われる通り同国の石油政策は欧米との協調を第一としてきた。石油政策決定のトップに若いアブドルアジズ副皇太子が就いたことにより今後積極的な改革方針が打ち出されることにはなろうが、国防大臣と経済・開発評議会議長を兼ね、外にはイエメン紛争、内には経済改革の難問が山積し多忙を極める副皇太子はアラムコのIPOまで気が回らないであろう。結局、IPOは外国との合弁精製会社にとどまる気配が濃厚である。
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