石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(3)

2016-01-20 | その他

プロローグ

3.中東を流れる三つのアイデンティティ
 ここから先、筆者なりの見方で戦後70年の中東の歴史をたどっていくつもりであるが、中東には三つのアイデンティティがあると筆者は考える。一つは「血」のアイデンティティ。二つ目は「心」のアイデンティティ。そして最後の一つは「智」のアイデンティティである。今後各章でこれら三つのアイデンティティについて頻繁に触れることになるが、ここで簡単に説明しておきたい。

 最初の「血」のアイデンティティとは人間としてこの世に生まれたときにすでに与えられている特性、現代風に言えばDNAとでも呼ぶべきもので生物学的なアイデンティティである。「血」のアイデンティティはすなわち「民族」であり、中東でその最大のものは「アラブ」であるが、中東にはそのほかにも、トルコ民族、ペルシャ(イラン)民族などいくつかの民族が共存している(「ユダヤ民族」という呼称があるが、ユダヤは生物学的な意味での「民族」とは言えない)。

 「民族」となるとかなり大きな概念になるが、「血」は先ず本人と他者との血縁関係から始まる。最も近い関係が親子・兄弟姉妹であり、これが「家族」と呼ばれる。伯父・叔母・従兄弟等の関係まで広げると「親族」となり、遠い縁戚関係を含めると「一族」となる。さらにその上に「一族」を束ねる「部族」があり、最終的には「民族」のカテゴリーに行き着く。すべてに共通しているのは「族」という言葉である。「族」とは同じ祖先から分かれた血統であり、すなわち「血」のつながりである。

 都市化が進んだ近代国家では「核家族」の言葉に代表されるように、血のつながりは家族もしくは親族どまりであり、「一族」、「部族」などは死語に近い。最も大きな概念である「民族」という言葉は今もよく使われるが、それは政治のスローガンとして利用されることが多い。これに対して中東(特にアラブ民族の間)ではこの「血」のアイデンティティが今も末端の庶民からトップの権力者まで広く意識されていると言えよう。

 「血」のアイデンティティがDNAとして受け継がれる先天的なものであるのに対して「心」と「智」のアイデンティティは後天的に得るものである。「心」とは信仰心のことであり、「智」とは政治思想あるいは主義主張を指す。

 中東で信仰と言えばイスラームが圧倒的な影響力を持っている。アラブ民族、トルコ民族、ペルシャ民族などもほとんどがイスラームの信者(ムスリム)である。もちろん中東の人々の中にはエジプトのコプト教徒のようなキリスト教信者もいればユダヤ教徒の国イスラエルもある。ムスリム、キリスト教、ユダヤ教はともに一神教という共通点を有するが、むしろそれ故にこそ互いに反発し憎しみ合う長い歴史がある。特に中東におけるイスラーム国家群とユダヤ教国家イスラエルとの対立は今も先の見えない状況である。

 さらに現代中東のイスラームにはスンニ派とシーア派という宗派による対立があり、或いは同じ宗派の中でも原理主義と穏健派の対立もある。宗派による対立あるいは教義の解釈をめぐる厳格派と穏健派との対立があるのは何もイスラームに限ったことではなく、西欧中世のカソリック対プロテスタントの宗教戦争もその一例である。しかし中東では近代西欧文明が浸透し、インターネットが発達したグローバリゼーションの現代において未だに(あるいは漸くと言うべきか)宗教の対立が先鋭化していることが大きな問題なのである。

 三つ目のアイデンティティとしてあげた「智」は主義、主張を伴った政治的あるいは経済的なイデオロギーのことである。「智」の対立が起こるのは宗教の束縛から解放されてからである。西欧では中世以降、産業革命を通じて経済面で重商主義が起こり、さらに資本主義へと発展していった。その過程で富の分配の不平等が問題となり、社会主義、共産主義のイデオロギー、すなわち「智」の世界が広がっていった。

 それが世界レベルに広まったのがロシア革命によるソビエト社会主義連邦(ソ連)の誕生である。そもそも西欧資本主義とソビエト社会主義は互いに相容れない性質のものだったが、ドイツ・ナチスの全体主義に対抗するため両者は共闘してこれを打倒し第二次大戦を終わらせた。しかしその途端米ソ二大陣営は鋭く対立、「冷戦時代」となった。「冷戦」と言っても実際には世界各地で両陣営の代理戦争―熱い戦争―が発生、中東もその舞台の一つになったのである。中東ではイスラームの呪縛から解放されないまま第二次大戦後にイデオロギー戦争に巻き込まれた。このことが後々の混乱を拡大したのである。

