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1. 事件のあらまし
昨年(2018年)10月2日、トルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館で衝撃的な事件が発生した。サウジアラビア国籍の新聞記者ジャマル・カショギ殺害事件である。カショギ氏はサウジ国内で活躍する有能な記者であった。彼は決して反政府ジャーナリストではなかったが、サウド王家を批判する記事を発表したため、当局からにらまれていた。身の危険を感じたカショギは家族を残して単身米国に移った。事実上の政治亡命である。彼はワシントン・ポストに記事を寄稿していたが、当時のワシントン駐在サウジアラビア大使は、サルマン国王の子息、ムハンマド皇太子の実弟で元空軍パイロットのハリド・ビン・サルマン王子であった。
カショギ氏は別居中の妻との離婚手続きの為、新しい妻となる予定のトルコ人ガールフレンドを伴ってサウジ総領事館を訪問、彼女を総領事館前に待たせて、一人で館内に入った。しかしいくら待っても本人が出てこないことに不審を抱いたガールフレンドが警察に事情を訴えたのである。カショギから「もし相当の時間待っても出てこないようであれば、警察に相談するように」と言われていたためである[1]。
地元警察の問い合わせに対し総領事館は本人は裏口から出て行った、と説明した。しかしその目撃者はなかった。事態を重視した警察が更なる説明を求めたところ、領事館側は本人の洋服を着た人物が裏口から出て行く様子を撮影した監視カメラの映像を見せたのである。それでもその後の足取りは杳として知れず、何らかの事情で本人が総領事館内に留め置かれている疑いが濃くなった。
この報道に世界中のメディアが色めき立ち、カショギ記者が館内に拘束されているか、或はサウジ政府がひそかに本国に拉致したのではないか、との憶測が流れた。外交特権のある領事館はトルコ政府といえども強制捜査できない。周辺情報を探ったところ、事件の数日前に10名近いサウジ人が外交パスポートで入国、総領事館に入っていることが判明した[2]。
捜査権限の及ばない外国領事館とは言え、自国の領土内で発生した異常な事件であるため、トルコ当局は国家の威信をかけて捜査した。そして決定的とみられる録音テープが地元メディアにリークされたのである。それは領事館内の一室でカショギ記者と本国から来たサウジ人たちとが激しく押し問答する様子が生々しく記録され、最後に本人と思しき人物のうめき声があり、しばらく沈黙があった後に、リーダーと見られる人物が本国に状況を説明し、指示を仰ぐ様子がうかがえた[3]。
録音はトルコ政府が館内に仕掛けた盗聴器によるものと見られる。大使館や領事館に盗聴器を仕掛けることは外交の常識であり、驚くに当たらない。逆に言えばいずれの国のいずれの大使館でも盗聴は覚悟の上である。そのため駐在国に聞かれたくない会話や会議の為、大使館側は音声が洩れない防音室を設けることが多い。今回のケースは離婚証明書の発行を巡る話し合いで、しかも相手がジャーナリストであるため、通常の部屋を使わざるを得なかったのであろう。
あいまいな説明に終始したサウジ側もついに隠し通せなくなり、カショギ氏と口論の末、誤って彼を死なせてしまったと説明した。録音テープではカショギ氏の死因は拷問による故意の殺人の可能性が高いが、サウジ側はあくまで過失を主張している。
次なる問題はカショギ氏の死体の行方である。サウジ側は死体をバラバラにして公用車で運び出し、イスタンブール市内のサウジ政府協力者に引き渡したが、その後のことはわからないと説明、協力者の名前や引渡し場所・引き渡し方法などは明かさなかった。
事件関係者にムハンマド皇太子の腹心の部下がいたため、国際世論は皇太子が直接指示したに違いないと考えたが、サウジ政府はこれを強く否定、事件は偶発的なものであるとする主張を繰り返している。当の皇太子自身は公の場で沈黙を守り、トランプ米大統領など一部外国首脳との電話で身の潔白を訴えている。
この異様な事件を巡るサウジアラビア政府の対応ぶり、及び米国を始め事件の発生国であるトルコ政府、サウジと国交を断絶し反サウジキャンペーンに熱心なカタール政府さらには中国やヨーロッパ諸国の政府の反応について検証してみたい。
(続く)
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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com
[1] ‘Where is Jamal Khashoggi? Mystery deepens as Turkey summoned Saudi envoy’ on 2018/10/5, The Peninsula (Qatar)
[2] ‘Turkish paper publishes photos of Saudi 'squad' sent to target Jamal Khashoggi’ on
2018/10/10, The Peninsula(Qatar)
[3] ‘Tapes show Saudi journalist 'decapitated': Turkish daily’ on 2018/10/17, The Peninsula(Qatar)