Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『ロミオとジュリエット』

2011-01-13 12:12:15 | 読書。
読書。
『ロミオとジュリエット』 シェイクスピア 中野好夫訳
を読んだ。

初シェイクスピアです。
彼の作品で唯一内容を知っているのがこの作品でした。
たしか、クレア・デインズが主演の映画版をレンタルして観たような気がする。

名訳なのかもしれないし、ひっかかるところはちょっとしかないのだけれど、やっぱり訳が古い!
「現代語に合わせて“パンパン娘”などの言葉にした」とかと解説に書いてありましたが、
もはや現代語ではない!昔が舞台になっている本で見かけたことがありますが、
聴いたことが無いですよ、パンパン娘なんて。その他はあまり気になりませんでした。

劇作品なので、セリフだけで進行していきます。
難しい言い回しもありますが、小説よりも分かりやすいかもしれません。
シェイクスピアなんて言えば、偉人として名の知れた大人物ですが、
それほど名の残った人の作品なのだから、どれほど高尚なのかって
イメージしてしまいましたが、シモネタのセリフ回しが随分ありまして、
かと思えば、「ロミオ様、ロミオ様、あなたはどうしてロミオ様なの?」という
有名で、しかも深いセリフ、表層的な部分だけを意識していては生み出せないような、
本質をついていて、劇を観る者(または読者)に新たな、あるいは再発見させる、
一つのヴィジョンをもたらします。
この「ロミオ様…」の場合は、ロミオと名付けられたために
便宜的にそう呼ばざるを得ない「ロミオ」なる一人の男を一人の男として呼び、
「どうしてロミオ様なの?」のところでは、俗的なもの、たとえばロミオの名が属する、
ジュリエットの家とは仇同士の家のことを嘆いて言っている。
そういう、同じく「ロミオ」と言いながら、実は次元の違う言葉の使い方をしているところに、
言葉の難しさをあえて野心的にというか、茶目っけをだしてというか、
料理しているんだなぁと感心しました。

日本語訳にすると、英語でシャレて、ダブルミーニングで進行していくセリフ回しを
そのまま訳して伝えることができないという難点があるようです。
そういうセリフ回しも、シェイクスピアの評価を高める要素の一つでしょうから、
英語がわからないと、シェイクスピアの本当の凄さがわからないというのは残念ではあります。

また、『ロミオとジュリエット』は、一から練られたシェイクスピアの独創なのかと
思っていましたが、伝承された話を何人もが作りなおしたり洗練させたりして、
シェイクスピアが完成させた話だったようです。

最後に。
ジュリエットはなんと、14歳目前の13歳という設定でした。
中学2年生くらいなんですねぇ。
いやいや、そんな若い設定だったとは読む前には思いもよりませんでした。
まぁ、大人っぽくなり始めるのが中2くらいからだったりしがちかもしれないですね、
女の子って。そういう「大人へ変身」するときの輝きを放っていたのがこの物語の時期の
ジュリエットで、その輝きにロミオはやられたのかもしれないです。

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第二期ダイエット経過報告12

2011-01-12 09:11:07 | ダイエット
月イチのダイエット経過報告の日がやってまいりました。
クリスマスや年末年始を挟んだ今回、体重はどうなったのか、
気になるところですねー。
ではでは、発表します。

体重:78.0kg

+0.5kgでした。

増加傾向が止まらない。
毎月言っていますが、なんとかせねんばいけません。
吹雪の日はウォーキングはしていないのですが、
一月に入って、雪が降っていない日を見つけること自体が難しくもあります。
最高気温で-10度なんて日もありますしね。やる気が無くなって、
食事療法中心にしたくなります。

コレステロールが300超え!
病院に検査に行ったのがちょうどクリスマスの後だったので、
どかんと跳ね上がったことも考えられますが、
大事を取るように考えれば、常日頃の不摂生のせいでしょう。
自粛します。

しかし、おいら、なんか宗教にはまったかのように、
あれはだめ、これはだめ、と生きる喜びを取り上げられて
生きているような気がしないでもない。

そして、この第二期ダイエットが一年経過しました。
結果、-3.0kgです。
トータルでこんなものなんですねぇ。
思っていたよりも、それに意気込んでいたよりも難しいダイエット。
今後も続けていきます。