 改めて「血」と「心」と「智」の時系列的な発生の順序を考えてみたい。「血」はDNAとして先天的、遺伝的に身に備わったものである。それに比べ「心(信仰)」と「智(主義)」は後天的なものである。さらに「心(信仰)」はほとんどの場合物心のつかない幼時期に身に染み付く。キリスト教徒の赤子は洗礼を受け、そしてイスラーム教徒(ムスリム)の場合はモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」を子守唄として成長する。それに対して「智(主義)」は教育(特に高等教育)を通じて個人の頭脳の中に刷り込まれる。つまりこれら三つの要素が人間に取り込まれるのはまず先天的な「血」に始まり次に「心(信仰)」であり、「智」は最も遅い。これがごく自然な順序と言って良いであろう。

 国家レベルで見ると「血」の民族国家、「心」の宗教国家。「智」の資本主義あるいは社会主義国家が形成される歴史的な順序は異なる。西欧社会ではそれらがそれぞれ相当の時間差(タイムラグ)で歴史に登場しており、同時並行的に現れることはなかった。ところが中東ではそれら三つの要素が第二次大戦後の70年という短い歴史の中で同時並行的に登場している。戦後中東の混乱と悲劇はそのような土壌の中から生まれたものではないか、というのが筆者の見方である。

(続く)

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
 前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
   Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
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ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月18日)

2016-01-18 | 今日のニュース

イラン・ロウハニ及び米国オバマ大統領、経済制裁解除を歓迎

サウジ・ナイミ石油相:原油市場安定にはしばらくかかるが、楽観している

・ベネズエラ政府、経済非常事態を宣言。石油平均価格$24.38、インフレは141%アップ

・イランの石油輸出市場復帰で価格競争さらに悪化の気配

 

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今週の各社プレスリリースから(1/10-1/16)

2016-01-16 | 今週のエネルギー関連新聞発表

1/12 経済産業省    「第8回日印エネルギー対話」を開催しました~日印エネルギーパートナーシップイニシアティブに合意~ http://www.meti.go.jp/press/2015/01/20160112005/20160112005.html
1/14 JXエネルギー    家庭用電力「ENEOSでんき」の先行受付開始およびサービスメニュについてhttp://www.hd.jx-group.co.jp/newsrelease/upload_data/20160114_01_01_1050061.pdf
1/14 JXエネルギー    KDDI・JXエネルギー事業提携契約の締結について. http://www.noe.jx-group.co.jp/newsrelease/2015/20160114_02_1026053.html

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ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月15日)

2016-01-15 | 今日のニュース

・原油価格持ち直す。Brent$30.76, WTI $31.03

・原油価格下落で石油関連プロジェクトに4千億ドルの遅れ:Wood Mackenzie

サウジ・アラムコCEO:上場は上流部門も対象

 

 

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ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月13日)

2016-01-14 | 今日のニュース

・リビア、石油生産量40万B/Dで停滞。EsSider, Ras Lanuf積出港は2014年12月以来閉鎖中

・ナイジェリア、石油価格30ドル台割れ目前でOPEC臨時総会開催を要求。  *

・UAE石油相:OPEC臨時総会の必要性なし。 *

・BP、油価低迷で上流部門の人員4千人削減。 **

 

*「(ニュース解説)決められないOPEC-第168回総会を巡って」参照

http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0365OpecMeetingDec2015.pdf

**「五大国際石油企業2015年7-9月期決算速報」参照

http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0360OilMajor2015-3rdQtr.pdf

 

 

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見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(2)

2016-01-13 | その他

プロローグ

2. ヨーロッパとアジアをつなぐ中東
 世界六大陸の中で最大のユーラシア大陸(Eurasia)はその英語名が示す通りヨーロッパ(Euro)とアジア(Asia)を合成した言葉である。それではヨーロッパとアジアの境界がどこかと言えば、境界線の一つが現在のトルコのボスポラス海峡であるとするのがほぼ常識的な見方であろう。ボスポラス海峡の西側がイスタンブールであり、海峡の対岸にあるウスクダラはアジアの入り口となる。日本が建設したボスポラス大橋は、まさにヨーロッパとアジアを結ぶ架け橋なのである。そしてウスクダラからトルコの首都アンカラのあるアナトリア高原一帯は「小アジア」と呼ばれている。

