(英語版)
(アラビア語版)
Part II:「エスニック・クレンザー(民族浄化剤)」
44. パーティーにて(5)
そのやりとりを見ながら、ヘレンは男の話しぶりに感心した。話し方は訥々としていたが説得力があった。そして何よりも感心したのは彼の話は決して芯がぶれなかったことであった。普段の周囲の男性たちの会話は目の前の相手を楽しませることばかり考え話に全く芯が無い。それに比べ目の前の男には意思の強さが感じられた。
ヘレンはそのことを彼に伝えたくてついに我慢できなくなり言葉を発した。
「あなたって本当につつましいシャイなお方ね。それでいて信念はロック(石)のように堅いわ。さしずめ『シャイ・ロック』と言ったところかしら。」
場の空気が一瞬凍りついた。
彼女も自分の発した言葉の意味にハッと気がついて、手で口をおおった。イスラエルの、そして生粋のユダヤ人である武官に投げかけた『シャイ・ロック』と言う言葉。それがどのような意味を持つのか、彼女もその程度の常識はわきまえていたのだが、一度口に出したことは翻せない。ヘレンは蒼くなりあわてて次の言葉を頭の中で考えた。
その時、輪の中心にいた上司の夫人が、男とヘレンを交互に見ながら言った。
「まあ、面白いことを言うわね。本当にこの方はつつましくて、それでいて堅いお方よね。『シャイ・ロック』とは面白い呼び名ですこと。」
「私、今後あなたさまのことをそうお呼びすることにしましょう。」
輪の女性たちはポカンとした顔になった。上司の妻は不思議な顔をした。そのことで皆は彼女がかの有名な英国の戯曲を知らなかった、或いは気付かなかったことを理解した。こうなれば彼女に合わせることが他の夫人たちの処世術である。彼女たちは一斉に声を揃えた。
「そうね。そうしましょう。そうしましょう。今後この方のことは『シャイ・ロック』と呼ぶことにしましょう。」
この出来事は瞬く間にワシントンの社交界に広まり、彼は以後『シャイ・ロック』と呼ばれるようになった。
(続く)
荒葉一也
(From an ordinary citizen in the cloud)
前節まで:http://ocininitiative.maeda1.jp/EastOfNakbaJapanese.html