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『最強の競馬論』

2011-01-10 11:46:38 | 読書。
読書。
『最強の競馬論』 森秀行
を読んだ。

2003年に出版された、今でも現役の人気実力派調教師による、
競馬そのものの紹介や競馬観について述べたもの。

昨年は、この森調教師の調教馬で稼がせてもらったので、
その稼いだお金でこの本を買ったのです。
競馬の本といっても、馬券の本ではありません。
馬券購入の参考になる部分はあるでしょうけどね。

僕は競馬の本に関しては、修学旅行の時に友達が京都の本屋で店主から貰った
文庫サイズの馬券検討用の基礎資料的な本を、さらに僕が貰ったものしか読んでいないです。
その本も、今やどこに消えたかわからないです。

その後、オグリキャップを扱った本や、名馬を特集した本や競馬ゲームのデータ本や、
よしだみほさんの漫画とか、アナウンサーの杉本清さんの本だとか、寺山修司さんの本を読みました。
すべて高校時代です。

それ以来の競馬本読書でした。

森師の調教に関する考え方もさることながら、
大体、調教っていうものはどういうものか、とか
どんな考え方に基づいているかとか、
そういうのをさらりと知るのに適した本でした。
また、異端児とも言われるような、パイオニア的な調教師の方ですから、
旧体然とした競馬社会の体質などに、鋭くモノ申しています。
だから、読んでいて「なるほどね」とか「ちょっと行きすぎ」とか、
読みながら感想を持つことになります。

本の質としては、何故海外に挑戦するのか、だとか、レースの使い方にはどういう意図があるかとか、
そもそも、何を第一に優先させて考えているかとか、
そういう、競馬に対して気になっていた部分を、いわば隙間を埋めるように
語ってくれているので、競馬に興味があって、探究心のある方ならば、
読んでみて満足が得られる種類の本だと思います。

馬券もねぇ、儲ける時は儲けますが、なかなか難しいものですよね。
お金に余裕がある時だとか、ただパソコンや電話で馬券が買えるPATシステムの
権利を失しないために一年に一度くらい買うだとか、
普通はそんなときくらいしか遊べないですね、リスクが大きいです。
ギャンブルに身を投じることで比較的早く勉強できるのが、
勝負事についてですが、それも財布が痛むので、そこそこ元手のある時に
挑戦するといいでしょう。
まぁ、やらないに越したことはないのでしょうが…。
でも、困ったことに楽しいのだなぁ。


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『やさしく、強く、そして正直に 弱い心との向き合い方』

2011-01-06 13:23:27 | 読書。
読書。
『やさしく、強く、そして正直に 弱い心との向き合い方』 上村愛子
を読んだ。

昨年のバンクーバーオリンピックで惜しくもメダルを逃し、
涙を流したモーグルスキーヤー・上村愛子さんの自伝的エッセイ。

「自分は心が弱い」ということを認めた上で、それを見つめ、
「強くしていこう」あるいは、弱いなりにできることを考えていこうとする姿勢を
感じられる部分もありました。
ただ、ちょっと記述が浅かったり、すらすらっと流れていきがちと見受けられたので、
読者をぐぐーっと引き込んで考えさせたり閃かせたりする要素は少なかったかなという印象。
それでも、上村愛子という人の魅力と…、ここが大事なのだけれど、誠実さっていうものが、
十分に感じられて、それだけで最後まで読めてしまうところがあります。

弱い心だなんていいますが、あれだけ誠実でいられるのは、弱い心にはできないはずです。
弱い心だと言ってしまえる一面はあるのでしょうが、強い面もお持ちなことを察しなければいけません。
いろいろな人から応援してもらって、「がんばって」と言ってもらって、そのすべての重みを
一身に背負おうとする姿勢には、「それじゃ潰れてしまうよ」とも言いたいし、
「素晴らしいです!」と拍手を送って見守りたい気分になったりする。

この本を読んでいて考えたのですが、
きっと、スポーツ選手が金メダルを獲るには、少なからずエゴイストの要素を持っていなくては
いけないんじゃないでしょうか。「自分が!自分が!」とか「自分のためだけに!」とか
そういうある意味身勝手さが必要なんだと思うんですよね。
それが、上村愛子さんには欠けている要素かもしれないです。
だけれど、一人の人間としては相当素敵な人で、なかなかこれだけの女性ってお目にかかれない。
おまけに綺麗ですし。
旦那さんの皆川さんは素晴らしい伴侶を迎えられたなぁとうらやましく思うくらいですね。
お幸せにしてくださいな。

