CubとSRと

ただの日記

「認めたくない」という感情からの意思展開(優越思想とか差別思想とか)

2021年12月30日 | 心の持ち様
 「白人が日本人に抱く、コンプレックスの正体」

 満鉄の超特急「あじあ」を時速130キロで引っ張った蒸気機関車「パシナ」の話が産経新聞にあった。
 全長25メートル、3軸の動輪の径は2メートルもあって、総重量は200トンを超えた。
 そして何よりの魅力が空気抵抗を小さくした流線型のフォルムにあった。「乗り鉄」にも「撮り鉄」にも堪らないシルエットだった。
 このパシナ型の製作が決まったのは昭和8年。満州事変の2年後、つまり日本が国際連盟を脱退した年の夏だった。
 世界の孤児にだって意地はある。満鉄工作課長の吉野信太郎(のぶたろう)が設計図を引き、僅か1年余で完成させた。

 同紙には試乗した米国人記者団がその威容に感嘆しながら「これは米国のどこ社製か」と質問するくだりがある。
 いや設計も製造も満鉄でやった、つまり日本製だと答えると、彼らは「信じられないといった表情で次の質問を放った。『その技術者たちは米国のどこの大学を出たのか?』」。
 「立派なら白人のモノ」といった白人優越主義者の発想そのままだ。

 真珠湾が起きた時の反応にもそれは通じる。
 フランクリン・ルーズベルトは米西海岸ロングビーチの基地に在った米太平洋艦隊を日本海軍の手が届く真珠湾にもってきた。
 艦隊提督ジェームズ・リチャードソンを除いて彼も彼の側近も日本人は急降下爆撃ができないと信じていた。日本人は近眼でおまけにおぶって育てられる。クビはがくがく揺られ、みな三半規管が異常を起こしているからだと説明されていた。
 それに真珠湾の水深は14メートル。雷撃は不可能と思っていた。なぜなら航空機から発射された魚雷は通常40メートル潜る。だから再び浮上する前に海底に突き刺さってしまう。

 大統領はむしろ真珠湾を奇襲させても死傷者が出ないことを心配していた。
 しかしそれは杞憂だった。本番の日、日本側はちゃんと浅海向けに改造した魚雷を放ち、米戦艦をみな仕留めた。急降下爆撃もそれは見事なものだった。
 罠のつもりが返り討ちに遭って。でも米国人は言った。「いや、操縦していたのはドイツ人だった」

 ニューヨーク・タイムズの元東京支局長のニコラス・クリストフが同紙のコラムで白人国家代表が集ったエビアン会議について書いていた。
 会議はナチスに追われるユダヤ難民を助けようという趣旨だった。掛け声は良かったが、具体策は出ないまま閉会した。人道は口先だけで終わった。
 折から938人のユダヤ難民を載せたセントルイス号がハバナにきた。キューバの米傀儡政権は米国の意向で上陸を禁じて追い返した。もちろん米国もそっぽを向いた。全員が欧州に戻され、大半は強制収容所送りにされた。

 「しかし」とクリストフは続ける。世界は捨てたものじゃない。米国女性がドイツに乗り込んで哀れなユダヤ人を「私の夫」と称して脱出させた小さな話を披露する。
 ポーランド人もナチに迎合してユダヤ人を殺していただけではない。僅かながらだが、「我が父方の遠縁も含めてユダヤ人を助けた者もいた」
 農夫ヨゼフもその一人でユダヤ人家族を匿(かくま)うが、ゲシュタポに踏み込まれる。
 ヨゼフ夫婦と6人の子供も匿ったユダヤ人ともどもすべて撃ち殺された。

 「犠牲も恐れない彼らの行いが今の難民問題解決につながらないか」とクリストフのコラムは言って最後に駐仏ポルトガル総領事デ・ソーサ・メンデスを取り上げる。
 彼は本国命令に逆らってユダヤ人へのビザ発給を続けた。おかげで多くのユダヤ人を救ったという。どこかで聞いたような話で終わる。
 このコラムには満洲でユダヤ人を助けた東条英機やリトアニアでビザを発給した杉原千畝や上海の租界でユダヤ人をたくさん助けた日本人は一切出てこない。白人だけの話で終わる。

 クリストフはその日本に長くいた。嘘の多い人で「中支の市場で新鮮な肉を買ってすき焼きにした」老兵の話を「日本人は支那人の子供を殺してその肉を食った」と脚色した。日本人は野蛮人と書き続けた。
 コラムに日本人を出すと、野蛮人の方が米国人よりはるかに実行力があり、モラルが高いことが分かってしまうからか。
 人種に鈍感な日本人が今一つ米国を理解できない理由がその辺にある。

   (2016年10月20日号)


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