街道沿いの「有馬口」に玉葱を道端で売っている店がある。
最初はテント張りだったと記憶しているが、それなりに儲かったのかいつの間にか掘っ立て小屋になっていた。
通勤の帰りに目にしたのが初めてだから、もう20年くらいになるんじゃないか。とにかく安かった。淡路産の玉葱がスーパーの7割くらいの値段だったと思う。
玉葱しかなかったからそこまでの安値にできたんだろうけど、地元淡路と言ったって、淡路は島。明石大橋を渡って来るにはそれなりに輸送費がかかる。
不意に思い付いて、十年ぶりくらいに買いに行くことにした。
有馬街道は交通量が多く道幅が狭い。この日も渋滞がひどい。
神戸から三田や篠山、更には豊岡に向かうにはこの道を通るしかない。だからトンネルを掘ったり拡幅をしたりして流通の改善のためにここ数十年ずっと工事が続いている。けど、交通量の増加になかなか追いつかない。
反対車線にあるこの店に行こうとしたらUターンしなければならない。
けど、そんなわけでなかなかUターンできない。仕方なしに有馬への道に入ったら、温泉街あるあるじゃないけど道が狭くなり、その割に交通量が多く、折り返せる場所が全くないまま有馬温泉に到着してしまった。
温泉に入るのが目的じゃないから街を脱出しようとするんだけど、これがまた輪を掛けて難しく、遂に西宮への道に出て、有馬温泉の外回りを一周する形でやっとの思いで抜け出した。
30分以上無駄にドライブ(それなりに楽しかったけど)をして、店の前に車を停める。
玉葱はあった。人影はなかった。客の姿は勿論、店の人も見えない。
「一袋五百円」の札が目に入る。昔の、大きな皿のついた秤が置いてある。無人販売になったらしく、お金はざるに入れてくれと書いてある。本当にただの笊で、梱包用の紙テープが重石代わりに入っているだけで、それ以外何も入ってない。つまり、まだ何も売れてないということか?
「大丈夫かな」と思いながら、でも他に支払い方法はないみたいだし玉葱一袋ネコババする気にもならないし、で、百円玉を五個入れて玉葱を一袋。
千円しかなかったらどうしただろう。買わないで帰った?
いや、きっと二袋買っていた。
五千円しか持ってなかったら?買うのを諦めて帰っていた。
一万円では?まったく同じ。
ネコババは、しない。
後悔しなくても玉葱を切りながら涙を流さなくちゃならないんだ。
涙を流すと、きっと「ああ、ネコババなんかしなけりゃよかった」って思うぞ。