さて、上村愛子さんはバンクーバー後に1年の休養ということでしたが、
その後、彼女の気持ちはどういう方向性を向くことになるのでしょう。
次のオリンピックを目指すのか、それとも退くのか。
その去就が気になるところです。

それと、最後に。
もうちょっとこの本の印象について触れるるならば、
それは、上村愛子さんと初めて会って話をしたら意外とウマがあって、
彼女がいろいろ話を聞かせてくれた、という感じ。
初対面の人には話せること、話せないこといろいろありますが、
その中でも出来うる限り心を開いて話をしてくれたっていう印象が
この本にはありますね。

150Pほどの新書サイズの本ですから、気軽に手に取れますが、
いかんせん、バンクーバー直前に出版された本ですので、
読みながら自分も臨戦態勢に入りたかったという人には不向きです(そういう人っているのかな)。
ずっと上村愛子という選手を気にかけてきた人ならば、
読んでみるといいでしょう。
その前に、彼女のブログがありますので、
そちらを覗いてみても良いでしょう。
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『TVピープル』

2011-01-04 13:19:27 | 読書。
読書。
『TVピープル』 村上春樹
を読んだ。

村上春樹さんの短編集です。
のちに長編『ねじまき鳥クロニクル』に登場するキャラクターの
パラレルワールド的なお話も収録されています。

奇想天外な設定や登場人物などは、
読者の想像力を操る点で言うと、言葉の彩りを操ることで美しさなどを表現する
「詩」に近いものがあるかもなぁと思いました。光の当て方によっては
そういう見え方もする文学です。

哲学的な言葉もありますが、学問としての哲学から生まれ出るような言葉や思考が
綴られている場面があって、村上春樹さんの作品には時どきそういう記述が
出てきたりするのですが、だんだん、10代のころに比べてすんなりと読み進めることが
できるようになってきていることを感じています。
人間の頭っていうのは、鍛えられるというか、なれてくるというか、してくるものですね。
でも、逆に、10代の頃のように、鮮烈にその表現や世界観に驚かせられる程度が弱くなっていますし、
わからない表現に頭をひねってみるという素晴らしい行為も、
嘆かわしいことにそれほどしなくてもよくなっています。

ただ、やっぱり村上春樹さんの作品っていうのは、
というか、すぐれた文学作品ならばどれもそうなのかもしれませんが、
ストーリーの面白さや文章自体の面白さもさることながら、
前述したように、読んでいて、正面切って頭を使う状況になること、
それも適度な負担と快楽をともなってそうなることが、
大きな魅力なんじゃないかなぁって思いますねぇ。

変化球のように見えても、
斜に構えているように見えても、
実は的をちゃんと得ているのが、すぐれた作品のように思えます。

その作品がわかりにくくても、迷宮のようでも、
根底で捉えていることは、浅はかなものじゃないし、ズレてもいない、
逆にいえば、そうやって根底で捉えられているならば、
その他の部分では何をやったっていいのかもしれない。
なんやかややっても、ちゃんと結果がついてくるような気もしますし。
物語自体が自律的に進んでいくんだよ、って言っている作家の人もいらっしゃったような気がします。
というわけで、作品の持つ輝きや力強さには根底が大事なのかなと思いました。

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禁煙経験談

2011-01-03 09:20:27 | days
禁煙して1年が経ちました。

始めたのは区切りの良い、2010年元日のこと。

どうなの?もうタバコとは絶交できたでしょう?
吸いたいなんて思わないっしょ?

などと訊かれれば、
「全然、吸いたいですよ」
と答えます…。

驚くべきタバコ中毒の根の深さ!
思うに、今の状況が一生続くんだろうなぁ。

前にも書きましたが、禁煙を初めた当初の2日、3日は楽だったんです。
そのくらいの期間ならば、ガマンは効くものです。
そこを越えてから、禁煙パイポ無しでは呼吸すらまともにできないくらいの
禁断症状に見舞われ(大げさ)、まずそこから1週間ですか、
厳しい時期を迎えたのです。
そして、その期間を入れての3週間目までが、まだ辛かった。
目安として、3週間経てば楽になるだろうと、WEBで調べた生半可な知識を根拠に
考えていたのです。でも、実際は、まだ辛い感じ。
いつでも一日15本の喫煙生活に戻れる感じ。
でも、ちょっとは楽になっているんですよ。
禁断症状が酷くなっていくということはなかったです。
これまでガマンできたのだから、同じ調子でいればガマンできるだろうという。

