イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「時間移民 劉慈欣短篇集Ⅱ」読了

2025年03月10日 | 2025読書
劉慈欣/著 大森望、光吉さくら、 ワン・チャイ/訳 「時間移民 劉慈欣短篇集Ⅱ」読了

SFというとこの人の著作しか読まないというのはかなり偏っているとは思うのだが、ほかにこういうジャンルの作家を知らないのだから仕方がない。「三体」以来、まずまず面白い作品が多いので僕にとってのSFはこの人で十分な気もする。
相当大雑把でおそらくは相当曲解した物理学をベースにして書かれているストーリーは、そんなこともあるのかと思いながらいやいやそんなことにはならないだろうと思える微妙な設定のもとに書かれているというのが著者の作話の上手さなのであろう。

クォオークをさらに分割するという実験というのを題材にした一編「ミクロの果て」があるのだが、現在の物理学では分割できない最小単位がこの粒子であるとされている。小説の中ではクォークが分割された瞬間、宇宙全体が写真フィルムのポジとネガのように色が反転してしまうというストーリーで、さすがに宇宙の片隅の小さな星の上でおこなわれる実験の影響が全宇宙に影響を及ぼすなどというのは無理があると思っていたら、この本を読んでいた時に観ていた「オッペンハイマー」では、マンハッタン計画の最初の核実験の際にこの実験の影響で地球上の大気すべてに引火して世界中が燃えてしまうかもしれないという予想があったということを知った。世界の最先端を行っていた科学者たちもそういう可能性を考えていたのである。計算に使うパラメータの値を少し変えるだけでこんな結果が導き出されることがあるらしいが、著者もこんなエピソードを知っていて物語の中に盛り込んだのかもしれない。

ほとんどの物語は2018年以前に書かれたものらしいが、ある一編「鏡」では、登場人物にこんなセリフを言わせている。『人間社会の進化と活力は、さまざまな道徳的規範から外れようとする衝動と欲望がベースになっている。水清ければ魚棲まずと言うだろう。道徳的な過ちが絶対に起こらない社会など、実際は死んでいるも同然だ。』
主人公が入手した「超弦コンピューター」は宇宙のビッグバンから現在まで、原子レベルで宇宙のすべてをシミュレートできるほどの性能を持っているコンピューターだ。歴史上の人物の行動だけでなく、すべての個人の生まれてから現在までの行動もシミュレートできる。その人の悪行も善行もすべて人目にさらされてしまうということだ。このセリフは自分の悪行を覗かれた地方政府のものだが、現代中国の監視社会を皮肉りながら、少し意味が違うかもしれないが、コンプライアンスという考え方が強化され、SNSがそれに拍車をかけている現代に対して、度が過ぎると自分たちの生存を脅かしかねないぞと警告を発しているようにも思える。

SFとはいえ、そこには歴史や時代を映しているのである。そういう微妙な部分がきっと面白いと思える部分なのである。

ひとつひとつのストーリーのあらすじを書くのは大変なので、アマゾンの書籍紹介に書かれていた解説と収録されている作品のタイトルだけ以下に残しておこうと思う。

『環境悪化と人口増加のため、政府はやむなく“時間移民”を決断。全世界に建設された200棟の冷凍倉庫に眠る合計8000万人の移民を率いて、大使は未来へと旅立つ……。表題作「時間移民」のほか、宇宙からやってきた“音楽家”が国連本部前のコンサートに飛び入り参加して太陽を奏でる「歓喜の歌」、『三体』でも活躍した天才物理学者・丁儀がクォーク分割に挑む「ミクロの果て」、すべてを見通しているかのような男に警察が翻弄される銀河賞受賞作「鏡」、太陽系の果てへとひとり漂流する少女を全人類がネット経由で見守る「フィールズ・オブ・ゴールド」など全13篇を収録する、劉慈欣の傑作短篇集。』
【収録作品】
「時間移民」「思索者」「夢の海」「歓喜の歌」「ミクロの果て」「宇宙収縮」「朝(あした)に道を聞かば」「共存できない二つの祝日」「全帯域電波妨害」「天使時代」「運命」「鏡」「フィールズ・オブ・ゴールド」
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