 アジアの呼称は15世紀に始まる「大航海時代」に当時のスペイン、ポルトガル、オランダそしてイギリスの各国が使い始めたものである。これらヨーロッパ諸国は、現在のインドからインドネシアに至る広大な海域で互いに貿易の覇権を競い植民地支配を強めていくが、この過程でアジアという地理的概念が確立されていった。それはヨーロッパ側からの一方的な決めつけであり、彼らがアジアと一括りにした広大な地域の住民は自分たちが一つのアジアであると認識していたわけではない。早い話、日本人の全てがイスラムを信奉するアラブ人を同じアジアの人間と考えているとはとても思えない。

 ところが中東の人々は日本も自分たちと同じアジアとみなしている。中東の人々が極東の国々を同じアジアとみなすのは、近代になりヨーロッパあるいはその流れをくむアメリカによって世界秩序が形成される過程で彼らの定義を押し付けられ刷り込まれた結果であることは間違いない。各種スポーツ競技の世界予選の区分けを見れば一目瞭然である。サッカー・ワールドカップの「アジア地区予選」は極東の日本から中東各国までまたがっている。つまりヨーロッパ人は自分たちが「ヨーロッパ」と決めた地域以外は十把一絡げに「アジア」と決めつけたのである。

 ただ彼らが「アジア」と名付けた地域はユーラシア大陸の大きな部分を占めている。緯度で言えば西経10度(ポルトガル)からベーリング海峡の東経180度まで地球を半周するユーラシア大陸のうち、ヨーロッパの東端イスタンブールは東経30度である。つまりユーラシア大陸の6分の5はアジアであり、ヨーロッパはわずか6分の1にすぎないのである。

 したがってヨーロッパ人自身もアジアを一括りにできずいくつかの地域に分けた。それは彼らから見た地理上の遠近というごく単純かつ一方的な区分であった。ヨーロッパから近い順に近東(Near East)、中東(Middle East)、南アジア(South Asia、インド亜大陸)、東南アジア(South East Asia)そして極東(Far East)と名付けたのである。極東(Far East)とは「東の果て」のことであり、聞きようによっては極東の人々に対してずいぶん失礼な言い方ともいえる。(仮に立場が逆になっていれば、英国、フランス等は西の果て「極西諸国」と呼ばれていたかもしれない!)

 ともかくボスポラス海峡を渡ってすぐが「近東」。現在のアナトリア半島一帯であり、さらに東のレバント(現在のシリア、レバノン)及びイスラエル、イラク、イランあたりまでが「中東」である。但し近代史では「近東」と「中東」が一体化して「中近東」と呼ばれ、さらに現代では単に「中東」の呼称が一般化している。そして中東の向こうにあるのがインド、パキスタンの南アジアである。

 ヨーロッパが南アジアに直接到達したのはアフリカ南端の喜望峰を経由する帆船ルートであった。陸上ルートはオスマントルコ帝国或いはペルシャ帝国との中継貿易に頼らざるを得ず自由な交易が阻まれていた。こうして15世紀から17世紀に「大航海時代」が訪れた。ヨーロッパ勢が海に乗り出した最大の理由はオスマン帝国の領土を迂回して胡椒や紅茶などのインド洋沿岸諸国の富を手に入れ、或いは中国の陶磁器、日本(ジパング)の金銀を手に入れるためであった。

 こうしてヨーロッパ諸国は南アジアからインド洋の沿岸伝いに東へ東へと進出していった。帆船による点と点を結ぶ東洋進出であり、「大航海時代」は交易の時代であった。自らは有力な交易商品を持たない当時のヨーロッパ諸国は、インド洋ルートの寄港地であるアフリカ、インド、東南アジア、ジャワなどの産物を行く先々で仕入れ(あるいは略奪し)、物々交換の差益を巨大な富として自国に持ち帰った。そして蓄えた富で工業化を図り鉄砲など武器を製造するようになるとそれまでまがりなりにも対等であった交易が、19世紀には武器による侵略すなわち「植民地主義」によるアジア支配の時代に入ったのである。