そして、3カ月経過。
少しは楽になってきたかなと思えたけれど、まだ吸いたいですし、
なによりたまに、夢の中で勢いにまかせて吸ってしまう。
吸ってみると、「おいしい」と感じることもあれば、
「なんだ、こんな大したことないのに、禁煙をフイにしてしまった」と後悔することもありました。
この一年のトータルでいえば、夢の中で5本は吸っています。
これだけ、深層心理的にちょっとしたひっ迫した状況に陥るってことなんですね、禁断症状によって。

さてさて、では、いつから「これなら大丈夫、だいぶ楽になった」と感じるようになったでしょう。
それは、大体、6か月目からでしょうか。
さらに、8か月目には吸わない自信がついてきます。
禁煙パイポに口をつける回数も少なくなりました。

ここまでくると、おおざっぱに言って「禁煙成功」ですよね。
僕の基準ではそうなります。厳密にというか、もうちょっとシビアな目でみたら、
そうだなぁ、あと半年は様子を見て、それでうまくいったら
「禁煙成功!」を宣言しようかなと思っています。

どうして、僕みたいなのでも禁煙が上手くいったでしょう。
まず、外野に邪魔されなかったことが一番大きかったです。
とくに、挑発したり、ふざけて邪魔したりするのが得意な従兄弟連中には一言も
「禁煙している」ことは知らせていませんでしたし、落ち着くまで会いもしませんでした。
禁煙を始めたばかりの人には、タバコに対してとてもセンシティブで、気持ちも不安定だったりします。
冗談であっても、「ちょっと吸ってみたら?」とか、「なんだ、パイポをくわえてるんなら、禁煙じゃないじゃん」
とか言ってはいけません。そっとしておいてくれ、っていうのが一番大きいですね。
そっとしておくというか、気にもかけないでくれ、禁煙していることに気付かないでくれ、というのがある。
ましてやうちの従兄弟ときたら、
「禁煙したって、俺らがタバコ吸うんだから受動喫煙になるんだぞ、変わらないじゃないか」
と平気で言います。受動喫煙させることに引け目を感じたり、申し訳なさを感じたりしないという、
人間のクズの一面を持っているんですねぇ。そういうことを言った日にはね、さんざん罵倒してやります。

禁煙一年経過の今は、日に2,3回くらいパイポをくわえるという状態です。
少し前までは、車で1時間とか運転する際にはパイポを持っていかないと気持ちが落ち着かなかったのですが、
今では、パイポを忘れても、「ま、いっか」程度で済ませることができます。
来年、つまり禁煙2年目までには、パイポも止められていたらいいですが、
なかなかそこまでは難しいかもしれないです。
それだけ、喫煙の習慣というのは、すごく根深いんですよねぇ。

それにしても、失敗したのが、禁煙するぞと決めた時に買ったニコレット(禁煙ガム)。
一切、手をつけませんでした。これを使ってやめるほうが楽だったのかもしれませんが、
1ミリのタバコを吸っている人には、ニコレット自体に含まれるニコチンの量の多さには
気おくれてしまうほどです。
捨てるのももったいないし、どうしよっかなぁ。

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『思考の整理学』

2011-01-02 09:51:21 | 読書。
読書。
『思考の整理学』 外山滋比古
を読んだ。

2008年大学生協調べで、東大・京大で一番読まれたという結果がでたため、
一躍注目を浴びた本です。
かくいう僕も、そのニュースをWEBでだったか、新聞広告だったかで見つけて
頭の片隅にメモっておいて、それで本屋でたまたまみかけたときにそっと購入しておいて、
それから1年以上が過ぎてやっと読んでみたのでした。
ちなみに、その本屋は今では古着屋です。

さて、『思考の整理学』というタイトルを鵜呑みにして内容を予想すると、
堅くて専門的で、実践するのに一苦労しそうな本のような気がしてくるものです。
京大生や東大生の中でよく読まれたとあってはなおさらですが、
とにかくどんな本でもとりあえず読んでみるのが僕流ですし、
なによりリーズナブルで手軽な文庫版になっている本ですから、
それほど構えなくても読めるものと楽天的に考えて手に取りました。

