
看護について、こんな考えがあります。
ナイチンゲールの言葉を紹介します。
病気の人の心の中の悩みを無視して、ただ元気づけようとだけしてはいけない。
病人は、人に何かを頼むのを、いつでもためらっているものだ。
看護師は病人のからだの世話に必要だといわれるが、病人が考えるときの助けにもなるべきだ。
人は、とかく相手の心中の模様を考えず、外見の見た目だけで判断をしがちです。
そして、相手に「よかれ」と思い、自分が行った行為を優しさだと勘違いします。
しかし、相手にとってはそれが迷惑になっているとすらあります。
三中生の中には、看護師に将来なりたいと看護コースを志望する生徒が、今年の3年生にもいます。去年の3年生にもいました。
機会があれば、その子たちに、ナイチンゲールのこの言葉を贈りたいと思っています。
なお、ナイチンゲールのこの言葉は、病気の人をついて述べていますが、教師はこれを、困っている生徒、悩んでいる生徒、障害のある生徒、災害で被災した生徒など、すべての生徒に当てはめることができます。
生徒が何かを考えるときの助けにもなるのが教師です。
ときとして、保護者の方から、教員のあり方について「こう見てほしい」という要望をもらいます。
外から見えることだけを考えるのではなく、相手の心の中に想いを馳せることが、教師に求められます。
私もそんな教師でありたい(まだ道は遠いですが)ですし、三中教員もそうあってほしいです。