 西欧諸国にとってアジア・ルートの最大の障害はオスマントルコであったが、植民地侵略を通じてオスマントルコ支配地域は徐々に浸食され、19世紀後半の1869年にはフランスがスエズ運河を建設、その後英国が実質的な支配者となった。こうして地中海からスエズ運河、さらに紅海を経由してインド洋に至るルートが確保され西欧列強のアジア支配は確固たるものとなった。そして1914年から17年の第一次世界大戦でオスマントルコ帝国が敗れたことにより、中東から東南アジアに至る広大なアジア地域は英国、フランス、オランダの西欧植民地主義国家が支配し、彼らはアジアの富を独占したのである。

(続く)

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 前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
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今週の各社プレスリリースから(1/1-1/9)

2016-01-09 | 今週のエネルギー関連新聞発表

1/4 経済産業省    エネルギー供給構造高度化法に基づくフォローアップを実施しました~石油産業の設備最適化と事業再編に向けた取組の現状~ http://www.meti.go.jp/press/2015/01/20160104001/20160104001.html
1/4 JXホールディングス    201 6年 会長・社長 年頭挨拶 について http://www.hd.jx-group.co.jp/newsrelease/upload_pdf/20150104_01_0951897.pdf
1/4 出光興産    当社社長 月岡隆 年頭の挨拶について http://www.idemitsu.co.jp/company/news/2015/160104.pdf
1/4 コスモ石油    2016年 森川社長 年頭挨拶要旨 http://ceh.cosmo-oil.co.jp/press/p_160104/index.html
1/4 東燃ゼネラル石油    電力小売低圧サービスの開始について http://www.tonengeneral.co.jp/news/uploadfile/docs/20160104_J_2.pdf
1/4 東燃ゼネラル石油    2016年 社長年頭挨拶 http://www.tonengeneral.co.jp/news/uploadfile/docs/20160104_1_J.pdf
1/4 三井物産    オマーン国におけるIbri, Sohar-3発電事業への出資参画について http://www.mitsui.com/jp/ja/release/2016/1216441_8913.html
1/5 昭和シェル石油    社員への年頭挨拶~自律考動で変化へのより素早い対応を~ http://www.showa-shell.co.jp/press_release/pr2016/010501.html
1/5 石油連盟    木村康石油連盟会長 年頭所感 http://www.paj.gr.jp/paj_info/press/2016/01/05-001712.html
1/7 コスモ石油    丸善石油化学株式会社の株式の取得(連結子会社化)に向けた公正取引委員会に対する届出のお知らせ http://ceh.cosmo-oil.co.jp/press/p_160107_01/index.html
1/7 コスモ石油/東燃ゼネラル石油    京葉精製共同事業合会社の代表者異動に関するお知らせ http://www.tonengeneral.co.jp/news/uploadfile/docs/20160107_1_J.pdf

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ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月8日)

2016-01-08 | 今日のニュース

・原油価格12年来の安値に。前日比でBrent6%ダウンの$32、WTIも50セント安の$33.47

・イラン国営石油幹部:市況の混乱は望まず。制裁解除後の市場浸透は徐々に

・イラン、制裁解除を見据えてヨーロッパ、アジアの精製企業と石油供給契約を話し合い中

・サウジアラムコ、株式上場を検討:副皇太子、英エコノミストのインタビューで

 

 

 

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ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月6日)

2016-01-06 | 今日のニュース

・中東情勢緊迫も原油価格微落。WTI $36.69, Brent $36.89。世界的供給過剰を反映

・12月のOPEC生産量3,162万B/D、前月の3,179万B/Dより微減

・サウジ・アラムコ、2月アジア向けA/Lをバレル60セント値上げ

 

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ニュースピックアップ:世界のメディアから(1月6日)

2016-01-06 | 今日のニュース

・中東情勢緊迫も原油価格微落。WTI $36.69, Brent $36.89。世界的供給過剰を反映

・12月のOPEC生産量3,162万B/D、前月の3,179万B/Dより微減

・サウジ・アラムコ、2月アジア向けA/Lをバレル60セント値上げ

 

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