すると、なんのことはない、考えを整理することについての考察を主軸としながらも、
それにとどまらず、自由に、しゃちほこばることなく、くつろいだような、
それでも整然とした語り口で、頭の使い方についていろいろな角度から考えを述べてくれています。
そして、ハウツー本ではなく、一つの節が6ページと短いながらも、それを3つか4つか読めば
頭がいっぱいになり、しばらく読書をやめて、10分くらいぼーっとしたりうたた寝したりして、
脳の中でその本に書かれている考えが勝手に咀嚼されたり落ち着いたりするのを待つ、という
作業が必要になりました。
僕はけっこうそういう時間が必要なタイプというか、誰でもそうだとは思うのですが、
それをしっかり感じてちゃんと実践するタイプなのです。
眠っている間に脳の中が整理されるから、勉強したあとはちゃんと睡眠時間をもうけたほうがいいって
いうじゃないですか。その脳の整理機能を、「ぼーっとする」「うたた寝する」ことで
利用しているつもりなんです。効果はあると思いますよ。
適度に忘れて次へ読み進めることができますから。適度に忘れずに読み進めると、
あれもこれも混ざってしまい、論旨すら濁った感じで受け止めてしまいがちです。
挙句に、大事な部分も雑学的部分も同じ色で見てしまって、整理がつかなくなり、
読み終える頃には混乱し、1日経てばしっかりつかんだことなど何もなく、
握ったはずの浜辺の砂がするすると手のひらから滑り落ちるがごとく、
脳の中に詰まった読書による知識も抜け落ちてしまうということになることがあります。
これって、僕流の思考の整理術でしょうか。

えーと、本の内容について少し触れておきます。
東大生たちが好んで読んだから、彼らに都合のいいことが書かれているのではないか、
などとうがった見方をしてしまうこともあるでしょうけれど、
第一章第一節からして、そんな、学校での勉強に長けた人たちをばっさり斬り捨てる
内容のエッセイになっていました。
学校の勉強ができたって、そんなんじゃいかんのだよっていう感じ。

この本は1983年に刊行されています。
でも、ちょうど、その頃って、現代の黎明期的時点でもあるようで、
その頃の考察が的外れでも時代遅れでもなく、ビシーッと現代人の頭に届きます。
逆に言えば、それだけ、この本に書かれている内容がそれほど重視されず、
その結果、大事なことが見過ごされた結果できあがった時代なのが現代という
見方もできるかもしれません。

読んでいて、最初は、書かれている内容は、これまで自分が考えたり読んだり経験したりしてきたことの
再確認だなぁという気がしたものですが、読者である僕と作者が同じことを考えていても、
背景となる時代が違うせいか、ちょっと「考え」に対する光の当て方が違っていて、それによって
新発見してしまうものもけっこうあるんですよ。

また、「書くこと」が良いというふうにされていますね。
これはブログを書いている僕にとっては援護材料になる主張でした。
考えをまとめたり、考えを進めたりするのに、「書く」ということがどれだけ役に立つかと
書かれているし、書き始めてみることでやっと自分が何を考えているかわかったりする、っていう
ようなことも、ちょっとニュアンスは違ったかもしれないけれど、書かれています。
そういうのを読むと、そうだよなぁって安心したりします。
書く前に、100書こうと思っていることがあって、大体いつも80だけ書けて良しとするものじゃなしに、
書く前に20だけ書こうと思っていることがあって、書いてみると80書けるという感じが自分だけじゃないんだという
ことがわかる。それがズルじゃないこともわかる。
読書をして、そういうことが知れたり安心できたりっていうのは、大きいなぁって思うんでよねぇ。

この本は、読むことで、頭を使うスイッチが入るようなものでもあります。
3度、4度と繰り返して読んで、作者の考えを丸ごと取り込んでみてから
自分の個性のフィルターにかけてみても面白いかもしれないです。

門戸が広く、いろいろな人に語りかけることができる本だと思います。
時間のある方は是非。
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2011年元日

2011-01-01 13:07:46 | days
あけましておめでとうございます。

今年もなにとぞ、Fish On The Boatをよろしくお願いします。

みなさんにとっても良い年になりますよう願っています。
無論、僕も良い年にするつもりですし、そうなればいいなぁと
思っております。

健康と平和と少しの幸運がもたらされるといいですね。
Comments (2)
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